東京寄席さんぽ5月中席

 去年の元旦に発生した僕の個人的な「Y2K問題」(すでに歴史上の言葉になって
しまっ た!)の影響で、いまだに月に二回の病院通いが続いている。土曜日の午前中
に簡単な診察を 受け、三種類の薬をもらって帰る。たったこれだけのことで、貴重な
週末が半日近くつぶれて しまう。使い古された噺のマクラに、病院の待合室を社交場
にしているバーチャンたちが登場 するが、それとおんなじ情景を埼玉県八潮市の循環
器病院で目の当たりにするたび、ああ僕は まだまだ修業が足りないと思い知らされる
ばかりだったりして。今日も今日とて、GW明けの 初めての土曜日診察という夢のよ
うな状況のため、待合室から薬局まで行くのにたっぷり三時 間(この状態を、ここの
患者達は「フルコース」と呼んでいる)。本来心臓病には大敵であるは ずのストレス
をたっぷりためて帰宅したのは午後二時近くの事だった。
 もうろうとする頭をペシペシたたいて、さあ出陣である。目指すは新宿でも上野で
も池袋で もなく、半蔵門。といっても国立演芸場ではない。ええい、まどろっこしい
書き方はヤメだヤ メだ(このへん、まだ病院ストレスが残っている)。今日は落語で
はなく、国立小劇場で文楽見 物なのだった。
 演目は「曽根崎心中」。「冥土の飛脚」や「女殺油地獄」、「心中天網島」など、
近松の心中物 は文楽の花形狂言だが、その中で「曽根崎」は、一味違う位置にある。
浄瑠璃部分が戦後にほ とんど書き換えられた「新作」であり、「文法的にオカシイ」
とか「文楽の伝統が」とかいろい ろ批判もあるのだけれど、この狂言が戦後の文楽復
興のバネになったのは間違いなく、若いフ ァンの間では「曽根崎が一番すきっ!」と
いう声が圧倒的だったりするのだ。  満員のロビーを歩くと、やたらめったら知り合
いにあう。M新聞のN部長、音楽雑誌のオー ナー、歌舞伎の大向こう、クラシック音
楽のプロデューサー、歌人、文芸作家、編集者、出版 プロデューサーに、ただのプー
タロー・・。ああもうきりがない。名前を羅列したのは、べつ に友人の多さを自慢し
たいわけじゃないよ。これだけたくさん集まったのには、実はふかーい 訳があるのだ。
 「曽根崎心中」は、お初徳兵衛の恋物語(読者諸兄はここで「船徳」を連想してし
まうが、 今は落語のほうは忘れてね)。曲の美しさはもちろんだが、最大の見どころ
はラストの道行「天 神森」での、人形遣いの妙技である。つとめまするは、徳兵衛を
千回以上も遣ってきた吉田玉 男と、女形ナンバーワンの吉田簑助の人間国宝二人。だ
が、このウルトラゴールデンコンビも、 二人合わせて百五十近い高齢になった。玉男
は八十を超えたし、一昨年大病に倒れた簑助の体 調のこともある。「曾根崎」での二
人の競演も、今回が見納めになるかもしれないのである。戦 後最高の「曽根崎心中」
を、目と耳に焼き付けるために、われら文楽ファンの手で、文楽の歴 史上では例がな
い、カーテンコールをやってやろうじゃないか。と、そんな途方もない事を思 い付い
たヤツがいて、暴挙と知りつつ「やってやろうじゃないか」と乗ってしまったアホが
何 十人もいた。その実行日が、今日なのであった。  段取りはこうだ。初日の夜の部。
最後の「天神森」が終わった後、客席の有志が一斉に立ち 上がって、人間国宝コンビ
が再び舞台に姿を現すまで、パチパチパチパチと、とにかく拍手を し続けるーー。関
係者の何人かには計画を打ち明けてあるが、それがどこまで通じているかは まったく
わからない。もしかしたら、おそらくきっと、国宝コンビは「カーテンコールなんて、
「そんなん知らん」のである。吉と出るか凶と出るか。どきどきして文楽見物どころ
