平成17年1月22日 旧暦12月13日赤口

- 恵方寿司 -

 富士山がとっても綺麗ですよ。このところ毎朝気温が低く天気が良いので空は
澄み切っています。そのおかげで東京から60キロも離れている富士山がまるで
すぐ近くにあるかのように鮮明なんです。江戸のあちこちに「富士見坂」という
地名が今も残っているように、冬の寒い日には江戸の庶民が毎朝富士山を拝んで
いたのが判るようです。
------○------
 この数年、節分が近づくとコンビニに奇妙な宣伝が貼りだされます。「福を呼
び込む丸かぶり、恵方寿司」なる宣伝です。関東では全く知られていない慣わし
なのですが、関西特に大阪地方では、「節分の日に恵方に向かってのり巻きを無
言で食べると、その家に幸運を招く」とされているのです。ちなみに今年の恵方
は「西南西」、我が家からみるとちょうど今見えている富士山の方角になるんで
すよ。
 この風習を調べてみると、江戸時代末期から明治時代初期において大阪の商業
の中心地、船場で発祥したと書かれています。節分の翌日が立春、当時は立春か
ら年が明けるともいわれ、この前日である節分の日に清めのそばを食べて清々し
く立春を迎えるという「年越しそば」に変わるものとして行われるようになった
のだとか。
 寿司の歴史をネットで調べてみたら、海苔巻きずしの最初は日清戦争勝利がき
っかけとなったとも(真偽は不明)。それが本当だったら、江戸時代末期から明
治時代初期には海苔巻きなんてこの世に無かったはずですね。
 昨日とある研究会で、学生達の質問の中にも“江戸時代の割り箸”とか、“江
戸時代のマッチ”とか、ちょっと古いもの総てが江戸時代から当たり前に使われ
ていたかのような発言をする者がいましたよ。割り箸もマッチも明治になってか
ら発明されたもの、こんな調子で時代がどんどん進んでいくと、100年後の子
ども達の会話の中にも、“江戸時代の携帯電話は・・・”なんてことになってい
るのかも。
 なにはともあれ、節分の日に「西南西」を向いて何も喋らずに海苔巻きを一本
ほおばれば、東京でも幸せになれるそうですよ。コンビニの宣伝文句ではね。
------○------
 すっかり忘れていました。今日は歌舞伎役者の中村勘九郎が中村勘三郎を襲名
する記念のお練りの日です。仲見世にかかった看板を見なければ忘れたままでし
たよ。あほまろは地元の情報誌の編集に携わっているので、浅草で行われる記録
を総て押さえておかなければならないのです。きっと、周りの連中も知って当た
り前と、確認の連絡もくれなかったんですね。散歩の途中、あわてて助手に早く
来いと電話をしてしまいました。
 そんな訳で、これから機材を用意しなければいけないので今朝はここで終わっ
ておきますね。お練りの様子は写真館に掲載しますよ。

今朝の写真
SONY DSC-F828
撮影枚数23