令和8年(2026)5月29日(金)  旧暦4月13日 仏滅
今朝の撮影 Data
SONY α1 II
Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG
iPhone 17 Pro Max
現像 Adobe Photoshop Lightroom CC
撮影枚数 512枚
- 京生まれ江戸に下りて門守る 紙の灯りに人の縁あり -

 あほまろにとって、浅草寺の風景は毎朝見慣れたものでありながら、その日ごとに少しずつ表情を変えて見せてくれる、生きた歴史のような存在なのでございます。
 今朝、宝蔵門の前に立って改めて感じたのは、あの大提灯が無いだけで、これほど景色の印象が変わるものかということでございました。
 浅草寺山門・宝蔵門の大提灯が新調のため撤去され、本堂へ続く参道はどこか落ち着かない雰囲気に包まれておりました。まるで長年そこに居た主(あるじ)が旅に出てしまい、残された者たちが少し寂しそうにしているようにも見えるのでございます。

 この光景を見ることができるのは十二年ぶりです。
 毎朝当たり前のように見上げていた大提灯が無いだけで、その存在の大きさを改めて思い知らされるのでした。

 宝蔵門や雷門の大提灯は、中央区日本橋小舟町の町内会が奉納する「小舟町」の文字で知られ、京都の老舗提灯店である 高橋提燈 の職人たちによって一つひとつ手作業で作られております。
 高さ三・七メートル、幅二・七メートル、重さ四百五十キロ。
 数字だけ並べると巨大な荷物のようですが、浅草を訪れる人々にとっては単なる照明器具ではなく、「浅草の顔」そのものなのでございます。
 京都で丹念に仕上げられた提灯は、東京まで大切に運ばれ、十月二十五日に新しい姿を披露する予定とのこと。今からその日が待ち遠しくてなりません。

 実は、あほまろにはこの提灯に少々不思議なご縁があるのですよ。
 十五年ほど前、本堂前の大提灯の掛け替え作業の際、「高橋提燈」の井上さんが浅草へいらっしゃいました。その時に伺ったのは、提灯の状態確認のため毎日あほまろのホームページをご覧になっているというお話でした。
 二十数年間、誰に頼まれたわけでもなく続けてきた早朝の定点観測でございますが、まさか京都の職人さんが提灯の健康診断代わりに見てくださっているとは思いもよりませんでした。
 あの時、社長さんから京都のお土産まで頂戴し、恐縮したことを今でも鮮明に覚えておりますよ。十月二十五日、新しい提灯が宝蔵門に戻る日には、またどこかでお逢いできるのではないかと、今から密かに楽しみにしているのでございます。

 さらに不思議なことに、あほまろはかつて京都市下京区柳馬場綾小路下るにマンションを持ち、遊興用の別荘として使っていたことがございました。
 そして、そのマンションの真ん前こそが「高橋提燈」の本社だったのでございます。
 あの頃にはまさか、その向かい側に住んでいた提灯屋さんが、後になって毎朝撮り続ける浅草寺の大提灯を作り続ける存在になるとは夢にも思いませんでした。
 人生とは時として、小説よりも不思議な伏線を張るものなのでございますね。

 提灯の歴史を辿れば、その源流は中国の「燈籠」にあります。平安時代に日本へ伝わった当初は折りたためない籠状のもので、貴族や寺院の灯火として用いられておりました。
 やがて室町時代末期から安土桃山時代にかけて、竹ひごに和紙を張り巡らせた蛇腹構造が考案され、現在の提灯の姿が生まれたのでございます。
「手に提げて持ち歩く灯り」。
 その役目が、そのまま「提灯」という名前になりました。

 今では祭礼や迎え火、送り火、商店の看板など、日本人の暮らしと切っても切れない存在となりましたが、考えてみれば提灯とは、人の心を照らすための灯りでもあったのでしょうね。

 そんな提灯とあほまろの最初の思い出は、遠く北海道の七夕祭でございました。
 北海道の七夕は月遅れの八月七日。夕暮れになると近所の子どもたちは提灯を持ち寄り、
「♪ろうそく出せー、出せーよ、だーさーないとかっちゃくぞー♪」と、声を張り上げながら家々を巡ったものでした。

