表紙絵
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第七章 試練


  吾輩はハトである。名はまだない──だが、人間どもは「ビクトリー君」と呼ぶ。
 恋の舞台に立つ吾輩に、いよいよ試練の幕が下ろされた。
写真1
 相手はもちろんハートちゃん。口の上に小さなハートを戴く彼女に心を奪われた吾輩は、毎朝の乱舞をもって愛を示してきた。しかし、恋というものは一筋縄ではいかぬ。
写真2
 まず、群れの中の若い雄どもが、吾輩の舞を真似て羽ばたき始めたのだ。普段は遠巻きにしていた癖に、恋が絡めば急に勇気を振り絞るらしい。
写真3
 人間社会でもよくあることだ。普段は黙っている輩が、誰かが注目を集めるや否や「自分もできる」と名乗りを上げる。まことに滑稽である。
写真4
 人間の気まぐれが試練となる。ある朝、犬友が差し出した餌を、ハートちゃんの前にばかり置いたのだ。おかげで吾輩は、空腹を抱えながら「舞より食が大事なのか」と試される羽目になった。恋と食欲のはざまで揺れる心──これまた人間臭いことではないか。
写真5
 極めつけは、ハートちゃん自身の態度である。吾輩が一世一代の旋回を披露しても、彼女は首を傾げ、まるでこう言っているかのようだ。 「勝ち誇っているけれど、それだけで私の心を射止められると思っているの?」
写真6
 ふむ、これこそが恋の試練であろう。舞台の主役である吾輩にとって、最も難解な観客は、他でもないこの一羽のハトだけなのだ。
写真7
 そうよ、試練があるからこそ、恋は燃える。
写真8
 吾輩は今日も恐る恐るハートちゃんの側に寄っていくのだ。
写真9
──これぞ恋の試練、これぞビクトリー。
写真10

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