東京寄席さんぽ4月下席

 週明けの二十三日、昼前一時間半だけ働いて、国立劇場の新派公演にかけつけた。
 今月の出し物は、おなじみ「婦系図」。実は、新派ってテレビでは見たことがあるが、生の舞
台は初めてだ。このごろ劇場に入ると、必ず二十分ぐらいの空白時間(いわゆるひとつの居眠
りタイム)が出来てしまうのだが、今日は、ちょっと確認したいこともあるので、眠るワケに
はいかんぞ。さあ、集中集中。
 「婦系図」の筋なんてのは、まあ、いくらなんでもアタマに入っている。スリ上がりのドイ
ツ文学者(なんちゅー設定だろう)の早瀬主税が、柳橋の芸者さん、つた吉(お蔦)といい仲
になって、こっそり所帯を持つが、早瀬の将来を案じる恩師から「おれを取るか、芸者を取る
か」としかられ、断腸の思いでお蔦と別れる決心をする。ふるめかしー。んで、湯島天神の境
内の場。「お蔦、オレと別れてくれ」「別れろ切れろは芸者のときにいう言葉。今のアタシに
は死ねといってくださいな」という、あの有名なやりとりになるんだったよなー。
 ところで新派の顔といえば水谷八重子だが、彼女は今、九州あたりで「滝の白糸」の公演を
行っているらしい。そういうわけで、国立の芝居は、もう一人の看板女優、波野久里子の組が
タントーしているようだ。久里子を取り巻く役者陣は、安井昌二、英太郎、紅貴代。そうそう、
忘れていた、二枚目・早瀬主税は、怪優市川団十郎の客演である。主税というと、普通はユー
ジューフダンのやさ男を連想してしまうのだが、演じるのが荒事の成田屋だけに、ずいぶん骨
太の独文学者になっちゃってね、元巾着切りのいかがわしさは十分過ぎるぐらい出ているのだ
が、インテリ文学者という感じは皆無に近い。芝居そのものも、いわゆる「新派大悲劇」、しん
ねりむっつり、お涙頂戴のウエットな展開を覚悟していたのに、意外にサラリとした演出だっ
た。いくらでもクサイ芝居が出きるはずの久里子(だって勘九郎のおねーさんだもの)も、抑
制の効いた、オトナのお蔦を演じている。出世のために恋を諦める云々という、原作の無理=
良くも悪くも時代遅れな部分を今の観客に感じさせないよう、細部にまで目配りされていて、
最後まできもちよく、明治の気分にひたることができた。
 そうそう、気になる部分のチェックをするんだった。ええとね、湯島天神境内の場だよな。
早瀬から別れ話を切りだされたお蔦が「いやよいやよ、別れないわ」と身もだえし、後ろの梅
の木に抱きついた。おおっ、お蔦と梅の木、ちゃーんとからみがあるんだね。・・・これじゃ何
のことだかわからない? やだなあ、忘れちゃったの? 漫才コンビ「順子・ひろし」のあの
ネタですよ。
 順子「この人、漫才やる前、役者だったんです」
 ひろし「芝居っていっても新派なんですけどね」
 順子「で、先代の水谷八重子さんと共演したんですよ」
 ひろし「いやあ、まあ(と照れる)」
 順子「婦系図の梅の木やったんです。だから、(手を伸ばして)こういう手付きがうまくて・」
 ひろし「よせよぉ!」
 これが本当の話なら、ひろしセンセイ、水谷八重子に、しっかりからみつかれたんだよねー。
ま、それだけのことなんだけど。
 演芸つながりということで、もうひとつ思いだすのは、「たがや」のマクラだ。
 「噺家には、『黒門町!』『稲荷町』と住んでるとこで掛け声がかかる。歌舞伎は『音羽屋!』
『成駒屋!』と屋号がある。でも新派って、『水谷』『伊志井』と苗字を呼ぶ。呼び捨ては失
礼だからと『さん』付けで呼ぼうといった人がいたけど、『水谷さん、伊志井さん、お薬三日
分』って、病院の待合室みたいで」とつなげて、花火のほめ言葉「たまやぁ」につなげるんだ
よね。呼び捨ての大向こう、今日はあるかなーと期待してたら、きましたきました。「波野!」、
