「木は消えて石碑はよそへ移れども 写す一枚時を根づかす」(阿呆人也)
境内の木々が次々と伐採され、起伏のあった地面も平らに均されてしましました。浅草寺の境内では今、大がかりな整備工事が続いております。
つい先日まで、そこには木陰があり、石碑があり、長い年月をかけて人々の目になじんできた風景がありました。しかし今、その場所は工事用のフェンスに囲まれ、土の匂いと重機の音ばかりが目立つ、広々とした空間へと姿を変えております。
あほまろが長年続けてきた定点観察の場所にも、現在は立ち入ることができません。瓜生岩子像の周辺も工事区域となり、いつもの位置から、いつもの角度で、いつもの景色を撮ることができなくなっているのです。
毎朝、同じ場所に立ち、同じ景色を眺めることは、傍から見れば何の変哲もない習慣に思えるかもしれません。しかし、昨日と今日とでは、空の色も違えば、木々の葉の数も、人の流れも違っております。同じ景色など、本当は一日たりとも存在しないのです。
それでも人間は、見慣れたものが明日もそこにあると、つい思い込んでしまいます。ところが、ある朝突然、木が消え、石碑が移され、通い慣れた道が塞がれてしまうと、昨日までの景色が、決して当たり前ではなかったことに気づかされるのであります。
あほまろは工事用のフェンスの前で、ただ静かに立ち尽くしております。そして、時というものの確かさと、その無情さを、毎朝しみじみと噛みしめているのであります。
時間は、決して後戻りをいたしません。人間が惜しもうが、嘆こうが、懐かしもうが、そんな事情にはまるで耳を貸さず、時計の針だけは律儀に先へ進んでまいります。年寄りの歩みは遅くなっても、時の歩みだけは少しも遠慮してくれません。まことに気の利かない相手でございますね。
奥山にあった諸碑の一部は、すでに観音裏の九代目市川團十郎像の傍らへと移設されておりました。かつて長年親しまれてきた場所を離れ、新しい場所に並べられた石碑を眺めていると、どこか落ち着かないものを感じます。
石碑そのものは残っております。けれども、石碑の背景にあった木々や、足元の土、差し込む朝日、周囲を行き交う人々まで含めて、ひとつの風景だったのです。物が残っているからといって、風景まで同じように残るわけではありません。
あほまろはフェンス越しに、かつての場所を眺めます。
そこには、もう昨日までの景色はありません。それでも、目を閉じれば、木々の枝ぶりや石碑の並び、季節によって変わる光の向きまで、不思議なほど鮮やかによみがえってまいります。
記憶の中に残る風景と、目の前に広がる現実。その二つを重ね合わせながら歩いていると、ほんのわずかな“ずれ”を感じることがあります。そのずれこそが、時の流れなのでしょうね。
人の記憶は便利なようで、実に頼りないものです。嫌なことは妙に鮮明に残るくせに、大切な景色ほど少しずつ輪郭がぼやけてしまいます。昔はここに木があった、いや、もう少し右だった、石碑はこんな向きではなかった――。記憶だけを頼りにすると、やがて誰もが自信満々に、違った昔話を語り始めてしまいます。
その点、写真は無口ではありますが、なかなか頑固な証人です。
あほまろは長年、古写真や古い絵はがき、住宅地図、広報誌などを調べながら、過去の街並みを研究しております。一枚の写真に写り込んだ建物の看板、道路の幅、電柱の位置、軒先の形、道行く人の服装などを手がかりに、撮影された年代や場所を確かめていくのです。
古写真というものは、ただ「昔は懐かしいですね」と眺めるだけのものではありません。その時代に、そこに何があり、人々がどのように暮らしていたのかを伝える、貴重な歴史資料なのであります。
街の変貌を記録するうえで、最も確実な方法のひとつが、「定点観測」です。同じ場所に立ち、可能な限り同じ角度、同じ高さ、同じ構図で、定期的に撮影を続けるのです。
一日ごとの変化は、ほんのわずかです。しかし、それを一年、十年、二十年と重ねていくと、木々の成長や建物の変化、人々の服装、街の使われ方までが、時間の層となって浮かび上がってまいります。
定点写真に古地図や航空写真を重ね、さらに、その場所を知る人々の記憶や証言を加えることで、失われた都市の風景を、より立体的に読み解くことができるのです。
あほまろが毎朝、同じ場所で写真を撮り続けていると、「毎日同じものを撮って、何が面白いのですか」と尋ねられることがあります。
しかし、同じものを撮っているのではありません。
