東京寄席さんぽ4月上席

東京寄席さんぽ
 目黒川畔で文楽(人形浄瑠璃)仲間と、一年ぶりの花見の宴を開いた。去年はまだ早すぎて木々
の間からどよ〜んとした曇り空が透けて見えたりしたのだが、今日は見渡すばかりの花のアーチ
である。きまぐれな春風に吹かれても、一片の花びらも落ちてはこない。まさに、今満開。土鍋
のおでんと巻き寿司と手羽先。居酒屋と家庭の夕飯がちゃんぽんになったようなラインナップが、
さわやかにうまい。
 翌2日の夜、客引きのチャパツにーちゃんが跋扈する上野仲通りに、怪しげな男女が集まった。
ついに来てしまった、「定点観測」印税放出飲み会の当日である。
 拙著「定点観測」が店頭に並んでから、約四か月。ありがたいことに、まだ書店や末広亭の売
店でそこそこ売れているようである。この本については、実にいろいろな方からの協力、励まし、
推薦をいただいてしまい、「足を向けて寝られないなあ」などといっていたら、たちまち足を向
ける方向がなくなってしまった。今回は諸事情により、そんな応援団の皆様の中の、ほんのわず
かの人たちしか招くことができなかったのがなんとも心苦しい。で、何を基準に選んだかという
と、@まったくのタダ働きをしてくれた人Aここで何かしないと後が怖い(?)人――の二点な
んですね、これが。
というわけで、午後七時半、海鮮中華「蓮風(リンフー)」の丸テーブルに並んだのは、真打
1、二ツ目5、一般(?)女性3と僕の計10人。忙しいだの何だの言ってる割には、全員出席
というのはタダメシだからでしょーか。ビールで乾杯した後は、別に何の趣向もなく、ただ食っ
てくっちゃべるだけ。話の中身は・・・・、元気いっぱいの二ツ目さんが招興酒でさらに元気に
なっちゃたので、とてもいえません。真鯛のサラダ、芝えびの踊り、北京ダックと食べまくり飲
みまくりで、上野の夜はふけるばかりであった。宴の終わりは一本締め。さらに店の外で万歳三
唱までやってもらって恐縮していると、「いやいや、こんなんでよかったら何度でもやりますよ。
元手かかんないし。また本出して、宴会やりましょーねー」と真打間近の某二ツ目さんに、きっ
ぱり言われてしまった。次の本、企画はあるんだけど、書き下ろしなんだよなー。いったい、い
つ出ることやら。
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 財布の中身もお天気も爽やかになってしまった三日の午後、久しぶりに浅草を歩いた。六区興
行街の真ん中、ROXビルの大きな本屋さんに入ったが、僕の本が置いていない。たしか一月ぐ
らい前には何冊も置いてあったはずだか、今は「東京人」のバックナンバーばかりが目立ってい
る。あの本、みんな売れてしまったのか、とっとと返品されたのか。ま、売れた、ということに
しておこう。
 本屋で時間を取ってしまったので、木馬亭に行くのがまた遅れた。三時ちょい前に木戸を入っ
て、木馬のおかみさんと世間話を。
 「あなたの本、うちでも売ってるんだけど、みんな浪曲のお客さんでしょ、『なんだ、落語の
本かあ』って言うのよねー」
 「そうかあ、浪曲と落語、両方見てる人って、少ないんですねえ。そうそう、こないだ名古屋
の大須演芸場にはじめていったんですけど、はじめお客が三人しかいなくてビックリしました。
ちょっと古いけど、そこそこ広さもあって、いい小屋なんですけどねー」
 「ふーん、何だかウチ(木馬亭)に似てるわねー」
 あわわ、お席亭からそんな答えが返ってくるとは・・。あんまり無駄話をしていると、浪曲定
席が終わってしまう。そそくさと中に入ると、客は、二十人ちょっと。どうしてどうして、名古
屋の何倍も入ってるじゃないの。高座はというと、ちょうどトリの一本前、玉川福太郎が高座に
現れたところだった。出てくるなり、ごひいき筋から、何かもらっちゃったりして。
 「えーっ、なんにもしないうちから、いただきものをしまして・・。あと、ありませんか?」
 と、福太郎がおどけて言うと、客席から「玉川勝太郎襲名、お願いします!」の声が。
 ちょっと驚いた顔の福太郎は、姿勢を正して話し出した。
 「それは私の決めることではないんです。勝太郎はアタシがくれって言って、もらえるもんじ
ゃない。弟子として、師匠の名をいただくのは大変なことなんです。よく友達から、『おまえ、
勝太郎になるんじゃないか』って言うけど、三十三年間、福太郎でやってきて、これがせいいっ
ぱい。勝太郎なんかしょっちゃったら、重くて重くてしょうがない。お孫さんもいて、(浪曲)
やってもいいかなあ、なんて言ってるんですけどね・・・」
なんだか煮え切らない答えだが、福太郎としては、こたえられる範囲での、誠実な回答だと
