令和8年(2026)10月13日(火)  旧暦9月3日 大安
今朝の撮影 Data
SONY α1 II
Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG
iPhone 17 Pro Max
現像 Adobe Photoshop Lightroom CC
撮影枚数 792枚
- 治すより そばにいるのも薬なり 猫の寝息に今日をいただく -

 ヒロちゃんは、先月の中旬頃から急に具合が悪くなってしまいました。
 それまでは家の中を歩き回り、夜になれば当たり前のようにあほまろのベッドへやって来て、身体をぴったり寄せて眠っていたヒロちゃんでしたが、今では椅子の上に置いた自分のベッドで、静かに横になっている時間がほとんどになってしまいましたよ。
 時々、思い出したようにベッドから降りてきます。
 ゆっくりとお水のところまで歩いて行き、少し飲んで、それから自分でおしっこを済ませます。そして用事が終わると、また自分の寝床へ戻っていくのです。
 不思議なことに、椅子の上のベッドには、まだ自分で飛び乗ることができるのですよ。
 それを見るたびに、「なんだ、まだ元気じゃないか」と、あほまろは少しだけ安心するのですが、以前のように、夜になるとあほまろのベッドへ飛び乗って来ることは、もうありません。

 椅子には上がれるのに、あほまろのベッドには来ない。高さだけの問題ではないのでしょう。
 きっと今のヒロちゃんには、自分の身体がいちばん楽に休める場所が分かっているのかもしれません。猫という生き物は、人間のように病状を説明してくれませんし、「今日はここが痛い」と訴えてくれるわけでもありません。それでも、自分に必要な場所だけはちゃんと選んでいるように見えるのです。

 ヒロちゃんは、もう二週間以上、ほとんど食事をとっておりません。
 水は自分で飲みます。トイレにも自分で行きます。そして、また自分の寝床へ戻って静かに横になります。
 あほまろには医学的なことは分かりませんが、身体のどこかに大きな病気を抱えているのではないかと思っています。
 血尿もあり、もしかすると内臓の癌なのかもしれません。
 けれども、確かなことは分かりません。
 分からないからこそ病院へ連れて行って検査をすれば良いのでしょうが、あほまろには、どうしても忘れられない昔の出来事があるのですよ。

 以前、わが家で暮らしていた愛猫のヤマト君のことです。
 ヤマト君も具合を悪くし、何度も病院へ連れて行きました。しかし、病院へ行けば行くほど、かえって弱っていくように見えました。
 もちろん、病院が悪かったわけではありません。獣医さんは助けようとしてくださっていたのでしょう。
 それでも猫にとって、慣れないキャリーケースに入れられ、車で運ばれ、知らない匂いのする場所で診察台に乗せられることが、どれほど大きな負担になるのか。

 人間なら、
「治療のためだから、少し我慢しよう」
 と自分を納得させることもできますが、猫にはそんな理屈は通用しませんからね。
 ある日、妻が「もう一度だけ診てもらおう」と、ヤマト君を病院へ連れて行きました。
 診察を受けると、
「点滴が必要なので、入院させてください」
 と言われました。
 助かるためなら仕方がない。
 そう思ってヤマト君を病院に預け、妻は帰ることにしたのです。

 ところが帰る途中で、どうしても胸騒ぎがしたそうです。
――もしかしたら、ヤマト君はこのまま病院で亡くなってしまうのではないだろうか。
 もしそうなったら、きっと一生後悔する。
 そう思うと、そのまま家へ帰ることができなくなり、妻は病院へ引き返しました。
 そして、
「やっぱり連れて帰ります」
 と、ヤマト君をわが家へ連れ戻したのでした。
 その後、ヤマト君は住み慣れたわが家で静かに過ごしました。
 大きな声で痛がることもなく、苦しそうに暴れることもなく、いつもの家の匂いの中で、家族の気配を感じながら、やがて静かに天に召されていったのでした。

 あの時、連れ戻して本当に良かった。今でも、あほまろはそう思っております。
 だから今回、ヒロちゃんの具合が悪くなった時にも、ヤマト君のことが真っ先に頭に浮かびました。
 検査をすれば病名が分かるかもしれません。
 点滴をすれば少し元気になるかもしれません。
 薬が効く可能性だってあるでしょう。
しかし、その一方で、病院まで連れて行くこと自体がヒロちゃんにとって大きな負担になるかもしれません。 治療というものは、いつでも「やれば良い」という単純なものではないのでしょう。 治すために頑張ることも愛情なら、もう頑張らせず、静かに過ごさせてあげることもまた、ひとつの愛情なのではないでしょうか。 もちろん、どちらが正しいのかなんて、あほまろには分かりません。

 正解が書かれた教科書などありませんからね。
 だからこそ、飼い主は迷うのです。
 連れて行けば、「余計な負担をかけたのではないか」と後悔する。
 連れて行かなければ、「あの時、病院へ行っていれば」と後悔する。
 どちらを選んでも後悔する可能性があるのなら、せめてヒロちゃんがいちばん安心できる場所で、穏やかに過ごさせてあげたい。
 それが、ヤマト君から教えてもらった、あほまろなりの答えなのです。

「治すより そばにいるのも薬なり 猫の寝息に今日をいただく」(阿呆人也)

  そんなことを考えていると、ふと自分自身のことまで思い出してしまいましたよ。
あほまろは2018(平成30)年5月、肺癌の摘出手術を受けました。
 幸い手術は無事に終わりました。
 その後、医師から抗がん剤治療を勧められました。再発の危険を減らすためにも治療を受けた方が良い、治療を受けなければ、五年生きられるかどうか分かりませんよ。
 との説明でしたが、あほまろは、副作用による身体への負担や精神的な辛さを考えて、受けないことを選びました。

