令和8年(2026)6月8日(月)  旧暦4月23日 友引
今朝の撮影 Data
SONY α1 II
Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG
iPhone 17 Pro Max
現像 Adobe Photoshop Lightroom CC
撮影枚数 637枚
- 雨待ちし 紫陽花いよいよ色深め 人はぼやくも花上機嫌 -

 昨日、関東甲信地方および東海地方で梅雨入りが発表されましたね。平年並みの時期の到来となりましたが、気象庁では予報の正確性に配慮し、かつて使われていた「梅雨入り宣言」という表現ではなく、現在は「梅雨入りしたとみられる」と発表するようになっているのです。

 梅雨の訪れとともに、境内の紫陽花たちも元気を取り戻したようですね。
 つい先日まで、晴天と真夏日続きの強い日差しに少々お疲れ気味に見えていた紫陽花でしたが、たっぷりと降り注ぐ雨に潤され、再び生き生きとした表情を見せております。しっとりと濡れた花びらは色合いもいっそう鮮やかになり、青や紫、淡い桃色が雨空の下で静かに輝いているのでした。

 考えてみれば、紫陽花は梅雨を待っていたのかもしれませんね。人間は「また雨か」と空を見上げてため息をつきがちですが、紫陽花にとっては待ちに待った晴れ舞台。まるで「ようやく私たちの季節がやって来ましたよ」とでも語りかけているようでございました。

「雨待ちし 紫陽花いよいよ色深め 人はぼやくも花上機嫌」(阿呆人也)

 雨に濡れた境内を歩きながら眺める紫陽花は、この時期ならではの風情があります。どんよりとした空模様の下でも、その花々は不思議と心を明るくしてくれるものですね。
 あほまろも、雨宿りをしながら咲き誇る紫陽花を眺め、自然はそれぞれの季節にふさわしい居場所をちゃんと知っているのだなと、あらためて感じた朝でございましたよ。

 いよいよ雨の季節が本格的に突入しましたね。今朝の外気温は18℃。気温だけを見ればそれほど高くはありませんが、湿気をたっぷり含んだ空気がまとわりつくようで、梅雨らしい蒸し暑さを感じる朝となりました。

 あほまろは雨の日でも散歩を休むことはありません。しかし今朝は、傘を差していても汗と雨でしっとり濡れてしまうようなお天気でしたよ。いつものように浅草寺へお参りを済ませましたが、鳩たちも出て来なく、境内をゆっくり巡ることもなく、開門を待たずに早々と引き揚げてまいりましたけどね。

 これからしばらくは、傘が散歩の大切な相棒となる季節です。境内の木々や紫陽花たちにとっては恵みの雨でもありますが、人間にとっては少々厄介な季節かもしれませんね。それでも、雨に煙る浅草の風景には晴れの日にはない趣があり、そんな景色との出会いもまた、この季節ならではの楽しみなのかもね。

 話題は変わりますが、今日は昭和60年(1985)に、鳴門海峡をまたいで四国と淡路島を結ぶ大鳴門橋が開通した記念日です。
 この橋は、建設当初から単なる道路橋ではなく、明石海峡と鳴門海峡の両方に橋を架け、淡路島を経由して本州と四国を鉄道で直結する壮大な構想の一部として計画されておりました。そのため、大鳴門橋には下層部に標準軌複線の鉄道を通すことができる空間や、列車の重量にも耐えられる強固な構造が盛り込まれ、日本初の二層構造による鉄道・道路併用橋となるはずだったのです。

 しかし、その後の社会情勢や輸送需要の変化などにより、鉄道用空間は設けられないまま開通することとなりました。その結果、二つの海峡を橋で結び、本州と四国を鉄道で直結するという夢の構想は、事実上実現不可能となってしまったのでした。
 あほまろは当時、乗り鉄仲間たちと、旧国鉄の路線網を使って「同じ駅を二度通らず、できるだけ長い距離を一枚の最長片道切符で旅するにはどうすればよいか」と、地図を広げながら熱心に議論していたことを思い出します。もし本州と四国が鉄道で結ばれていたなら、四国を組み込んださらに壮大なルートが実現していたかもしれません。そんな夢物語に胸を躍らせていた若き日のことが、今では懐かしい思い出でございます。