思う。無責任なファンの立場で言えば、勝太郎という名前を消さないためにも、あまり空白を置
かないで、さっと襲名してほしいなあと思うばかりである。
「さて、この後は二代目(浦太郎)が控えているので、私のところはちょっと変わった話を」
と出してきたのが「粗忽の使者」。こりゃ、小さん十八番の落語の演目ではないか。
ははあ、これがいわゆる「落語浪曲」というやつか。昔々、寄席の浪曲師として人気があっ
た広沢菊春が甚五郎モノなどを演じていて、今では弟子の沢孝子がやっているぐらいかと思って
いたが、福太郎もやるんだねー。
 「落語を浪曲でやったらどうなるか。私も勉強しているというところを聴いていただこうと思
ってます」とはじめた「粗忽の使者」。要所要所に節が入るのが、アクセントにもなり、テンポ
を崩しているようでもあり、いいとこ、わるいとこ半々、といった感じかな?もう少しシェイプ
アップすれば、面白いネタになるし、落語の定席でもウケるのではないだろうか。
 続くトリの東家浦太郎は、桜田門外の変の外伝、といった趣の「首護送」。
 「万延元年三月二日の夜更け過ぎ、日本橋小網町の闇にたたずむ武士二人〜」と語りだし、コ
ミカルな展開から、終盤一転して、大いに盛り上がる。福太郎は浪曲界きっての大声で知られる
が、ここ一番の浦太郎の声も負けてはいない。スケールの大きく歌い上げ、圧倒的なトリの存在
感を示した。
 終焉後、月刊浪曲の布目編集長と、「木馬で浦太郎さんの同じネタ、聴いたことないですよ」
「そうそう、浦太郎師はねえ、木馬の定席では毎回ネタを替えてるんですよ。ネタも多いし、い
ろいろ考えてますよー」てなやりとりをしていたら、着替え終わった福太郎が楽屋から出てきた。
 「今日は珍しいネタでしたね」
 「ああいう落語浪曲はけっこうあってね、昔、大西信行先生なんかが、さかんに書いてたの。
『松山鏡』や『蒟蒻問答』なんてのもやったことがあるよ。それより軽く一杯、どぉ?先に行っ
てるから」と、どこへ行くんだか、一人六区の方へ歩いていった。外はまだ明るいどころか、か
らりと晴れていた。
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 三ノ輪で、東京ボーイズと飲んだのは、四日の夜だった。こう書くとかっこいいけど、別に僕
が六さんの「お旦」というわけではない。演芸作家の畠山健二さんがセッティングしてくれた東
京ボーイズ中心の飲み会に、僕もまぜてもらっただけなのね、ほんとは。メンバーは、リーダー、
六さん、八郎さんと、マネージャーのT井さん。それに、畠山氏と、彼のご近所の三遊亭竜楽と
僕の計七人。場所は、畠山氏の抱腹絶倒下町グルメ本に「コロッケがうまい」と紹介されている
小料理S川だったりして。
 畠山氏と浅草松屋で待ち合わせして、タクシーでワンメーター。S川に着くと、店の前に野球
帽にジャンパー姿、どう考えても競艇帰りのオヤジといった風情の男が突っ立っている。もうお
わかりだと思いますけど(BY太田家元九郎)、三味線の六さんが迎えに出てくれたのだった。
すでに東京ボーイズはそろっていて、僕らの後から駆けつけた竜楽も合流して、酒宴のはじまり
はじまり〜。とはいっても、例によって何の趣向もなく飲み食いするだけ。六さんの笑顔を見な
がら、ただダラダラと時間が過ぎていくのが、なんだかうれしいのだ。
普段の三人は、高座そのままだった。そこはかとなく貫禄をみせながらちびちび飲んでいる
リーダー、方々に気を使いながら座を盛り上げようとする八郎さん、いつもマイペースで時々ギ
ャグなんだかマジなんだか区別がつかないチャチャをいれる六さん。この日、一番受けたのは、
やっぱ東京ボーイズがNHKの「細野晴臣ショー」に出演した話かなあ。
なんでも細野氏が東京ボーイズの大ファンで、自分の番組にぜひゲストで出演をと頼んでき
たのだが、ボーイズの三人は、三人とも細野晴臣がどういう人物かまったく知らなかった。仰天
した周囲のスタッフが懇切丁寧に説明して、ようやく「ふーん、えらい人なんだー」と納得した
らしい。
「いやあ、打ち合わせに行ったら、細野さんと高橋幸宏さんがニコニコしてるの。二人が『僕
達のこと、知ってますよね?』というんで、『もちろんですよー』とこたえたんだけど、ほんと
は何もしらないから、『これ以上、つっこんだ質問されたらどうしよう』とずっとびびってたん
ですよー」と八郎さんがいう。
で、六さんはどうかというと、「それがね、NHKって、音楽で呼ばれると(演芸番組のとき
と)待遇が違うんだねー。楽屋は広いし、番組の試写会もあるし、だいたい弁当に刺身が入って
