あほまろとモモちゃんの今朝の浅草日記

平成17年12月14日 (水) 旧暦11月13日大安

- 正月事始め -

日記


 今朝の浅草』
 毎朝同じ書き出しになってしまいますが、寒いです。とっても寒いです。近所の人が、“花に水をあげようとすると、蒔いた水が目の前で凍っていくのが判るんだよ”冗談みないたこと言っているほど、寒いんです。この寒さ、雪の降る地方では越冬のため、着る物も、暖房も完全防備なのでさほど不快感を感じないで過ごせるのですが、東京のように朝夕と日中の気温差が大きく、いわば中途半端な寒さでは過ごし方も中途半端。
 今朝は寒いからと厚着で出かけても、日中は気温も上がり脱いでしまう。そんな状況なので、着る物にも我慢を強いられるのです。寒けりゃ寒い、暑けりゃ暑い、一日を通して同じ気温だったらそんな問題は無いのでしょうけど。どこにも文句は言えないし・・・。
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 今朝もポーちゃんが一緒です。寒がりのポーちゃんですが、毎朝散歩に行きたがるので、しかたなく女房が連れて出るのです。先日、いつもの犬仲間の女性が、一人で歩いているのです。“ワンちゃんは?”“寒がって出たがらないので、一人で散歩しているんです”、犬だって人間と同様、気分によって出たく無い朝だってあるのでしょう。彼女は、“うちの犬は年だからね・・・”、なんて言ってますが、モモちゃんと同じ年の柴犬なのですよ。モモちゃんはどんな日でも、絶対に出かけようって騒ぐのですけどね。
 そう、モモちゃんはお目出たいワンちゃんで、誕生日は1月1日なんです。今度のお正月で14才になるのです。そのおよそ半月前に我が家の最長老のヨークシャテリアのハニーちゃんが一足早く14才を迎えるのです。ハニーちゃんは歯は総て抜けてしまったのですが、まだまだ元気です。でも、寒さだけは堪えるとあって、散歩には絶対に行きたがりません。家で温もっていた方が良いのか、我々が出かける時でも知らんぷり。行きたいと騒ぐのは、末っ子のポメラニアンのタマちゃんですが、外に連れて行っても怖がって歩けないんです。ですから、いつもお留守番なのです。
   
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 今朝の一写』
 浅草寺裏の「ガザ市」会場は、夜通し営業を行っているのでしょうかね。早朝にも関わらずお客さんが材料を仕入れにやって来ます。各お店には商品のサンプルが並べられ、お値段を表記しているところもあるのです。お店の前で火鉢の炭を熾している方にこれは誰でも買うことが出来るのかを聞いてみると。もちろん誰でも売るのこと。正し、すべてボックスや束単位、ほとんどの商品は50〜100個での販売になるのです。“どうだ、今年は大量に作りすぎたのでエビが安いよ、買っていかないか”、なんてご冗談を、食える訳でも無い紙のエビ100個、ちなみにお値段を聞いてみると2万円だって。
 「ガサ市」は今月17日までで、その後は買った材料を組み立て、年末押し迫った頃になると、各町内の鳶頭連中が
一般売りの「ガサ市」を始めるのです。あほまろ家と秘密基地の門松と注連飾りは、毎年近所の鳶頭に任せています。下町の仕来りに従って、自分で買い求めることは無いのです。
   
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 今朝の伝法院通り』
 土橋さん、昨日は靴屋さんがお休みだったので、道路部分に色を入れたようです。でも、丸一日かかった作業には見えないですね。とっても寒かったので、途中で切り上げたのかも知れませんね。
   
 西側(六区側)の街並みには、番屋も完成し、後はシャッターの細かい部分の修正が行われているだけです。
   
 一方、東側(仲見世側)では、5軒分のシャッターが未完成です。納期が迫っているので、今朝は3人で作業を行っていました。既に完成したと思っていた絵でしたが、まだ塗らなければいけない箇所も残っていたようです。
   
 色っぽい女性?じゃ無いですね。これはきっと弁天小僧じゃないかな。
   
   
 今朝の東京新聞に、浅草『伝法院通り』模様替えの記事が掲載されました。
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 浅草に直接関係の無いお話。ここは、あほまろの呟きですかね。
 今朝の余談』
 本所松坂町に集まった四十七人の刺客。元禄15年12月14日は、吉良邸打ち入りの日です。とはいっても旧暦なので、本当は2月の始めの出来事だったのです。赤穂浪士の討ち入りは歌舞伎や映画であまりにも有名な事件ですね。これは当時の美談として語り継がれているのは良いとして、時代が変わった今になって考えてみたら、これはいわゆる報復テロなのです。自分達に正当性があると信じていれば、それは正義の戦いなのでしょうけど、、互いに互いの正義を信じて報復をしている限り、テロには違いないのです。
 あの時、幕府の決定で、赤穂浪士全員を死罪させたおかげで報復の悪因は消えましたが、もし、そのまま生き残っていたとしたら、次は吉良側が報復に出るのは間違いないことでしょう。日本人の美意識がそうはさせなかったのです。もし、大石蔵ノ助ら四十七人の刺客が、悠々と余生を過ごしたとしたら、物語にはならなかったでしょう。もしかしたら、四十七人の悪者としてお芝居になっていたかも。


今朝の写真
CANON EOS-KissDN,CANON ZOOM 10-22 F3.5-4.5
撮影枚数78