表紙絵
back

第三章 犬友との肖像


 吾輩はハトである。名はまだない──だが、人間どもは「ビクトリー君」と呼び、今日も写真機を構える。
写真00
 舞い踊る吾輩を追うのも愉快だが、時に吾輩は動かぬ像となる。棚の上に腰を据え、まるで浅草の石像のひとつであるかのように。そこへ犬友を抱いた人間が近寄ってきて、「一緒に」と願い出るのである。
写真00
 犬は舌を出し、人間は歯を見せて笑う。どうやら笑顔という表情を作らねば写真は成立しないらしい。ふむ、吾輩に笑みは不要だ。鋭い瞳を開き、胸を張っていればよい。それだけで写真機の焦点は吾輩に吸い寄せられる。
写真00
 今、境内に暮らす鳩は二十羽ほど。しかし、犬や人間に関心を寄せるのは吾輩だけだ。他の連中は排他的で、決して人間に近寄ろうとしない。彼らは常に遠巻きに吾輩を眺め、乱舞の輪に加わることもなく、ただ影のように佇んでいる。
写真00
 だが、吾輩にはわかる。
彼らはこう思っているのだ──
「なぜあのV字の背中ばかりが人間に好かれるのか」
「どうせ犬の餌にありつきたいだけだろう」
「危険な人間に近寄るなんて愚か者め」
写真00
 ふむ、妬み、羨望、恐怖、どれも鳩の感情にすぎぬ。だが結局のところ、彼らは舞台に立つ勇気を持たぬ傍観者である。外野から囁こうとも、写真機に刻まれるのは吾輩の姿だけ。嫉妬の羽音など、拍手の代わりにもならぬわ。 写真00
 考えてみれば、舞いは風に消えるが、肖像は紙に刻まれ残る。人間たちはそれを「記念」と呼ぶが、実際は己の存在を確かめる手段にすぎぬ。だが、その画面の中心に吾輩がいる以上、歴史に残るのは吾輩の姿である。
写真00
 かくして今日もまた、犬も人間も脇に並び、吾輩は堂々と中央に立つ。
写真00
「撮るがよい、あほまろ。これが浅草の肖像だ。」
写真00
──これぞ像の勝利、これぞビクトリー。
写真00

back