『今朝の浅草』
浅草と墨田を結ぶ吾妻橋。創架は1774年(安永3年)竹町の渡しと呼ばれた渡し舟があった場所であった場所に架橋された江戸時代に隅田川に架かる最後の橋だったのです。最初は「大川橋」とも呼ばれて木造造りの大橋として親しまれていたのでしたが、明治18年の大洪水で流失した上流の千住大橋の橋脚が衝突して一緒に流失してしまったのです。
そのため、明治20年に隅田川最初の鉄橋として再架橋されたトラス橋でしたが、橋板だけは木製だったために関東大震災によって焼け落ちてしまい、昭和6年(1931)に現在の橋に架け替えられたのです。
昨日のニュースで、隅田川にかかる勝鬨(かちどき)橋、永代(えいたい)橋、清洲(きよす)橋の三つの橋が国の重要文化財に指定されることになりました。ご存じ勝鬨橋は、船が通航する際に二つに割れて開く二葉式跳開橋で国内最大です。その上流にあるアーチ橋の永代橋大正15年(1926)完成と、つり橋の清洲橋昭和2年(1928)完成は、関東大震災の復興事業の一環として大当時の最先端の橋梁構造や技術が駆使されたデザインが評価されたようですね。
でもね、なぜ吾妻橋は指定されなかったのでしょう。隅田川に架かる橋として、千住大橋、両国橋と共の歴史的にとっても重要な役割を担ってきた橋ですよね。これら三橋を除外しして何で他の三橋が・・・。腑に落ちない結果ですよね。
でもね、逆にいえば重要文化財に指定されてしまった暁には、補修や修復工事などが勝手に出来なくなってしまう。そのまま朽ち果てるのを指を銜えてきていなければいけないなんてことになるのかもね。
橋といえば、現在都内に現存する鉄橋で、実際に利用されている自動車橋として最も古い橋をご存じですか。隅田川の下流、亀島川の合流地点付近に架かる南高橋なのです。実は、この橋は明治37年(1897)に架けられた旧両国橋の一部が移設されて出来た橋なのですよ。あまり通行量も多くない道路なので、見物するには最高なんですよ。あほまろも当時の面影を今に残してくれる風情が好きなので、時々撮影にもでかけているほどです。それこそ重要文化財に指定されても良さそうなものじゃないのでしょうかね・・・。
聞くところによると、国の重要文化財を指定する学者さんたちってご存じですか。ジャンルによって国から依頼された学者さんたちを中心に組織されるのですが、顔ぶれは非公開。高校野球で動く裏金ところじゃないとの噂も。現在、とあるマスコミで重要文化財の「管理団体」疑惑、内密に調べているそうですよ。
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『今朝の雷門』
写真撮ってください。いつものことです。写真撮っても良いですか。これもいつものことです。撮って良いですかといっても、もちろんみなさんは、あほまろを撮るわけじゃないのですよ。いつもモモちゃんが主役なのです。それが、今朝は韓国から遊びにきたという若いお姉さんに、一緒に撮っても良いですかとあほまろも写されてしまいましたよ。



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『今朝の一写』
今日は「浅草流鏑馬」です。おや、この女性は昨年も出場した方ですね。確か昨年はまだ中学生でしたよ。

流鏑馬は小笠原流兵法の一つで、人馬一体となって縁起をしなければいけないのです。彼女も、自分の身支度よりも馬のタテガミを整えるのに忙しそうでした。

ことらが会場ですが、特設馬場を造ったため今日は通り抜けることができません。

立派な馬が8頭も並んでいますよ。

このメガネの方は毎年素晴らしい演技を見せてくれる方ですね。あほまろの写真の中にも多く登場しているのでお馴染みですよ。

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『今朝の境内』
何の飾りも無くなった浅草仲見世。これも、今朝で見納めですよ。

もしもし、ここはスキー場じゃないんですけど。

雷門で観察できるお決まりのポーズ。

かわいい方は韓国からいらっしゃった写真学校に通うお姉さんです。お母さんが日本で生まれ育ったとのことで、日本語はペラペラのペラ。

今回のテーマは「日本の下町」といってましたよ。それで、「下町のオジサン」あほまろを写したかったんですね。モモちゃんが主役じゃ無く、あほまろが主役になったっての始めてでしたよ。

今朝は、お嬢さんたちを隅田川の流鏑馬会場まで案内してあげました。今夜も浅草に泊まるので、流鏑馬も撮りに来るそうですよ。アンニュン!

もうほとんど五重塔が見えなくなってしまった。五重塔が見えなくなる木。

宝蔵門。
いよいよ通路の覆が撮れましたよ。仁王さまはまだシートを被ってますが、足場が組まれているところを見ると、そろそろご開帳かな。

今朝も340メートルを詰めた写真にしてみました。

おや、韓国からの女性がやって来ましたね。

浅草神社です。

無くなったら無くなったで・・・。

これから仲見世に三社祭の提灯を取り付けに出発するのですよ。

まずは、雷門側から取り付け工事が始まりました。

毎年繰り返される作業。慣れているので手際の良いこと。一組みの提灯を取り付ける所用時間はおよそ30分ですって。

影向堂の正面。何が言いたいのかというと、今日から撮影禁止の大きな看板が掲げられたのです。それを撮りたかったのですが、考えてみたらそれも撮影禁止場所にあるもので、ここから撮ってみました。賽銭箱の上の看板のことですよ。

五月五日の背比べ・・・。これから連休が終わるまで、境内に鯉のぼりが吊されます。

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浅草に直接関係の無いお話も多いですが。ここは、あほまろの呟きですかね。
『今朝の余談』
東京駅の八重洲地下街で、雑誌「荷風」の「懐かしの東京展」が開催されているとのことで、いってきました。

友人の町田忍氏の後援会も行われるとのことでしたが、夕方からなので聞けませんでしたが、人気があるので午前中から整理券を配布しておりましたよ。

雑誌「荷風」の表紙を飾ったジオラマが展示されていました。

奥から歩いてくる方が荷風さんのような・・・。でも、雑誌「荷風」と永井荷風は関係ないのですけどね。先日、永井荷風氏の身内の方の著書「ひとり暮らしの贅沢」という本を読ませていただきました。ひとり身の間借り暮らし。よれよれの服装。下駄のまま、平気で畳の部屋を歩く無頓着さ。そんな永井荷風の金銭哲学に感動したばかりだったので、こんな風景と永井荷風は似合わないのかもしれないよな・・・。

雑誌閲覧コーナー。

町田忍氏の懐かし展示品に見入るオジサン。

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