「紅!」。やっぱ声がかかるのは圧倒的に女優陣。「波野!」のすぐ後に、「お薬三日分!」と
声をかけたら怒られるだろうなあと、お蔦主税の悲恋をみながら、しょーもないことを考えた。
ちなみに団十郎への褒め言葉は、いくら新派でも「市川!」じゃなくて、「成田屋!」だった
と報告しておこう。
  ● ◆ ■
 翌二十四日、ちょうど昼ごろに新橋に野暮用ができたので、僕の中では大分前から懸案であ
った鰻屋「宇奈とと」でのランチを決行することにした。
 「宇奈とと」は、演芸ファン&関係者の間では知る人ぞ知るという、ずいぶん限定的な知名
度を誇るファーストフード感覚の鰻屋さんだ。東京・新橋の真ん中で、五百円で真っ当な鰻丼
を出すという。しかもオーナーがあの(?)金原亭世之介だったりするのだから、これは行か
ねばならぬ行かねばならぬ行かねば平手、男がたたぬは天保スイコデン(なんのこっちゃ)。
 さて、めざす店はどこにあるのだろう。聞いているのは「新橋烏森口のちゃんぽん屋の路地
を入る」ということだけ。恐る恐る烏森付近を歩いていると、ちゃんぽん屋はあるのに路地が
ない、路地があってもちゃんぽん屋が見当たらない、ということはまるでなく、いともあっさ
りと「路地付きのリンガーハット」を発見してしまった。ここまでくればダイジョーブと、親
指の先を鼻のアタマにつけて手のひらを返すのは仮面の忍者青影だったよな。あの子役の金子
ナントカ君は今何やってるんだろうと、最近余計なことばかり考えるなあと思いつつ路地を入
っていったのだが、それらしい店が見つからない。たしかに飲食店は多いのだが、ほとんどが
夜の部のみ営業の飲み屋ばかり、みーんな戸が閉まっているのである。やっぱし間違えたか、
引き返そうかなと二回半ぐらい思った時に、かすかに漂ってきたのは・・・・、懐かしい鰻を
焼く匂いではないかっ!それ、今のうちに匂いでおまんまを食べて、なんてふざけている場合
ではない。クンクンと鼻をならして匂いの元を尋ねていくと、あったあった、ありました。大
半の店が暖簾を下ろしている中、元気に鰻を焼くお兄さん二人の姿は感動的ですらありました。
おやっ、その先の店にも電気が付いているではないか。シンバシジョガクエン? むむむ、よ
くはわからんが、腹ペコで入る店ではないようだな。
 取りあえず今は、色気より食い気である。カウンター七、八席ほどの小さな店の隅っ子に腰
を下ろして、メニューをチェックする。
 ふむふむ。品書きはいたってシンプルである。鰻丼五百円、鰻重七百円。きも吸は別料金で、
あと二つ三つ、サイドオーダーがあるだけ。脇で五百円の鰻丼をぱくついている若い会社員を
ちらり横目で見て、鰻重と、きも焼百五十円を注文した。実に豪勢、ゼータク三昧である。ど
ーだ隣の会社員と、意味もなく胸を張る。僕も会社員だけどね。
 薄っぺらなお重の上に、意外におおぶりな鰻が乗っかっている。食べ放題とおぼしきシバ漬
けを鰻の横ちょにおいて、いっただきま〜す。・・・・・ま、とっておきの美味というわけには
いかんが、この値段でこのレベルなら良しとしたい。女の子を連れてきて、という感じではな
いが、夜、一人で半端な時間に飯を食うなんて時にはおすすめだ。今度は鰻丼プラスきも吸と
いうスタンダードな組み合わせにしてみるか。また来ようっと。
 久しぶりの鰻ととで体が喜んだのか、午後は快調に仕事が進み、夜になってちょっとだけ時
間があいた。とはいっても、もう七時に近い。会社から比較的近い鈴本なら、仲入前の雲助に
間に合うかもと、千代田線の湯島駅で降りて、韓国エステの客引きをかわしながら上野仲通り
を早歩き。鈴本の客席に座ったときには、あちゃー、もう雲助の噺は佳境に入っていたのだっ
