『今朝の浅草』
楽しかった二日間の旅行を無事終え、普段の生活に戻ってしまいました。モモちゃんもナナちゃんもとっても嬉しそうです。昨夜、帰ってすぐにモモちゃんにご挨拶、でも寝ながらチラッとあほまろの顔を見ただけで、全く無関心でまた顔を伏せてしまったのです。おや、いつもなら飛びついて喜ぶのに、身体の調子でも悪くしたのかな・・・。抱き上げて顔の側で“ただいま”って言ってあげると、突然“寂しかったよ!”って、吠えたり囓ったり、あほまろの足に飛びつきながら、もの凄い喜び様です。あほまろが帰って来た喜びを隠してスネたふりしてたんですね。その反面、ナナちゃんは留守を知ってか知らずか、全く無関心。“ただいま”の言葉にも、“あっそぅ”って顔して見てましたよ。
帰りが遅かったので、他の3匹は既に寝室に居ます。そ〜っと、寝室のドアを開けてみると、寝ていたはずの犬たちもあほまろの帰りを知ってドアの側で待ってましたよ。もちろんみんな喜んで迎えてくれました。特に、病気がちのポーちゃん、まるで涙を流しているかのような目で“お帰り”っていってるようでした。運動不足で太りぎみのポーちゃん、身体の調子が悪くたって暖かくなったら再び散歩を始めましょうね。
久しぶりの留守でしたが、みんな元気で居てくれて安心しました。留守中の女房を労おうと、美味しい高山の地酒をお土産に持って帰ったんですが、帰宅時には真っ赤な顔してすっかり出来上がってましたよ。まったく・・・。

昨日は、早朝の朝市から午後4時頃まで飛騨高山を満喫してまいりました。あほまろが高山を訪れたのは、今回で確か8回目を数えます。初めて訪れたのは、昭和43年だったと記憶しています。しかし、過去の訪問がすべて仕事だったことも有り、いわゆる観光の経験が無かったのです。観光と割り切った今回の旅行、ガイドブックでお馴染みのコースをたどりながら博物館や資料館を廻ってまいりました。その詳細は「今朝の余談」をご覧ください、
あほまろが高山で、はまってしまったのが「朴葉(ほうば)味噌」という独特な焼き味噌です。地元で醸造された数種類のお味噌を混ぜ、それに刻んだ長ネギと椎茸を朴葉の上に乗せ、小さなコンロの上で焼くだけの単純な料理なのです。そんなの何処でも造れるとお思いでしょうが、これを自宅で真似してみると、雰囲気は同じですが、お味噌が違うのが、味は全異なってしまうんです。やはり名物はその土地で味わなければいけないとの鉄則、そのままのお料理を堪能してきました。とはいえ、「朴葉味噌」だけじゃ満腹にならないので、飛騨牛を代表とする名物料理もたらふく堪能してましりました。これでまた、デブになってしまったかも・・・。
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『今朝の雷門』
ただいま。雷門に手を合わせると、ついついそんな言葉が出てしまいました。ここに住んで8年目、モモちゃんと毎日欠かさず見ているからなのでしょうね。
帰って来て良かったねとモモちゃんを見下ろすと、モモちゃんもあほまろの顔を見上げてましたよ。意思が通じ合った、そんな態度がお互いの気持ちを表しているのでしょうね。

一昨日の「浅草歌舞伎」、女房と二人分のチケットが有ったのですが、残念ながら旅行と重なってしまったので、女房は一人で観てきたようです。いつも歌舞伎座で見慣れている歌舞伎、やはり若手だけじゃ寂しいものがあったとの感想です。でしょうね、歌舞伎は年寄りの貫禄が物語りを楽しくしてくれているのですからね。

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『今朝の一写』
スタバ飲みながら、モーニング!我々に向かって挨拶をしてくれてアメリカ人たちです。モモちゃんを撫でながら、“日本の犬は犬らしく無いよね”なんて話してました。犬の常識は我々日本人の「桃太郎のポチ」イメージとは違っているんでしょうね。アメリカ人はいったい何の犬をイメージするんでしょうかね・・・。

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『今朝の境内』
早く開いてくれないかな。さっきのアメリカ人たち、日本人がしてるように屋台で朝食を食べてみたいので開くのを待っているといってました。でもね、日本人はこんなところで朝食は食べないんです。スタバで食べてくれば良かったのに、それって、どこの国民も同じだよね。

