吾輩はハトである。名はまだない──だが、人間どもは「ビクトリー君」と呼ぶ。
恋の舞台に立つ吾輩に、いよいよ試練の幕が下ろされた。

相手はもちろんハートちゃん。口の上に小さなハートを戴く彼女に心を奪われた吾輩は、毎朝の乱舞をもって愛を示してきた。しかし、恋というものは一筋縄ではいかぬ。

まず、群れの中の若い雄どもが、吾輩の舞を真似て羽ばたき始めたのだ。普段は遠巻きにしていた癖に、恋が絡めば急に勇気を振り絞るらしい。

人間社会でもよくあることだ。普段は黙っている輩が、誰かが注目を集めるや否や「自分もできる」と名乗りを上げる。まことに滑稽である。

人間の気まぐれが試練となる。ある朝、犬友が差し出した餌を、ハートちゃんの前にばかり置いたのだ。おかげで吾輩は、空腹を抱えながら「舞より食が大事なのか」と試される羽目になった。恋と食欲のはざまで揺れる心──これまた人間臭いことではないか。

極めつけは、ハートちゃん自身の態度である。吾輩が一世一代の旋回を披露しても、彼女は首を傾げ、まるでこう言っているかのようだ。
「勝ち誇っているけれど、それだけで私の心を射止められると思っているの?」

ふむ、これこそが恋の試練であろう。舞台の主役である吾輩にとって、最も難解な観客は、他でもないこの一羽のハトだけなのだ。

そうよ、試練があるからこそ、恋は燃える。

吾輩は今日も恐る恐るハートちゃんの側に寄っていくのだ。

──これぞ恋の試練、これぞビクトリー。

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