あほまろとモモちゃんの今朝の浅草日記
a
back today next

平成25年6月29日(土) 旧暦5月21日先勝

今日の Menu
○ 今朝の浅草寺境内
○ 今朝のワンちゃん
○ 今朝の猫ちゃん 
○ 表紙に戻る   
今朝の撮影 Data
Canon EOS 5D Mark III
Canon EF24-105mm F4L IS USM
Canon EF70-300mm F4-5.6 L IS USM
現像 Adobe Photoshop Lightroom
4
撮影枚数
785

- ビリケンさん -

日記写真

 今朝も雲は多かったけど、時々太陽も顔を出すようですね。このような梅雨の晴れ間の紫外線は強烈なんだって言ってたよ。屋外でのレジャーの際は帽子や日傘でUV対策をしてね。
写真00
 今朝のネットのニュースで、
 「奈良県黒滝村で村制100周年を記念して作ったビリケンさんの複製の光背と台座に用いた木材は弥生時代の紀元前141年に生えていたヒノキだったことが奈良文化財研究所の調査で分かった」
写真00
 そんな記事がありました。まさか、「ビリケンさん」を造るために紀元前141年前のヒノキを切り倒したってワケじゃ無いでしょうけど、そんな古いヒノキの木材をいったいどこから持って来たのかが興味があるんだけど、それに関しての記載無し。
写真00
 「ビリケンさん」は足の裏をなでると幸運が訪れるといわれるアメリカの女性芸術家が夢で見た神様がモデルになった神様(?)。
写真00
 1912(明治45)年に開業した新世界の基となる遊園地「ルナパーク」に書斎ビリケン像が置かれ、閉園時に行方不明になったままなのです。
写真00
 今まで、通天閣に祀られている「ビリケンさん」は、1980(昭和55)年に造られた2代目なのです。
写真00
 現在祀られているのは、昨年、新世界・通天閣100周年記念で、新調された3代目で、2代目は通天閣オフィシャルバンド「通天交響楽団」のメンバーとして、ライブ会場に出没しているそうです。
写真00
 関西では有名な「ビリケンさん」ですが、関東では、なじみの無い神様(?)だけど、昭和初期に大阪で、初代桂春団治の落語「八問答」が流行し、「今、ピリケンさんに信心してんねん」と語ったことが神様で有る証になったようですね。
写真00
 大阪在住の友人と通天閣に昇った時、「ビリケンさん」の前で、「ビリケン」と呼び捨てにしていた若者に、神さまを呼び捨てしなさんなって、注意したね。
写真00
 そして、お賽銭をあげて「ビリケンさん」の足を掻いてあげるとご利益があるんだと、教えてたっけ。
写真00
 アメリカ生まれだけど、今では大阪の神様になって、通天閣では「ビリケンビール」なんて御神酒も売られてましたね。
写真00
 以前はアメリカでも、「ビリケンさん」と「キューピーさん」の雰囲気が似ているので、キューピッドとされて居たようなので、福の神かも知れませんね。
写真00
 「ビリケンさん」は、お世辞にもカワイイとはいえない顔で、つりあがった目。変になまめかしい身体の曲線だけど、庶民的で哀愁が漂う神様は他に類が無いでしょう。
写真00
 そんな奇妙な風体と、大阪の通天閣に祀られてることが、いつも興味をひくんだよな・・・。
写真00
 以前はアメリカでも、「ビリケンさん」と「キューピーさん」の雰囲気が似ているので、キューピッドとされて居たようなので、本物の福の神になってしまったのでしょうね。
写真00
 東京のスカイツリーには高さで負けているけど、お笑いでは負けない大阪の通天閣。今朝のニュースを見て、久しぶりに「ビリケンさん」に逢ってみたくなったもので、浅草とは何の関係も無いこと書いてしまったけど、
写真00
 明治から大正にかけて日本の二大繁華街として栄えた東京の浅草十二階と六区興業街、浪速の通天閣にルナパーク。そのどちらにも信仰が有る特異な土地柄という意味では浅草の観音様もビリケンさんも同じたぐいのものってことにしておきましょ。
写真00
 今年も半分終えましたね。今日と明日は、浅間神社周辺で「お富士さんの植木市」が開催されます。この植木市は東京でも最大級の規模のもので、沢山の植木商が、浅草寺裏より浅間神社周辺に集まるのです。「お富士さんの植木市」で買った木は良くつく、と言われていいるので、みなさんも浅草にいらっしゃいませんか。
写真00
-----------------------------------
 あほまろは、円歌師匠直々のお稽古を20年近くも続けているんだよ。夕べは、尾久の「割烹熱海」で時季外れだけど、ちゃんこ鍋のお稽古を付けていただきました。 
写真00
 かつて、「尾久町(おぐまち)」と言えば、料理屋・芸妓屋・待合の三業地で、「東京に最も近き避暑地」と言われていたところでしたが、
写真00
 今では、三業地として栄えた往時の名残として見られるのは、割烹料理屋「熱海」と「深水」だけになってしまったね。

 かつては、尾久温泉街と親しまれ、ここ「熱海」の店名も有名温泉にちなんでつけたものだったとか。他にも、「有馬」、「草津」という料亭もあったとか、店主が教えてくれました。
写真00
 さすが割烹料理屋さんだけあって、お料理の量も質も最高でしたね。カツオのたたきはニンニクたっぷり。
写真00
 和風ステーキだけど、メインディッシュじゃありません。
写真00
 いよいよメインディッシュのちゃんこ鍋が始まった。けど、この時点で、あほまろのお腹は既に満腹状態だったね。    
写真00
写真00
 それでも、残しては当然のようにお稽古にはならないもので、
写真00
 ひたすら胃の中に流し込むのには、禁酒中だけど、アルコールの力を借りるしか策は無かったのですよ。
写真00
写真00
 おかげで、食べて食べて、呑んで呑んでも・・・、 
写真00
 まだこんなに残ってるし・・・。最後は、この中にうどん入れて食べちゃったけど、だいぶ酔っ払ってた。
写真00
 何?まだ出て来るの、天ぷらだよ・・・。
写真00
 前菜からデザートまで、昨夜はいったいどれほどお稽古をしてしまったのでしょう・・・。
写真00
 師匠も弟子も尾久の熱海で満足だったけど、これを最後に、師匠も弟子も酒は断ちましょうねって言ったら、師匠に横向かれてしまったよ。
写真00
Memo
SONY DSC-RX100
Vario-Sonnar T* 1.8-4.9/10.4-37.1

back
にほんブログ村 地域生活(街) 東京ブログ 台東区情報へ
ここ、↑ポチッと押してね。