令和8年(2026)5月10日(日)  旧暦3月24日 友引
今朝の撮影 Data
SONY α1 II
Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG
iPhone 17 Pro Max
現像 Adobe Photoshop Lightroom CC
撮影枚数 610枚
- 手のひらに乗りし命は空となり 今朝も羽音があほまろを呼ぶ -

 今日は「母の日」でございますね。あほまろの母は、もう遠い空の向こうへ旅立ってしまいましたので、今朝は浅草寺の香煙の漂う境内で、そっと手を合わせ、冥福を祈ってまいりましたよ。
 若い頃には照れ臭くて言えなかった「お母さんありがとう」という言葉も、こうして歳を重ねるほど、胸の奥で何度も繰り返されるものですね。
 そして今日はもうひとつ、「愛鳥の日」でもあるのです。今日から一週間は、環境庁によって定められた「愛鳥週間(バードウィーク)」。もっとも、あほまろにとっては、鳥たちを愛でるのに“週間限定”などという発想はございませんけどね。世間が「今週だけ鳥を愛しましょう」と言うたびに、「人間という生き物は、ずいぶん都合よく愛を区切るものだな」と、少々ひねくれたことを考えてしまうのでございますよ。

 それでも今日は、毎朝遊んでくれるビクトリー君と共に、「これからも仲良く、楽しい朝を迎えられますように」と浅草寺で願いを込めてまいりましたよ。
 可愛いビクトリー君の写真は、「今朝の羽音」ページをご覧下さい。

 実は、あほまろは子どもの頃から鳥が大好きだったのです。
北海道の家の裏庭では、数羽のニワトリを飼っておりました。まだ戦後の空気が色濃く残っていた時代。目覚まし時計など無くとも、雄鶏の「コケコッコー」が朝を告げてくれるのでした。
 顔を洗うより先に庭へ飛び出し、巣箱を覗いて卵を集める――それが、幼いあほまろの日課でしたよ。

 その中に、一羽だけ特別に懐いてくれるメス鳥がおりました。名前も付けていたはずなのですが、長い年月の中で忘れてしまいました。人の記憶とは不思議なもので、名前は忘れても、ぬくもりだけは消えないのですね。
 あほまろが庭へ出ると、その鳥は「待ってました」と言わんばかりに、トコトコと近寄って来るのです。手のひらを差し出すと、ぴょんと飛び乗ってくる。その小さな重みと体温が、子どものあほまろにはたまらなく愛おしかったのでした。

 ところが、ある朝。
 いつものように庭へ出ても、その鳥の姿が見当たらないのです。巣箱にもいない。庭の隅にもいない。不思議に思って祖父に尋ねると、祖父は実にあっさりと申しました。
「夕べ、お前も食っただろう」
 その瞬間の衝撃は、今でも忘れられませんよ。

 昨日まで、あほまろの手のひらに乗っていた命が、夕べは食卓の皿の上にあった――。
 子どもだったあほまろは、可哀そうで可哀そうで、祖父を責めながら大泣きしてしまったのでした。できることなら、最後までペットとして飼っていたかった。ですが、あの頃は戦後間もない食糧難の時代。命をいただくことが、生きることそのものだったのです。
 今になって思えば、あの出来事が、あほまろにとって初めて「命の重さ」を知った瞬間だったのかもしれませんね。

 それ以来でしょうか。鳥を見ると、ただの鳥とは思えなくなってしまったのは。
毎朝、浅草寺の境内でカラスやスズメに話しかけ、ハトと遊んでいる姿を見て、「変わった老人だ」と思う方もいらっしゃるでしょう。ですが、あほまろにとって鳥たちは、昔の記憶の続きを今もどこかで生きている存在のように感じられるのでございますよ。