ではない だろうな、きっと。と、思っていたのだが、狂言が始まると、あっという間
に舞台に引き付け られてしまった。いやあ、やっぱし「曾根崎」はいい。・・・・・
我に帰ったのは、「道行」の 幕が下りた時だ。この世のものとは思えない、お初徳兵
衛のりんとした悲しさに寄っていたら、 突然、周りの何人かが立ち上がるではないか。
そうだ、カーテンコールだ!しかし、体はすぐ に動かない。同様のヤツが多いらしく、
立ち上がった人数は、予想の半分にもいかないだろう。 こんなテイタラクで幕は再び
開くのか、ううう、とにかく手だけはたたき続けよう、と思う間 もなく幕が開いた。
舞台に立っているのは、お初徳兵衛の人形を持った玉男と簑助。万雷の拍 手の中、玉
男の遣う徳兵衛の人形の腕が、簑助のお初の肩を抱いた。胸を張り、手を上げてこ た
える玉男。その横で、病気の影響なのだろう、終始無表情の簑助が悲しい。ほんの一
瞬のこ となのだが、僕らにとっては長い長いカーテンコールが続いた。  帰り道、興
奮さめやらぬ仲間たちは、意気揚々と予約してあった二次会の会場(ダメだった ら残
念会になるはずだった)に向かう。昼間の通院疲れを抱えている僕は、残念ながらお誘
い を断った方がいいのだろう。日本の古典芸能にはカーテンコールは似合わないが、
今夜のよう な特別なケースなら、芸能の神様も許してくれるだろう。文楽と同様に大
好きな大衆演芸の世 界でも、こんなカーテンコールが出来たらいいなあと思いながら、
一人国立劇場の裏を半蔵門 駅へと歩いた。
     ● ★ ■  肌寒い月曜日の夜、小雨の中を新宿末広亭まで走った。手に
は、伊勢丹の地下で買った米八 の「おこわ弁当」。あれれ、こんな情景、「定点観測」
の中に書いたような気がするぞ。考えて みれば、米八の弁当を買ったのは半年ぶり。
本にあれだけ弁当のことを書いてしまったので、 発売以来、なんか恥ずかしくて、弁
当持参を控えていたのである。  今夜のお目当ては、大好きなのに、いまだによく顔
を覚えていない、むかし家今松である。 「おや、こんな日によく来るね」と、木戸の
前で声を掛けてきた席亭の顔が少しやつれている。
 「なんかげっそりしてません?」  「いやー、ずーっと風邪ひいててね、今日が復
帰第一日なんだ。今日は(入りが)薄いよ」
 「そうですか。でも、今松さんをトリで聴けるの、ここんちだけですからね」
 「そうかあ、いい噺家なんだけどねー。で、どっから見るんだい」
 「どっからって・・。仲入前には入りますよ」
 「んじゃあ、もう入らなくちゃ」
 「えっ、もうそんな時間ですか?」
 世間話をしているうちに、ずいぶん出番が進んでしまったようだ。中にはいると、
円菊の十 八番(?)「男女同権」のマクラが始まっていた。  「えー、戦後、男女
同権といいまして。楽屋の頭の言いかたに伺ったら、男女同権というの は、旦那さん
が埼玉県で、奥さんも埼玉県という・・。
これ、群馬でも栃木でもいいんですけ どね」
     ● ★ ■  
<5月14日(月) 末広亭・夜の部>
 円菊:風呂敷  
仲入  
菊春:権助芝居(世之介の代演)  
アサダ二世  
扇橋:弥次郎  
歌司:小言念仏  
勝之助・勝丸:太神楽  
主任=今松:らくだ
     ● ★ ■  
円菊の「風呂敷」は、師匠の古今亭志ん生そのままではないのだが、聴いていると 、
あの独 特な味わいがよく似ていて面白い。

 「女三界に家なしって知ってる?(静まり返った客席を見ながら)わかんねーだろ
ーなー。 客席がシーンとなっちゃった
もんなあ」  しばし憮然としてから、気を取り直してもう一発。