た。
    ● ◆ ■
 四月二十四日<上野鈴本・夜の部>
 雲助:狸さい(途中から)
 仲入  にゃん子と金魚:漫才
 三三:人形買い
 玉の輔:漫談
 主任=喜多八:船徳
   ● ◆ ■
 おおっ、場内はけっこうにぎわっているではないか。平日の夜なのに、なかなかのものだと
感心したが、よくみるとにぎわっているのは団体客、それも修学旅行とおぼしき中学生グルー
プであった。中央の列、真ん中あたりにけっこう大人数の一団がいて、その少し後ろに別の小
グループがいる。後ろの少数派は、いかにも田舎の中学生という素朴な風情で、雲助演じるマ
ンガチックな狸にげらげら笑い転げている。
 あっという間に雲助の噺が終わり、件の中学生がツアコンに背中を押されて引き上げていく。
もう一派の団体は居残るようなので、中央の列を避けて、上手側中央あたりに座ると、どうや
ら後ろの席が引率のセンセイらしいのだ。もれ聞こえてくる会話から推測するに、ベテラン女
性教師と校長先生か。
 「校長先生、こういうの、お退屈でしょう?」
 「いやいや、さっきの曲芸なんか、面白かったよ」
 なーにいってんだか。お退屈なのは無理やり連れてこられた生徒たちの方じゃないかなあ、
などと心の中でツッコミをいれていたら、後半が始まってしまった。売店で何か買っとけばよ
かった。腹減ったなあ。
 次の出番は、おでんのゴボウ巻きとダイコンを盛り合わせたような漫才コンビ、にゃん子と
金魚である。とんでもない形容だが、腹が減ってるので、他にいいまわしが思いつかんのだ。
許してねー。ハデハデ衣装のこのコンビ、けたたましくてちょいと苦手にしてたのだが、最近
ちょっと気に入ったネタがある。あの「アタシが幸せを感じる時」というヤツである。
 にゃん子「アタシが幸せを感じるとき、それは、つんくに見染められて、モーニング娘。に
入りませんか?といわれたとき!」
 金魚「アタシが幸せを感じるとき。鶴瓶に見染められて、かしまし娘に入りませんかといわ
れたとき!」
 胸の所で両手を結び、夢見る乙女といった風情でボケまくる二人。「幸せ」のパターンが、
「金」「出世」「玉の腰」とチョー現実的なのが実に楽しいのだ。
 「アタシが幸せを感じるとき、ニコタマ(とーぜん二子玉川のことだ)で暮らせるように成 ったとき」
 「アタシが幸せを感じるとき、彼のニコタマをさわったとき!」
 おいおい、客席には中学生が何十人もいるんだぜ。と、横を見ると、中学生たちが腹を抱え
てゲラゲラ笑っている。  調子にのった、にゃん金は下ネタを連発。
 「アタシが幸せを感じるとき。道を歩いていて、『お嬢さん』と声をかけられ」
 「いくらですか?」
 「そうじゃないわよっ!『ファッションモデルになりませんか』と声をかけられたとき!」
 「んじゃ、アタシが幸せを感じるとき。道を歩いていて、『お嬢さん、自衛隊に入りません
か』と声をかけられたとき」
 賞賛(?)の拍手の中、さっそうと引き上げる、にゃん子と金魚。後ろの席の女の先生が、
図体の大きな男子生徒に声をかけた。
 「島田クン、きてよかったでしょ」
 「うん、今のはよかった」
 三三の「人形買い」は、普段でよく聴く買い物のくだりだけではなく、きちんとサゲまで演
じている。長屋に帰って、「神功皇后様の人形がいいか、大閣様がいいか」と相談するくだり
で、講談の修羅場をひとくさり、三三が演じて見せるのだが、これがすこぶる歯切れがいい。
おそらく宝井琴柳あたりに習ったのだろう。楷書の芸の三三には、講釈種がよく似合う。
 三三が引っ込むとたんに、後ろの先生たちが立ちあがって「ハイ、移動ですよ」。中央に陣取