 終戦直後の北海道で、子どものおやつといえば、ジャガイモかトウキビが主役の時代でございました。甘いお菓子など、そう簡単に口にできるものではありません。
 だからこそ七夕の夜は、子どもたちにとって年に一度の大切な楽しみだったのでございます。とはいえ、歌の文句どおり本当にローソクを渡されると、子ども心には少々がっかりしたものです。こちらとしては灯りよりも、やはり甘いものの方がありがたかったのでございますよ。

 提灯の灯りを揺らしながら歩いた暗い夜道。袋の中に少しずつ増えていくお菓子とローソク。あちこちから聞こえてくる子どもたちの歓声。
 思えば、あの頃の提灯は足元だけでなく、子どもたちの夢までそっと照らしてくれていたのでしょうね。

 今朝、宝蔵門から姿を消した大提灯を見上げながら、あほまろは京都の職人たちの手仕事と、遠い北海道の七夕の夜と、そして毎朝積み重ねてきた浅草の記録が、不思議な一本の糸で結ばれているような気がいたしました。

「京生まれ江戸に下りて門守る 紙の灯りに人の縁あり」(阿呆人也)

 境内の紫陽花。
 今朝の外気温は21℃。湿度が高く、早朝から蒸し暑さを感じる朝でございましたよ。
 今日は日差しが増えるにつれて気温も上がり、東京の最高気温は31℃の真夏日となる予想です。各地でも30℃以上の暑さが見込まれ、関東の内陸部では35℃近くまで上がる所もあるようですので、屋外で活動される方は熱中症に十分ご注意ください。

。

 今朝の日の出は午前4時27分。

 おはようございます。今朝は開門5分前にやって来た、野崎さんと高橋さん。

 元気になったアイちゃんも一緒に撮ってあげました。

 おはよう益美さん。

 浅草寺本堂の大提灯「志ん橋」は、令和2(2020)年4月に新調されました。

 子育地蔵さま、わが家の子どもたちと猫の安全をお守りください。

 満開を過ぎた「トウネズミモチ」。枯れ始めましたよ。

 イロハモミジはすっかり深緑となり、境内にも初夏の勢いを感じさせる風景が広がってまいりましたよ。
春のやわらかな若葉色も美しいものでしたが、今は力強く葉を広げ、「次の季節は私が主役」とでも言いたげな風情でございました。

 定点観察を続けているソメイヨシノの木。あほまろはこの木の幹桜の葉が好きで、その様子を記録し続けているのでございます。

 昨年から落ちることなく、新葉にそっと覆われながら、いまだに枝にしがみついているソメイヨシノの四枚の葉。新葉の下ですよ。

 境内の片隅では、キンシバイ(金糸梅)が鮮やかな黄色い花を咲かせておりました。まるで黄金の糸を束ねたような雄しべが朝日に輝き、初夏の訪れを静かに告げているようでございました。

 ちなみに、花が終わると写真にも写っている丸い実が少しずつ膨らみ、秋には褐色になって残るので、定点観察の題材としても面白い花なのです。

 かつては、奥山で観察していたのでしたが、今は昔・・・。

 見慣れた風景が消えて広々とした境内野工事が続いており、定点観察の場所に入れなく、寂しくなってしまいましたが、これもまた時の流れというものなのでしょうね。

 あほまろは今日も秘密基地でダラダラ過ごしますよ。

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 夕べの睡眠は93%でした。

 おはようヒロちゃん。

 今朝の朝の朝食は、お肉と野菜とゆで卵にクルミパン。デザートはデコポン。 

 妻のコレクションは、レアちゃんと千草ちゃん。

 昨日は、浅草商店連合会の第67回通常総会でした。

 シャンシャンと、無事に終了しました。

 昨日の東京スカイツリー。

 しゅと犬くん。

 あほまろお帰りなさい。

 夕べの夜の夕食の晩ご飯は、鰻重とクルミパン。デザートはノンアルとライチ。

 妻のコレクションは、マドンナちゃんとレンちゃん。

Memo
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