浅草寺西側の新奥山周辺では、長いこと続いていた大規模な改修工事が、ようやく一段落しました。工事中はあちらこちらに囲いが設けられ、資材や重機が並び、毎朝同じ場所を歩いているあほまろでさえ、「おや、ここはどこだったかな」と、一瞬立ち止まってしまうほど景色が変わってしまいましたよ。
人間というものは勝手なもので、工事が始まれば「早く終わらないかな」と文句を言い、終わって景色が変われば「昔の方が良かった」などと言い出します。結局、変わっても文句、変わらなくても文句なのであります。
それでも長かった工事が終わり、囲いが取り払われた新奥山を毎朝歩くうちに、新しくなった境内の姿にもようやく目が慣れてきました。
ところが、ひとつ終われば、またひとつ。今度は本堂南側、二尊仏周辺の改修工事が始まるようなのです。
昨日の日記にも掲載しましたが、今後の工事の進み具合や詳しい内容が分かり次第、少しずつ記録を追加していくことにしますね。
工事は来週から始まるようですが、今のところ、詳しい計画までは分かりません。聞いたところによると、まず二尊仏裏側を囲んでいる石造りの囲いをいったん撤去し、三地蔵さまの右側に立つ四本のイチョウも伐採して、新たに歩道を設ける計画のようです。
そうなると、これまで木々に囲まれ、どことなく昔ながらの境内らしい落ち着きを残していた一角も、ずいぶん広々とした空間へ姿を変えるのでしょうね。
ただ、あほまろが気にしていた、戦災の記憶を伝える黒く焼け焦げたイチョウは、どうやら残されるようです。
浅草寺の境内には、建物や石碑だけではなく、木々にも歴史が刻まれております。
戦争の火をくぐり抜け、それでも芽を吹き、何十年もの歳月を生き続けてきた木は、単なる一本の樹木ではありません。言葉を発することはありませんが、焼けた幹そのものが、あの時代を語り続けている「生きた証人」のような存在なのです。
もし、その木がこれからも残されるのであれば、少し安心ですね。
新しくすることは必要でしょう。歩きやすくすることも、安全にすることも大切です。
けれど、新しくするために古いものを全部消してしまったら、その土地が歩いてきた時間まで消えてしまいますからね。
そして、この二尊仏周辺の整備が終わると、今度は公衆トイレと清掃作業小屋の移転も行われるようです。
さらに、それらを撤去した跡地には、新しい堂宇が建設される計画だとか。
いったい、どのような建物が建つのでしょう。
まだ詳しいことは分かりませんが、またひとつ、浅草寺境内の景色が大きく変わることだけは確かなようですね。
長年そこにあったものが姿を消してしまうのは、やはり寂しいものです。
毎日見ていると、そこにあるのが当たり前になってしまいます。
ところが、無くなって初めて、
「ああ、ここには何があったんだっけ」と考える。
それが人間の記憶というものなのでしょう。
考えてみれば、あほまろが毎朝、浅草の写真を撮り始めた頃の境内と、今の境内だって、ずいぶん違っています。
当時は「記録しておかなくちゃ」などと大げさな使命感を持って撮っていたわけではありません。ただ毎朝歩き、目の前にある浅草を撮っていただけでした。
ところが二十年以上が過ぎて昔の写真を開いてみると、そこには今では見ることのできない建物があり、看板があり、木があり、人々が歩いている。
当時は何でもなかった一枚が、いつの間にか「昔の浅草」になってしまっているのです。
写真というものは不思議ですね。
撮った瞬間には「現在」だったものが、シャッターを切った直後から「過去」になっていくのですから。
だから今回の工事も、これからできるだけ細かく写真に残しておこうと思っています。
伐採される前の木々も、石囲いの姿も、工事の囲いも、掘り返された地面も、新しい歩道が出来ていく様子も――。
美しい完成写真だけではありません。むしろ、途中の姿こそ残しておきたいのです。
何年か、何十年か後になって、
「そうそう、ここはこんな工事をしていたんだよ」と写真を見ながら思い出せるでしょうからね。
あほまろの記録は、変わっていく浅草を嘆くためだけのものではありません。変わってしまうからこそ、変わる前を残しておく。
