令和6年(2024)8月4日(日)旧暦7月1日 先勝
今朝の撮影 Data SONY α7CR SONY FE 24-240mm/F3.5-6.3 OSS iPhone 15ProMAX 現像 Adobe PhotoshopLightroomCC 撮影枚数542枚
- 「橋」と「箸」にまつわる思い出 -
今日、8月4日は「橋の日」と「箸の日」として知られています。名前からして興味深いこの日ですが、「橋」に関する歴史を振り返ってみると、さらに感慨深いものがありますね。 記録に残る最古の「橋」は、仁徳天皇12年(324年)に大阪に存在した「猪甘津橋(いかいつのはし)」で、日本書紀にもその存在が記されています。また、6〜7世紀に作られたと考えられる木橋の遺跡が、近畿地方で発見されていることも分かっているのです。 石造りのアーチ橋に目を向けると、那覇市にある「末吉宮磴道橋(すえよしぐう・とうどうばし)」が最も古いものとされ、康正2年(1456年)に架けられた日本最古の石橋とされています。 ここ浅草寺の境内にも、元和4年(1618年)に架設されたと伝えられる、都内最古の石橋「石橋(しゃっきょう)」がありますよ。この石橋は、徳川家康公を祀る東照宮を造営する際に、参拝のための神橋として一緒に造られたものとされていますが、現在では重要美術品に指定されているため、実際に渡ることはできず、眺めるだけとなっています。しかし、この石橋には390年以上もの間、多くの人々が行き交ったことで真ん中がすり減っており、当時の賑わいを感じることができるのですよ。 そして、「箸」の歴史は今からおよそ1400年前、飛鳥時代にさかのぼります。当時、遣隋使として中国に派遣された小野妹子が、中国の文化を日本に持ち帰ったことが、箸の始まりとされているようです。現在では、箸は日本人の生活に欠かせない必需品となり、三度の食事などで日常的に使用されていますよね。 江戸時代後期には、「引裂箸」と呼ばれる竹箸が考案され、さらに明治10年には、奈良の寺子屋教師であった島本忠雄が「小判型わりばし」「丁六型わりばし」を考案し、商品化しました。これが割り箸の起源とされ、その後、箸を包む箸袋も登場したのでした。 あほまろが最初に持ち帰った箸袋は、中学校の修学旅行で訪れた京都と奈良の旅館のもので、その箸袋にはメモ書きが残されていますよ。不思議なことに、当時好きだった女の子の名前や、食事に同伴した人の名前などもが記されており、これらの箸袋は単なるコレクションというよりも、あほまろの人生の思い出の記録でもあるのですよ。 写真の「箸袋」は、明治期の物。祖父の紙物コレクションの中に混じっていたものですが、今となっては貴重な資料でもあるのです。 「箸の日」を記念して、千代田区の日枝神社では、神前に長さ1mの大きな箸を供え、古い箸を焼いて供養する「箸供養祭」も行われております。 「はし」という言葉を聞くと、初期のワープロが普及し始めた頃の懐かしい宣伝文句を思い出しますね。当時、「はしくんがはしをもってはしのはしをはしってきました。(橋君が箸を持って橋の端を走ってきました)」という一文が話題になりました。この文章を正確に変換できることをアピールするためのもので、その画期的な機能が多くの人々に驚きを与えたのです。 また、「きしゃのきしゃがきしゃにのってきしゃした(貴社の記者が汽車に乗って帰社した)」などの言葉遊びもあり、今となっては当たり前のことですが、当時の技術革新には感動したものでした。 日本で初めて本格的なワープロが登場したのは、東芝が発表した「日本語ワープロJW-10」という製品でした。あほまろも使用していましたよ。その後、日本語ワープロの小型化と低価格化が急速に進み、多くの家庭や企業で広く利用されるようになりました。 現在では、専用のワープロ機は姿を消しましたが、かな漢字変換の技術はパソコンやスマートフォン、携帯電話など、あらゆる情報通信機器に組み込まれ、日本の文字入力手段として欠かせないものとなっています。この技術の進化は今も続いており、当時のワープロが切り開いた日本語入力の未来が、さらに広がっていることを実感しますね。 「橋」といえば、鉄道好きのあほまろにとって特に思い出深いのは、旧国鉄時代の北海道糠平湖にあるタウシュベツ川橋梁です。この橋は、その独特の風貌から、まるでローマの水道橋を思わせるような風格を持っています。さらに、湖の水位によって姿を消すことがあるため、「幻の橋」とも呼ばれているのです。 しかし、近年の度重なる水害の影響で、橋の一部が倒壊し、その美しい姿を保つことが難しくなってきています。橋が完全に取り壊されてしまうのも、もはや時間の問題かもしれません。この橋が消えゆく前に、もう一度その姿を目に焼き付けておきたいと思う今日この頃ですよ。 今日は、「箸」と「橋」にまつわる思い出から派生した記憶を、なんとなく記してみました。 今朝のキョエちゃん。 こちらはキョエのお母さんです。 いつもあほまろの後を追いかけて来ますが、 観音裏には別の縄張りがあるので、親子が近寄れないのです。 境内には、弁天山周辺、影向堂から観音裏一帯、奥山おまいり町周辺、そして浅草神社から馬道周辺の、大きく4つの縄張りがあるのです。 キョエちゃん親子は、カラスの権力争いで餌の多い弁天山周辺から追い出されてしまったのでした。 ハトのビクトリー君たちには、縄張りは無いようでした。 五重塔前の蓮の花は開きかけてました。 今朝の日の出:午前4時51分。 おはようございます。今朝は開門1分半前にお友達とやって来た野崎さんと陽子さん。 子育地蔵さま、わが家の子どもたちと猫の安全をお守りください。 日本のナイチンゲール、瓜生岩子像。 夏の境内をご覧下さい。 サルスベリの花。 今日は、熱中症だけでなく急な雨にもご注意ください。 浅草サンバカーニバルは、9月15日(日)に開催されます。 今日も暑いので秘密基地でダラダラ過ごしてますよ。 ------------------------------------------------------- 夕べの睡眠は71%でした。 おはようヒロちゃん。寝室のテレビが小さくなったので、ベッドの横で観てますよ。 音がうるさいんだけど・・・。 それでも、あほまろの側を離れようとしないのです。 今朝の朝の朝食は、野菜とソーセージに納豆ごはん。デザートはいつものブルーベリーヨーグルト。 昨日の東京スカイツリー。 昨日は、産業貿易会館で会議なので、二天門やぶにて、お昼の昼食はひとり寂しく冷やしきつね蕎麦でのランチでした。 会議は、サンバチーム説明会でした。 あほまろお帰りなさい。 夕べの夜の夕食の晩ご飯は、柔道観ながら、カツオの刺身とニラ玉子にタケノコごはんなので、「黒佐藤」を飾っておきました。 妻のコレクションは、呑んべの千草ちゃんとまひろちゃん。 Memo iPhone 15 ProMAX