同じ場所を通り過ぎてゆく「時間」を撮っているのであります。
今回の境内整備は、あほまろが知る限り、関東大震災や東京大空襲後の復興にも連なるほどの、大きな景観の変化となります。もちろん、震災や空襲と現在の整備工事を同じものとして扱うことはできません。それでも、長く親しまれてきた境内の姿が大きく変わるという意味では、後世に記録を残しておくべき重要な転換期であることに違いありません。
そこで、あほまろは今回の工事を、勝手ながら「令和の大改造」と名付けました。
誰から頼まれたわけでもなく、撮影しても褒美が出るわけでもありません。工事関係者から「今日もご苦労さまです」と表彰されることも、たぶんないでしょう。それでも、誰かが記録しておかなければ、やがて「昔はどうなっていたのですか」と尋ねられたとき、答えられる人はいなくなってしまいます。
今日撮った一枚は、今日のうちは、ただの工事写真にすぎません。
しかし十年後、五十年後には、その一枚が、失われた境内の姿を伝える貴重な資料になっているかもしれません。今は邪魔に見えるフェンスも、積み上げられた土も、働く重機の姿も、すべてが令和という時代を語る証人となるのであります。
写真の価値は、撮った瞬間に決まるものではありません。時が過ぎて初めて、その中に写っていたものの大切さに気づくことがあるのです。
あほまろが古写真を調べながら、「この場所を、もう少し詳しく撮っておいてくれたなら」と思うことが何度もありました。ですから今度は、未来の誰かに同じ思いをさせないよう、可能な限り丁寧に記録しておきたいのです。
木々がなくなり、石碑が移され、見慣れた道が消えていくことには、やはり寂しさを覚えます。しかし、変わることを止めることはできません。境内も街も、人と同じように、時代に合わせて姿を変えながら生き続けてゆくのでしょう。
大切なのは、昔の姿だけを懐かしんで嘆くことではなく、変わっていく過程までを、きちんと見届けることなのだと思います。
工事完成予定の八月末まで、あほまろはこれからも毎朝、工事の様子を記録し続けます。立ち入りができなければフェンスの外から、いつもの角度が無理なら、撮れる場所を探しながら、その日の境内を写してまいります。
風景は変わっても、あほまろがそこに立ち、見つめ続けてきた事実は残ります。
そして、いつの日か新しく生まれ変わった境内に立ったとき、そこにかつてあった木々や石碑、土の道を思い出しながら、「ここにも、確かに時間が流れていたのですよ」と、写真を通して語ることができれば、それでよいのであります。
「定点を塞ぐフェンスに腹立てど 隙間を探す老いの写真師」(阿呆人也)
浅草寺の裏広場は、表の賑わいがまるで幻であったかのように、観光客の喧騒も届かぬ静寂に包まれた空間でございます。
今朝の日の出は午前4時24分。
ねむの花。
ハナカイドウの実。
紫陽花の季節。
アメリカデイゴの花。
ムラサキクンシラン。
おはようございます。今朝は開門3分前にやって来た、金山さん、山本さん、野崎さんと高橋さん。
おはよう益美さん。今朝は守護さんとツーショット。
子育地蔵さま、わが家の子どもたちと猫の安全をお守りください。
「トウネズミモチ」の花が終わり実が膨らんで来ました。これからの季節は実の成長を楽しみつつ、秋から冬にかけての黒熟に備える期間となります。
イロハモミジは、境内に夏の勢いを感じさせる風景が広がってまいりましたよ。
定点観察を続けているソメイヨシノの木。あほまろはこの木の幹桜の葉が好きで、その様子を記録し続けているのでございます。
昨年から落ちることなく、新葉にそっと覆われながら、いまだに枝にしがみついているソメイヨシノの四枚の葉。新葉の下ですよ。
あほまろは今日も秘密基地でダラダラ過ごしますよ。
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夕べの睡眠は88%でした。
おはようヒロちゃん。
今朝の朝の朝食は、肉と野菜とゆで卵を乗せたごはん。デザートはところてんとデコポンと娘が買ってきたケーキなどでした。
妻のコレクションは、ジョルジャさんと早苗さん。
昨日の東京スカイツリー。
あほまろお帰りなさい。
夕べの夜の夕食の晩ご飯は、チーズサラダと刺身。デザートはアメチェリと梅園のあんみつ。
妻のコレクションは、バービーちゃんと真美子さん。
MemoiPhone 17 ProMAX