令和8年(2026)9月22日(火)  旧暦8月11日 赤口
今朝の撮影 Data
SONY α1 II
Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG
iPhone 17 Pro Max
現像 Adobe Photoshop Lightroom CC
撮影枚数 731枚
- 地の上は 台風一過 青空も 地下には残る 水と謎かな -

 は、朝からすっきりとした青空が広がっています。強かった風も次第に収まり、日の出とともにたっぷりの日差しが降り注ぐ、気持ちの良い朝となりましたよ。
 ただし、台風が去った後もしばらくは吹き返しの風が残ることがあり、雨に濡れた路面などにも注意が必要とのことですよ。
 そして今日は、朝の爽やかさに油断してはいけません。日差しとともに気温はぐんぐん上昇し、東京の予想最高気温は30℃まで上がる見込みです。
 朝の心地よさとは打って変わり、昼間は汗ばむような暑さとなりそうですね。台風通過前後で体感も大きく変わりますので、こまめな水分補給を忘れず、熱中症にも十分注意してお過ごしください。

 台風25号が去った今朝の浅草寺境内は、昨日の暴風雨が嘘だったかのように穏やかな姿を取り戻しておりました。 いつものように境内を歩いてみても、大きな枝が折れているわけでもなく、建物が壊れている様子もありません。見た目だけなら、「さすが観音さま、今回も何事もなく台風を追い払ってくださった」と安心してしまうところでした。

 ところが、早朝から後片付けをしていた清掃員の方に話を聞くと、どうやら地上が平穏だからといって、地下まで平穏だったわけではなかったようなのです。
「本堂の地下通路に水が入ってしまって、昨夜から排水作業が大変だったんですよ」
 と教えてくれました。

 なんと、地上では風、地下では水。 台風というやつは、上から横から下からと、ずいぶん律儀に浅草を攻めてくれたものですよ。 幸い、今朝までには水もほぼ引いたようですが、これで一件落着というわけではありません。今度は、その水がいったいどこから入り込んだのか、原因を調べなくてはいけないとのことでした。

 水というものは正直なようでいて、実に曲者です。
 人間なら「私はここから入りました」と白状してくれますが、水は何食わぬ顔で低いところへ低いところへと流れ込み、あとになって「さて、私はどこから来たでしょう」と謎だけ残して消えてしまうのです。
 まるで台風が置いていった宿題ですね。

 浅草寺には、一般の参拝者にはほとんど知られていない地下の空間があります。
 あほまろも過去に何度か入れていただいたことがありますが、境内が大勢の参拝客で埋め尽くされるような時でも、寺院関係者が安全に移動できるように使われる地下の通路です。
 お正月の浅草寺を思い浮かべてください。初詣ともなれば、本堂から雷門まで人、人、人。仲見世も境内も、まるで人間の川が流れているようになります。三社祭などの大きな行事の時も同じです。

 地上では人が身動きできないほど混雑していても、お寺の務めまで止めるわけにはいきません。
 そのため、私たちが境内で押すな押すなと歩いているその足元では、僧侶や寺院関係者が静かに移動していることがあるのです。
 考えてみれば、なんとも不思議な光景ですね。地上には観光客、地下にはお坊さん。同じ浅草寺にいながら、二つの世界が上下に重なって動いているのです。
 もっとも、これは観光施設ではありませんから、一般の参拝者が「地下も見せてくださいな」と入れる場所ではありませんよ。

 さて、浅草で「地下」と聞けば、もうひとつ忘れてはいけない場所があります。
 浅草地下街です。浅草と地下の縁は古く、1927(昭和2)年12月30日、浅草―上野間に東京地下鉄道が開業しました。これが日本で最初に営業を始めた地下鉄で、現在の東京メトロ銀座線へとつながっていきます。
 昭和2年といえば、今からほぼ一世紀も昔です。その時代に、地面の下へ降りていくと電車が待っていて、トンネルの中を走って上野まで行けるのですから、当時の人々にとっては相当な未来世界だったことでしょう。