そして、新しく生まれ変わるからこそ、その途中も残しておく。
それもまた、浅草という町が時代とともに歩き続けている証なのでしょう。
昔の姿を知っているから今が分かり、今を残しておけば、未来の誰かが昔を知ることができる。
そう考えると、あほまろの毎朝の散歩は、ただ健康のために六キロほど歩いているだけではなく、浅草の時間をひとつずつ拾い集める旅なのかもしれませんね。
もっとも本人は、そんな立派なことを考えながら歩いているわけではありません。
ハトを追いかけたり、カラスに「おはよう」と話しかけたり、工事現場を覗いたり、花が咲けば立ち止まったり――。
傍から見れば、カメラをぶら下げた怪しい爺さんが、夜明け前の境内をうろうろしているだけなのであります。
それでも、その「うろうろ」が二十年以上も続けば、立派な記録になるのですから、人生というものは面白いものですね。
そして今朝の外気温は15℃。さすがに寒そうなので長袖を着て出かけましたが、それでも境内を吹き抜ける秋風は肌に冷たく、思わず身を縮めてしまうほどでしたよ。
ついこの前まで「暑い、暑い」と文句を言いながら歩いていたはずなのに、今度は「寒い、寒い」です。まったく人間とは忙しい生き物ですね。
今日は移動性高気圧が日本列島を広く覆い、全国的に爽やかな秋晴れとなる見込みです。
東京の最高気温は25℃前後まで上がり、昼間は日差しの下では過ごしやすい陽気となりそうですが、朝晩はすっかりヒンヤリするようになりました。
朝の15℃と昼間の25℃では、その差は10℃。朝の寒さに合わせて着込めば昼には暑くなり、昼の陽気に合わせて薄着をすれば朝晩に震える。秋という季節は、服装まで人間を試しているようですね。
しかし、この冷たい風も、境内の木々が色づき始めるための合図なのでしょう。
これから浅草寺の境内も少しずつ秋色に染まり、やがて落葉の季節を迎えます。木々が葉を落とし、工事によって景色も変わり、季節も町も、同じ姿のままではいてくれません。
だからこそ、あほまろは明日の朝もカメラを持って歩くのです。
今日と同じように見える明日も、よく見れば、どこかが少し違っている。
そして、今日の浅草は、今日しか撮れない浅草なのですからね。
「壊すたび 昔は良いと 人は言う 昔もきっと 工事していた」(阿呆人也)
今朝の日の出は午前5時41分。有明月。
平成中村座。
ハナカイドウの実。
シキザクラ(四季桜)通称、十月桜。
手水舎の水も、ずいぶん冷たく感じるようになりましたね。
ついこの前までは、手に受ける水の冷たさが心地よかったのに、今朝は思わず「冷たい」と感じてしまいましたよ。
水の温度はそれほど変わっていなくても、こちらの肌が秋を感じ始めたのでしょう。こんな何気ないところにも、季節の移ろいが現れているのですね。
おはようございます。今朝は開門4分前にやって来た、野崎さんと高橋さん。
中村さん、おはようございます。
日本のナイチンゲールと称される瓜生岩子像。
今朝は、カラスが来てませんでした。
そろそろ色づき始めるイロハモミジです。
定点観察を続けているソメイヨシノの木。あほまろは、風格ある幹や力強く伸びる枝ぶりはもちろんのこと、とりわけ葉の移ろいに心を惹かれております。
昨年から落ちることなく枝に残り続けている二枚の葉。これからもあほまろは毎朝逢いに来ますので、いつまでも頑張ってくださいね、
令和の大改修を終え、広々とした境内西広場。
お店の取り壊し作業が終わった伝法院通り。
あほまろは今日も秘密基地にて、「浅草は、朝が深い」の原稿書きに勤しみますよ。
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夕べの睡眠は79%でした。
おはようヒロちゃん。
元気ですか。
今朝の朝の朝食はしのだ寿司。デザートはパイナップル。
妻のコレクションは、ユキチャンとチリちゃん。
昨日のお昼の昼食は、下町ラーメン。これが一番すきですよ。
昨日の東京スカイツリー。
しゅと犬くん。
あほまろお帰りなさい。
夕べの夜の夕食の晩ご飯は、ライスカレー。デザートは、ところてんとリンゴ。
妻のコレクションは、千草ちゃんとウメちゃん。
MemoiPhone 17 ProMAX