境内の片隅で、ムラサキクンシランが静かに咲き始めました。梅雨空の下、すっと伸びた茎の先に青紫色の花を広げる姿は、まるで雨の季節に差し込んだ涼やかな光のようでございます。
この花は、属名の「アガパンサス」という名で広く親しまれております。もっとも、あほまろは植物の分類にはとんと疎く、花を見ただけで名前が分かるほどの風流人ではございません。分からないことがあれば、すぐにインターネットという現代の植物図鑑に頼るのでございます。
昔の人は野山を歩いて花の名を覚えましたが、あほまろは境内を歩き、帰ってから検索窓に向かいます。便利な世の中になったものですが、検索結果を読んでも、次の日には半分ほど忘れてしまうのですから、人間の記憶というものは、通信速度ほど進歩していないようですね。
調べてみますと、「アガパンサス」という名はギリシャ語に由来し、「愛」を意味する言葉と、「花」を意味する言葉を組み合わせたものだそうです。つまり、直訳すれば「愛の花」ということになるのでしょう。なんとも気取った名前ではありますが、実際にその花姿を眺めていると、なるほど、そう呼びたくなる気持ちも分からないではありません。
日本では「ムラサキクンシラン(紫君子蘭)」という和名でも知られております。ところが、一般に「クンシラン」と呼ばれている橙色の花とは、同じ仲間というわけではないようです。名前だけを聞けば親戚か兄弟のように思えますが、植物の世界には、名前が似ていても付き合いの薄い一族が存在するのでございます。
人間の世界でも、「親友です」と紹介されながら、実際にはSNSだけの付き合いだったり、「先生」と呼ばれていても、何を教えているのか誰も知らなかったりいたします。花の名前も人の肩書も、あまり真に受けてはいけないということなのでしょうか。
ムラサキクンシランは、現在の分類ではヒガンバナ科に含まれ、アガパンサス亜科に位置づけられております。ヒガンバナ科は、アガパンサス亜科、ネギ亜科、ヒガンバナ亜科という三つの仲間に大きく分けられるそうです。
愛の花と呼ばれるアガパンサスが、ネギやヒガンバナと同じ科に含まれているとは、植物の分類もなかなか奥深いものでございます。恋の隣にネギがいると思うと、急に台所の匂いが漂ってくるようですが、これも長い進化の歴史が決めたこと。あほまろが口を挟める問題ではありません。
南アフリカを原産とする多年草で、地面からすっと伸びた太い花茎の先に、青紫色の細長い花を放射状に咲かせます。ひとつひとつの花は小さくても、それらが集まることで、丸く華やかな姿になるのです。
誰かひとりが目立とうとするのではなく、みんなで少しずつ美しさを分け合い、全体としてひとつの花を形づくっております。その姿は、朝の境内で静かに挨拶を交わす散歩仲間のようでもあり、浅草という町を支えている人々の姿のようにも見えてまいります。
ムラサキクンシランが咲き始める頃は、空には雲が多くなり、湿った風が境内を通り抜けます。紫陽花のように雨を正面から受け止める花もありますが、この花は雨空を見上げながら、少し澄ました顔をして咲いているようです。
濡れても騒がず、風に揺れても取り乱さず、ただ涼しげな青紫色を保っております。その落ち着いた姿を見ていると、これこそ「君子蘭」と呼ばれるにふさわしい気品なのかもしれませんね。
さて、ムラサキクンシランの花言葉は、「恋の訪れ」や「ラブレター」とされているようです。
恋の訪れとは、ずいぶんと若々しい言葉でございます。高齢のあほまろには、もはや玄関の呼び鈴を鳴らして訪ねてくるような恋は関係のない話でしょう。今さら恋が訪れてきても、まずは「どちらさまでしょうか」と、用心深くインターホン越しに尋ねてしまいそうです。
ましてやラブレターなど、近頃は手紙そのものが珍しくなりました。今の時代なら、恋心も電子メールか、短いメッセージで届くのでしょうか。便利にはなりましたが、既読が付いたのに返事が来ないなどという、新しい苦しみまで生まれてしまいました。
しかし、あほまろにも恋心がなくなったわけではありませんよ。
若い頃のように、人に胸を焦がす恋ではなくなりましたが、朝焼けの一瞬の色に心を奪われ、雨に濡れた紫陽花に足を止め、境内に咲き始めた一輪の花を何枚も写真に収めてしまいます。鳥たちのしぐさにも、古い写真にも、消えゆく浅草の風景にも、あほまろは今なお恋をしているのでございます。
人への恋は、時に相手の返事を求めますが、花への恋には返事がいりませんからね。
花は「好きです」とも言わず、「迷惑です」とも言わず、ただ季節が巡れば咲いてくれます。そして、盛りを過ぎれば何も告げずに散っていきます。その潔さが、かえって人の心を惹きつけるのでしょう。
今朝のムラサキクンシランも、あほまろのために咲いたわけではございません。それでも、あほまろがそこを通りかかった朝に、ちょうど花を開いてくれた。その偶然だけで、十分に小さなラブレターを受け取った気分になれるのでございます。