 そういえば、二十年ほど前には、こんなこともありました。

 当時、境内のお参り町の入口に立ち食いそば屋さんがあり、あほまろは参拝を終えると、外に置かれたテーブルで朝蕎麦を食べるのが日課になっていたのでした。
 ある朝、一羽の子スズメが、ひょいとテーブルの上に乗ってきたのです。
 チュン、チュン――。
 試しに蕎麦を一本差し出してみると、その子雀は実に美味しそうについばんでくれましたよ。あほまろは嬉しくなって、「チュン吉」と名付けたのです。

 それからというもの、毎朝同じ時間になると、チュン吉はあほまろを待つようになったのでございます。蕎麦屋の常連より律儀な雀でございましたね。
 ところがある日、境内での路上営業規制が厳しくなり、外のテーブルが撤去されてしまったのです。以後、店内で食べるしかなくなり、チュン吉とは二度と会えなくなってしまったのでした。
 人間の都合というものは、時として小さな縁まで切ってしまうものですね。

「蕎麦すすり 雀と分けた朝の味 人の都合で縁は風去る」(阿呆人也)

 覚えてますか。昨年の夏には、境内の縄張り争いに敗れ、浅草寺を追われるように姿を消してしまったカラスのキョエちゃん親子もおりましたよね。
 あの子たちは、今ごろどこで暮らしているのでしょう。元気でいてくれたら良いですね。また、どこかの朝焼けの空の下で、ひょっこり姿を見せてくれないものでしょうか。

 今朝、「愛鳥の日」に、広い境内を自由に飛び回るビクトリー君を見上げながら、あほまろはそんな遠い日の記憶を、ひとつひとつ思い返しておりましたよ。
 命は巡り、季節も巡り、そして朝は、今日も静かにやって来ます。これからもあほまろは、境内に暮らす鳥たちを愛しながら、浅草の朝を歩き続けていきたいと思っておりますよ。

「手のひらに 乗りし命は空となり 今朝も羽音があほまろを呼ぶ」

 浅草寺の裏広場は、表のあの賑わいがまるで幻であったかのように、観光客の喧騒も届かぬ静寂に包まれた空間でございますが、三社祭は神輿広場となるのですよ。

 今朝の日の出は午前4時40分。

。

 おはようございます。今朝は開門4分前にやって来た、山本さん、野崎さん、陽子さん、高橋さんと金山さん。

 梶原さんも加わって。

 子育地蔵さま、わが家の子どもたちと猫の安全をお守りください。

 奥山の奥に移動された「日本のナイチンゲール」と称される瓜生岩子像。

 初夏の境内をご覧下さい。

 開花し始めた「トウネズミモチ」

 イロハモミジは見事に若葉を広げ、初夏の勢いを感じさせております。

 定点観察を続けているソメイヨシノの木。あほまろはこの木の幹桜がことのほか好きで、散ってもなお、その様子を見届けているのでございます。

 昨年から落ちることなく、新葉にそっと覆われながら、いまだに枝にしがみついているソメイヨシノの四枚の葉。新葉の下で存在を確認できましたよ。

「散りそびれ 時の流れに 抗(あらが)いて 幹しがみつく 意地の四枚葉」(阿呆人也)

 広々とした境内。見慣れた風景が消えて、寂しくなってしまいましたが、これもまた時の流れというものなのでしょうね。

 あほまろは今日も秘密基地でダラダラ過ごしますよ。

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 夕べの睡眠は84%でした。

 おはようヒロちゃん。

 今朝の朝の朝食は、豚汁と納豆ごはん。デザートはイチゴ。

 妻のコレクションは、陽子さんから頂いた常磐ハワイのおみやげと、オードリーさんとアナスイさん。

 昨日の東京スカイツリー。

 あほまろお帰りなさい。

 夕べの夜の夕食の晩ご飯は、息子が贈ってくれたカーネションを飾って、豚汁に巻き寿司。デザートはアメリカンチェリー。

 妻のコレクションは、テラちゃんとツイギーちゃん。

Memo
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