 「女、屏風に交えずって・・・・・。わかんねーだろうなー。またシーンとなっち
ゃった」
 仲入休憩で、「高級煮魚入り」(でも百円引きで買った)の米八弁当をぱくつく。
でも、ひさ しぶりだったんで、ペースがつかめず、後半が始まった時には、まだ煮豆
とカマボコと、おこ わ一山を余していた。客が少ないと、高座にわかんないように食
べるの、難しいんだよなー。
 食いつきの菊春は、僕より年上のはずだが、若く見える。口調も若々しいのはいい
のだが、 ちょっと荒っぽくて、言い違いが多いのが残念だ。  アサダ二世が「今日は
ちゃんとやります」という言葉通りやった後、扇橋がふわーっと力な く登場する。
 「われわれはいつもウソばかし言ってますが、手品の方はどうかと思って聞いてみ
たら、ア タシたちのはウソじゃありません。インチキです、だって。インチキってえ
のは、いつごろ出 来た言葉なんでしょうねえ。漢字で書くより、やっぱりカタカナで
しょうねえ」
 と、こんな調子でだらだら話しているうちに、いつの間にかホラ噺「弥次郎」に入
っている。 この肩の力の抜き加減が絶妙だと常々思っているのだが、当人が意識して
いるかとうか は、・・・・・かなり疑わしいものがあるな。
 歌司は「小言念仏」の前にたっぷりマクラをふった。
 「末広亭の楽屋には火鉢がありますでしょ。(林家)正蔵が入って来たんで、師匠、
こちらへ どうぞ、こちらの方があったかいからって言ったら、バカヤロゥ、おれは洗
濯物じゃねえって」  さて、お目当ての今松は、大ネタ中の大ネタ「らくだ」である。
江戸前だが、やや引き加減 の今松の芸では、ならず者が主人公の「らくだ」はパンチ
不足かなと考えていたが、どうして どうして、語り口は穏やかなのに結構な啖呵であ
る。喧嘩は大声さえだせばいいと考えるのは、 大マチガイなんだな。こんど喧嘩する
時は考えようっと。
 随所に独自なクスグリがあるが、楽しいのは、らくだの被害者たちのセリフである。
 「あの人はねえ、なんでも買えっていうんだ。この間なんか、地ベタにマル書いて、
これ買 えって」
 「らくだがフグにあたって死んだぁ? えらいねー、ふぐがらくだと刺し違えたの
かい・・」
 気がつくと、周りの客が身を乗り出して、今松の噺に聴き入っている。この人は、
ぼうっと 聞いていては、単なる地味な芸でしかないが、しっかり聴こうとさえすれば、
味のある言い回 しとか、ステキな仕種とか、かならず何か発見がある。ネタの多い人
と聞く。まだそれほど聴 きこんでない僕としては、もうちょっと追いかけてみたい。
 一日置いて、十六日は池袋演芸場へ。さん喬がトリで熱演しているのに、入りがい
まひとつ。 そんな話を聞いたので、応援のつもりで同僚を連れて行ってみたら、なん
だ、けっこう入って いるじゃないか。
     ● ★ ■
 <5月16日(水) 池袋・夜の部>
 清麿:寿限無の仇討
 正楽:美空ひばり・ハツカネズミ・零戦
 喬太郎:中華屋開店
 若円歌  
 ゆめじ・うたじ
 円弥:紙入れ
 仲入  
 小太郎:野ざらし
 扇遊:一目上がり
 アサダ二世
 主任=さん喬:心眼
     ● ★ ■
 寄席で清麿の顔を見るのは、何年ぶりのことだろうか。新作系の会なら何度も見て
いるが、 ええとええと、と記憶をたどっていたら、二十年以上もさかのぼってしまっ
た。まだ僕が大学 を出るかでないかのころの、たぶん旧・池袋演芸場だったろう。座
いすにひっくり返って聴い ていたら(別段僕だけが行儀が悪い訳ではない。みんなね
そべっていたのだ)、「前の前座が寿 限無をやりましたが」といいながら、清麿はま
た「寿限無」をやりだした。おおい、いいのか よーと聴いていたら、子供の名付け親
