東京寄席さんぽ九月下席その1

九月下席・その1

 

 落語協会の新真打、十人の披露興行が始まった。上野鈴本を振り出しに、新宿、浅草、池袋を回る四十日間の興行だ。十人だから、一人がトリを取れるのは四日。たった四日である。だが、考えてみれば、密度の濃い披露目なのである。寄席を四十日満員にし、変わらぬ テンションでトリをつとめるのは容易な事ではない。でも、四日ならそれができる。客席を自分の客でいっぱいにし、毎回これぞと思う勝負ネタを繰り出す。そのぐらいの事が出来ないで、何が真打か、である。だから、今回の披露目は、期待できる。九月、十月の二か月間は「新真打強化月間」、どれだけ行けるかわかないが、がんばっちゃおうかなー。

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九月二十一日(金)

<志の輔らくご21>(安田生命ホール)

志の輔:はんどたおる

松元ヒロ:パントマイム

志の輔:徂徠豆腐

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 披露目に行くぞーと宣言したくせに、九下初日は、新真打とも落語協会とも寄席とも関係のない、立川志の輔の会である。だって、上野では横目家助平改め柳家一琴の披露目をやっているっちゅーのに、新宿に行ってしまった。別 に助平より志の輔の方がいい、というような観点での選択ではない。だってさあずいぶん前にチケットとっちゃったんだもんその時は披露目の日程を考えてなかったんだもんたまには志の輔をじっくりみたかったんだもんついでに松元ヒロも見ときたかったんだもんちょっと言い訳がましいからわざと読みにくく書いてるんだもん。

 失礼、ちょっと、とりみだしてしまった。

 さて、新宿駅西口だ。まさか誰かが僕の行動を非難しているわけではないだろうが、外はなんだか荒れ模様の天気である。雨が次第に強くなり、風も出てきた。幸い、会場の安田生命ホールは西口地下道から地続きだった。ぬ れた傘を片手に家路に急ぐカタギの人々、そうでもない人々をひょいひょいと避けながら、ホールへ向かう階段を二段抜き(!)で駆け上がったのは、別 に見栄を張ってるわけでもなんでもなく、例によって仕事が片付かず、すでに大幅に開演時間を過ぎていたからだ。中に入ると、スタッフがこの会の名物である開演前のロビーコンサートの後片付けをやっている。もう客は来ないわよねーと隅のソファーで弁当をぱくついていた顔見知りのスタッフが僕を見つけて、弁当の包みを脇に隠してから駆け寄ってきた。

「遅れちゃってごめんー」

「大丈夫ですよ。ちょうど今、(志の輔の)一席目マクラが終わるころですから」

「弁当、おかず何ですか?」

「あわわわ、見てたんですかっ!そんなこと気にしてないでいいから、早く入ってー」

 場内はかなり暗い。僕の席は真ん中ぐらいなので、とりあえず一番後ろの空席に腰を下ろす。志の輔は、どういう話の筋でそうなったかはわからないが、皇太子殿下との結婚話が盛り上がっていたころの小和田家にレポーターが集まっている場面 を身振り手振りで説明している。

「で、あそこに犬がいたじゃないですか。ええと、ほら、チェルシーでしたっけ?(客席から『ショコラ!』の声がかかって)そうそう、ショコラ、ショコラ。そのショコラと一緒に雅子さんが帰ってきたのを、レポーターが取り囲んでそこら中から質問を浴びせるわけですよ。『お日取りは決まりましたか?』とか『今のお気持ちは』とか。でも、雅子さんは何も言わずに家に入ってしまった。で、そのあと、小和田邸の前でマイク持ったレポーターが言うんです。『ごらんのように、雅子さま、無言の帰宅でございます』」

 なんだこりゃと思う間もなく、ネタに入った。前にパルコ劇場で聴いたと思うが、新作「はんどたおる」である。

 話は、あってないようなもの。落語ファンには、「バールのようなもの」系の噺といえば、わかりやすいかもしれない。夫と妻が、互いに相手の言葉尻を捕らえてグダグダグダグダ文句をいい、結論の見えない口論が延々と続くのだ。

