back

令和8年(2026)10月16日(金)

 今朝は、いつもの時間になってもビクトリー君がなかなか姿を見せてくれませんでした。
 毎朝のように顔を合わせている相手ですから、たとえハトであっても、来るはずの時間に来ないと気になるものですよ。「今日はどうしたのかな。どこかへ遠出でもしているのかな」と、あほまろもちょっと心配してしまいました。

 そんな心配をよそに、しばらくすると、ようやくビクトリー君が姿を現してくれましたよ。しかも今朝は、レインボーちゃんも一緒でした。

 おはよう、ビクトリー君。

 ずいぶん遅かったじゃないか。

 おはよう、レインボーちゃん。今朝は一緒だったんだね。

 こちらが声をかけても、もちろん返事をしてくれるわけではありませんが、ビクトリー君は何事もなかったような顔で、いつもの場所を歩き回っております。

 こちらがどれほど心配していたのかなんて、本人にはまったく関係ないようですね。

 それでも、元気な姿を確認できればひと安心。首元の緑や紫の羽根も朝の光を受けて美しく輝き、いつものビクトリー君そのものでした。

 今朝は出て来るのが遅かったため、とっくに日の出時間を過ぎており、境内はもうすっかり明るくなっていましたよ。そのおかげでしょうか、今朝のビクトリー君はいつにも増して元気いっぱい。おみくじ売り場の前を歩き回ったかと思えば、突然大きく翼を広げ、あほまろのところへ一直線。

 そして最後は、いつものように手のひらへ着地です。

 遅刻して来たくせに、まるで、

 ちゃんと来たんだから、文句ないでしょ、とでも言っているような顔ですよ。

 まあ、元気ならそれで良し。毎朝同じように繰り返されているように見える境内でも、ハト一羽の登場が少し遅れただけで、あほまろの朝には小さな心配と、小さな安堵の物語が生まれるのでありました。

 ビクトリー君、明日はもう少し早く出て来てくださいよ。あほまろを心配させると、遊んであげませんよ。

 おや、そこへクロちゃんも近付いて来ましたよ。

。

 クロちゃん、おはよう。でも今はビクトリー君と遊んでいるから、ちょっと待っててね。

 そう声をかけると、こちらの言葉が分かったのかどうか、クロちゃんはすぐには手のひらへ降りて来ず、いったん空高く舞い上がりましたよ。

 青空を背景に大きく翼を広げ、五重塔の上を旋回する姿は、なかなか見事なものですよ。

 あほまろの頭上を行ったり来たりしながら、どうやらビクトリー君が離れる瞬間をうかがっているようにも見えました。

 そして――ビクトリー君が手のひらから飛び立った、その隙を見逃しませんでした。

 その様子を、早朝参拝の山本さんも足を止めて眺めておりましたよ。

 毎朝見ているあほまろにはすっかり日常になってしまいましたが、知らない方から見れば、ハトが空から飛んで来て人の手のひらに直接とまる光景は、やっぱりちょっと不思議なのでしょうね。

 利伊さんが、私には不思議じゃ無いも。と、言ってましたけどね。

 ビクトリー君が先なら、クロちゃんはちゃんと順番待ち。

 人間の世界では、横入りだの割り込みだの、順番を巡って揉めることもありますが、浅草寺のハトたちは意外と礼儀正しいのでありますよね。

 もっとも、本人たちは礼儀ではなく、単に「先客がいなくなるのを待っていただけ」なのかもしれませんけどね。

 それでも、こうして毎朝、あほまろの手のひらを目指して飛んで来てくれる姿を見ると、餌が目的と分かっていても、やっぱり嬉しいものですよ。

 そして、ちょっと一休み。

 そこにようやくハート君がやって来ましたよ。

 おはようハート君。

 クロちゃんが居なくなったので、探しに来ただけでした。

 クロちゃんは、まだ生後半年ほど。身体はすっかり大人のハトらしくなってきましたが、中身はまだまだ無邪気な子どもなのですよ。

 今朝、ビクトリー君とレインボーちゃんがなかなか姿を見せなかったので、あほまろは「どうしたのかな」と心配しておりましたが、もしかすると二羽のほうも、先に飛び出してしまったクロちゃんのことが心配だったのかもしれません。

 身体が大きくなったからといって、すぐに「もう大丈夫」とはいかないのでしょう。ましてクロちゃんは好奇心いっぱい。あほまろを見つければ真っ先に飛んで来て、空高く舞い上がったかと思えば、ビクトリー君が手のひらを離れた隙を見つけて、今度は自分が飛び込んで来るのです。

 そんなクロちゃんを、ハート君は少し離れたところから、「またあの子は勝手なことをして……」とでも言いたげに見守っていたのかもしれませんね。

 生後半年のクロちゃんにとって、浅草寺の境内はまだまだ大きな遊び場。そしてビクトリー君とレインボーちゃんにとっては、そんなやんちゃ盛りの子どもから、まだまだ目を離せない朝なのでしょうね。

 散歩の帰り道、常夜灯の上で一羽のカラスが、しきりに鳴いておりましたよ。
「あれ、この子は……」
 身体つきや顔つきを眺めていると、もしかしたら、貫太郎君とお浅ちゃんの子どもの一羽ではないでしょうかね。以前の幼鳥らしい面影は薄れ、口の中もすっかり黒くなって、見た目だけならもう立派な大人のカラスです。

 それでも、大きく嘴を開けて何度も鳴く姿を見ていると、なんとなく誰かを呼んでいるようにも見えてしまいました。
「お父さ〜ん、お母さ〜ん、どこにいるの〜」
 そんな声だったのかもしれませんね。
 今では自分の翼で好きなところへ飛んで行けるようになり、餌だって自分で探せるはず。それでも、親子で過ごした場所へ戻って来ると、つい貫太郎君やお浅ちゃんの姿を探してしまうのでしょうか。

 人間だって、いくつになっても親の前では子どもですからね。カラスの世界でも、身体は大人になっても心のどこかには、まだ「父ちゃん、母ちゃん」が残っているのかもしれません。
 あほまろもしばらく立ち止まって、
「貫太郎君とお浅ちゃんを探しているのかい」
 と声をかけてみましたが、返ってきたのは大きな「カァー、カァー」。

 こうして境内から巣立った子どもたちが、時折また姿を見せてくれるのも嬉しいものです。もし本当に貫太郎君とお浅ちゃんの子なら、「こんなに大きくなりましたよ」と、あほまろに挨拶しに来てくれたのかもしれませんね。

back