がやくざの親分だったりして、噺の展開が微妙に変わっ ていく。で、最後は「長い名
前で仇討ちをしたという、『寿限無の仇討』という、ばーかばかし いお笑いでした」
でサゲになった。奇妙な噺を作る人だなと感心したが、その後、寄席の高座 で清麿を
聴くことはなかった。  そんなことを思い出していたら、「前座が『寿限無』をやり
ましたが、あれはなかなか難しい 噺で」なんて清麿が言いだした。あれあれと、思う
間もなく「寿限無」の発端へ。うわあ、二 十年の時を経て、同じ池袋演芸場の高座で、
あの時と同じ展開が繰り広げられている。なんち ゅーことだと不思議な感慨にとらわ
れながらの十数分。今日の客席で、こんなこと思っている のは、おそらく僕だけだろ
う。他にいたら、それはそれで怖いことだが。
 いきなりのタイムスリップですっかり調子が狂い、「美空ひばり」、「ハツカネズ
ミ」と続く正 楽の紙切りをボーゼンと見るばかりである。最後の一枚、正楽が紙を二
つに折って、おそらく 「柳家小さん」を切ろうとした瞬間、上手側の客席から「ゼロ
戦!」の注文が。一瞬手を止め た正楽に、「お願いします!」の追い打ちが、実にい
い間だった。正楽が苦笑いしながら切った 「ゼロ戦」を受け取り、ゴキゲンのお客さ
ん。客席に向かって一礼し、
「鹿児島から来ましたっ! ありがとうございましたっ!」。ひえー。
 喬太郎は珍しい「中華屋開店」。この芝居、国立、池袋、鈴本と三軒かけもちだけ
に、さすが にしんどそうだが、それを逆手にとってというか、腹をくくってヤケク
ソやってるというか、 不思議なパワーにあふれた高座姿である。大学教授の職をな
げうって中華屋を開業しようとい う男と、カレを追い回す財閥の令嬢、その令嬢を掛
けながら見守る怪しい執事の長谷川と、喬 太郎落語の中でも、キャラクターの存在感
ではかなり上と見るが、噺の方は荒唐無けいの極み である。「こんな噺、師匠の居る
前ではできないよな(この時まだ、さん喬は楽屋入りしてな い)」といいつつの怪演、
堪能しましたぜ。  中入り前の円弥でたっぷり休養をとった(ごめんなさい〜)ので、
後半は、お目目パッチリ、 お耳ピンピン(こんな形容、あるかな?)である。
 食いつきの小太郎は、時間たっぷりと言われているようだが、自信なさげな風情で
「後に扇 遊師匠もいらっしゃることですし」と弱気なことを言っている。それでも気
を取り直して「野 ざらし」をタップリ。どちらかというと、おっとりした芸風の小太
郎だが、「野ざらし」のよう な噺は、明るくにぎやかにとつとめているのだろう。楽
しい「一人キ○○イ」ぶりだった。  小太郎の熱演にひっぱられたか、扇遊の「一目
上がり」も、スピード感、メリハリともに申 し分のない出来だ。ごくふつうの噺を、
ごくふつうに演じて面白い。この人、実はすごい噺家 ではないだろうか。
 トリのさ ん喬は、前日まで四国にいたという。六年前から四国へ行くたび、こつこ
つとお遍 路さんをやっており、今年中には八十八ヶ所を回りきる見込みという。「別
に、だからどうした とか、何を考えたとか、そーゆーことは何もないんです」と繰り
返しながら、遍路の中での人々 との交流を淡々と語る。きっと、今度の旅も何かいい
ことがあったのだろう、この夜の「心眼」 がまた、弾むような高座だった。悲しい噺
なのだが、目のみえない主人公が冒頭から明るい。 その明るさをさらりと描いて、そ
の影に隠れた悲しみをきちんと浮き彫りにしていく。「心眼」 は、ラストに救いのあ
るような、ないような、あんまり好きなネタではないのだが、今夜はす んなり腹に入
っていく。さん喬さん、やっぱり何か、いいことあったんでしょう。
