令和8年(2026)8月15日(土)  旧暦7月3日 先負
今朝の撮影 Data
SONY α1 II
Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG
iPhone 17 Pro Max
現像 Adobe Photoshop Lightroom CC
撮影枚数 188枚
- 藪入りや 昔は二日の夢休み 今じゃ連休まだ足りぬ顔 -

 お盆(月遅れ盆)も、今日で終わりですね。
 東京では一般に7月13日から16日までの「新盆」でお盆を営む地域が多く、浅草でも7月のお盆が昔から馴染み深いものです。しかし、世の中で「お盆休み」といえば、今ではすっかり8月13日から16日頃を指すようになりました。東京に暮らしていても、会社のお盆休みや故郷への帰省ラッシュは8月ですから、暦の上では二度もお盆がやって来るような、不思議なことになっておりますね。
 そもそも、なぜ7月のお盆が8月へ移っていったのでしょう。
 明治5年(1872)に政府が太陰太陽暦から太陽暦、いわゆる新暦への改暦を決め、翌明治6年から新しい暦が使われるようになりました。それまで旧暦7月に行われていたお盆を、そのまま新暦7月に行う地域もあれば、旧暦の日付に近い季節感を保つため、新暦8月にひと月遅らせて行う地域も生まれました。
 特に農村では、新暦7月は農作業の忙しい時期とも重なります。そのため、農作業が少し落ち着く8月にお盆を行う「月遅れ盆」が各地に広まったともいわれています。

 ですから、よく「旧盆」と呼ばれる8月のお盆も、厳密には旧暦7月15日そのものではなく、**新暦でひと月遅らせた『月遅れ盆』**なのですね。
 暦というものは、人間が勝手に決めたものですが、ご先祖さまを迎えるとなると、農作業や仕事の都合まで考えなくてはいけません。ご先祖さまだって、「今年は七月ですか、八月ですか」と迷ってしまったかもしれませんね。
 それでも現代では、全国的なお盆休みといえば8月がすっかり定着しました。浅草寺の本堂内にも、この時期には先祖供養を意識させる大きな塔婆が設けられ、いつもの本堂とは少し違った雰囲気になります。

 ところで、お盆という日は国民の祝日ではありません。それなのに、どうして日本中の会社が申し合わせたように休みになり、故郷へ向かう新幹線も飛行機も高速道路も大混雑するのでしょう。
 その遠い源流のひとつとして思い出されるのが、昔の**「藪入り(やぶいり)」**という風習でした。
 江戸時代から昭和初期までは、商家や職人の家などに住み込みで奉公していた丁稚や女中たちは、今の会社員のように毎週土曜日、日曜日がお休みというわけにはいきませんでした。
 原則として主人の家に住み込み、朝から晩まで働きます。そこで奉公人にとって特別だったのが、正月と盆の「藪入り」でした。
 一般には正月16日と、盆の16日前後に暇をもらい、親元へ帰ることを許されたのです。主人から着物や小遣いをもらって実家へ帰る者もいれば、故郷が遠くて帰れない者は芝居や見世物を楽しみ、寺社へ参詣したり、町へ遊びに出たりしたそうです。
 一年のうち、わずかしかない晴れて自由になれる日。今なら「休暇が二日しかない会社」などと聞けば、求人広告を見ただけで逃げ出したくなりますが、当時の奉公人にとって藪入りは、指折り数えて待つほどの大切な一日だったのでしょう。

 そして、あほまろが集めている古い絵葉書の中にも、その藪入りの様子を写した一枚があります。
 題して、「未来の紳士・嬉しい一日」。写真には、屋台の前に集まり、食べ物を手にした若者たちが写っています。帽子や着物などの服装から見ても、どうやら正月の藪入りを写したものなのでしょう。
 湯気の立つ屋台の前で、みなさん何とも嬉しそうではありませんか。

 普段は主人や番頭さんの目を気にしながら働いていた若者たちも、この日ばかりは財布の中の小遣いを握りしめ、「今日は何を食べようか」「次はどこへ遊びに行こうか」と胸を弾ませていたのでしょう。
 写真の題名にある「未来の紳士」という言葉も、なかなか味がありますね。
 今は丁稚でも、いつの日か暖簾分けを許され、自分の店を持つ旦那になるかもしれない。そんな若者たちの未来への希望まで、この一枚には写り込んでいるように思えるのです。
 そして「嬉しい一日」。たった五文字ですが、これほど藪入りをよく表した言葉もありません。
 ちなみに、丁稚の着物から察するに、この写真は、お正月明けの写真のようです。