った中学生たちがぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろと退場し、残された場内は、四隅に客が
いて、中央にぽっかり四角形の空白があるという、ポップな分布図になってしまった。
 「この間、伊藤君と道を歩いていたら、伊藤君が工事現場でいきなりそこにあったヘルメッ
トをかぶって作業を始めた。『どうしたんだよ』『ほれ、これこれ』。伊藤君の指差す先には『工
事中に付き、ご協力ください』の看板が・・・」てな調子の漫談で、玉の輔が降りると、あれ
れ、もうトリの喜多八だ。
 喜多八の長講に合わせて、後半の出番が少なくしたのだろうが、イロモノが一本なくなった
ので、落語の玉の輔がひざがわりになってしまったという寄席では珍しい形である。なんて能
書きをたれてる間に、とぼとぼと、いつものあの元気のない風情で喜多八が登場してきたぞ。
 「今日は、団体さんがいたんですか? 何考えてんだか、八時に帰っちゃいやんの。って、
すねてるわけじゃねーんですがね。・・・やる気ないわけじゃねえんすがね、ついつい誤解され
るんですが、虚弱体質なもんで。でも、この風情が、ご婦人たちから見ると、たまらないんじ
ゃないですか?」べつにぃ。
 「やがて四万六千日です」と言って、今日のネタ「船徳」へ。もう、「船徳」を聴く季節に
なったんだなあ。おなじみ粋になりたい若旦那の、ずっこけ船頭ぶりを楽しむ噺だが、喜多八
の若旦那にはあまり粋な感じがない。演出はあっさり味で、サゲのせりふ「船頭一人雇ってく
ださい」もそっけない。さらりとやりたい気持ちは分かるが、聴いてる客の「もっと大笑いし
たい」という気分が、微妙にはぐらかされているようで、うまいんだけど物足りない「船徳」
だった。いままで喜多八にはあまり縁がなくて、数聴いたという感じがない。もうちょっとい
ろいろ聴いてから、四の五の言おうと思うので、本日はこれまで。さあ夕飯、何を食おうかな
ー。
  ● ◆ ■
 二十五日、昨日と同様に仕事がスイスイはかどっちゃって夜の時間がぽっかりあいて、とい
うわけにはぜーんぜん行かなくて、なすべきことが遅々として進まず、ペンディング状態の案
件が増えるばかり。ええいっ、いつまでやっていてもしょーがない。今日出来ることは明日や
りゃーいいじゃんと、ワケの分からない理由をつけて仕事を放り出し、目指すは国立小劇場で
ある。
 今夜の落語研究会は、志ん朝のトリ。開演時間ぎりぎりにたどりついたが、ありゃりゃすん
なりと当日券がゲットできてしまった。場内はそこそこ埋まっているけど、満員ではない。い
つもめちゃ混みの志ん朝トリでは、珍しいことである。当日券で見られるのはうれしいけれど、
志ん朝のトリの時に空席がチラホラあるのは、なんだか悔しい気がするのはどうしてだろう。
  ● ◆ ■
 四月二十五日<落語研究会>
 三三:人形買い  
 談春:おしくら
 昇太:ろくろ首
  仲入
 吉朝:河豚鍋
 志ん朝:刀屋
  ● ◆ ■
 トップバッター、三三の「人形買い」は、昨日鈴本できいたまんま。昨日の高座は、この日
のためのお稽古だったのねー。
 続くは談春、最近のこの会では当たりが続いているので、密かに期待してたのだが、相変わ
らず、態度が大きいわりに、ちょいとすねているという複雑な印象を与える出なのであった。
 「えーっ、出てくるニンゲンの割には、重々しい出囃子ですね。休憩後に、日本有数の落語
会をおみせします。(次の昇太を含めた)我々二人は、イベントです。ま、悪気はないんです
けどね」これが挨拶だもんなー。
 「おしくら」の出来は上々で、終盤、歳とった尼さんが「おしくら」でやってくるくだり、
「毛がないの紅さして、薄化粧してやってくる。楽屋入りする円○師匠みてえだ」には、笑っ
