令和8年(2026)3月25日(水) 旧暦2月7日 友引
今朝の撮影 Data SONY α1 II Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG iPhone 17ProMAX 現像 Adobe PhotoshopLightroomCC 撮影枚数766枚
- 三分咲き 花は控えめ枝の上 人は満開宴で咲きけり -
今朝の外気温は10℃。風もなく、どこか春の気配を感じさせる爽やかな朝でございました。もっとも、その穏やかさも束の間、低気圧が東へと進むにつれて、次第に空模様は下り坂へ向かうようです。 あほまろの散歩の帰り道でも、すでに小雨がぱらつき始めておりましたよ。この後、午後には本降りとなり、雨は明日の朝まで残る見込みとのこと。せっかくの春の陽気に水を差すようで、少々恨めしい空でございますね。 境内のソメイヨシノは、現在まだ四分咲きほど。これからが見頃という大切な時期ゆえ、どうかこの雨が“花散らし”にならぬことを願うばかりでございます。桜というものは、咲くもよし、散るもまた風情とは申しますが、やはり満開の姿をゆっくり愛でたいのが人情というものでしょうね。 さらに残念なことに、週末も上空に気圧の谷が接近し、大気の状態は不安定になる見込みで、再び雨の予想が出ております。花見を楽しみにされている皆さまにとっては、なかなか気を揉む天気が続きますね。 お出かけの際は、どうぞ空模様と相談しながら、傘のご用意もお忘れなく。春の桜は待ってくれませんが、天気予報くらいは、こちらが少し気を配ってやるのもまた一興でございます。 昨日は久しぶりに青空が広がり、春らしい陽気に誘われて、あほまろは桜の開花具合を確かめようと、写真機をぶら下げて隅田川沿いの隅田公園をのんびり歩いてまいりました。 ところがでございます。同じ浅草でも、川沿いは少しばかり空気が冷たいのでしょうか、浅草寺境内の桜に比べると、こちらはまだ二〜三分咲き。枝先にほころび始めた花びらが、まるで「もう少し待ってくれ」と遠慮がちに春を引き留めているようにも見えましたよ。 それにもかかわらず――いや、それだからこそでしょうか。桜が満開になる前から、すでに大勢の「花見客」がシートを広げ、宴席を楽しんでおられるではありませんか。 まだ咲かぬ花を前に杯を交わすその姿、これはまさに日本人の真骨頂。 「花を待つ」のではなく、「花を迎えに行く」風流とでも申しましょうか。いやはや、理屈をつければ高尚、現実を見ればやはり――「花より団子」の見本市でございますね。 「三分咲き 花は控えめ枝の上 人は満開宴で咲きけり」(阿呆人也) あほまろはその光景を眺めながら、春の気配だけで満足できる人間の器の大きさと、ついでに酒席の誘惑に負ける弱さの両方を、しみじみ感じてしまったのでございます。 散歩の途中では、顔なじみの方ともばったり出会いました。 聞けば、今週末に会社の花見を控え、その場所探しに奔走しているとのこと。先に訪れた上野公園では、肝心の桜がまだ咲いていないにもかかわらず、すでに人・人・人の大混雑。そこで急遽、隅田公園へと転戦してきたというわけでございます。 さらに話を聞けば、数年前にはレジャーシートを広げ、石で固定し、さらにはガムテープまで駆使して場所取りを試みたものの、「無人シートは撤去」という現実の掟を知らず、あえなく失敗。 今回はその反省を活かし、「場所取り係は常駐」が鉄則とのことで、なんと前日から夜通しで番をする覚悟だとか。 もちろん、その大役は新入社員に白羽の矢が立つとのこと。桜はまだ三分咲き、しかし社会の現実はすでに満開。いや、むしろ散り急ぐ若葉のごとし、でございますね。 トイレにも行けぬ、食事もままならぬ、無人になれば即撤去。これぞ令和の“花見道”。桜の下での宴席とは、なかなかに過酷な修行でございます。 さらに昨今は、公園でのギター演奏やカラオケなども禁止されておりますから、賑やかな宴を望むなら、いっそ室内で桜の映像を眺めながら歌う「エア花見」の方が気楽で楽しいのでは――そんなことをその方は笑いながら呟いておりました。 あほまろは心の中でそっと突っ込みましたよ。 「それなら最初から、桜も場所取りもいらぬではないか」とね。 けれども、それでもなお人は桜の下へと集うのです。咲くか咲かぬか、その曖昧な時間さえも愛でるために。 桜とは、花そのものよりも、そこに集う人の心を映す鏡なのかもしれませんね。 