「あれ、お前なんでシュークリームなんか食べてるんだ?」

「あなたも食べる?」

「そうじゃなくて、ダイエットしてたんだろ。そういうモノいただいたら、よそに回すんだよ」

「もらったんじゃないの。買ったのよー」

「(あきれて)だってお前、ダイエットは…」

「スーパーで二千五百円買い物したんだけど、レジまで行ったら『三千円お買い上げの方にハンドタオル進呈』って書いてあるじゃないの。あたし、慌てて側にあったシュークリームを籠に入れたのよ。そしたらちょうど三千円。すごいでしょー」

「(さらにあきれて)お前、それはおかしいだろー。ハンドタオルなんかほしかったら別 に

買えばいいじゃないか。何もシュークリームまで買うことないじゃないか」

「そうじゃないわよ。シュークリームも買えて、ハンドタオルももらえたんじゃないの」

「何言ってんだよ、お前…」

 ああもうきりがない。こんな調子で不毛の会話が延々と続いているときに、折りよく(悪く?)新聞の拡販員がやってくる。

「三か月契約してくれたら、東京ドームのチケット、あげちゃいます」

「一か月契約するからチケットくれよー」

「一か月じゃ無理ですよ、三か月」

「だから三か月契約したと思って」

「無理言わないでくださいよ」

「そうだ、あなたシュークリームあげるから、購読料、安くしてくれない?」

「はあ、シュークリームですか?」

「お前ね、こいつの言う事は聞かないほうがいいよ。俺の言ってることのほうが正しいだろ?三か月契約したと思ってだなあ…」

 ああもうほんとにきりがない。聴いてるほうは、論理のひん曲がり方にあきれるやら感心するやら、そのうちちょっとイライラしてきて、しまいにはあきれ果 てて笑ってしまう。志の輔の本領は、その怒涛のようなおしゃべりである。見るもの聴くもの、自分が関心を持ったものについては、微に入り細を穿ち、徹底的に説明しなければ気がすまない。古典落語を演じるときは、この性癖に「ビギナーからマニアまで、すべての人に落語の世界をわかってもらいたい」というオソロシイ野望が加わるから、ものすごーくくどくなる。だって、登場人物の心理の動きみたいな、いわゆる「行間を読む」べき事柄まで、ぜーんぶ言葉で説明しちゃうんだよ。わかりやすいけど、くどくてうるさい。これが、「稀代のオシャベリスト」志の輔の唯一の欠点だと僕は思うのだが、その欠点が新作になると、目立たないのだ。それはつまり、新作なら「古典落語を知らない若い人にもわかるように」といった配慮が必要なくなる。つまり、くどさの濃度がかなり下がってしまうのだ。そして「バールのようなもの」のような薀蓄&へ理屈系のネタなら、多少くどい方が面 白いのである。そんなわけで、今夜の「はんどたおる」。毎年終わりごろになると発表する、志の輔の新作の中では、かなりできがよく、「ならではのネタ」といえるのではないか。さらに練り上げれば、十八番ものとして定着する予感があるのだ。

 暗転の後、仲入なしで、松元ヒロが登場した。ああ、これでは本来の席に移れない。ヒロのネタは、ラジオニュースで流れた、ブッシュ大統領の演説の「当てぶり」である。演説と言っても、同時通 訳であるからして、つっかえたり、何度も言い換えしたりがあって、一定のリズムが保てない。しどろもどろになるヒロを楽しんでいると、演説の主であるブッシュの当てぶりが、だんだんどこかの独裁者の動作に似てきて、最後はその人そのものになってしまう。ヒロがどこまで考えているのかは、うたがわしいものがあるのだが、毒気がぷんぷんするパントマイムだった。

 志の輔のもう一席は、「徂徠豆腐」。世に出る前の荻生徂徠が、一日一丁の豆腐で飢えをしのいで勉学に励む。その清廉、真摯な姿勢にうたれた豆腐屋が、毎日無償でおからを届けていたが、風邪をこじらせて一週間ほど配給を滞らせてしまった。病のいえた豆腐屋が徂徠の家を訪ねると、もぬ けの殻だった。しばらくたって、もらい火で店が全焼し、商売が出来なくなってしまった豆腐屋夫婦のもとに、十両の金が届けられた…。

