令和8年(2026)6月15日(月)  旧暦5月1日 大安
今朝の撮影 Data
SONY α1 II
Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG
iPhone 17 Pro Max
現像 Adobe Photoshop Lightroom CC
撮影枚数 141枚
- 米百俵 食えば一時腹満たす 学びに蒔けば明日が実ろう -

 梅雨前線上に発生した低気圧の影響で、関東地方は本降りの雨の朝となりました。今朝の散歩は、お参りだけを済ませ、早めに戻ってまいりましたよ。
 この雨は昼頃までには上がる見込みで、日中は晴れ間ののぞく時間もありそうです。最高気温は21℃ほどですが、夕方にかけて所々で雨雲が発生し、にわか雨の降る可能性もあるとのことでした。

「会えない朝ほど、気にかかる」
  いつもの散歩時間も、雨の朝となれば、境内の景色はすっかり変わってしまいます。
 今朝、姿を見せてくれたのはウメちゃんだけでした。ほかのワンちゃんたちは、みんな雨を嫌ってお休みだったのでしょう。いつもなら、あちらからもこちらからも顔なじみがやって来るのに、雨音ばかりが境内に響く朝は、やはり寂しいものですね。
 浅草寺の境内に暮らす鳩たちも、屋根の下や軒先、あるいは人目につかない木陰など、それぞれが雨をしのげる場所を見つけているのでしょう。

 ビクトリー君も、レインボーちゃんも、ハート君もピースちゃんも、今朝は姿を見せてくれませんでした。
 元気な鳩たちなら、雨が上がれば、何事もなかったような顔で飛んで来るでしょう。しかし、足を傷めているゴマちゃんとなれば、話は別です。晴れた朝なら、宝蔵門前へ行けばゴマちゃんの様子を確かめることができます。ところが、姿の見えない朝ほど、
「ちゃんと雨をしのげているだろうか」
「昨夜は眠ることができただろうか」
「腫れた足の痛みが、ひどくなってはいないだろうか」
 そんな心配ばかりが、雨粒のように次々と湧いてくるのでございますよ。
 会えた時には、ただそこにいるだけで安心できるのに、会えないとなると、かえって気にかかってしまう。人間同士でも、動物との付き合いでも、それは同じなのでしょうね。
 鳩には鳩の都合があり、人間には人間の勝手な思い入れがございます。それでも、気にかける相手がいるということは、決して悪いことではありません。
 姿が見えなくても、どこかで無事に雨宿りをしていると信じること。それもまた、相手を思う気持ちの一つなのでしょう。

 さて、今日は「米百俵の日」です。
 明治3年6月15日、長岡に国漢学校の新校舎が開校したことにちなむ日でございます。戊辰戦争によって焼け野原となり、食べるものにも事欠くほど困窮していた長岡藩へ、支藩の三根山藩から見舞いとして百俵の米が贈られました。
 藩士たちは、これでようやく飢えをしのげると喜びました。しかし、長岡藩の大参事だった小林虎三郎は、その米を分け与えるのではなく、売却して学校の書籍や器具をそろえ、国漢学校の充実に充てる決断をしたのでございます。国漢学校には藩士の子弟だけでなく、町民や農民の子どもたちにも学ぶ道が開かれました。
 腹を空かせた人々を目の前にして、米を食べさせず学校をつくると言い出したのですから、当時の人々にしてみれば、たまったものではなかったでしょう。

 今なら、役所の前に報道陣が押しかけ、インターネットでは、
「まず米を配れ」
「教育より生活が先だ」
「虎三郎は庶民の苦しみを分かっていない」
 などと、朝から晩まで炎上していたに違いありません。
 しかし虎三郎は、百俵の米を一度食べてしまえば、それで終わってしまうが、人を育てれば、その百俵は将来、一万俵にも百万俵にもなると考えたのでした。
 この故事は後に、山本有三によって戯曲『米百俵』として書かれました。昭和18年に出版されたものの、教育と反戦の思想を含む作品として軍部から弾圧を受け、絶版と自主回収に追い込まれた歴史もあったそうです。
 あほまろが「米百俵の精神」を強く意識するようになったのは、二十数年前に長岡市を訪れた時のことでした。
 その日は、ちょうど「米百俵まつり」が開かれており、町には旧長岡藩から受け継がれた精神が息づいておりましたよ。

 そこで、あほまろは初めて、この物語が単なる昔の美談ではなく、目先の利益や便利さだけを追い求めず、未来のために人を育てるという長岡の信念であることを知ったのでございます。
 長岡から東京へ戻った後、あほまろは歌舞伎座で『米百俵』を観劇しました。平成13年9月の歌舞伎座公演では、二代目中村吉右衛門が小林虎三郎を演じました。飢えに苦しむ人々の怒りを正面から受け止め、それでも未来のために学校をつくるのだと説く虎三郎の姿は、まことに重厚で、胸を打つものでございました。
 舞台の上の虎三郎は、ただ立派なことを声高に叫ぶ人物ではありませんでした。目の前で苦しんでいる人々の痛みを知りながら、それでも将来を選ばなければならない。その決断の重さと孤独が、吉右衛門の全身から伝わってきたのでございます。