 鉄道計画そのものは幻となりましたが、平成12年(2000)には鉄道線路用として確保されていた空間を活用し、「渦の道」が整備されました。橋の内部を歩くことができるこの遊歩道では、床の一部がガラス張りになっており、海面から約45メートルの高さから鳴門の渦潮を真下に見下ろすことができます。

 あほまろもかつて二度訪れましたが、いずれも梅雨の時期でした。足元に広がる海と渦潮の迫力には思わず息を呑んだものでした。鉄道が走ることはなかったものの、その空間が今では多くの人々に雄大な景観を楽しませているのですから、これもまた橋の新たな役目なのでしょうね。

 あの時に見た鳴門海峡の青い海と渦潮の躍動を思い出していると、久しぶりにもう一度訪ねてみたくなってしまいます。鉄道の夢の跡を辿りながら、潮の流れを眺める旅も、なかなか味わい深いものになりそうですね。

 なぜか梅雨の雨に打たれながら歩いていると、ふと関係のない昔の出来事まで思い出してしまうものですね。
 大鳴門橋の話題を書いていて懐かしくなったのは、「渦の道」を訪れた時の記憶が蘇ったからなのですよ。あの日もちょうど梅雨の真っ最中で、傘を差していても濡れてしまうような雨の中、展望台を目指して歩いたのでした。

 海から吹き上げる湿った風を受けながら歩き続け、ようやく辿り着いた展望台から見下ろした鳴門海峡の景色は、今でも鮮明に覚えております。旅の思い出というものは、不思議と景色だけでなく、その日の天気や肌に感じた空気の匂いまで一緒に記憶されているものなのですね。

 今朝の雨に濡れた浅草の境内を歩きながら、あほまろは遠く鳴門海峡の雨景色まで思い出してしまったのでございました。雨には人を濡らすだけでなく、忘れかけていた記憶まで呼び覚ます力があるのかもしれませんね。

 梅雨で元気を取り戻した紫陽花。

。

 雨に煙る境内には、人影ひとつ見当たりませんでした。整備が進む境内の風景は日ごとに姿を変え、見慣れていたはずの景色も、いつの間にか別の表情を見せるようになっております。
 今はまだ工事の途中で、あほまろが長年続けてきた定点観察も思うようにはできません。ただ静かにその場に立ち尽くし、雨音だけが響く広々とした人工芝の広場を眺めておりました。

 毎朝当たり前のように見ていた風景も、決して当たり前ではなかったのですね。変わらぬように見える浅草寺の境内でさえ、少しずつ姿を変え、季節が巡り、人が去り、また新しい景色が生まれていくのです。

 あほまろは、しっとりと雨に濡れた人工芝の上をゆっくり歩きながら、「時」というものの確かさと無情さを、あらためて噛みしめておりました。変わりゆく風景を寂しく思う気持ちもありますが、その変化を見届け、記録し続けることもまた、長年この境内を歩いてきた者の務めなのかもしれませんね。雨に霞む伽藍を振り返りながら、あほまろは静かに帰路についたのでございました。

 昼間は国内外からの観光客で賑わい、笑い声や人々のざわめきが絶えない浅草ですが、今朝の雨の中はまるで別世界。人影も見当たりません。昨夜までの喧噪が嘘であったかのように、濡れた路面だけが静かに光を映し、街路灯の明かりが雨粒に滲んでおりました。

 普段は観光客や買い物客で肩が触れ合うほどの通りも、今朝ばかりは誰ひとり歩いておらず、その光景を眺めていると、ふと松尾芭蕉の有名な句、

「夏草や 兵どもが 夢の跡」

 を思い出してしまいましたよ。
 喧噪の浅草も良いものですが、誰もいない雨の浅草には、また別の風情があるものですね。まるで街そのものが、次の賑わいに備えて静かに休息しているかのようでございました。

 あほまろは今日も秘密基地でダラダラ過ごしますよ。

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 夕べの睡眠は97%でした。

 おはようヒロちゃん。

 今朝の朝の朝食は、焼き鳥に栗おこわ。デザートはデコポン。

 妻のコレクションは、ウメちゃんから頂いたサクランボに、モミジちゃんとジョルジャさん。

 昨日の東京スカイツリー。

 あほまろお帰りなさい。

 夕べの夜の夕食の晩ご飯は、デパ地下で広島のお好み焼き店頭販売をしていたので、衝動買い。デザートはサクランボ。

 妻のコレクションは、チリちゃんと小町ちゃん。

Memo
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