     ● ★ ■
 中一日置いた金曜の昼下がり、妙齢の女性と某所へ・・・てなことは全然なくて、
暑い日差 しの中をあたふたと池袋演芸場へ急いだ。寄席見物の時間はない。前日の夜
に正楽さんから「日 曜版用の紙切り原稿、あした池袋に置いとくから」と連絡があっ
たので、コラムの著者自ら回 収に来たのである(ま、当たり前のことだが)。「おっ
はよーございまーす」と、テケツと微妙 に離れているのでビギナーにはわかりにくい
演芸場の階段を二段飛びで降り、ロビーに出ると、 ありゃりゃん、黄色いポロシャツ
姿の正楽さんが、楽屋前のソファーに座ってくつろいでいる ではないか。 「へへっ、
早あがりになっちゃってね。これなら電話する事なかったね」といいながら、楽 屋か
ら原稿の入った封筒を持ってきてくれた。中身を確認すると、色鮮やかなあじさいだ
った。 ああ、もう梅雨が近いんだなと、最近は正楽さんの原稿で季節を知る事が多く
なった。
    ● ★ ■
<5月18日(金) 池袋・夜の部>
 仲入
 喬之助:短命
 扇遊:干物箱
 遊平・かほり:漫才
 主任=さん喬:ねずみ穴
     ● ★ ■
 同じ日の夜、またまた池袋にカンバーック。こんなことするつもりはサラサラなか
ったので すよこの忙しいのに。しかし、前日(十九日)の池袋でさん喬がワタクシの
追いかけている「百 川」をやった、などという情報を、だれとは言わぬがI田氏が教
えてくれたりしたので、また 行きたくなってしまったじゃないかぁ。  とはいえ、池
袋行きを突然思い立ったからといって、そう都合よく仕事は片付かないのです よ特に
新聞社の場合なんだか文章乱れているが。と・に・か・く〜、やっとの思いで掛け付け
たら、小太郎と交互に食いつきを務める喬之助が上がっていて、横丁の隠居が「何で伊
勢屋の 婿が次々早死にするのかという」という大命題に今しも論考を加えようとして
いるところであ った。平たく言えば「短命」の発端部分、ということなのであるが。
 「短命」は言うまでもなく、喬之助の師匠さん喬の得意ネタである。で、今日のトリ
はさん 喬なのである。さん喬ファンは「短命」などイヤというほど聴いていてイヤと
思っていないの であるからして、そんな場所であえて「短命」をやって、喬之助に何
の得があるのだろうかと 首をひねってしまう。軽く明るい喬之助が演じれば、
「短命」のいやらしい部分が薄まるだろう し、それはそれで彼向きのネタとは思うが、
僕などは聴きながらどうしてもさん喬の「短命」 を思い浮かべてしまい、「隠居が若
すぎる」とか「テンポがのろい」とか、要らぬ文句を言いた くなってしまう。損だよ 、
喬ちゃん。  次の扇遊は今夜も「干物箱」をたっぷり。得意の若旦那モノだけに、軽
く明るく。前の喬之 助も明るかったが、彼よりも十いくつは年上の扇遊はもっと明る
く楽しいのである。芸の若さ、 というものだろう。
 さて、さん喬のトリネタは、んんん、今夜は「ねずみ穴」かあ。おとといの「心眼」
といい、 今日の「ねずみ穴」といい、十日間の芝居のうち二日通って、ネタが二つと
も「重い暗い、僕 の嫌いなネタ」というのは、けっこうすごい確率だとう思う。
 ただ、ネタは嫌いなのだが、さん喬でなら聴ける。酒色におぼれて田地田畑を手放
し、江戸 のアニキに金の無心に来た田舎の弟。たった一人の肉親の窮地に、兄はた
ったの二文くれてや るだけであったーー。この発端の場面で、中身が二文とは知ら
ずに喜んで帰ろうとする弟を、 兄が一瞬呼び止める。
 「なんでぃ、あにさん?」
 「ん、いや、なんでもねえ」
 このやり取りだけで、兄が人でなしではないことをわからせる。
