札幌滞在二日目の朝。外気温はわずか9℃。つい先日まで汗ばむ陽気だった浅草を思うと、まるで季節をひと月ほど巻き戻したような冷え込みでございましたよ。聞けば浅草は朝から雨模様とのことですが、こちら札幌は空気が澄み、冷たさの中にもどこか懐かしい匂いが漂っておりました。
あほまろは早朝から、中島公園をゆっくり散歩してまいりました。都会の真ん中とは思えぬ静けさの中、池には鴨たちがのんびり浮かび、木々の上ではカラスたちが朝の会議でもしているかのように鳴き交わしておりましたよ。
カラスなぜ鳴くの、それは、カラスの勝手でございましょう。
今朝の中島公園では、池に映る高層ホテルを眺めながら、まるで札幌の朝をひとり占めしているような顔で鳴いておりましたよ。
なかでも池の鴨たちは、ずいぶん人慣れしているようで、あほまろがカメラを向けると、「お、朝飯係が来たか」とでも思ったのでしょうか、すいすいと近寄って来るのでした。
しかし、こちらがただ写真を撮るだけの“無報酬カメラ爺さん”だと気付いた瞬間、実に見事な方向転換で去って行くのでございますから、なんとも現代的な合理主義の鴨でありましょう。
きっと毎朝、餌を与えてくれる方がいらっしゃるのでしょう。野鳥たちも、人間以上に「誰が得になる相手か」を見抜いているのかもしれません。世の中、餌の無い話には誰も寄って来ない――などと、朝っぱらから妙に人生を悟らされてしまいましたよ。
それでも、大好きな鳩たちの姿を見かけなかったのは少々寂しいものでございました。浅草では毎朝当たり前のように現れるビクトリー君やレインボーちゃんたちも、札幌には出張して来てくれなかったようですね。
「寄る鴨も餌なき爺と知るや否 夢も希望も池に散りゆく」(阿呆人也)
昨日は妹と弟に手伝ってもらい、札幌の実家の後片付けに追われておりました。朝から晩まで、まるで人生そのものを段ボールに詰め直すような一日でしたよ。
あほまろの部屋を片付け始めると、子どもの頃から高校時代までの思い出が、押し入れや机の奥から次々に現れてくるのでございます。古びたノート、色褪せた写真、当時夢中だった雑誌の切り抜き、誰にも見せられぬような恥ずかしい落書きまで出て来る始末で、「これは捨てる」「いや待て、これは…」の繰り返し。整理というより、記憶との格闘でございました。
本当は、過去の思い出など頭の中にしまっておけば良いのでしょう。人は最後、身ひとつで旅立つのですからね。そう自分に言い聞かせながら、かなりの物を処分いたしました。
しかし、どうしても捨てられなかった物もありました。
創業当時、徹夜しながら描いた手書きの企画書。何度も描き直した会社のロゴマーク案。広告のラフスケッチ。若い頃の「なんとか世の中を面白くしてやろう」という、青臭くも真っ直ぐだった情熱の跡でございます。
それらはもう紙切れではなく、あほまろ自身の“人生の履歴書”なのでしょうね。
さらに困っているのが、海外出張のたびに少しずつ買い集めてきたHOゲージの鉄道模型でございます。大きな段ボールが五箱。その他にも看板や写真、資料類が山のようにあり、秘密基地へ送ったところで置き場がありません。
若い頃は「夢」を集めていたつもりが、今になると「場所」を奪う存在になるのですから、人生とはなんとも皮肉なものですね。
「夢積めばいつか段箱山となり 老いの腰には重き青春」(阿呆人也)
今日も引き続き整理作業でございますが、どうやらすべて片付くまでには数ヶ月かかりそうですよ。長い人生を、たった数日で片付けられるはずもありませんからね。
それでも、荷物を減らし、部屋を整え、リフォームを施した後は、札幌に住む妹がこの家に住んでくれることになりました。仏壇も神棚も、そのまま守ってもらえることになったので、あほまろとしては何より安心しております。
家というものは、誰かが住み、灯りを点け、手を合わせてくれる限り、生き続けるものなのですね。
せっかく札幌へ来ているというのに、観光どころではなく、今日も朝から片付け三昧。どうやら今回の札幌滞在は、“思い出観光”ばかりになってしまいそうですよ。
もっとも、この年になりますと、観光名所よりも、自分の過去の方がよほど見応えがあるのかもしれませんけどね。
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夕べも、妹と弟と一緒に、すすきのの「菊鮨」へ行ってまいりました。
片付けに追われた一日の締めくくりに、房しぶりに妹弟の顔と囲む寿司の皿。これこそ、札幌の夜がくれた何よりのご褒美でございましたよ。
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