 現代なら、連休が三日しかないと「短い」と文句を言い、九連休ともなれば海外旅行まで考える時代です。しかし、昔の奉公人は、たった一日の自由を心待ちにしていたのです。
 便利になればなるほど、人間は休みまで贅沢になるものですね。

 また、藪入りは奉公人だけのものではなく、嫁いだ女性が実家へ帰る機会とも結びついていました。
 昔は嫁入りすれば、そう簡単に実家へ帰れるものではありませんでした。盆や正月は、親兄弟と顔を合わせ、ご先祖さまにも手を合わせる貴重な機会だったのです。
 考えてみれば、これは現代のお盆帰省とほとんど同じですよね。汽車は新幹線となり、飛行機になり、高速道路が普及しても、向かう先は昔と変わらず「ふるさと」なのです。
 交通手段だけが立派になって、帰省ラッシュまで立派になってしまいました。

 江戸時代なら藪入りの日に遠くから浅草へ歩いて遊びに来た若者がいたのでしょうね。
 昔は主人から暇をもらい、今は会社から有給休暇をもらう。形は変わっても、「休みをください」と願う人間の心だけは、江戸時代からたいして進歩していないのかもしれませんね。
 戦後になると労働環境も大きく変わり、日曜日をはじめ定期的な休日が一般化していったため、昔ながらの藪入りという習慣は次第に姿を消していきました。
 それでも、正月休みとお盆休みには故郷へ帰るという習慣は、今もしっかり残っています。家族が集まり、仏壇に手を合わせ、お墓参りをして、久しぶりに同じ食卓を囲む。
 そう考えると、藪入りそのものは消えても、その心は現代の帰省の中に生き続けているのでしょう。

 そして、嬉しいことが重なったときに使う、「盆と正月が一緒に来たようだ」という言葉があります。
 一年でも特別に嬉しい二つの時期が一度にやって来るのですから、これ以上の喜びはない、というわけです。
 もっとも現代では、盆と正月が本当に一緒に来たら、帰省費用とお年玉が同時に必要になりますから、喜んでばかりもいられませんけどね。
 さて、お盆と藪入りには、もうひとつ面白い話があります。 正月16日と盆の16日は「閻魔賽日(えんまさいじつ)」などと呼ばれ、閻魔さまに縁のある日とされてきました。俗には、この日は地獄の釜の蓋も開き、鬼たちまで仕事を休むなどと語られてきたのです。
 地獄にも休日があるとは、なんとも人間臭い話ではありませんか。一年中亡者を責め続けていたら、鬼だって疲れるのでしょう。 「今日は藪入りだから、責めるのは明日にしよう」
 なんて鬼が言ったかどうかは知りませんが、奉公人も休み、嫁も里帰りし、しまいには地獄の鬼まで休む。
 それなら現代人がお盆に会社を休んでも、閻魔さまから叱られる筋合いはありませんね。お盆が終われば、ご先祖さまたちは再びあちらの世界へ帰っていくとされています。
 迎え火でお迎えし、家族とともに過ごし、送り火でお見送りする。昔の人々は、亡くなった人との別れを「永遠の別れ」だけとは考えませんでした。
 一年に一度、また帰って来る。そう思うことで、亡き人を忘れず、生きている者もまた一年を頑張ることができたのでしょう。

 藪入りの日、若い奉公人たちも久しぶりに親の顔を見て、仏壇の前でご先祖さまに手を合わせ、そして再び奉公先へ戻っていったのでしょう。
 あほまろが眺めている古い絵葉書の中の若者たちは、もう百年以上も昔の人たちです。名前も分かりません。どこで働き、その後どんな人生を送り、「未来の紳士」になれたのかも分かりません。
 それでも、屋台の前で過ごした「嬉しい一日」だけは、一枚の写真となって今も残っています。  写真というものは不思議ですね。写っている人たちはとうにいなくなっても、その日の笑顔と、その瞬間の空気だけは、時代を越えてこちら側へ戻って来るのですからね。

 そう考えると、古い写真や絵葉書もまた、ひとつの「お盆」なのかもしれません。忘れられていた人たちが、写真を開いた瞬間だけ、こちらの世界へ帰って来る。
 あほまろが古い絵葉書を眺めながら昔の人々の暮らしを想像することも、小さな迎え火を焚いているようなものなのかもしれませんね。