 中盤、火事で蔵を焼いて、弟一家が没落していくくだりがあるが、ここは、使用人
が辞め、 家族が病気で・・と、くどいぐらい丁寧に描写することのが普通である。
だが、さん喬は「そ のありさまは坂を転がるようで」のひと言ですまし、「だあさ
ま、もうしわけありません」と番 頭に暇をだす場面につないでいく。
 さらに噺のキーパースンの一人である、兄の家の番頭に多くを語らせず、「だあ
さま、竹次郎 さま(弟)が」というセリフのニュアンスだけでその間の歳月や出来
事を浮かび上がらせる。  情景描写、心理描写が丁寧で、時にはくどくも、くさく
も感じるーー。これは、さん喬落語 について、時折見かける批判であるが、「ねず
み穴」を引き合いにだすまでもなく、さん喬の噺 の魅力は「省略」にあるというこ
とも、この際言っておきたい。  とまあ、二つ続けてヘビイな噺を聴いたので、あ
れこれ考えてしまった。終演後、演芸場の 前でぼーっと突っ立ていると、お客さん
を連れたさん喬一門が、チョイチョイと手招きをして きた。  「今日はちょっと
いいでしょ(実は一昨日もお誘いをうけたのだが、連れがいたので辞退し たのだ)」
 「いや、だって、お客さんがいるんでしょ」  「あ、あれはいいの。気にしなく
ても」  結局、一行の尻にくっついて、池袋西口の繁華街を奥の方へ。師匠は「あ
れはいいの」とい っていたけれど、お客さんと思われる男性に挨拶した。
 「どーも、長井と言います」
 「知ってますよー。本買ったし。末広亭でサインしてもらいましたよね」
 しえー、おみそれしました。ぜんぜん覚えてませんー、すいませんー、今後とも
よろしくー と、夜の池袋で平身低頭、恐縮するワタクシでした。  週末の夜のせ
いか、どこもこんでいるようで、先達の喬之助はあっちをウロウロこっちをキ ョ
ロキョロ。結局、本格っぽいインド料理店に落ち着いた。
 かなり辛めのチキンカレーに、これも辛いカバブ、ガーリックナンをつまみなが
ら、一昨日 の「心眼」について話を聴く。
 「実はあの前の日に、落語後進県の高知で、女子中高生二千人ぐらいの前で、
落語やったん だよ。『初天神』やったら、けっこうウケたんだけど、中にはケッて
な顔してるのもいるの。よ ーし、じゃあこれでどうだって『心眼』やったんだよ。
無理かなと思ったんだけど。そしたら ね、みんな身を乗り出して聴いてくれたの。
でね、終わった後、楽屋に何人か高校生が訪ねて 来て、『何がよかった?』と聞い
たら、目が見えない話だって。『あの目の見えない人の奥さん、 ブスだっていうけ
ど、アタシ、絶対美人だと思う』っていうの。あれはね、オジサンもそう思 ってや
ってるんです。オジサンが落語の中でそういうことを何も言わなくても、アナタたち
も 同じことを思ったでしょ。オジサンの思いが伝わってる。それが落語なんですっ
ていったら、 みんなうなずいてくれてね、それで東京帰って来て『心眼』やったの」
 なーるほど、そうだったのかあ。やっとわかった「弾む心眼」のわけ。  師匠がそん
な話をしている時に、お隣では、さん喬一門の若手たちが、太神楽の花形で、キ ュウ
リ、メロン、スイカなどウリの類が一切ダメという柳貴家小雪ちゃんをからかってい
る。
 「花緑あにさんは、どういう感じ」
 「えっとね、完ぺきな人!」
 「何それー」
 「だって自由が丘に住んでるし」
 「自由が丘に住んでたって、東急ストアで豚のバラ肉買ったりするんだよ」
 「そんなことしません!買い物するとしても、輸入食品の専門店か何かです」
 「(あきれて)じゃあ喬太郎のイメージは」
 「ダンディ」
 「ひえー、何でー(と一同ずっこける)」
 聴けば、小雪ちゃんの父親の柳貴家正楽とさん喬の両師は、杯を交わした義兄弟な