 スマートフォンどころかテレビさえ一般家庭には存在しなかった時代です。
「地面の下を電車が走るんだってよ」
 などと言われても、
「そんな馬鹿な。モグラじゃあるまいし」
 と思った人もいたかもしれませんね。

 そして、ここは少し年代を分けて覚えておかなくてはいけません。
 浅草地下街が誕生したのは地下鉄開業と同時ではなく、それから約27年後の1955(昭和30)年1月28日です。台東区の資料によれば、江戸通り・馬道通りの地下に設けられ、現在まで残る地下街として知られています。
 つまり浅草では、まず地下鉄が走り、その後に地下の「街」が育ったのですね。
 今の浅草地下街を歩くと、ぴかぴかに磨き上げられた現代の地下街とはまるで違います。

 むき出しになった配管や、どこか懐かしい看板、狭い通路。わざわざ「昭和レトロ」を演出したテーマパークではなく、昭和そのものが歳を取って、そのまま残っているような場所なのです。
 台東区の資料では、浅草地下街は浅草寺参詣者が東武や銀座線の駅から新仲見世方面へ雨を避けて歩ける通路を求める地元の動きから生まれた経緯も紹介されています。
 なるほど、雨を避けるためにつくられた地下街。
 ところが大雨になると、地下は今度は水との戦いになります。便利というものは、なかなか一筋縄ではいきませんね。

 そして、浅草の地下を考えると、あほまろには今でも忘れられない、もうひとつの記憶があります。
 雷門の地下です。
 現在の雷門の裏側には、浅草寺の護法善神である天龍像と金龍像が安置されています。雷門の北側、つまり風神・雷神像の背後にあたる場所ですね。
 あほまろは20年ほど前に、取材のため警視庁の許可を得て、係官の案内で雷門交番の地下を見せてもらったことがありました。
 現在の雷門交番は、雷門のすぐ前にあり、地下へ降りていった時のことは、今でもよく覚えています。
 そこには、雷門裏から続く階段が残り、警官の私物などが置かれておりました。
 現在、その地下部分は交番勤務の警察官の休憩などに使われていましたが、あほまろが何より気になったのは、その奥です。

 そこにはさらに地下へ、あるいは別の空間へ続いているように見える鍵の掛かった鉄柵があったのです。
「この先は、どこへ続いているのだろう」
 当然、聞きたくなりますよね。しかし、その先については教えてもらえませんでした。
 残念ながら写真撮影も許可されませんでした。
 ですから、あほまろが見た階段も鉄柵も、今では写真ではなく、あほまろの頭の中だけに残っている光景なのですよ。
 もしかしたら、地下鉄へつながっていたのでしょうか。
 雷門通りの下に、何らかの地下通路が存在していたのでしょうか。
 あるいは、まったく別の用途の施設だったのでしょうか。
 想像はいくらでも膨らみますが、ここから先は確かな資料がない以上、あほまろにも断定することはできません。
 だからこそ面白いのです。
 歴史というものは、すべて分かってしまったら教科書になってしまいます。
 分からない場所が残っているから、そこに想像が入り込み、調べたくなり、昔の地図を広げたくなり、古い写真を探したくなるのですよ。

 浅草は地上だけを歩いていても十分に深い町ですが、どうやら本当に地下まで深い町なのであります。
 雷門をくぐり、仲見世を歩き、本堂へ向かう。
 毎日何万人もの人々が歩いているその足元に、私たちの知らない浅草が眠っているのかもしれません。
 昨日の台風は、そんな「地下の浅草」の存在を、思いがけずあほまろに思い出させてくれました。 本堂の地下通路へ入り込んだ水は困ったものですが、水が引いた後には、またひとつ浅草の歴史への入口が残りました。もっとも、だからといって台風25号に感謝する気にはなれませんけどね。
 歴史の扉を開けてくれるなら、次回からは雨風抜きでお願いしたいものですよ。