 講談、浪曲でおなじみの人情物語を、志の輔は、けれんなく、素直に演じきった。この噺にも、志の輔特有のくどさが、それほど感じない。元が講談だからということなのか、志の輔の演出自体が変わってきたのか。これは少し、追いかけたほうがいいかもしれない。志の輔、面 白いよ、要注目だよと、とりあえず注意喚起しておきたい。

 帰り道、地下通 路が閉まっているので、いったん表へ出て、あらためて西口地下道に入ったが、それだけでズボンのすそが濡れてしまった。最近、新宿近辺に増えたという「S水産」を探して、安いマグロでもつつこうかと思ったが、意外な雨の冷たさに負けて、地下街の「T八」で天ぷらを食って帰った。

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九月二十三日(日)

<池袋・昼席>

太助:動物園

志ん馬:看板のピン

蔵之助:鷺とり

笑組:漫才

馬生:目黒のさんま

志ん五:真田小僧

 仲入

喬太郎:出来心

南喬(さん喬代演):おしくら

アサダ二世:奇術

主任=志ん橋:幾代餅

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 一日置いて、日曜日は、池袋に出陣した。昼席を見て、夜、同じ演芸場で「扇辰・喬太郎の会」を見る。久々のハシゴが、ちょっとうれしかったりして。鈴本では襲名披露が三日目、今日はたしか橘家文吾改め文左衛門の披露目があるはずだ。上野の披露目、まだ一度も見ていない。

 埼京線を池袋の北口で下りて、改札口をあの「いけふくろう」と反対方向に折れる。前方左右にあるアンデルセン(右はサンドイッチハウス、左はパン屋さん、昔フォションがあったところだ)の間を抜けて、突き当りの階段を右上にあがったところで、おそらくスピーカーに口を密着させて叫んでいるのだろう、がらがらに割れた大声のアナウンスが何かがなりたてている。

 「本日…ふくろ…初日…かっぽ…佐渡おけ…」

 角のキャバレー前の横断歩道を渡って左に折れ、ケンタッキーのある角まで歩く間にようやく解読できた。「本日はふくろ祭りの初日で、これから駅前の特設舞台でかっぽれやら佐渡おけさやらをやるから、みんな見に来てくでー」ということである。へー、今日はお祭りなんだー。長い事このへんをうろうろしている気がするけど、ふくろ祭りなんて始めて聞いた。演芸場の前でしばし耳を済ませていると、「かっぽれ」の次は「深川」のようだ。うーむ、寄席よりあっちのほうが舞台も広いし、面 白いかも。気がつくと、すぐ横で演芸場のスタッフK村氏が僕と同じように口をぽかんと開けて立ち尽くしている。呼び込みに出てきて、そのまま見物しているらしい。「この時期、いつも、うるさいんですよねー。でも面 白そう」だってさ。あんまり見ていると、あっちに行きたくなりそうだ。ちょうど出勤してきた志ん馬の後をついて、地下にもぐった。

 サラ口から見ようと早めに家を出たのに、結局前座を見逃した。高座では、二ツ目の太助のマクラが始まっている。

「イチローはすごいっていうけど、考えてみると、三回に一回はヒットを打ってる勘定です。噺家だって、そーなんですよね。三割とまではいかないけど、一割ぐらいは。十回高座に出て、一回うければいいかな、と。実は昨日、うけちゃったんですよ。今日は十回のうちの九回…。たとえデッドボールでも塁に出ようかと思ってますが」

 この辺の論理(?)の進め方は、権太楼のマクラ「ほどは八です」を思い出すよね。で、今日のネタは「動物園」だ。

「あなた、酒飲みますか?」

「ええ、日に三升ほど」

「さんじょう?あなた、新潟県の生まれですか?」

 ……立派な押し出しのわりには、自身なさげな高座なんだよなあ。遠慮しいしいでは、ギャグも弾まない。兄弟子にさん光という偉そうなのがいるんだから、見習ったほうがいいよ。それからもう一つ、ライオンの動きが、窮屈そうなのだ。堂々としようぜー。太助の話になると、他人事とは思えず、あれこれ注文を出してしまうのはなぜなのだろう?

