あほまろの朝は、日の出の時刻とは関係なく、毎朝ほぼ同じ時間に始まります。
午前4時にわが家を出発し、まずは雷門へ。そこからまだ薄暗い仲見世を抜け、宝蔵門の手前を右に曲がります。そして、二尊仏さまと母子地蔵さまをお参りし、ぐるりと回り込んで三地蔵さまにも手を合わせてから、本堂前へ向かうのです。
ここまで来ると、だいたい午前4時20分頃でしょうか。
本堂の定点写真を撮っている頃になると、いつものように千草ちゃんが、うめちゃんとまちゅちゃんを連れてやって来ます。
「おはようございます」
毎朝同じ挨拶を交わし、うめちゃん、まちゅちゃんの写真を撮ってから、みんな揃って浅草神社へ向かいます。浅草神社でもお参りを済ませ、いつもの写真を撮る。これも長年変わらない朝の日課となりました。
その後、通称「パワースポット」で、うめちゃん、まちゅちゃんたちと別れます。
あほまろはひとりになって、鐘楼のある弁天山から境内裏へ回り、二天門を通って、再び本堂前へ。そして最後に本堂の周囲を三周します。
これで、わが家を出てからおおよそ一時間。
その頃になると、大香炉を毎朝清掃している守護さんや、クーパーちゃん、故アンズちゃんたちも姿を見せるようになります。
ここまでが、あほまろの毎朝ほとんど変わることのない定番コースなのですよ。
まだ参拝客がほとんどいない時間なので、いつもの場所で、いつもの角度から、いつもの順番で写真を撮ることができます。定点観察というものは、毎日違うものを探して歩くのではなく、むしろ毎日同じことを繰り返すからこそ、小さな違いに気付くことができるのです。
昨日まであった葉っぱが一枚落ちていた。
蕾だった花がひとつ開いていた。
空の色が少し変わった。
いつもの人が今日は来なかった。
そして、昨日までいた鳥が、今日は来なかった。
そんな小さな変化が、長く続けていると大きな出来事に思えてくるのですよ。
もちろん、毎朝きっちり予定通りに進むとは限りません。
時には夜通し浅草で遊んでいたのでしょうか、かなりご機嫌になった方々が境内に残っていることもあります。
先日などは、数名の酔っ払いが本堂の階段に腰を下ろして、まだ酒盛りの真っ最中でしたよ。
こちらは「一日の始まり」なのに、向こうはまだ「昨日の続き」。
同じ午前4時代でも、人によって時計の意味はずいぶん違うものですね。
そんな時は、いつもの場所からカメラを向けることもできません。しかし、写真一枚のために余計なトラブルを起こしても仕方がありませんから、声を掛けることもせず、黙ってコースを変更することにしています。
定点観察より、安全第一。
二十数年も続けていれば、そんな朝もまた浅草の記録のひとつなのです。
さて、一連の定点観察を終える頃、季節はようやく夜明けへと向かいます。
ところが、この「日の出」という自然の時計だけは、あほまろの都合などまったく聞いてくれません。
あほまろは一年中、午前4時に家を出ますが、お天道さまの出勤時間は季節によって大きく変わります。
夏なら散歩の途中で明るくなりますが、秋が深まるにつれて夜明けはどんどん遅くなり、やがて散歩の大部分が暗闇の中になってしまいます。
そして、その日の出時刻が、あほまろにとって少々寂しい問題を連れてくるのですよ。
ビクトリー君やレインボーちゃんたちです。
あほまろの時計は一年中午前4時ですが、ハトたちにはハトたちの時計があります。
どうやら連中は腕時計を持っているわけでもないのに、日の出のおよそ20分前になると目を覚まし、いつもの場所から飛び出して来るのです。
夏の間なら、あほまろが本堂前を歩いている時間と、ハトたちが起きてくる時間がうまく重なります。
だから、
「おはよう、ビクトリー君」
「おはよう、レインボーちゃん」
と声を掛けることができる。
そしてビクトリー君は、当然のような顔をしてあほまろの手に乗って来ます。
毎朝のことなので、こちらもそれが当たり前になってしまいました。
ところが秋が深まり、日の出が遅くなるにつれて、その「当たり前」が少しずつ崩れていくのです。
ハトたちが目を覚ます時間も、それにつれて遅くなります。
そして、とうとう来月頃からは、ハトたちが活動を始める頃には本堂の開門後となってしまいます。
開門すれば境内の様子も一変します。参拝の方々が増え、あほまろもいつものように、のんびり手の上にハトを乗せて遊んでいるわけにはいかなくなります。
そうなると、ビクトリー君たちとの朝の時間は、しばらくお預けです。
おそらく再びゆっくり逢えるようになるのは、日の出が早くなり始める2月の終わり頃でしょう。
考えてみれば、不思議なものですよね。
毎朝同じ時間に、同じ道を歩き、同じ場所を訪れているのに、季節のほうが勝手に動いて、逢える仲間と逢えない仲間を決めてしまうのですから。
人間なら、
「明日も4時20分に本堂前ね」
