令和7年(2025)7月17日(木)旧暦6月23日 仏滅
今朝の撮影 Data SONY α1-2 SONY FE 24-240mm/F3.5-6.3 OSS iPhone 16ProMAX 現像 Adobe PhotoshopLightroomCC 撮影枚数535枚
- あほまろのLEICA沼にお付き合いください -
今朝の早朝散歩は、雨が降ったり止んだりの不安定なお天気で、時折、突然の激しい雨に見舞われる場面もありました。それでも、空気の重さと蒸し暑さは変わらず、体にまとわりつくような湿気でしたよ。 しかし、天気はこれから徐々に回復に向かう見込みで、明日からは晴天の日が続くとのこと。来週末の三連休を前に、関東甲信地方では梅雨明けとなる可能性が高いようです。いよいよ夏本番が近づいてまいりましたね。 今朝はあほまろのLEICA(ライカ)愛にお付き合いください。 「LEICA沼に足を突っ込むと身上潰してしまう」。なんとも絶妙な言い回しをご存じでしょうか。LEICAを愛してやまぬ者たちが口を揃えてそう嘆くのも無理はないのです。あれはただのカメラではなく、財布の底を知り尽くす“機械仕掛けの魔物”なのですよ。見た目は無垢なドイツ紳士のようでいて、その実、じわじわと人生の軌道を狂わせていくのですからね。 あほまろがその“魔物”の名を初めて耳にしたのは、まだ学生の頃。通信社でアルバイトとしてカメラマンの助手をしておりました。といっても、現像液の準備やプリントの順番待ちで走り回るのが主な仕事で、先生のカバン持ちという、いわば写真界の丁稚奉公のようなものでした。 ところが、先生が急用で現場を離れると、「おまえ、撮っとけ!」の一言で、見よう見まねでシャッターを切る羽目になることも多々ありました。いわば、無免許撮影の連続です。しかし、そこで培われた“現場勘”こそ、のちの人生の礎になったと、今では感謝しているのですよ。 先生は、仕事では無骨なニコンやキヤノンなど使っておりましたが、プライベートではいつもバルナック型のLEICAを携えておりました。手のひらにすっぽり収まるその姿は、まるで工芸品のような気品を放ち、当時のあほまろにとっては“聖杯”そのものでした。しかし、「これには触るな」と言われ、遠くから眺めることしか許されませんでしたけどね。 そんな憧れを胸に、あほまろは銀座のスキヤカメラ店に足繁く通い、ショーケース越しにLEICAを見つめる日々を送りました。店員さんも呆れた様子で「また来たの?」と笑っておりましたが、それでも見せてもらうだけで満たされていたのです。だって、当時のLEICAは中古車よりも高かったのですよ。 その夢が思いがけず叶ったのは、22歳の時でした。アルバイトを辞めたあとも親しくしてくださっていた先生が亡くなり、奥様が形見として、あのバルナック型のLEICAを譲ってくださったのです。あの時の感触――ずしりと手に馴染む真鍮の重み、無音に近いシャッター音、それは、あほまろの人生における“初恋の再会”のようなものでした。 それ以来、あほまろのLEICA人生が始まったのです。理屈ではありません。ただ、触っていたい。持って歩きたい。たとえ撮らずとも、LEICAと共にいたい。それが“LEICA沼”の正体です。 気がつけば56年の歳月が流れ、今やLEICAのカメラは20台以上。レンズも数えきれないほど揃えてしまいました。にもかかわらず、新製品のニュースに目を輝かせ、毎回、「これで最後」と念じながら、ポチる寸前の指を押しとどめているのであります。 いや、すでに押してしまったかもしれませんが…。 とはいえ、あほまろの毎朝の散歩や浅草の行事の記録には、実のところLEICAは使っておりません。LEICAは、先生がかつて語っていたように、「自分の人生を刻むためのカメラ」なのです。記録のための道具としては、より軽快で迅速な操作が可能な機材――つまり、あほまろの場合、SONYの一眼レフがその役割を担っているのですよ。LEICAに対して敬意を払いつつも、日々の暮らしにはやはり“働き者”が頼りになるというわけです。 