令和8年(2026)5月21日(木)  旧暦4月5日 友引
今朝の撮影 Data
Hasselblad 907X & CFV 100C
XCD 4/28V
XCD 2,5/55V
iPhone 17 Pro Max
現像 Adobe Photoshop Lightroom CC
撮影枚数 xxx枚
- 老舗宿 昭和の風がまだ残る 冷蔵庫には飲めぬ酒あり -

 おはようございます。
 今朝のあほまろは、北の都・札幌で朝を迎えておりましたよ。 カーテンをそっと開けると、窓の向こうには、日の出前の鉛色に霞んだ空が静かに広がっておりました。東京ではもう初夏の気配が当たり前になっておりますが、こちら札幌の朝は、まだ春の名残をしっかり抱え込んでいるようで、外気温はわずか12℃。暖房の効いた室内に居ても、どこか指先に冷たさを感じてしまうほどでした。

 「北海道の春というものは、急いで夏へ向かわないのですねぇ……」 そんなことを独りごちながら、あほまろは早朝の中島公園を歩いてまいりましたよ。

 まだ人影もまばらな園内には、湿り気を含んだ朝の空気が漂い、木々の若葉は東京よりも少し淡い色合いで、まるで“春をもう少しだけ延長したい”と願っているかのようでございました。

 池の水面も静かで、時折、水鳥の波紋だけが広がっていく――そんな北国らしい穏やかな朝でございましたよ。
 もっとも、東京の浅草寺境内では、毎朝のように外国人観光客のキャリーケースが石畳を鳴らしておりますので、この静けさは、あほまろにとって、少々贅沢すぎるほどでございますね。人間というものは勝手なもので、賑やかな場所に居れば静寂を恋しがり、静かな場所へ来ると、今度は雷門前の雑踏が少し懐かしくなるのでございます。

 さて、札幌では昨日20日から月末まで、大通公園にて初夏の訪れを告げる「ライラックまつり」が開催されているようですね。
 ライラックは北海道では「リラ」とも呼ばれ、札幌市民にとっては特別な花。長い冬が終わり、「ようやく外を歩ける季節になりましたよ」と街が告げる合図のような存在なのでございます。
 あほまろも滞在中には、ぜひ歩いてみたいと思っておりますよ。もっとも、花を眺める年齢になると、“満開”より“散り際”に目が行ってしまうのが困ったものでございますけどね。

 そして今回、あほまろが宿泊しておりますのは、中島公園の緑に囲まれた老舗、 札幌パークホテル でございます。
 ところが驚いたことに、この札幌を代表する名門ホテルが、2027年2月28日をもって営業終了とのこと。その知らせを知った時、あほまろは思わず「えっ……あのパークホテルが……」と声を漏らしてしまいましたよ。
 あほまろが札幌に住んでいた若い頃、このホテルは“泊まる場所”というより、“憧れる場所”でございました。もちろん当時のあほまろに宿泊する余裕などあるはずもなく、背伸びをしてロビーで高いコーヒーを飲むことが、ひとつのステータスだったのでございますよ。
 まだ「ホテルのロビーで待ち合わせ」が大人の文化だった時代。コーヒー一杯の値段に驚きながらも、「これが都会というものか」と気取って座っていた若き日の自分を思い出し、今朝は少し笑ってしまいました。

 東京オリンピックが開催された昭和39年創業。昭和という時代の勢いと憧れを、そのまま建物に閉じ込めたようなホテルでございます。
 あほまろが札幌に住んでいた若い頃、このホテルは“泊まる場所”というより、“憧れる場所”でございました。もちろん当時のあほまろに宿泊する余裕などあるはずもなく、背伸びをしてロビーで高いコーヒーを飲むことが、ひとつのステータスだったのでございますよ。
 まだ「ホテルのロビーで待ち合わせ」が大人の文化だった時代。コーヒー一杯の値段に驚きながらも、「これが都会というものか」と気取って座っていた若き日の自分を思い出し、今朝は少し笑ってしまいました。

 館内や客室には、たしかに時代を感じる古さもございます。 しかし、その古さが妙に落ち着くのでございますよ。
 最近のホテルのように、何もかもが合理化され、無機質に整えられた空間ではなく、人が“滞在する”ことを前提に作られていた時代の空気が、まだ静かに残っているのでございました。

 たとえば冷蔵庫。最近のホテルでは、中は空っぽが当たり前。
「必要なら自分で買ってきてくださいね」という合理精神が主流でございますが、ここには昔ながらに飲み物が並び、チェックアウト時に「何を飲みましたか?」と自己申告する、あの懐かしい制度がそのまま残っておりましたよ。

 なんとも昭和的でございますねぇ。
 もっとも、禁酒中のあほまろは、小瓶のお酒たちを眺めながら、「昔なら、これ全部飲んで請求書を見て青ざめていたかもしれませんねぇ」
 などと、一人で苦笑してしまいましたよ。便利になり過ぎた世の中では、“不便の記憶”そのものが、贅沢になってしまったのかもしれませんね。
 古いホテルが消えていくたび、建物だけではなく、そこに流れていた時間までもが静かに失われていくようで、少々寂しい気持ちにもなってしまいました。
 それでも、こうして初めて宿泊できたことも、何かの縁なのでございましょう。
 人生というものは、不思議と「いつか行こう」と思っていた場所ほど、終わり際になってから訪れるものなのですね。

「老舗宿 昭和の風がまだ残る 冷蔵庫には飲めぬ酒あり」(阿呆人也)