ので、さ ん喬門下の連中は、小雪ちゃんのいとこに当たるのだそうな。なんだかなー。
     ● ★ ■
 翌土曜日の午後、千葉県は下総中山にある中山亭に「楽春独演会」を見に行った。
JR下総 中山駅の南口に下りてみたら、駅前広場もなく、いきなりフツーの商店街に
で食わした。北口 の方は、なんとかいう大きなお寺の門前町になっていて、駅前、と
いう感じなのだが、こっち は何といったいいのか。たとえば、そば屋の隣にカメラ屋
と花屋があって、その隣が駅という 感じ。商店街が駅にではなく、駅が商店街に取り
込まれているのである。そのフツーの駅前を 適当に歩いていったら、あら不思議、も
のの数分で会場の前に出た。みると、本日の主役であ る三遊亭楽春が、客と和やかに
談笑している 。
 「あ、いらっしゃい」
 「どうも。ここ、はじめてなんですよ」
 「えっ?そうなんですか。でも、すぐわかったでしょ」
 てな話をして中にはいると、十数人の客の九割以上が知った顔である。うーん、こ
れでは落 語会に来たというより、仲間内の飲み会の横で落語やってる、という感じじ
ゃないか。
     ● ★ ■
 <五月十九日(土)  楽春独演会(中山亭)>
 春吉:豆屋
 楽春:五月幟
 春吉:千早ふる
 楽春:大山まいり
  仲入
 ダーク広春:奇術
 楽春:ねずみ
     ● ★ ■
 この日は、文字通りの楽春師弟会。春吉が高座に上がっている時は、楽春が外でモ
ギリをや る。噺を終えて袖に引っ込んだ春吉はすぐに楽春の出囃子のテープを回し、
モギリに早変わり。 見事な、家内制手工業である。  落語会の打ち上げで楽春に「
今度いらっしゃい」と声を掛けられ、楽春は「客で来て」と言 ったつもりが、本人
は「弟子に来い」と勝手に解釈し、何とEメールで弟子入り志願したとい う春吉も、
もう入門一年である。まったくの素人時代から知っている僕としては、「春吉がアタ
マからサゲまで落語をやった」というだけでも、驚愕なのである。うーん、ほんとに
すごいぞ。  「春吉のアタマはツルツルでしょ。大体、弟子が何かしたら、アタマを
丸めることになるの ですが、このアタマではわからない。ただ、よくみると、この間
の坊主頭より、今日の方がも っとツルツルだったりするんですよ。そのへん、よくご
覧になっていただいて・・・」  ぎゃははは。よくみると、今日はほんとにツルピカ
だ。何やったんだ、春吉。
 仲入で一服しようと外に出ると、軒先にクラシックなたらいが置いてあって、先客
が数人の ぞき込んでいる。中を見ると、ネズミの彫り物が入っていて、これが動くの
である。楽春が以 前に、シャレで、落語の「ねずみ」に出て来る「左甚五郎作、動く
ねずみ」を実際にこしらえ たもので、今日みんなにみせようと持って来たのだが、セ
ンサーの具合が悪くてうまく動かず、 落語会の前半、ずーっと友人のK氏が直してい
たのだそうな。ま、動きはちょっとぎこちない が、江戸時代の仙台の十人レベルなら、
何とかだまして旅館に止まらせるぐらいは出来そうだ な。  動くネズミの出来は今
一つだが、噺の方の「ねずみ」は快調で、日本人離れした「濃い」外 見にもかかわら
ず、意外に江戸前の、さらりとした落語を楽しめた。噺の最中、外がうるさい なと思
ったら、本格的な雷雨だったらしく、会が終わって外に出ても、まだ断続的に降り続
い ている。雨に追い立てられるように、駅近くの居酒屋に入った。
つづく


お戻り


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皆様のご意見で益々良くなるおタスケを・・・・・・。
たすけ