2002年2月3日 日曜日       

今朝の写真
CANON EOS-D30
CANON ZOOM 17-35 F2.8
撮影枚数23枚

仏の命

♪ 雨が〜しとしと日曜日 僕は一人ぃでぇ〜
 あの娘の来るのを待っていた〜 ♪誰の歌だっ
たっけ?昔のグループサウンドだったっけ?そん
な鼻歌が出てくる嫌な雨の日曜日になってしまっ
た。”あの娘の来るのを待っている”って訳にも
いかず、愛するモモちゃんといつものデートは欠
かせない。時折激しく降る雨の中でも、日曜日と
あって浅草寺周辺は観光客で賑わっている。  
 今日は節分の日。浅草寺では、「浅草追難式」
と称し、豆を蒔くことで、災いを追放し福を招く
行事と書かれているが、いわゆる普通の節分の豆
まきなのだ。寺院ではなにかと難しい言葉を使い
たがる。また、難しい言葉の羅列でなければ”あ
りがたさ”を感じないので、わざとまどろっこし
く長たらしい言葉で表現するのかもしれない。た
とえば今日の「浅草追難式」場の横に設けられた
桟敷席に、「老幼婦女子席」と記された幕が掲げ
られている。これだって、普通は「婦女子席」で
充分に用が足りるはずなのだが、そこに「老幼」
を加えることによって、慈愛に満ちた寺院の姿勢
を見せているのかもしれない。また、社寺が設け
たトイレの名称も最もらしい名前が付けられてい
る所が多い。「手水場」「御手洗」などは、普通
で特に社寺に限った呼び方ではないが、「御浄処
」とか、「後架」「東司」「西浄」なんて難しい
言葉を使用するところも多い。用足しをしたく、
便所を探し回っている者が、「東司」なんて札が
掲げられている部屋は、何か偉い人の部屋と勘違
いして、走り回り、もだえ苦しむなんてことにな
るかもね。                 
 あほまろの家系は代々曹洞宗の寺を菩提寺とし
ている。この曹洞宗の開祖は道元禅師。「少欲知
足」(欲を少なくすれば何にでも満足するように
なる)の精神を説いたのだといわれる。新聞によ
ると、作家の立松和平が、日本文化に深く影響を
与えた宗教家であり哲学者の道元禅師を初の歌舞
伎戯曲に仕上げたという。坂東三津五郎主演の三
月の歌舞伎座で、「道元の月」としてお目見えす
るらしい。現世利益を象徴する鎌倉幕府の執権北
条時頼と、精神世界を代表する道元の対立を主筋
に描かれているという。これは見逃せないね。立
松和平氏は、歌舞伎の台本を書くのは初めてで、
2年間、歌舞伎座に通い通し、10回以上も書き
直したのだという。また、95年の阪神大震災以
来、毎年正月に奈良の法隆寺で1週間の修行を続
けているらしい。道元の主著「正法眼蔵」を座右
の書とし、福井の永平寺に参禅しながら道元の小
説も書いているという。歌舞伎化はそんな心の遍
歴の中から生まれた力作なのだという。この「正
法眼蔵」って書、気になって昨日購入してみたの
だが、「薪の時は薪のみ、灰の時には灰のみ、薪
の時には灰はな無いし、灰の時には薪は無いとい
う・・」など、あほまろには理解できないってい
うか、ものすごく難しい内容だった。こんな本を
理解してお芝居にしてしまう人って、頭の良い人
なんだねぁ〜。あほまろも肖りたいよ。    
 生老病死の「仏の命」とはわれわれのこの身体
のことであり、生も死も仏の御いのちである。老
いも、病も、また仏の御いのちであります。すべ
て無上の至福ととらえる時に「生死即涅槃」と
なるのだ。そして、「佛となるにいとやすきみち
あり ・・」と。              
 それは、一切衆生の為にあわれみふかくして、
よろずをいとうこころなく、一日一日の行持を営
むことをおいて他にないと示される。
(合掌)