あほまろとモモちゃんの今朝の浅草日記

平成17年9月11日 (土) 旧暦8月8日先負

- 野分を確かめに -

日記


 立春から数えて220日目の今日は二百十日と同様、嵐の襲来する時期として古来から恐れられてきた二百二十日です。それもそのはず、今朝は早朝から改革の嵐を左右する総選挙が行われているのですからね。この嵐の決着、国民抜きの政治家本意の政策で嵐の矛先を変えるようなことだけはないことを願いますよ。
 今回の選挙、きっとみんなが予想している通り、小泉自民党の圧勝で終わるのでしょうね。刺客任務遂行、民主党惨敗、明日の朝刊の見出しが楽しみですね。新聞といえば、今朝の日経新聞に、明日の朝刊が遅れることを書いた折り込みが入っておりました。
 「9・12(月)の朝刊は、衆院選に伴う臨時態勢のため、配達が遅れます」
 最新の選挙結果をお届けするために・・・、なんて書かれています。インターネットのご時世、どんなに頑張っても新聞の情報は送れるのは当たり前。なんでわざわざ旧態依然とした行動をするのでしょう。時代に対応していかれないのは、新聞社も政府も 一緒なのですよね。候補の連中が連日「みなさんのため」と怒鳴っていましたが、今回の選挙で我々の生活がどのように変わるのか、そんなこと真剣に考えた人って居りますか。怒鳴っている輩も、聞いている連中も、絶対に変わるはずが無いっての百も承知でウソの方便、誰が上手かを聞いていただけじゃないのかな・・・。
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 「野分」を確かめにつくばまで行ってきました。昨日、日記を書きながら今回の台風、稲作にどんな影響をもたらしたのだろう・・・、なんとなく気になって様子を見につくばまで助手の古麻呂を従えて行ってきました。
 つくばエクスプレスが開通して二週間、なんとなくもう一度乗って見たい、そんな気持ちも手伝っての遠出です。とはいえ、最初は守谷付近の田圃の様子を見て帰って来よう、そんな予定だったのです。しかし、出発前の浅草駅で見付けた、茨城県の体験学習を薦めるパンフレット、「江戸時代からの古い町並み・・・」、そんな文字を見付け気になってしまったのです。つくばからバスで1時間ほどの所に有る真壁町というところの紹介でした。
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 つくばからかなりクラシックなバスに揺られて50分、到着した真壁町は江戸時代から明治・大正にかけて、この地方の商業の中心として栄え、多くの商人たちが店蔵・土蔵・門などを競って建てたのが今に残り、かっての隆盛を忍ばせている町でした。かつては、土浦から筑波鉄道が通っており、現在のつくば市よりも栄えていた町だったそうです。
 パンフレットによると、「木綿の栽培が盛んで、他に大豆・麦なども栽培され、綿織物・醸造業なども発達し、城下町から在郷町へと変化していった。町屋村内には上宿町・下宿町・高上町・中町・新宿町の五町があった。木綿取引の定期市が開かれ、真壁・筑波郡一帯の縞木綿が集まり東北地方に販売されていた。天明6年(1786)の町差出帳によると町屋村の家数278・人数1072である。明治に入っても木綿栽培に支えられた製糸業が発達し、真壁製糸合資会社が設立し、大正に入って筑波鉄道の開通により、真壁の花崗岩が石材として東京方面に出荷され石材の町としても発達した。」
 そう、真壁の花崗岩って有名ですね。しかし、今の真壁町にはつくばからは一日4往復のバスで繋がっているだけなのです。人口は2万人を超しているというのに、町には全く人影が無く、滞在していたおよそ3時間ですれ違ったのは子供と老人2〜3人、それと、おじいさんが乗っていた自転車1台。明治時代に建てられた旧郵便局舎が観光センターのような役割をしているのですが、そこにも人影無し。隣の休憩場も無人、ただポットのお茶だけはご自由にどうぞって置いてありました。
 そんな町ですが、江戸期から明治・大正にかけて富を得た商人らによって建てられた重厚な建物がずら〜っと登録文化財なのです。それも、総てが文化庁が認可した本物です。現在、77棟が登録されているそうで、これは市町村の保存文化財で見ると日本一の数でもあるそうです。
 そんな中、一際豪華でうだつ屋根が乗った商家があります。元、醤油問屋の市塚商店です。藍で染め抜いた「石」一文字の垂布が見事でしたよ。
  
  
 大正九年の市塚商店の写真が展示されていました。説明によると、真ん中で白い服を着て立っている女の子が娘の栄子さん。
現在88才と書かれていました。
 「登録文化財」とは、街並はどんどん変わっていきます。懐かしい風景やシンボルとなるような建物は、一度こわしてしまうと「そこにあった」ということすら忘れられてしまいます。わたしたちのまわりにある残しておきたい風景を守るために、この文化財登録制度が生まれたのです。
 今回は何の予備知識も無く訪れてしまったのでしたが、この町、とっても興味があります。もう一度ゆっくりと歩いてみたくなりました。できれば、登録文化財の旅館に泊まるのも良いかもね。
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 そう、今回の目的は、「野分」を確かめることでした。もちろん真壁町には多くの田圃が有り、やはり先日の台風の過ぎた水田には吹き倒された稲や草が風の痕を留めていました。「野分」の合図で刈り入れが始まるのですね。
 真壁発つくばセンター行、14時20分の路線バス。乗客は我々二人と、つくばエクスプレスが出来たので、里帰りをしたというおばさんの三人だけ。今までは東京から5時間以上もかかった故郷が2時間余りで繋がった。そんな喜びを語っていました。しかし、便利になったのを良いことに、この町は来月1日から近隣の3町村が合併して「桜川市」となってしまう・・・。延々複雑な気持ちを喋っているのでしたが、あほまろは歩き疲れて白川夜船。
  
 夕日のつくばエクスプレス。窓際で遠くを見つめるお嬢さん、とっても雰囲気が良かったので・・・。こんなお嬢さんが故郷を語るのなら、居眠りなんてしなかったのにね。


今朝の写真
CANON EOS-KissDN,CANON ZOOM 28-135 F3.5/5.6 IS
撮影枚数39