 医師からは将来について厳しい話も聞かされましたが、
「それなら五年生きられれば、それで良いですよ」
 と、きっぱり断ってしまったのです。
 医師にすれば、ずいぶん扱いにくい患者だったでしょうね。
 せっかく医学が用意してくれた道を、
「いや、そっちは歩きません」  と勝手に脇道へ入ってしまったのですから。
 ところが――。
 あれから八年。
 五年どころか、あほまろは今もこうして毎朝浅草を歩き、写真を撮り、日記を書き、鳩やカラスと話をしながら元気に暮らしておりますよ。

 人生というものは、医者にも猫にも、もちろん本人にも、先のことなど分からないものですね。
「あと何年」という数字は、未来を考えるための目安にはなっても、その人の残り時間を刻む時計ではありません。
 そう考えると、ヒロちゃんについても、「あとどれくらい」などと考えることを、あほまろはやめました。
 一週間なのか、一か月なのか、それとも思いがけず、もっと長く一緒にいてくれるのか。
 そんなことは誰にも分かりません。
 大切なのは、明日ではなく今日なのでしょう。
 今日もヒロちゃんが自分で水を飲んだ。
 今日も自分でトイレへ行った。
 今日も自分のベッドへ戻ることができた。
 そして今日も、あほまろのそばにいる。
 それだけで良いのです。

 人間は欲張りですから、元気だった頃を知っていると、つい「もう一度」と願ってしまいます。
 もう一度ご飯を食べてほしい。
 もう一度家の中を歩き回ってほしい。
 もう一度、夜になったらベッドへ飛び乗って来てほしい。
 そして、もう一度、あほまろの身体にぴったりくっついて眠ってほしい。
 けれど、「もう一度」を願えば願うほど、目の前にある「今」を見失ってしまうのかもしれません。

 今のヒロちゃんは、昔のヒロちゃんとは違います。
 それでも、ヒロちゃんであることに変わりはありません。
 寝ているだけでも良い。
 返事をしなくても良い。
 あほまろのベッドまで来られなくても良い。
 ただ苦しまず、痛まず、いつもの家の匂いの中で、安心して眠っていてくれれば、それで良いのですよ。

 これまで、できることはいろいろ試してきました。
 それでも少しずつ弱っていく姿を見ることほど、辛いものはありませんね。
「何かしてあげなくては」と思うのが人間ですが、もしかすると最後にできることは、「何もしないで、そばにいる」ということなのかもしれません。
 それは諦めではありません。
 何もしないことと、見捨てることは違います。
 静かに見守ることにも、案外、大きな覚悟が必要なのですよ。
 猫も辛い。
 飼い主も辛い。
 それでも同じ家の中で、同じ時間を過ごすことはできます。

 あほまろは今、ヒロちゃんに奇跡を求めているわけではありません。
 ただ、今日一日が穏やかでありますように。
 痛みや苦しみがありませんように。
 喉が渇いた時には、自分で水を飲みに行けますように。
 そして眠くなったら、安心して自分の寝床で眠れますように。
 毎朝、観音様にお願いすることも、今はそれだけです。
 八年前、「五年生きられればそれで良い」と言ったあほまろが、八年後の今、ヒロちゃんの一日一日を祈っているのですから、人生というものは何とも皮肉なものですね。

 命には、長さを競う物差しなどありません。
 八年には八年の重さがあり、一日には一日の重さがあります。
 ヒロちゃんが今日ここにいてくれる。
 今は、その一日を大切にしたいと思っております。
 そして今夜も、椅子の上の小さなベッドをそっと覗いて、
「ヒロちゃん、おやすみ」
 と声をかけるのです。
 返事なんかなくても良いのですよ。
 静かな寝息が聞こえているだけで、それが今のあほまろにとって、何よりありがたい返事なのですから。

「五年なら それでよいぞと 言った身が 八年生きて 猫の明日乞う」

 今朝の日の出は午前5時45分。平成中村座。

。

 ハナカイドウの実。

 十月桜。

 今日から境内の工事が始まります。明日はどうなっているのでしょうか。

 おはようございます。今朝は開門4分前にやって来た、野崎さんと高橋さん。

 中村さん、おはようございます。目の前をハート君が横切った。

 子育地蔵さま、わが家の子どもたちと猫の安全をお守りください。

 日本のナイチンゲールと称される瓜生岩子像。

 少しずつ色づき始めたイロハモミジです。

 定点観察を続けているソメイヨシノの木。あほまろは、風格ある幹や力強く伸びる枝ぶりはもちろんのこと、とりわけ葉の移ろいに心を惹かれております。

 昨年から落ちることなく枝に残り続けている二枚の葉。これからもあほまろは毎朝逢いに来ますので、いつまでも頑張ってくださいね、

 令和の大改修を終え、広々とした境内西広場。

 お店の取り壊し作業が終わった伝法院通り。

 あほまろは今日も秘密基地にて、「浅草は、朝が深い」の原稿書きに勤しみますよ。

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 夕べの睡眠は67%でした。

 おはようヒロちゃん。

 今朝の朝の朝食は、冷や豆腐の煮物とやぎのチーズパン。デザートは巨峰。

 妻のコレクションは、江里子さんとアナスイさん。

 昨日の東京スカイツリー。

 あほまろお帰りなさい。

 夕べの夜の夕食の晩ご飯は、冷や豆腐の煮物とクルミパン。デザートは巨峰。

 妻のコレクションは、さつきさんと早苗さん。

Memo
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