と約束できます。
しかし、ハトとの約束に時計は使えません。
約束を取り仕切っているのは、お天道さまなのです。
夏の間は毎朝のように手の上に乗って、「また来たのか」とでも言いたそうな顔をしていたビクトリー君。
レインボーちゃんも、ハート君も、ピースちゃんもクロちゃんも、毎朝逢えているうちは特別なこととは思いません。
でも、「もうすぐしばらく逢えなくなる」と思った途端、何でもない朝が急に惜しくなってくるのですよ。
今年はあと何回、手の上に乗ってくれるのでしょう。
あと何回、「おはよう」と声を掛けられるのでしょう。
そんなことを考えながら今朝も本堂前で遊んでいると、ビクトリー君は季節の事情など知ったことではないという顔で、いつものようにあほまろの手の上に乗っておりました。
それで良いのでしょうね。
「もうすぐ逢えなくなる」と寂しがっているのは人間だけで、ビクトリー君たちにしてみれば、
「寒くなったら遅くまで寝て、暖かくなったらまた早起きすればいいじゃないか」
その程度のことなのかもしれません。
毎朝同じ道を歩いているからこそ、季節が動いていることが分かります。
そして毎朝逢っているからこそ、逢えなくなる寂しさも分かるのです。
今年も、ハトたちと遊べる朝は残り少なくなってきました。
だからこそ、あと何日あるのかを数えるのではなく、逢えた朝を一日ずつ大切にしておきましょう。
そして冬の間は、しばしのお別れです。
来年、日の出が少しずつ早くなり、まだ冷たい二月の朝に、いつもの棚の上からビクトリー君がひょっこり顔を出してくれたなら――、
「おい、久しぶり。ずいぶん寝坊してたじゃないか」
そう言って、また手を差し出してやりましょう。
きっとビクトリー君は、何か月も逢っていなかったことなど忘れたような顔で、当たり前のように乗ってくるのでしょうね。
それが、あほまろには今から楽しみなのですよ。
「同じ道 同じ時刻を歩けども 季節がずらす鳩との逢瀬」(阿呆人也)
今朝の日の出は午前5時47分。平成中村座。
ハナカイドウの実。
十月桜。
これからここの木の伐採作業が始まります。
昨日、守護さんからちょっと驚く写真をいただきましたよ。
なんと、弁天山の木に大きなアオダイショウが登っていたというのです。
写真を見ると、木の幹に長い身体を絡ませ、するすると上へ伸びています。かなり立派なアオダイショウですね。これだけ木の色に溶け込んでいると、知らずに近くを歩いていたら、あほまろなら「ずいぶん長い枝だな」くらいで通り過ぎてしまったかもしれませんよ。
守護さんによると、その後、お寺の僧侶が捕まえて、どこかへ移されたとのことでした。
実は、あほまろは以前にも影向堂のお庭の池で、大きなアオダイショウを見かけたことがあります。今回の写真を見た瞬間、「もしかしたら、あの時のアオダイショウではないのかな」と思ってしまいました。
浅草寺の境内では、毎朝歩いているだけでも、実にさまざまな生き物と出会います。
人間にとって浅草寺は祈りの場所ですが、生き物たちにとっても、都会の真ん中に残された貴重な緑の島なのでしょう。
殺生を戒める観音さまのお庭で、ハトもカラスも蛇も、それぞれ勝手に暮らしているというのは、なかなか面白い光景ではありませんか。
これからは、あほまろも、写真を撮る時には地面ばかり見ていないで、頭の上にも注意しなくちゃいけませんね。
おはようございます。今朝は開門5分前にやって来た、野崎さん。
この時期は一瞬ですが本堂内に太陽の光が射し込むのです。
子育地蔵さま、わが家の子どもたちと猫の安全をお守りください。
日本のナイチンゲールと称される瓜生岩子像。
少しずつ色づき始めたイロハモミジです。
定点観察を続けているソメイヨシノの木。あほまろは、風格ある幹や力強く伸びる枝ぶりはもちろんのこと、とりわけ葉の移ろいに心を惹かれております。
昨年から落ちることなく枝に残り続けている二枚の葉。これからもあほまろは毎朝逢いに来ますので、いつまでも頑張ってくださいね、
令和の大改修を終え、広々とした境内西広場。
お店の取り壊し作業が終わった伝法院通り。
あほまろは今日も秘密基地にて、「浅草は、朝が深い」の原稿書きに勤しみますよ。
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夕べの睡眠は69%でした。
おはようヒロちゃん。
今朝の朝の朝食は、野菜とエビシュウマイとゆで卵にロールパン。デザートは旬の無し。と、千草さんからのおみやげ。
妻のコレクションは、ヒロちゃんの安泰を願う巫女さんとリンゴちゃん。
昨日の東京スカイツリー。
あほまろお帰りなさい。
夕べの夜の夕食の晩ご飯は、チュかメシ。デザートは巨峰。
妻のコレクションは、グレースさんとルナちゃん。
MemoiPhone 17 ProMAX