今年もついに関東地方が梅雨入りいたしましたね。
予報では朝まで雨の降りやすい空模様とのことでしたが、今朝、目を覚まして窓の外を見ると、まるで梅雨入りを祝うかのような激しい雨が降り続いておりましたよ。
この季節になると、どうしても気分は少々沈みがちになってしまいます。青空は姿を隠し、カメラを向けたくなるような朝焼けもなかなか現れません。しかし、そんな空模様だからといって、あほまろの毎朝の日課が休みになるわけではないのです。
いつもの時間に家を出て、傘を叩く雨音を聞きながら浅草寺へ向かい、本堂で手を合わせ、続いて浅草神社でもお参りを済ませてまいりました。さすがに今朝は境内をゆっくり歩き回る気にはなれず、お参りだけを済ませて早々に帰路についたのでございました。
ところが世の中というものは、なかなか思うようにはいかないものですね。
帰る頃になると、あれほど勢いよく降っていた雨が、いつの間にか小降りになっていたのでございます。もう少し出発を遅らせていれば、濡れることもなかったのかもしれません。
もっとも、それが分かっていても、あほまろはきっと同じ時間に出かけたことでしょう。
なぜなら、毎朝境内で顔を合わせるウメちゃんがいるからですよ。
雨の日も、風の日も、真夏の猛暑の日も、そして真冬の凍える朝も、ウメちゃんはいつものようにやって来ます。その姿を思うと、「今日は雨だから休もうか」という考えは、あほまろにはなかなか通じないのでございます。
東京スカイツリーが試験点灯を行っておりました。
人は習慣に生きる生き物と申しますが、気が付けば二十年以上も続けている早朝散歩は、もはや日課というより生活そのものになってしまいました。雨の日に家でのんびり過ごすのも悪くはありませんが、やはり境内の様子が気になってしまうのですからね。
さて、最近は天候にも恵まれず、さらに日の出もずいぶん早くなってまいりました。そのため、あほまろの楽しみの一つである星空観察も、なかなか思うようにはいきません。
ほんの少し前までは、散歩の途中で冬の星座や春の星座を眺めることができましたが、この時期になると空が白み始めるのが早く、星たちは夜明けの光に追われるように姿を消してしまいます。
それでも宇宙は律儀なもので、今月の夕空にはちょっとした見どころが用意されております。
日の入り後の西の空では、「宵の明星」と呼ばれる金星と、太陽系最大の惑星である木星が接近し、仲良く並んで輝いているのでございます。本日が最も接近する日なのですが、残念ながら夕方も雨の予報。どうやら今夜の観察は難しそうですね。
しかし、金星も木星も明るい星ですので、明日以降もしばらくはその美しい並びを見ることができるでしょう。梅雨の雲が少しでも切れたなら、ぜひ西の空を眺めてみてください。夕焼けの残る薄明の空に、真っ先に姿を現す金星と、それを追うように輝く木星は、まるで夜空の主役交代を告げる役者のようでございますよ。
そして、もうすぐ夏至を迎えます。今年の夏至は六月二十一日。一年で最も昼の時間が長くなり、太陽が最も高く昇る日でございます。
もっとも、「昼が一番長い日だから日の出も一番早い日」と思われがちですが、実はそうではありません。東京ではすでに日の出時刻は最も早い時期を過ぎており、これから少しずつ遅くなっていくのでございます。
星空好きのあほまろにとっては、それがちょっとした楽しみでもあります。ほんの一分、また一分と夜明けが遅くなるたびに、再び星たちと出会える時間が戻ってくるからです。
季節は巡り、空の景色も少しずつ変わってまいります。
梅雨空の下では気付きにくいものですが、雲の向こうでは金星も木星も、そして太陽も、いつも変わらず運行を続けているのでございます。
みなさんも、この夜明けの早い季節だからこそ、ほんの少しだけ早起きをして空を見上げてみてはいかがでしょうか。雲間から覗く一筋の光や、薄明の空に残る一番星が、慌ただしい日常の中に小さな感動を届けてくれるかもしれませんよ。
あほまろも日の出の早さには驚かされますが、願わくば自分だけは星のように、もう少しゆっくり沈んでいきたいものでございますよ。
「梅雨空に 消えゆく星を見送りて 明ける早さに老いも早まる」(阿呆人也)
