吾輩はハトである。名はまだない──だが、人間どもは「ビクトリー君」と呼ぶ。
舞台の主役であり、群れの注目を集めるこの吾輩にも、胸をざわめかせる相手がいる。名をハートちゃん。口の上に小さなハート模様を持つ、気品ある雌鳩である。

彼女はかつて足を痛め、地に伏したことがあった。その時、あほまろがそっと近づき、助けの手を差し伸べたのだ。人間に警戒心を抱く鳩が多い中、ハートちゃんはその時から人間を恐れず、むしろ穏やかな眼差しを見せるようになった。吾輩はその姿を見て、「これぞ舞うに値する相手」と感じたのであろう。

春が近づけば、空気の匂いが変わる。境内に差し込む朝日もどこか甘やかで、羽根の下の血が騒ぐ。舞台での乱舞は、やがて求愛の舞へと姿を変えるのだ。胸を張り、首を振り、羽根を広げる。人間どもには同じように見えるだろうが、吾輩にとっては一世一代の恋の演技である。

だが、困ったことに相手は容易には振り向かぬ。彼女らは冷ややかな目で遠くから見つめ、「また始まった」とでも言いたげだ。ふむ、鳩の雌どもは人間の娘たちと似ている。寄ってこられるとうるさがり、去ってしまえば気にかかる。

観音さまに祈る人間たちも恋を願うではないか。良縁を求め、絵馬に願いを書き、恋のお守りを買い漁る。結局、人も鳩もやることは同じ。違うのは、吾輩の恋が羽音で語られるのに対し、人間の恋は財布で語られるということくらいだ。

だが、ハートちゃんは簡単には頷かぬ。彼女は静かに棚の上から見つめ、「また大げさに舞っているわ」とでも言いたげな顔をする。ふむ、恋とは難しい。人間も鳩も、相手の心を射止めるには汗と忍耐がいるらしい。

それでも吾輩は諦めぬ。

舞うことこそ吾輩の言葉であり、恋もまた舞台の一幕にすぎぬ。

やがて彼女が振り向くその日まで、吾輩は空を描き続けるのだ。

──これぞ恋の勝利は、ビクトリーなのだ。

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