 続く志ん馬は、得意の「看板のピン」。「アタシは酒が飲めないし、女もダメ。博打もよくわかんないので、一生懸命勉強してるんです」というマクラを聞くたびに「ウソつけ!」とつっこみたくなる。あれ、今日は続きがあるみたいだぞ。「ええと、これからギャンブルの噺をするのですが、ギャンブルといえば、競馬、競輪、公営じゃないけどマージャン、高校野球…」。コラコラッ!ドサクサ紛れに最後に何言ったあ?

 なにやら外が騒がしいのは、祭りの喧騒が階段を伝ってロビーまで届いているからだろう。入り口の方を気にしつつ、蔵之助のマクラが始まった。

 「地下鉄の出口を出たら、かっぽれの囃子が流れてきて驚きました。ずいぶん金かけた放送してるんですよねー。あ、ワタシ、蔵之助といいます。よく、『大石ですかー?』と聞かれるんですが、そういうときは『蔵之助だけに、そばに力(主税)がついてます』なんて言っちゃうんですけど。(客席で一人だけパチパチパチと拍手しているのを見て)あ、どうもすみません。拍手すると手を怪我しますよ」

 太助といい、蔵之助といい、ちょっとヒクツー。ネタのほうは、さすが先輩、元気がなさそうな外見なのに、太助よりよほど堂々としている。上方ネタの「鷺とり」、ずいぶん前から手がけているよね。舞台を天王寺から浅草寺に移して、すっきりした東京落語になっている。

 笑組の登場で、場内がパーッと明るくなった。やかましいだけの漫才だったのに、いつのまにかすっかり寄席になじんで、欠かせない存在になってきた。笑組とにゃん金、僕のオススメである。

「僕たち、大麻もコカインもやんないのに、テレビ出られないんですよー」

「ちょっとやったほうがいいのかしら」

「こないだ捕まった、いしだ壱成んとこ、せがれが大麻で、オヤジが色魔!」

「おいおい」

 聞いてると、ネタフリもギャグも、細身で丸めがねのゆたかくんがやっているんだが、時折口を挟むだけのかずおちゃんが妙に面 白い。最近はもう、かずおちゃんが出てきただけで嬉しくなる。このままでは、かずお依存症になりそうでこわいよなー、なんて思いながら聞いていたが、今日のフリーマーケットのネタ、初めて聞くものだ。

「こないだフリマに行ったらね、値札がついた三人のオバーチャンが座ってんの。『オバーチャン、値札ついてるよ』って言ったら、『売ってんのよ!』だって」

「いまいちウケがわるいなあ」

「でもしょうがないよ。来週、青梅の方でこのネタやんなきゃなんないんだもの。NHKからもらった台本、あと一週間で仕上げなきゃ」

 そーゆーことだったか。ラジオ進出、がんばってねー。

 馬生は、季節ネタ「目黒のさんま」を出してきた。

「三太夫、三太夫はおらぬ か」

「はは、欣也めにござりまする」

 いきなり名前を間違っちゃった。でも、馬生は慌てない。何があったの?てな顔で、平然と先を続ける。大物かもしれない。時間は、ちょうどオヤツ時、今年はまだ、さんま食ってないなあ。

 仲入前、志ん五の「真田小僧」は、六連銭が出てくる本来のサゲまで。淡々とやっているのだが、マセガキ金坊のセリフに、時折ちらりと、あの「スーパーエキセントリック与太郎」が顔を出す。伝家の宝刀、なかなか抜かないところがニクイぜ。