「地の上は 台風一過 青空も 地下には残る 水と謎かな」(阿呆人也)

浅草は、朝が深い。 そしてどうやら――
浅草は、地下も深いのでありますね。

 今朝の日の出は午前5時28分。

。

 観音裏広場では、平成中村座の小屋がけ工事が続いております。

 ハナカイドウの実。

 今朝、あほまろが本堂前でビクトリー君と遊んでいると、その様子を興味深そうに眺めていた外国人女性が、写真を撮ってくれましたよ。お話をすると、マレーシアからいらした方でした。
 毎朝のことなので、あほまろにとっては手のひらにビクトリー君が飛んで来るのもすっかり日常になってしまいましたが、初めて見る方には、ハトが人間の手を目がけて飛んで来る光景が珍しかったのでしょうね。ビクトリー君も外国からのお客さまを意識したのか、いつもより大きく翼を広げて、なかなか立派なモデルぶりを披露してくれましたよ。

 その後、彼女は早朝詣での守護さんからお線香をいただき、大香炉の前で静かに手を合わせておりました。
 言葉も、生まれ育った国も、信仰のかたちも違うのでしょう。それでも、煙の向こうで目を閉じ、手を合わせる姿を見ていると、不思議と何の違和感もありません。
 祈る気持ちは、どこの国でも同じなのでしょうね。
 浅草寺の朝には、世界中からさまざまな人がやって来ます。名前も知らないまま別れてしまう人がほとんどですが、ほんの短い時間でも、ハトを見て笑い、お線香を供え、観音さまに手を合わせる。
 そんな小さな出会いが毎朝のように生まれているのも、あほまろが早朝の浅草を歩き続けている楽しみのひとつなのですよ。
 ビクトリー君には国境なんてありません。日本人でもマレーシア人でも、写真を撮ってくれる人なら、みんな朝友なのでしょうね。
 浅草の朝は、こうして今日も少しだけ世界とつながっているのでした。

 中村さん、おはようございます。

 今朝は八千代さんと一緒に撮ってあげました。

 おはようございます。今朝は開門3分半前にやって来た、山本さん、野崎さん、高橋さん。

 梶原さんも加わって、おはようございます。

 子育地蔵さま、わが家の子どもたちと猫の安全をお守りください。

 日本のナイチンゲールと称される瓜生岩子像。

 そろそろ色づき始めるイロハモミジです。

 定点観察を続けているソメイヨシノの木。あほまろは、風格ある幹や力強く伸びる枝ぶりはもちろんのこと、とりわけ葉の移ろいに心を惹かれております。

 昨年から落ちることなく枝に残り続けている三枚の葉がありましたが、雨で一枚の葉が散ってしましました。これからもあほまろは毎朝逢いに来ますので、いつまでも頑張ってくださいね、

 金木犀(キンモクセイ)の花。

 台風で銀杏の実がかなり落ちてしまいました。

 令和の大改修を終え、広々とした境内西広場。以前とはまったく違う景色になりましたが、開放感あふれる新しい浅草寺の表情が広がっております。

 お店の取り壊し作業が終わった伝法院通りでは、これから石垣や塀の補修工事が始まるのです。

 あほまろは今日も秘密基地にて、「浅草は、朝が深い」の原稿書きに勤しみますよ。

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 夕べの睡眠は50%でした。

 おはようヒロちゃん。

 今朝の朝の朝食は、スープにライ麦パンやチーズなど。デザートはところてん。

 妻のコレクションは、ジェームちゃんと千草ちゃん。

 昨日は台風で見えなかった東京スカイツリー。

 あほまろお帰りなさい。

 夕べの夜の夕食の晩ご飯は、ポタージュとクルミパン。デザートはシャイマスカット。

 妻のコレクションは、宇宙人のシルバーとイイベ。

Memo
iPhone 17 ProMAX