恋の訪れに年齢制限はありません。
人に恋をしなくなっても、花に恋をし、空に恋をし、朝の静けさに恋をすることはできます。むしろ、長く生きてきたからこそ、若い頃には見過ごしていた小さな美しさに、ようやく気づけるようになったのかもしれません。
ムラサキクンシランの青紫色は、燃え上がるような恋の色ではなく、長い年月を経て静かに残った思慕の色にも見えます。
あほまろは今朝も、その花の前で足を止め、何度もシャッターを切りました。花から返事はありませんでしたが、風に揺れた細い花びらが、「まだ恋を忘れてはいけませんよ」と、そっと笑っているように見えたのでございました。
「恋文は来ぬと知りつつ花を撮る 紫君子が愛をくれたり」(阿呆人也)
今朝の外気温は17℃。長袖で出かけたあほまろでしたが、歩いているうちに少し蒸し暑さを感じる朝となりましたよ。
今日は最高気温が26℃まで上がる予報で、昨日と大きく変わらず、比較的過ごしやすい一日になりそうですね。
ただし、上空に寒気を伴った気圧の谷が接近している影響で、大気の状態は不安定になる見込みです。午後になると局地的に雨雲が発達し、にわか雨や雷雨となる可能性もあるようですので、お出かけの際は折りたたみ傘をお忘れなく。空模様の急変には十分ご注意くださいね。
浅草寺の裏広場は、表の賑わいがまるで幻であったかのように、観光客の喧騒も届かぬ静寂に包まれた空間でございます。
この横に、ムラサキクンシランが咲いているのですよ。
今朝の日の出は午前4時24分。
満開のねむの花。
アメリカデイゴも満開です。
梅雨と紫陽花――どうしてこれほど相性が良いのでしょうね。
しとしとと降る雨に濡れながら咲く紫陽花の姿は、まるでこの季節のために生まれてきた花のように見えてしまいます。晴れた日には少し控えめな印象の紫陽花も、雨粒をまとった途端に色彩を深め、その美しさをいっそう際立たせるのです。
梅雨は人にとっては少々うっとうしい季節ですが、紫陽花にとっては一年で最も輝ける舞台なのかもしれませんね。まるで名優がスポットライトを浴びるように、雨空を背景にした紫陽花は、その魅力を存分に見せてくれるのでございます。
ハナカイドウの定点観察。
おはようございます。今朝は開門2分前にやって来た、野崎さんと高橋さん。
おはよう益美さん。
子育地蔵さま、わが家の子どもたちと猫の安全をお守りください。
「トウネズミモチ」の花が終わり実が膨らんで来ました。これからの季節は実の成長を楽しみつつ、秋から冬にかけての黒熟に備える期間となります。
イロハモミジは、境内に夏の勢いを感じさせる風景が広がってまいりましたよ。
定点観察を続けているソメイヨシノの木。あほまろはこの木の幹桜の葉が好きで、その様子を記録し続けているのでございます。
昨年から落ちることなく、新葉にそっと覆われながら、いまだに枝にしがみついているソメイヨシノの四枚の葉。新葉の下ですよ。
見慣れた風景が消えて広々とした境内野工事が続いており、瓜生岩子像や定点観察の場所には入れなく、寂しくなってしまいましたが、これもまた時の流れというものなのでしょうね。
あほまろは今日も秘密基地でダラダラ過ごしますよ。
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夕べの睡眠は89%でした。
おはようヒロちゃん。
今朝の朝の朝食は、肉野菜とフカヒレスープにバタートースト。デザートはブルーベリー。
妻のコレクションは、聖子ちゃんとアナスイさん。
昨日の東京スカイツリー。
銚子電鉄の方より、新製品を頂きました。高級な濡れ煎餅ですよ。
江戸ネットで長年活躍してくれた大型プリンターが、ついに力尽きてしまいました。修理も不可能とのことで、これまでの働きに感謝しつつ引退となってしまったのですよ。
そのため、今年の三社祭で撮影した写真は外部にA1プリントを依頼しておりましたが、本日ようやく出来上がってまいりました。
祭りの熱気や担ぎ手のみなさんの笑顔が収められた写真の数々を眺めていると、あの日の賑わいが昨日のことのようによみがえってまいりますね。
これから関係者のみなさんのもとへお届けする予定です。写真を手に取った瞬間、それぞれの三社祭の思い出もまた鮮やかによみがえってくれることでしょう。プリンターは引退してしまいましたが、祭りの記憶はこれからも色褪せることなく、人から人へと受け継がれていくのでございます。
しゅと犬くん。
あほまろお帰りなさい。
夕べの夜の夕食の晩ご飯は、娘が買ってきた、中華料理でした。デザートはみかんとフルーツケーキに、ノンアル。
妻のコレクションは、アルマーニさんとグレースさん。
MemoiPhone 17 ProMAX