 休憩を挟んで、食いつきの喬太郎は、めずらしや古典落語「出来心」である。珍しいどころか、彼のこのネタを聴くのは始めてである。親方に「真人間に立ち返って、悪事に励説教食らった空き巣狙いが「頑張ろう、いい泥棒になって、いい家に住もう」と心に誓うのがオカシイ。んんんっ!まてよー、聴きなれない古典で、いつも古典をやるときの流暢な口調がなく、ギャグも手探りな感じ…。もしかして、夜の「扇辰・喬太郎の会」で出すための、最終稽古ではないかという疑惑がむらむらとわいてきた。「出来心」自体は、フツーの出来だったが、一つ秀逸なギャグがあった。空き巣狙いに入った家で、羊羹を盗み食いするくだり。

「この羊羹、やたらに薄く切ってあるなあ。そうくるなら、こっちは、三切れ一緒に食っちゃうもんねー。もぐもぐもぐ。ん?うまいけど、不思議な味だなー。(と、羊羹の入った菓子盆を覗き込んで)へー、すごい事やってるよ。とらや、藤村、米屋、とらや、藤村、よねや…」

 さて、本来ならさん喬の出番なのだが、脇にぜーーーーーーーったいいい仕事が入ったに違いない。今日はお休み。さん喬の顔、ずいぶん見てないんだよなー。北海道回りでいいもの食いまくって太ったという話だが、久しぶりで「初天神」か「真田小僧」か「短命」か「締め込み」でもききたいな。

 代演の南喬は、旅のマクラをふって、得意の「おしくら」へ。

「昨年の暮れ、十二月ごろ岐阜に行ったんですよ。下呂温泉。昼間、落語会の前に町へ出てぶらぶら歩いてたら、バスが通 りかかってね、車体の横にデカデカと派手な広告が書いてあるの。『飲み放題、食べ放題の下呂パック!』。げろパックはないでしょー」。ひでーマクラだ。

 さて、膝がわりは、ちょっと変な間があって、アサダ二世の登場だ。

「今、出てくるとき、遅れたでしょ。これはね、トリの人が来てなかったからなんです。(ぎゃはははと笑いが起こって)いやね、一度上野でトリの金馬師匠が来ないことがあって、家に電話かけたら、風呂に入ってた。あの人の家は戸山あたりだから、上野までけっこうあるでしょ。しょうがないから三、四十分やったらね、来ました。寄席ではあんまりないけど、余興に行くとあるんですよ。長いつなぎと言ったら、扇橋師匠でしょうな。永六輔さんとの二人会で、永さんが別 の会場に行っちゃって、迎えに行って来るまで、延々とつないで……」

 長いトークの合間に、ちらりちらりと楽屋へ視線を走らせている。どうやらトリがスタンバイしたようだと思ったら、「じゃまあ、時間も来たし、一つだけやります」だって。ほんとにロープの手品だけで下りちゃった。つなぐんだったら、漫談じゃなくて手品やってよー。

 トリの志ん橋は、ぎりぎりの楽屋入りなんてあったのー、てな感じの落ち着いた高座で、「幾代餅」を演じた。けっこう聴いてるネタだけど、なんか違うなーと思って気がついた。ここ数年、「幾代餅」を何度も出くわしているのはたしかなのだが、演じ手は一人だけ。さん喬の「幾代餅」しか聴いていないのだった。久々の「他の人」の「幾代餅」。志ん橋版は、本家志ん朝バージョンそのままである。上から下まで親方の着物を借りた清蔵が「旦那、おかみさん、お店の方々!清蔵はこれから吉原へ行ってまいりますっ!」と涙ながらに挨拶するくだりが、おかしいやらジーンとくるやら。そうそう、志ん朝版には、これがあったんだよなー。善人のうまい志ん橋、清蔵の恋模様を、素朴にきれいに演じ切って、後味のよい噺になった。

 追い出しの太鼓に送られて、気分よく階段を上りかけたら、ありゃまー、もう夜の部「扇辰・喬太郎の会」の客が並んでいる。「あ、こんちわ」「あれ、夜は見ないの?」。列のあちこちに知り合いがいて、声をかけられる。ううむ、どこかでゆっくり食事をして、それから戻ってくればいいやと思っていたが、この出足の速さでは、早めに並ばないと席の確保が難しいかもしれない。丸井の先の二又交番向かいの「ここのつ」で本格手打ちそばを食べる予定を変更して、ロマンス通 りからわき道に入ったところにある「大島ラーメン」で、ラーメン&餃子。猫舌をだましだまし、細麺をずずずっとすすって、ソッコーで演芸場に戻った。