 正しいことを言うだけなら簡単です。
 けれども、腹を空かせた人の前で、「今は我慢して、将来のために使おう」と説くことは、並大抵の覚悟ではできません。 昨年の米不足と価格高騰では、日本中が米の値段に振り回されました。
 スーパーの棚から米が消え、ようやく見つけても、値札を見て目を疑う。昔の米百俵は学校になりましたが、現代の米俵は、いつの間にか投機や流通の迷路に入り込み、庶民の茶碗へたどり着く前に、ずいぶん偉くなってしまったようでした。
 米は食べ物であると同時に、日本人にとっては暮らしそのものでございます。
 ですから、「将来のために今は辛抱せよ」という言葉も、使い方を誤れば、ただ我慢を押しつける便利な掛け声になってしまいます。
 虎三郎の教えは、貧しい人に辛抱を求めるだけの精神ではありません。指導する立場の者が、今あるものを自分たちの利益のために使わず、次の時代を生きる人々へ託す。その覚悟まで含めてこそ、「米百俵の精神」と呼べるのではないでしょうか。
 ところが現代では、将来への投資と称しながら、将来どころか次の選挙までしか見ていないような政策もございます。教育、研究、文化、環境、地域の歴史などは、すぐには利益を生みません。
 桜の木を植えても、翌朝には花見ができません。子どもに本を一冊渡しても、翌月に税収が増えるわけではありません。 古い町並みや文化財を守っても、決算書の数字が急に立派になるわけでもございません。
 しかし、数字に表れにくいものこそ、いったん失えば、取り戻すのに百年かかることがあるのです。

 あほまろが毎朝、浅草寺境内の同じ場所を撮り続けていることも、似たようなものかもしれませんね。
 一日分の写真だけを見れば、昨日とほとんど変わらないでしょう。「同じ場所を、毎朝撮って何になるのですか」と尋ねられることもございます。
 けれども、一年、十年、二十年と重ねていけば、そこには木々の成長、建物の変化、人々の服装、町の空気、そして失われてしまった風景までが残ります。
 一枚では何でもない写真が、積み重なることで、百俵にも千俵にも値する記録になるのです。
 小林虎三郎が未来の子どもたちへ学校を残したように、あほまろも、未来の誰かが浅草の昔を知りたいと思った時のために、今日の風景を残しているのでございます。

 もちろん、あほまろの写真が一万俵になるかどうかは分かりません。一万俵どころか、古いハードディスクの中で、誰にも開かれず眠り続ける可能性もあります。
 それでも、残しておかなければ、開かれる可能性すらございませんからね。人口減少、環境問題、地域社会の衰退など、現代には難しい課題が山積しております。どれも、来年までに片づく問題ではありません。
 だからこそ、現在の便利さだけを優先するのではなく、十年後、五十年後に何を残すのかを考えなければならないのでしょう。 「米百俵」とは、米を我慢した話ではなく、未来を諦めなかった物語なのです。

 今朝、姿を見ることのできなかったゴマちゃんのことも同じです。今日すぐに足が治るわけではありません。 あほまろにできることも、心配しながら見守ることくらいしかございません。

 それでも、雨が上がった明日の朝、宝蔵門前にゴマちゃんがいてくれることを願う。

 教育も、文化も、地域の記録も、傷ついた小さな命を思うことも、結果がすぐに見えないからといって、無駄になるわけではありません。

 見えない明日を信じて、今日できることを続ける。 雨の向こうに青空があるように、百俵の米の向こうに未来の学校を見た虎三郎のように、あほまろも、ゴマちゃんが再び元気に歩く朝を信じて待つことにいたしましょう。

「米百俵 食えば一時腹満たす 学びに蒔けば明日が実ろう」(阿呆人也)

 まだ誰の姿もない境内に、静かな雨が降り続いておりました。濡れた石畳には五重塔や本堂の灯が淡く映り、遠くには東京スカイツリーが、雨空の中にぼんやりと立っております。
 浅草寺で進められている「令和の大改修」も、今だけを見れば、工事柵に囲まれた少々味気ない風景に見えるかもしれません。しかし、これもまた、長い歴史を未来へ受け継ぐために欠かすことのできない、大切な時間なのでございます。

 完成した姿だけでなく、変わりゆく途中の姿も記録しておかなければなりません。何十年か後、この写真を眺める人が、「令和の浅草寺では、こんな工事が行われていたのか」と知る日がきっと訪れることでしょう。
 雨に煙る今朝の境内も、工事中の風景も、やがては二度と戻らない浅草の歴史の一場面となるのです。だからこそ、あほまろは雨でも、未来へ残す一枚として、静かにシャッターを切ったのでございますよ。

。

 あほまろは今日も秘密基地でダラダラ過ごしますよ。

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 夕べの睡眠は84%でした。

 おはようヒロちゃん。

 今朝の朝の朝食は、肉と野菜とゆで卵にクルミパンサンド。デザートはデコポンとブルーベリー。

 妻のコレクションは、もみじちゃんとケーリーバッグを持ったグレースさん。

 昨日の東京スカイツリー。

 あほまろお帰りなさい。

 夕べの夜の夕食の晩ご飯は、冷やし中華。デザートはミカン。

 妻のコレクションは、しゅとけん君と、いちごちゃんとりんごちゃん。

Memo
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