ようやく札幌での最終日を迎えました。 今朝の札幌の外気温はわずか7℃。東京なら「冬に逆戻り」と騒がれそうな気温ですが、不思議なもので、札幌の朝は寒さの中にもどこか懐かしい匂いが漂っているのでございますよ。空気が乾いて澄み渡り、深呼吸をすると、胸の奥に眠っていた遠い記憶まで吸い込んでしまいそうでした。
あほまろは今朝も早朝から、中島公園をゆっくり歩いてまいりました。池のほとりにはライラック――いや、あほまろの世代には、やはり「リラの花」と呼ぶ方がしっくり来ますね。昔、女の子たちがリラの葉を手に取り、「こっちの方がハートに見える」と競い合っていたことまで思い出しましたよ。
ハート形の葉に寄り添うように、淡いピンクの花が静かに咲き誇り、甘い香りを朝の風に溶かしておりました。花は黙って咲いているのに、記憶の方だけが、やたらとおしゃべりになるのでございますね。
静寂の中に響く小鳥たちのさえずり。
犬を連れて歩く人。
軽やかに走り去るランナー。
それぞれが思い思いの朝を楽しみながら、この短い北海道の初夏を惜しむように過ごしておりましたよ。
毎朝こんな美しい公園を散歩できるなんて、なんという贅沢なのでしょうね。 東京では「朝の静けさ」は貴重品ですが、札幌ではまだ自然の方が人間より少しだけ偉そうにしているようでした。
「「リラ香り老いた心も若返り 足腰だけがついて来ぬ朝」(阿呆人也)
ライラックの花には実に多くの種類があるようで、淡い薄紅色から鮮やかな濃いピンク、さらには白に近い上品な花まで、それぞれが異なる表情を見せておりました。
同じ「リラの花」と呼んでいても、まるで人の個性のように、一つとして同じ色合いが無いのが面白いものですね。
昨日まで続いていた札幌の実家の後片付けも、ようやく大方の整理を終えることができました。もっとも、「終わった」と言うより、「見なかったことに出来ぬ物だけ残った」というのが正直なところでございますけどね。
これから先は、古い家具類の廃棄処分やリフォーム作業が待っております。それらは札幌に住む妹と弟に任せ、あほまろは、すべて片付いた頃に最後の点検へ来るだけとなりました。
家というものは不思議ですね。
長く人が暮らした場所には、家具より先に「気配」が住み着いてしまうのでございます。だから古い机を捨てても、そこに母が座っていた記憶までは処分できませんけどね。柱の傷ひとつにも、家族の時間が刻まれているのですからね。
もっとも、今の若い人に「柱の傷」と言っても、スマホの保護フィルム程度にしか感じないのかもしれませんけどね。
今朝の札幌の日の出は午前4時4分。さすが北国、東京よりもずいぶん早起きでございますね。
もっとも、東京の日の出は午前4時31分とのことなので、浅草では、きっとビクトリー君もまだ寝ぼけ眼。大香炉の近くあたりで首を羽根に埋め、「もう少し寝かせてくれよ」とでも思っている頃かもしれませんね。
国指定重要文化財「豊平館(ほうへいかん)」です。明治政府が建てた唯一のホテルであるとともに、開拓使建築の貴重な建物ですよ。
毎朝お逢いするカラスが今朝も現れましたよ。
今朝はタンポポの花をついばみながら、まるで「あほまろ、今日はどこへ行くんだい」とでも言いたげに、あほまろの前をちょこちょこと歩いて着いて来たのでございましたよ。
黒い羽根に黄色いタンポポ。なんとも不思議な取り合わせですが、その姿が妙に春の札幌に似合っておりましたよ。
あほまろはカラスに好かれる性格なのかも(笑)
藤の花も咲いてましたよ。
昨日、こんなのがいっぱい出て来たけど、読む装置は無いけど、記念に持ち帰りますよ。
さよならわが家。
昨日の睡眠は82%でした。
今朝の朝の朝食は、ホテルで簡単に済ませましたよ。
さよなら、札幌パークホテル。
作業を終えた後、せっかく札幌に来ているのだからと、大通公園で開催されている「さっぽろライラックまつり」に足を運んでまいりました。今年で68回目を迎える札幌の初夏を代表する催しで、大通公園には約400本ものライラックが咲き誇っているとのことでございます。
会場では、音楽の演奏に、北海道産ワインの祭典、ラーメングランプリ、各種グルメ屋台など、人より花より湯気の方に群がっているような光景でございましたよ。
まさに“花より団子”。いや、“花よりラーメン”でしょうか。
長い冬を耐え抜いた札幌市民にとって、この季節は「外へ出ても凍えない」というだけで祝祭なのかもしれませんね。
しかしながら、大通公園のライラックは、数こそ見事ではありましたが、やはり都会の真ん中。車の排気や埃をまとい、どこか疲れた顔をしているようにも見えました。もちろん綺麗には違いありませんが、中島公園で見たリラの花の方が、あほまろにはずっと優しく、懐かしく映ったのでございます。
それでも、色とりどりの花壇や初夏の賑わいを眺めながら歩いていると、「札幌にもこんな華やかな季節があったのだな」と、改めて感じさせられましたよ。
あほまろが子どもの頃、この花は「ライラック」などという洒落た名前ではなく、みんな「リラの花」と呼んでおりました。桜が散った後、学校の周辺を包み込む甘い香り。風が吹くたびに漂ってくるその匂いに、「ああ、ようやく北海道にも春が来たんだな」と胸を躍らせたものでございます。
あほまろは長いこと、「リラ」という響きはアイヌ語に由来するものだと思い込んでおりました。ところが調べてみると、実はフランス語だったのですね。どうりで、どこか文学少女のノートの片隅に、そっと書かれていそうな洒落た名前でございますよ。
そういえば子どもの頃の通学路に、「パーマ・リラ」というお店がありました。お袋が「ちょっとリラさんに行ってくるよ」と言って出かけていた声まで、ふと思い出しましたよ。花の名前ひとつから、昔の店先や母の後ろ姿までよみがえるのですから、記憶というものは、なかなか油断ならないものでございますね。
最近では「リラ」という呼び名を耳にすることも少なくなりました。時代と共に、花の呼び名まで都会風に整理されてしまったのでしょうか。
「リラの香に別れを包み旅立てば 青春だけが北に置き去り」(阿呆人也)
札幌の長い冬が終わり、人々が外へ出て笑い始める季節。
その風景を眺めながら、あほまろ自身の青春もまた、リラの香りと共に、この街を離れていったのだと、しみじみ感じてしまいましたよ。
もっとも、青春は去っても、荷物だけはなかなか去ってくれませんけどね。
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昨日は、札幌の友人よりジンギスカに誘われ、またまたすすきのでした。
山田さん、ごちそうさまでした。
さよならすすきの。
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