吾輩はハトである。名はまだない──いや、背のV字を誇る吾輩を、人間どもは「ビクトリー君」と呼ぶのだったな。だが、今朝は舞う前に、先代たちのことを語っておきたい。

かつて浅草寺の境内には、吾輩の祖先たち数百羽が群れをなし、空を覆い、地を歩き、五重塔の影をも染めていた。観音さまを拝みに来る人間たちが「はと豆」と呼ばれる豆を撒けば、境内は羽ばたきの風で渦を巻き、子供たちの歓声が空に混じった。あれはまさしく鳩たちの黄金時代であった。

しかし、人間の世には栄枯盛衰がつきまとう。
2010年から2011年にかけて、鳥インフルエンザなる疫病が広まり、都会に棲む野鳥までもが「危険」とされ、次々と捕らえられては殺処分された。吾輩の祖先たちも、その運命から逃れられなかった。空を翔け、寺を彩り、人々の掌から豆を食んできた仲間たちが、一夜にして姿を消したのである。

その日以来、境内に豆を撒く人影はなくなり、はと豆屋も閉ざされた。人間の笑顔も鳩の乱舞も、しばしの間、静寂に包まれてしまったのだ。

吾輩は思う。
人間は笑いながら豆を投げ、泣きながら鳩を駆逐する。どちらも人間の都合であり、吾輩らに選ぶ余地はない。「禁殺生」──寺社境内は禁止区域だったはずである。
それでも、祖先たちが残した羽音と記憶は、この石畳に沁み込んでいる。

だから吾輩は舞うのだ。

祖先の声を引き継ぎ、浅草の空に再び風を巻き起こすために。

──これぞ記憶の継承、これぞビクトリー。

それでも、空は忘れない。

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