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九月二十三日(日)

<扇辰・喬太郎の会>(池袋演芸場)

笑生:弥次郎

いち五:元犬

扇辰:たらちね

喬太郎:出来心

 仲入

喬太郎:真田小僧

扇辰:突き落とし

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 いくら僕が猫舌とはいえ、ラーメン一杯食べるのに、そうは時間がかかるものではない。しっかし、戻ってみれば、開演前なのに、すでに並んだ客は入場していて、場内はほぼ満席状態。下手側の補助イスを何とか確保したけど、開演までまだ三十分はあるじゃないの。

 そうそう、そーいえば、北海道へ行ってる正楽さんは今夜帰ってくるはずなんだよなー。奥野かるた店から「寄席かるた」の色校が出たので月曜くらいまでに見に来てくれーといわれていたんだっけ。今日中に連絡つかないとまずいじゃん。正楽さんはケータイもってないし、やばいなーなどと、ふと仕事モードに入っていたら、いきなり出囃子がなって、前座の笑生が出てきて「弥次郎」を始めた。あ太郎で二ツ目までつとめたことのある出戻り前座。肩の力の抜けた高座に手馴れたものを感じるが、ちょっとヘラヘラしすぎのような気がする。そういう芸風なのだろうが、もうちょっとメリハリを効かさないと、「テキトーにやってる」と誤解されないだろうか。ちょっと心配。

 笑生の次は、あらら、同じく前座のいち五が出てきた。二人前座とは珍しいが、プログラムをみると、「前座 柳家ごん白 林家八笑」と書いてある、全然違うじゃーん。

 いち五は目鼻立ちのすっきりした、なかなかの二枚目なのだが、その二枚目ぶりが昔風な感じがする。噺は、まだ荒っぽいが、声も大きく、口調もしっかりしている。志ん五という師匠に選んだセンスもなかなかだし、ちょっと期待しちゃおうかな。

 三人目でやっと本日の主役の一人、扇辰が登場した。五分刈りの両側面 をおもいっきり短く刈り上げた、特徴のあるヘアスタイル。笑組のかずおちゃんの脳天部分を黒く染め直したようなという例えは、マニアック過ぎるだろうか。

 「えー、今日は上野で披露目がありまして、大相撲も千秋楽という…。こういう最中に会を催しまして、おわびといっちゃあナンですが、前座を二本に増やしました。でも、いち五くんを見ると、なんだか『学徒出陣』という言葉が思い浮かびますな」

 古典落語の本格派として、将来を嘱望されている扇辰だが、古風なネタの運びい反して、マクラは相当ヘンである。僕らは、あの大正時代の職人のような外見にだまされていて、実は本人はかっとんだヤツなのかも…、ってことはないのだろうか。普段の扇辰を知らないので、なんともいえないが。「たらちね」は、この人にあったネタ。こういうあったりまえの噺をテキスト通 りに演じて、きちんと笑いを取れるのが、扇辰の頼もしいところだ。マクラはヘンでも、噺は真っ当なのだ。

 仲入前の喬太郎は……、やっぱし「出来心」だった。

「上野の昼、ここの昼席、もいちど上野の披露目に行って、戻ってきました。きょう四回目の高座なんですよー。日曜日の午後って、寄席でも『笑点』みてるんですけど、今日なんか、大喜利の最中に、こん平師匠が『オハヨ』って入って来て、なんかびっくりしますねー」」と、最近はこれが常態なのだろうと思える、つかれきった風情。「出来心」は、さすがに昼席で聴いたのよりはロングバージョンで、くすぐりも多い。これから寄席でたびたび出くわすことになるんだろうなーという予感がするね、このネタは。