記念写真を写して貰うときのポーズ、これって国民性が出ますよね。日本人はみんなでピースサイン、韓国人は隣の人と手を繋いだり肩に手を回したり、アメリカ人は写真のようにモデルポーズをとる人が多いんです。これも、しょっちゅうシャッターを押してあげて気付いたんですよ。
浅草寺の朝日を観ると元気が出るように思えるんです。これが見えない曇りや雨の日は落ち込みますよね。

無事帰ってまいりました。旅の安全をありがとうの浅草神社です。

いつものお婆ちゃんおはよう。他のワンちゃんたちはお座りして待っているのに、飛びついたらいけません。まだ、子供なんでしょうね。

伝法院通りから繭玉の餅花も松飾りもすっかり無くなってしまいました。浅草も、とうとう普段の姿に戻ってしまったんですね。

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浅草に直接関係の無いお話も多いですが。ここは、あほまろの呟きですかね。
『今朝の余談』
飛騨高山といえばどこに行っても「さるボボ」です。バイク屋さんのウインドウには人間大の「さるボボ」がバイクに乗っていたり、獅子舞の格好をした者が居たり、居酒屋ではビール飲んでる「さるボボ」まで居ましたよ。これがいったいどんな御利益が有るのかは知りませんが、飛騨の人たちにとっての守り神なのでしょうね。
ちなみに、あほまろは宮川の朝市で籠の中で招き猫と一緒に戯れる「さるボボ」を買ってしまいました。高山に行くたび買っているので、着実に我が家を浸食し続ける「さるボボ」たち、そのうち「さるボボ」屋敷になってしまったりね。でも、あほまろは還暦だから赤いのを良いとしなければ。

高山で古い街並みとして有名な上三之町です。狭い道路なので、魚眼レンズで撮ってみました。

小雪が舞っている中を歩いている方を撮ったのですが、小さくすると残念ですが、舞っている雪が見えませんね。

高山の焼き物で有名なのが「渋草焼」です。漢字は浅草に似てますがシブクサですよ。博物館で古い「渋草焼」に魅せられ、窯元に行ってみました。

元々は久谷系の焼き物だったそうですが、天保期に南京赤絵写し、古染写しなどの赤絵ものの優品が高く評価され、明治十二年には、勝海舟、明治政府元勲後藤象二郎の命名により「芳国社」として会社登記をし、現在に至っているそうです。「渋草焼」を知るため、特徴が出ている徳利を買ってましました。写真の湯飲み茶碗と同じ絵柄です。

これは、いったい・・・。ここは実際に営業している床屋さんなのですが、お隣に昭和30年代の一般的な暮らしなどを展示する「昭和なつかしの館」を併設されています。
ここの館長小林さん、地元では有名人のようで、テレビにもしょっちゅう出演されているそうです。特に、アイドルの実寸大看板がお気に入りで、500枚以上もお持ちだとか。出演されたテレビ番組を観ながら説明してくれました。

あほまろがお邪魔した時には、誰も居なく「ご自由にどうぞ」の看板が有ったので、勝手に入って写真を撮らせてもらったのですけど、いくら田舎とはいえこんな不用心な資料館にお目にかかったことありませんよ。

昭和というよりまか不思議な空間、何と表現したら・・・、普段の生活では考えられない空間とでもいいましょうか。

室内には、懐かしい本田のZが鎮座しております。せっかくの名車、もっと奇麗にしたら良いのにね。

午後4時40分の時間いっぱいまで飛騨高山を堪能してましりました。それまで、良いお天気だった高山市内は大粒の雪が舞い降りています。“これから朝にかけて積もりそうですね”、JRの車掌さんが写真を撮っているあほまろに声をかけてくれました。ん〜、何かもてた気分@

特急で高山の次ぎの停車駅はこれ、冗談じゃないんです。ゲロ温泉は、有馬・草津に並ぶ名湯として昔から人気が有る温泉なのです。名物「ゲロラーメン」とか、フクロウの木彫り「ゲロブクロウ」、といっても勘違いしないでね。飛行機の座席前に設置されているのとは違いますよ。

↑が出るほど、朴葉(ほおば)味噌を食べてきました。そもそも今回の目的はこれっきゃ無かったんですけどね。あ〜満足、満足。おや、誰ですか?ゲロみたいって言ってるのは・・・。

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