「藪入りや 昔は二日の夢休み 今じゃ連休まだ足りぬ顔」(阿呆人也)

 今日でお盆も終わります。
 ご先祖さまも、そろそろお帰りの支度を始めている頃でしょう。
「また来年」と手を合わせながら送り出すのですが、もしかするとご先祖さまのほうでは、
「せっかく帰って来たのに、みんなスマホばかり見ておったぞ」
 なんて、ぼやいているかもしれませんよ。
 それでも、帰る場所があること、待っている人がいること、そして帰って来る人を忘れないこと。江戸の藪入りも、現代のお盆休みも、その根っこにあるのは、きっと同じなのでしょう。

 耳を澄ませば虫たちの鳴き声が、以前よりずいぶん大きくなってきたように感じます。暦の上ではすでに秋。厳しい暑さはまだ続いておりますが、目には見えない季節の移ろいを、虫たちはひと足早く感じ取っているのでしょうか。そろそろ浅草にも、小さな秋の気配が忍び寄ってきたようですね。
「秋の空」や「女心と秋の空」と昔から言われるように、秋のお天気は本当に変わりやすいものです。もっとも、天気予報と雨雲レーダーで予報が違ってしまうと、変わりやすいのは秋の空なのか、それとも予報のほうなのか、分からなくなってしまいますけどね。
 今日の最高気温は、久しぶりに30℃ほどとのこと。それでも湿度が高ければ、まだまだ蒸し暑く感じられそうです。秋の気配を感じながらも、夏の暑さはもうしばらく居座るつもりなのでしょうね。

 今朝の日の出は午前4時59分。

。

 今朝の日の出は、東より西の空が朱く焼けてましたよ。

 ハナカイドウの実。

 今朝は、日本が大好きだという香港からのご夫婦がお参りにいらっしゃいました。
 早朝の静かな境内を楽しみながら、奥さまをご主人がスマホで撮影されておりましたよ。浅草寺の朱色を背景に、あちらこちらで記念写真。日本で過ごす時間を心から楽しんでいらっしゃる様子でした。

 お話を伺うと、「できることなら日本に住みたい」と思うほど日本がお好きなのだとか。ただ、最近は日本で暮らすための制度や条件が以前より厳しくなったと感じているそうで、それがとても残念だとおっしゃっておりました。
 法律や制度の詳しいことはさておき、旅先で出会った外国の方から「日本が大好き」「日本に住みたい」と言っていただけるのは、日本人としてちょっとうれしいものですね。

 ましてや、その日本の中でも浅草を訪れ、まだ観光客の少ない早朝の浅草寺を楽しんでくださっているのですから、**「住むことは叶わなくても、浅草には何度でも帰って来てくださいね」**と、言ってあげたくなった朝なのでございました。

 おはようございます。今朝は開門3分半前にやって来た、金山さん、野崎さん、利伊さん、高橋さんと面塚さん。

 おはよう益美さん。

 子育地蔵さま、わが家の子どもたちと猫の安全をお守りください。

 日本のナイチンゲールと称される瓜生岩子像。

 セミが鳴く境内をご覧下さい。

 深い緑に包まれたイロハモミジ。

 定点観察を続けているソメイヨシノの木。あほまろは、風格ある幹や力強く伸びる枝ぶりはもちろんのこと、とりわけ葉の移ろいに心を惹かれております。

 昨年から落ちることなく枝に残り続けている三枚の葉があります。新しく茂った深緑の葉にそっと覆われ、その存在に気づく人はほとんどおりませんが、あほまろは毎朝、その葉の姿を探してしまうのでございます。

 令和の大改修を終えた西広場は、以前を知る者にとっては、まるで過去の記憶を忘れさせてしまうほど、大きく姿を変えてしまいました。

 お店の取り壊し作業が終わった伝法院通りでは、これから石垣や塀の補修工事が始まるのです。

 あほまろは今日も秘密基地でダラダラ過ごしますよ。

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 夕べの睡眠は94%でした。

 おはようヒロちゃん。

 今朝の朝の朝食は、海苔弁当風味。デザートはアップルパイとスイカ。

 妻のコレクションは、千草ちゃんとバービーちゃん。

 昨日のお昼の昼食は、秋葉原で台湾冷やし中華ランチ。

 昨日の東京スカイツリー。

 しゅと犬くん。

 夕べの夜の夕食の晩ご飯は、肉と野菜にクルミパン。デザートはスイカ。

 妻のコレクションは、ゲッシーさんとトージちゃん。

Memo
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