まさに―― 「沼と知り 足を入れたが LEICA沼 我が身と財布 戻れぬままに」(阿呆人也) それでも、LEICAと過ごしたこの人生に、いささかの悔いはございません。潰れたのは“身上”ではなく、“常識”だったのかもしれませんからね。 今朝の浅草は、夜明けとともにしとしとと小雨が降り始め、境内もしっとりと濡れておりました。そんな空模様のせいか、キョエちゃんは屋根の上から降りてきませんでしたよ。 きっと濡れるのが嫌だったのでしょう、じっと動かず、空を見上げる姿はまるで哲学者のようでした。 一方、キョエちゃんママはというと、いつものごとく大胆です。 どこからともなく姿を現し、屋根の上から軽やかに舞い降りると、「おはよ〜!」とでも言いたげに、大きな声で鳴いてくれました。その声は、雨音に混じってしっかりとあほまろの耳に届きましたよ。 しかし、空はだんだんと暗くなり、雨脚も強まってきました。キョエちゃん親子にとっても、今朝はそろそろ巣に戻ったほうがよい時間です。雨に濡れて風邪をひいたら大変ですからね。 「また明日、晴れ間の下で会おうね」、そんな気持ちを胸に、あほまろはそっと境内をあとにしたのでした。 小雨がそぼ降る今朝の浅草。どこかしら湿り気を帯びた空気の中でも、あほまろの散歩はいつも通りに始まります。そんな朝にもかかわらず、ビクトリー君はまるで雨など気にしない様子で、いつものようにあほまろの足元に現れました。 羽根が濡れることもいとわず、観音裏までぴたりと着いてきてくれたビクトリー君。その姿には、まるで「今朝も付き合いますよ」とでも言いたげな気配が漂ってますね。 そして、しばらくすると――突然、軽やかに羽ばたき、空中でくるりと宙返り。まるで小雨を吹き飛ばすような勢いで、美しい乱舞を見せてくれたのです。 あの灰色の空の下で羽根を広げた瞬間、まるで境内の空気が一変したかのような清々しさが広がりました。 雨の日でも舞えるビクトリー君。まさにその名の通り、今日も“勝利の舞”を披露してくれたのでありました。 「雨空に 踊りで挑む ハトひと羽 名はビクトリー 心も晴れる」(阿呆人也) ありがとうね。 今朝の日の出は午前4時37分。 アメリカデイゴ。 合歓の花。 空模様が一変し、突然の激しい雨に襲われました。 おはようございます。今朝は雨の中、開門の2分半前に、野崎さんがやって来られました。ご一緒だったのは、お友達の高橋さん。 いつも感じることですが、西洋の方々は、少々の雨なら傘を差さずに平気な様子ですね。まるで小雨など気にも留めないかのように、濡れることを楽しんでいるようにも見えます。 子育地蔵さま、わが家の子どもたちと猫の安全をお守りください。 日本のナイチンゲール、瓜生岩子像。 夏の境内をご覧下さい。 メイプルリーフ。 ソメイヨシノ。 昨年から落ちずに、いまだに枝にしがみついているソメイヨシノの一枚の葉。 「散りそびれ 時の流れに 抗(あらが)いて 幹しがみつく ひとひらの意地」(阿呆人也) サルスベリの花。 今日は段々と天気が回復に向かい、厳しい蒸し暑さになる見込みです。 あほまろは今日も秘密基地でダラダラ過ごしますよ。 ------------------------------------------------------- おはようヒロちゃん。 今朝の朝の朝食は、アジの開きとパン。デザートはキュウイ。 妻のコレクションは、千草ちゃんと音威子府のトメさん。 昨日の東京スカイツリー。 しゅと犬くん。 あほまろお帰りなさい。 夕べの夜の夕食の晩ご飯は、お肉とタケノコ丼。デザートに「黒佐藤」を飾りました。 妻のコレクションは、バービーちゃんとひかるちゃん。 Memo iPhone 16 ProMAX ------------------------------------------------ おや、何か届きました。 NOCTILUX-M 50mm f1.2の復刻版です。 NOCTILUX-M 50mm f1.2 ASPH. さっそく帰り道に、開放の味を試してみました。 Memo Leica M11P SAFARI NOCTILUX-M 50mm f1.2 ASPH.