ていいもんかどーか。
 デイビークロケットの出囃子に、笛をいれると妙な感じがする。いつも通り、自分で拍手し
ながら座布団に座った昇太、「ジュニアの部の最後です」には笑ったー。
 「えーっ、今日はね、派閥の垣根を越えた番組で・・。最大派閥の落語協会から、最小派閥
の立川流まで出演してます」と、誕生したばかりの小泉総裁をもじった(?)マクラでスター
ト。「どんなに無心な生き物でも、DNAを残したいと思う心がある。カマキリは交尾の後に
食べられちゃうし、サケの産卵もそう。自分は死んでも、DNAが残る。それでいいんですよ」
とつないで「ろくろ首」に入ったのが????であるが。
 もっとも中身に入ったらDNAも何も関係なく、ひたすら爆笑篇で突っ走る。
 「お嬢さんの首が夜中にのびて・・」
 「それはもしかしたら、砂かけ婆ぁ?」
 「ちがうよ!」
 「じゃあ、首長油なめ女」
 「そのまんまじゃないか。ろくろっ首だよ!」
 はははははは。
 仲入に、ロビーをうろうろしてたら、東京かわら版編集のナオミ嬢にばったり。
 「今日は志ん朝さんのトリなのに、空席ありますよね」
 「そうですねー、かわら版の情報欄に出演者でてませんでしたからねー」
 そおかあ。それ、大きな理由かもしれないぞ。
 後半は吉朝、志ん朝のシニアの部(?)である。
 「(笑福亭)松鶴師匠が河豚にあたって、店に文句いいに行ったんですわ。『そんなことはあ
りません』『そやかて、あたったやないか』『ウチのてっちりは、一切河豚を使ってません」。
 河豚鍋のおともの清酒が「犬のさかり」というのがおかしい。
 さて、トリの出番は待ってました志ん朝の「おせつ徳三郎・下」。しかし、この師匠、最近の
マクラは「歳とったー」ばっかしなんだよな。今夜は「昇太君の後だと、あがりますねえ。私
らぐらいになると、歳相応というのが一番いい。スナックなんかで、スマップやTOKIOを
歌う年寄り、いやですねー」ときた。TOKIOの名前が出てくるのはいいが、若いもんはあ
んましスナックでカラオケやんないような・・。
 で、この日の「刀屋」だが、盛り上がりのない噺なんだよな、これが。同じ「おせつ徳三郎」
でも、前半の「花見小僧」は季節感にあふれていて、パーッと明るくて、僕は大すきなネタな
のだが、後半はねー。思いつめた徳三郎と、律儀な刀屋のオヤジのやりとりが延々と続いて、
トートツなサゲになるんで、これだけやられると、聴いてる方はちとツライ。この日も・・・・
うーん、志ん朝だから最後までダレずに聴けたというところか。恋に盲目になった徳三郎の若
さを、六十代半ばにさしかかった志ん朝が生き生きと描きだす。なんだかうれしいではないか。  
 小腹がすいたので、半蔵門近くの牛丼屋で、ミニ牛丼プラスきつねうどんを一人かっこむ。
どうもあんまり見た目のよい姿ではないなあと反省しながら地下鉄の駅に向かうと、むこうか
ら帽子をかぶった洒落男がケータイで何やら話ながら歩いてくる。さっき「ジュニアの部」に
出ていた昇太ではないか。
 「昇太さん、ろくろ首、聴きましたよ」
 「どうもどうも。あ、そうそう、こないだの末広亭、ありがとうございました」
 「あ、僕が来てたのわかりました?」
 「いやあ、あん時は、『マサコ』の仕込みをわすれちゃって、サゲがなんだかわかんなくな
っちゃって。普段寄席に出ないんで、たまに出番が続くとペース配分がわかんないんですよね
ー」
 「あ、あの『マサコ』、やっぱし仕込み忘れでしたか」
 「今日の志ん朝師も『まちがっちゃったよー』って、戻ってきましたよ 」
 午後十時の半蔵門での立ち話。何をわけわかんない話してんだかという顔で、背広姿のおじ