 仲入休憩の時、客席で、正楽さんの追っかけのTちゃんを発見。もしや師匠のスケジュールを確認できないかとアプローチする。

「Tちゃん、ごくろーさま。ところで正楽師匠の予定、知ってます?」

「今日の九時過ぎに羽田に着くんです。ながいさん、なにか連絡あるなら、言ってときましょうか?」

「そうですか?それじゃ、明日の昼前に、神保町の奥野かるたで待ち合わせましょうって、言っといて」

「わかりましたー」

 きゃー、さすがTちゃん。追っかけというより、私設秘書だな、こりゃ。なんにしても、正楽さんと連絡つきそうで一安心。後半はリラックスして見物できるではないか。ありがたやありがたや。

 仲入後は二人の順番が入れ替わって、喬太郎から。大好きなガチャポンのマクラから、ウルトラマンシリーズのキャラクターのディテールへと話がどんどんマニアックになっていく。「こういう話をすると、身を乗り出す人と、あきらかに引いていく人に、はっきり分かれるんですよねー。ふふふ」と喬太郎は楽しそうだ。そういうマイナー志向って、好きだなあ。噺は「真田小僧」。怪しい上目使いで身をくねらせる金坊のエキセントリックなキャラクターが一人歩きしている。「これが真田小僧だあ」と言わんばかりに王道を行くさん喬に教わっているに違いないのに、この落差というか温度差はなんなのだろう。そういえば、昼席では志ん五の「真田小僧」を聴いたのだった。志ん五の金坊は与太郎風味。同じネタ、それもスタンダードな長屋噺でこれだけの違いが出る。こういう考察ができるのも、寄席に通 っていればこそだよなあ、と自分の寄席三昧生活を正当化しようとするワタクシ。ああ。

 「ここまで、弥次郎、元犬、たらちね、出来心に、真田小僧ですか…。前座ばなし大会みたいですねー」と言いながら、扇辰のトリネタは「突き落とし」だ。長屋の連中が、飲み逃げ遊び逃げをしようと悪知恵をめぐらし、まんまと吉原の若い衆をお歯黒ドブに突き落として逃げおおすという、しょーもない噺で、落語ファンの中でも「あれはキライ」という人もいるぐらい。扇辰も、当然、その辺のことは承知の介で、マクラで「ええ、落語の弱点というのは、噺が終わったあと、それでどーしたんですかと聞かれると、困っちゃうんですよ。ゴメンナサイというしかないですから」と言い訳をしている。中身は、やっぱししょーもない噺だが、扇辰は、これを悪事ではなく、職人達の遊び心という捕らえ方で、軽やかに演じた。先輩の扇遊そっくりなのは、出どこがズバリ扇遊なのだろう。先輩に比べて、扇辰の演じる若い衆の方がしっかりしているように感じるというのは、二人の性格の違いなのだろう、か。

 客席はいつもいっぱい、組み合わせも申し分のない落語会だが、真っ向からのぶつかり合いを期待するとはぐらかされる。面 白い会であることはまちがいないが。

 寄席がハネた後は、M氏の先導で、芸術劇場前の「天狗」へ。M氏の天狗メニューを知り尽くした(?)手際の良い注文で、いろんなものを食べさせてもらって、割り前が格安! 天狗はM氏と一緒に限る。なんだかなあ。

 翌日の月曜日。Tちゃんがちゃんとつないでくれたおかげで、神保町の奥野かるた店で、正楽さんと落ち合えた。色校を見た正楽さんが、「すごいねー、きれいだねー」と感心している。自分が切った絵なのにね。色の出は申し分ないし、絵の隅に入れる「い」とか「ろ」とかの文字もいい感じ。新世界飯店でランチを食べながら、「完成が待ち遠しいね」「おれ、いっぱい売るもんねー」となごんでしまった。このまま順調に行けば、「正楽寄席かるた」、十一月の初めには店頭に並ぶ。

 今日はこれから、紀伊国屋セミナーに行って、その後会社に戻って夜遅くまで仕事である。九月上席が始まって四日。まだ上野へ行っていない。強化月間は何処へ…。

 

その2へ続く


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