 そして今朝もまた、北国の薄曇りの空の下で、あほまろは静かに歳月の匂いを吸い込みながら歩いていたのでございました。

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 昨日のあほまろは、まだ人影もまばらな早朝の 上野駅 から、新函館北斗行き始発の「はやぶさ1号」に乗り込み、北の大地へ向かったのでございました。
 始発列車独特の静けさというものは、なかなか良いものでございますね。眠そうな顔で缶コーヒーを握る人、これから出張なのでしょうか、大きな鞄を抱えて足早に歩く人。そんな朝の駅には、まだ一日が始まる前の“余白”のような空気が漂っているのでございます。
 もっとも、最近の上野駅は、昔のように「北へ向かう旅情の玄関口」という雰囲気も薄れてしまいました。
 かつては、津軽海峡を越える人々の期待と不安が渦巻き、演歌の一曲でも聞こえてきそうな空気がありましたのに、今やみなさんスマホ片手に無言。旅情までデジタル化してしまったのでしょうかねぇ。
 それでも、あほまろにとって上野駅は、今なお「北へ向かう心の起点」なのでございますよ。

 今回の長旅は、グランクラスとグリーン車を乗り継ぐ少々贅沢な移動。 東京から北海道まで約八時間という長丁場でございますが、不思議なほど疲れを感じませんでした。

 座席に身体を沈め、軽食をつまみながら車窓を眺めていると、時間までゆっくり流れ始めるのでございます。
 昔の青函連絡船や夜行列車の旅では、「旅」というものは体力勝負でございましたが、今では“いかに快適に眠れるか”が旅の価値になってしまいましたね。

 車内で軽食をいただき、少しだけ寝落ちをして目を開けると、もう盛岡。 「あぁ、東北も近くなったものですねぇ……」
 かつて北海道へ向かうには、“遥か北へ行く覚悟”のようなものが必要でした。それが今では、うたた寝をしているうちに青函トンネルを抜けてしまうのでございますから、人間というものは便利になるほど距離感を失っていくのでしょうね。
 盛岡では、いつものように秋田新幹線「こまち」の切り離しを眺めましたよ。赤い車両が静かに分かれていく光景は、何度見ても旅心をくすぐるものです。鉄道好きというものは不思議なもので、発車ベルや連結器の音だけで酒が飲める……と言いたいところですが、禁酒中なので、今は心の中だけで酔っておりますよ。

 その後はパソコンを広げ、原稿整理などをしているうちに、気が付けばもう北海道上陸。
 昔、青函トンネル開業時に「これで北海道が近くなる」と騒いでいた頃を思えば、まさに隔世の感でございます。
 新函館北斗駅 に到着すると、まず向かったのは駅弁売場。あほまろの定番は、昔ながらの「にしん弁当」でございます。
 ところが今回は、その隣に堂々と鎮座していた「北海道新幹線10周年記念弁当」に目が止まってしまいましたよ。
「限定」とか「記念」という文字に弱いのは、何歳になっても治らないものですねぇ。

。

 気が付けば、にしん弁当を裏切って、記念弁当を購入しておりました。 開けてみると、道産食材がぎっしり。海の幸、山の幸、北の味覚が小さな箱の中に詰め込まれており、まるで“食べる北海道地図”のようでございました。
 列車の窓を眺めながら頬張る駅弁というものは、なぜあれほど美味しいのでしょう。 冷静に考えれば、家で食べる方が温かいのでございますが、旅先では多少冷えていても“思い出の味”に変わってしまうのですよ。
 これで札幌到着後の作業もはかどるだろう――そんな甘い考えを抱いていたのでございますが、現実はそう簡単にはいきませんでした。
 札幌のわが家に戻ると、片付けや整理が山積み。「あれはどこへ置いた」「これは何の箱だったか」と、記憶との戦いでございます。
 年齢を重ねると、“片付け”とは整理整頓ではなく、“過去との再会”になってしまうのでございますね。古い写真、昔の領収書、何に使うのか分からないコード類――捨てれば良いのに、「そのうち使うかも」と残してしまう。
 もっとも、“そのうち”が来た試しはほとんどありませんけどね。

 そして夕方は、友人のお誕生祝いを兼ねて、すすきのの老舗 「竹鮨」へ。
 このお店、実は浅草の名店「野八」の大将が修行をされたお店でございまして、さらには以前「野八」で板前をされていた方もいらっしゃるので、め暖簾をくぐった瞬間から、どこか浅草の空気が漂ってくるのでございますよ。
 札幌に居ながら浅草の縁を感じる――なんとも不思議な気分でございました。
 友人ご夫妻とも、まるで昔からの常連客のように話が弾み、美味しい魚介を堪能させていただきました。

 さすが北海道。 取れたての魚介類は、やはり格別でございますね。

 東京では「本日のおすすめ」と書かれた魚が、こちらでは「今朝まで泳いでました」とでも言いそうな勢いで出てまいりますから、海の近さというものを改めて感じてしまいます。

 そして食後、少しだけ夜のすすきのを散策。

 ネオンの灯りは相変わらず華やかでしたが、どこか昔よりも“怪しさ”が増したようにも感じました。
 昔のすすきのには、昭和の色気と人情が混ざり合った独特の空気がございましたが、今はインバウンドと電子看板と呼び込みの声が渦巻き、まるで巨大なテーマパークのようでございます。

 もっとも、あほまろも若い頃なら「もう一軒行きますか」などと言っていたのでしょうが、今は怪しい気配を察すると、「ホテルの布団が一番安全」と思う年齢になってしまいましたよ。

 結局、夜風を少しだけ浴びて、早々に退散。北の歓楽街を後にしながら、あほまろは、「歳を取ると、夜遊びより朝の散歩の方が魅力的になるのですねぇ……」
 などと、しみじみ感じてしまったのでございました。

「北の夜 ネオン眩しく誘うとも 今は布団が一番の酒」(阿呆人也)