「咲かぬ枝 先に酔ひたる人の群れ 花は後から帳尻合わせ」(阿呆人也) 桜はまだ準備中。けれど人間だけは、いつでも満開でございます。 ちなみに、ここ浅草寺境内では、シートを敷いてのお花見は勤仕されておりますよ。 浅草寺の裏広場には観光客の喧騒も届かず、ただ静かな空気が流れる、とっておきの場所でございます。その片隅で、人知れず「時間の重なり」をそっと見せてくれ光景は、花見よりも好きな場所。 今朝の日の出は午前5時38分。 宝蔵門前のシダレザクラが満開を迎えており、今朝も数名の方々がカメラを構えておりましたよ。 ハナカイドウの花も咲き出しました。 ボケの花。 境内の河津桜は、花の次は命をつなぐ実の季節になりました。 シキザクラ。 浅草神社境内のシダレヤナギは、一斉に芽を吹きましたよ。 シダレザクラの芽吹きと、ソメイヨシノの花を一緒に収めてみたいものですが、今年は全体的に開花が遅れているようで、その見事な“共演”はなかなか難しそうですね。 今朝もまだ夜明け前―― 境内が静寂に包まれる刻限に、ビクトリー君は本堂の屋根の上で、じっと辺りを見渡しておりました。 その姿は、いつものように堂々としていながらも、どこか落ち着かぬ様子で、まるで誰かを探しているかのようにも見えるのです。きっと、パートナーのレインボーちゃんの姿を求めていたのでしょう。 その眼差しには、わずかな寂しさが滲んでおりましたよ。 それでも、あほまろがそっと声をかけると、気づいたようにこちらへ向きを変え、いつもの棚の上へと降りてきてくれました。 その仕草に、あほまろは思わず安堵の息をついたのでございます。 おはようビクトリー君。 嬉しいことに、足の具合もずいぶん良くなってきたようで、昨日まで見られた“びっこ”を引くような歩き方は、ほとんど感じられなくなっておりましたよ。 誰に教わるでもなく、自らの力で傷を癒し、こうして再び元気な姿を見せてくれる――その健気さには、ただただ胸を打たれるばかりでございます。 しかしながら、その回復の陰で、あほまろの心にはもうひとつの思いがよぎります。 レインボーちゃんの姿が見えないこと。あの優しく寄り添うような二羽の姿が、今朝はどこにも見当たらないのです。 いったいどこで、何があったのか。 自然の中で生きるということは、時に厳しく、そしてあまりにも突然に別れをもたらすもの。 そう分かってはいても、やはり気がかりでなりません。 傷を抱えながらも、変わらぬ日課を続けるその姿に、あほまろは小さな命の強さと、どこか人の心にも通じる“想い”を感じずにはいられませんでしたよ。 傷を抱えながらも、変わらぬ日課を続けるその姿に、あほまろは小さな命の強さと、どこか人の心にも通じる“想い”を感じずにはいられませんでしたよ。 おはようございます。今朝は開門3分前にやって来た、野崎さんと高橋さん。 子育地蔵さま、わが家の子どもたちと猫の安全をお守りください。 奥山の奥に移動された「日本のナイチンゲール」と称される瓜生岩子像。 影向堂のソメイヨシノは3〜4分咲きになりました。週末には満開になりそうですね。 春の境内をご覧下さい。 イロハモミジの枝先に新葉の準備が始まってきました。 定点観察をしているソメイヨシノの幹にも桜が咲きましたよ。 昨年から落ちずに、いまだに枝にしがみついているソメイヨシノの四枚の葉。いったいどこまで踏ん張ってくれるのかな、頑張ってください。 「散りそびれ 時の流れに 抗(あらが)いて 幹しがみつく 意地の四枚葉」(阿呆人也) 境内の木々はすべて伐採され、現在は一帯を平らに整地する工事が進められております。かつて鬱蒼とした木立に包まれていた面影はすっかり消え、いまはただ、広々とした空が静かに広がるばかりとなりました。 あほまろは今日も秘密基地でダラダラ過ごしますよ。 ------------------------------------------------------- 夕べの睡眠は86%でした。 おはようヒロちゃん。 今朝の朝の朝食は、野菜とチェリソーもとタマゴにチーズバーガー。デザートはイチゴ。 妻のコレクションは、バービーちゃんとレアちゃん。 昨日の東京スカイツリー。 しゅと犬くん。 あほまろお帰りなさい。 ごはんだよ。 ヒロちゃんには、チュール。 夕べの夜の夕食の晩ご飯は、ピザのようでビザじゃ無し、何やら不思議なパンにポタージュ。デザートはセトカ。 妻のコレクションは、音威子府村の春さんと留さん。 Memo iPhone 16 ProMAX