さて、今日は「ロックの日」でございます。 一般には、防犯の要である「錠(ロック)」の重要性を広く知ってもらおうと、錠前の取り扱い業者団体などが「6(ロッ)9(ク)」の語呂合わせから定めた記念日として知られております。しかし、あほまろにとって「ロック」と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、鍵でもロック音楽でもなく、学生時代から親しんできた「浅草六区」なのでございますよ。
かつて浅草六区は、「日本一の劇場街」と称されるほどの賑わいを誇っておりました。映画館や芝居小屋、演芸場が軒を連ね、人々の笑い声と拍手が絶えることのない、まさに芸能文化の中心地だったのでございます。
あほまろも学生時代から何度となく足を運び、寄席や演芸を楽しみながら、アルバイトで多くの芸人たちの芸に触れてまいりました。落語に夢中になって寄席へ通い詰めていた頃の記憶も、この六区の風景とともに今も鮮やかによみがえるのでございますよ。
浅草六区の名称は、明治17年(1884)に東京府が浅草公園地を第一区から第七区までに区画したことに由来しております。当時の歓楽街一帯が「浅草公園地第六区」と呼ばれたため、やがて人々は親しみを込めて「浅草六区」と呼ぶようになったのでした。
その名は百四十年以上を経た今も生き続けております。むしろ「浅草公園地第六区」という正式名称より、「浅草六区」の方が広く知られているのではないでしょうか。
現在の六区には、今なお 浅草演芸ホール や 東洋館 があり、芸能とエンターテインメントの灯を守り続けております。かつての映画全盛期ほどの賑わいではないものの、笑いと芸の文化が息づく場所として、多くの人々を惹きつけているのでございます。
さらに近年では、東京都の特区制度を活用し、全国各地のお祭りや伝統芸能を招いたイベントなども積極的に開催されております。浅草六区は、単なる歓楽街ではなく、日本各地の文化が出会い、人々が交流する新たな舞台へと姿を変えつつあるのです。
もっとも、あほまろにとっての浅草六区は、制度や開発計画よりも、若き日に胸を躍らせながら通った寄席や映画館の記憶が重なる場所でございます。ロックの日になるたびに、鍵よりも先に六区を思い浮かべてしまうのは、その頃の思い出が今も心の扉をしっかり開けたままだからなのでしょうね。
かつて奥山には、さまざまな由緒ある碑が並び、木々や植栽に囲まれた静かな一角がございました。しかし現在は整備工事によって諸碑が移設・撤去され、広々とした人工芝の空間へと生まれ変わっております。
そして、その人工芝の先に見えている建物群こそが、「浅草六区」なのでございます。
「変わる寺 変わらぬ六区を遠く見て 記録続けるあほまろの朝」(阿呆人也)
手前には新しく整備された境内の広場。その先には浅草寺の歴史ある伽藍。
後ろには、近代的なビル群と浅草六区。
「昨日まであったものが消え、明日にはまた新しい景色が生まれる途中の記録」
奥山に並んでいた諸碑が姿を消し、境内には人工芝が敷き詰められました。長年見慣れた風景が変わってしまったことに一抹の寂しさも覚えますが、その後ろには今も変わらず浅草六区の街並みが広がっております。
学生時代から通い続けた六区を眺めながら、景色は変わっても、人々が集い、笑い、語り合う浅草の心までは変わらないのだろうと思ったのでございました。
雨に濡れた紫陽花は、まるで待ちわびていた恵みを受けて生き返ったかのように、その色合いを一層鮮やかに輝かせておりましたよ。やはり紫陽花には、青空よりも雨空の方がよく似合うようですね。
今朝は、東京スカイツリーが様々な色の点灯されておりました。試験点灯をしているようですね。
今日も、あほまろの秘密基地でのんびりと、気ままに過ごすことにいたしますよ。
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夕べの睡眠は81%でした。
おはようヒロちゃん。
今朝の朝の朝食は、肉と野菜とゆで卵にバタートースト。デザートは山形イチゴとビワ。
妻のコレクションは、グレースさんとレアちゃん。
昨日の東京スカイツリー。
しゅと犬くん。
あほまろお帰りなさい。
夕べの夜の夕食の晩ご飯は、娘が買ってきた叙々苑の焼き肉弁当。デザートはSuica。
妻のコレクションは、ゲッシーさんにトージちゃん。
MemoiPhone 17 ProMAX