さんたちが通りすぎていく、うすら寒い夜だった。
    ● ◆ ■
 このところ寄席・落語会の当番回数が減ったなあと思っていたら、今日で三連投である。懇
意にしている神田神保町の老舗かるた屋の社長さんが「末広亭で正楽さんを見たい」というの
で、仕事のない日の昼席にお供する約束をしていたのだ。
 新宿三丁目の角のビルの地下で寿司をつまんで、午後二時ちょい前に入場した。ホール落語
の経験しかない社長は、初めての寄席見物で見るもの聴くもの珍しいらしく、きょろきょろと
あたりを見まわしたり、従業員のおねえさんに質問したりと落ち着かない様子だ。
     ● ◆ ■
 四月二十六日<新宿末広亭・昼の部>
 生之助:一眼国
 一朝:桃太郎
 仙三郎・仙一:太神楽
 円菊:厩火事
  仲入
 扇辰:つる
 正楽:鶴亀・猪のデート・ディスにーランドの鯉のぼり・沖縄
 小せん:漫談
 さん喬:よっぱらい
 順子ひろし
 主任=権太楼:壷算
   ● ◆ ■
 末広亭ビギナーの社長のためにと、上手桟敷に上がったのだが、お茶子のねーさんにずいぶ
ん前の方に案内されてしまった。末広亭には、ちょっとワケありで詳しい僕ではあるが、これ
だけ高座が近いと、やっぱし恥ずかしいぞ。
 つば女の代演、生之助は、今までどういうわけか「開帳の雪隠」ばかりあたっていたが、「一
眼国」もけっこういいじゃん。扇辰の「つる」に、さん喬の短縮版「かわり目」と小味だが、
楽しい噺が続いていい雰囲気。隣の社長は、やはり色物が珍しいらしく、仙三郎・仙一の太神
楽を見ながら「立派な息子さんでうらやましい(社長のところは娘さん二人)」と感心しきり、
正楽の紙切りで「沖縄」という注文に合わせて下座が「ハイサイおじさん」を弾き始めると拍
手拍手、順子ひろしの「あたしたち二人の歳を合わせると百五十歳なんです。(ひろしを指差
して)この人が百で、アタシが五十」に大笑いしている。これで寄席ファンが一人増えたと確
信したな。
 「壷算」で陽気にハネた。桟敷を出ると、さん光が僕らのことを待っていて、「師匠がお話
があると言ってます」だって。社長をどうしようかと思ったが、この際、末広の楽屋も見せと
こうと、一緒に裏へ回った。二階の色物さん部屋(ここにも火鉢がある!)で、権太楼さんと
密談。内容はいずれ書くけど、今は内緒ね。夜席の準備をしている鯉川のぼるや柳月三郎を見
た社長が、「背広で高座に上がる落語家さんもいるんですね」と感心している。そうじゃない
ですよー。
 話が終わるのを待っていたのか、前座さんがいいタイミングで「ながいさん、これ、あずか
ってますから」。新聞連載用の正楽さんのカラー紙切りである。そうそう、GW用に、今週は二
枚注文していたんだっけ。本人はもう帰っちゃったらしいので、その場で封筒を開けて中身を
確認。一枚は母の日用だろう、カーネーションの背景に女性の顔を配したポップなデザイン。
で、もう一枚がすごい。寄席紙切りの定番「藤娘」なのだが、今回はプレミアムバージョンで
背景いっぱいに鮮やかな藤の花が切られているのだ。あまりの見事さに、その場のみんながう
っとり。これ、新聞に出さないで、僕のものにしちゃおうかな、という欲求を抑えるのに苦労
した。
    ● ◆ ■
 今席は、落語会三連投もあったし、バラエティ豊かな番組を楽しむことが出来た。週末は、
家でゆっくりして、たまったCDやMDでも聴こうと思っていたら、土曜日の夜、古今亭右朝
の訃報が入ってきた。五十二歳、肺がんだったそうである。
続く


お戻り


内容及び絵等の無断転載、商業使用複製を禁止します。
ご意見ご感想はたすけ宛に、どしどしお寄せください。
皆様のご意見で益々良くなるおタスケを・・・・・・。
たすけ