んだよー」としきりに感心している。
 畠山氏が「そん時の写真、見せてもらったんだけど、リーダーなんか、細野さんと肩組んでう
つってんの。おれなんかもう、バカヤローって叫んじゃったね」と突っ込みをいれると、「だっ
てさー、向こうが写真とってくれっていうんだもん」だって。
 そうそう、もうひとつ面白い話があった。ずいぶん昔に大原みどりとかなんとかいう歌手が話
題になったことがあったけど、その人が今、気功の先生をやっててけっこうはやってるらしいの
だそうだ。そんでもって、たまたま仕事で一緒になった東京ボーイズが「せっかくだから、体の
悪いとこをみてみらおう」ということになったそうだ。
 「まず、リーダーのおなかに手をあてた大原さん『この方、糖尿ですね』とピタリとあてちゃ
った。で、僕(八郎さん)のおなかのあたりに手をかざして、『この人は腎臓が悪い』。これもあ
たりですよ。で、次は六さんです。どうなるのかなーと見てたら、はじめ腹のあたりをうろうろ
してた大原先生の手が、六さんのあたまのあたりでピタッととまるんですよー」
 「でさあ、おれが心配になって『どうしたんですか?』って聞いたら、『こたえられない』っ
て。あれ、どうしたんだろうねー」
 もう宴席がひっくり返るほどの大笑い。うそかまことか、怪しい話だけど、主役が六さんだと、
納得しちゃうとこがあるんだよね。六さんは、この後、ケータイに東京太さんから呼出があって
席を立ちかけたんだけど、リーダーに「飲み会の途中でなんだ!」と怒られるし、ちょうど女将
が「今日アタシの誕生日なのに、だれも祝ってくれないからシャブリあけちゃう〜」とやってき
たりで、立つに立たれず、そのまま三十分ばかり腰を浮かせたまま。女将の隙をみてなんとか宴
席を脱出したのだが、しっかり野球帽を忘れていった。
 「ったく、しょうがないやつだ」というリーダーの叱責が、高座のまんまだったのが面白かっ
た。みんなに愛される東京ボーイズ、いつまでもこのままでいてねー。
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 「『落語とインターネット』をお題に原稿を一本書け」という、マルチメディア取材班のデス
クで、円楽門下の若手には絶大な影響力があるというS田デスク(どういう人なんだ?)の命令
で、最近ぼちぼちと取材のようなことをしている。6日の午後は柳家三太楼のインタビュー。二
年程前から若手落語家が続々とHPを開いており、ネットで新しい客を捕まえているが、三太楼
のページはその中でも群を抜いて元気がいい。
 鈴本のロビーで待ち合わせて、裏の甘味どころ「春の」へ。僕はあんみつ、三太楼はレモン白
玉を注文して、取材が始まったが、大半は世間話。こんなんで原稿が出来るのかな。「HPをは
じめて、落語家としての環境あ、ぐっとよくなりましたよねー」などという話を聞いていると、
なにやら外が騒がしい。上空からガタガタガタという騒音が響いてくるのはヘリコプターに違い
ない。店の外に出て、とりあえず会社に電話を入れると、事件のについてはわからないが、その
かわり、正楽さんから「鈴本の楽屋に原稿置いておくから」という伝言が入っているという。こ
の場合、とりあえず、正楽さんの原稿を回収するほうが先決である。本日二度目の鈴本に取って
返して楽屋のドアをあけると、ありゃー、今ちょうど、着物姿の正楽さんが高座に出て行くとこ
ろだった。
 「前で見せてもらいますから」と一声かけて客席へ。「春霞!」といういきなりの注文に、し
ばし絶句の正楽さん。「春霞っていうのは、春の霞ですよねー」とそのまんまのことをいいなが
ら時間を稼いで、ようやく切り出したのが、その仕上がりの美しいこと。満開のサクラを背景に、
はらりと扇を広げてポーズをとる花魁。春も霞も描かずに見事に「春霞」を切るんだからねー。
あとは、「だるま」と「藤娘」。定番(?)ネタの注文に安心したのか、せりふをとちる。「こう
やっていつも体を動かして切ってます。動かさないで切るとどういうことになるかというと」と
いうヤツを、二回言いかけて、「ととと、(ここで持ち直して)この間は体を動かしすぎて、気持
ち悪くなりました」と逃げるのが、やたらにウケていた。この日もらった原稿は「助六」。高座
で切るのとはひと味違って、見得を切る助六の背景に格子があったり、花魁がキセルを持ってい
たり。カラー版の紙切りも絶好調のようだ。
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 昼は五日に歌舞伎座をみたり、あちこち出歩いているのだが、どういうわけか夜があかない。
世間で話題の池袋上席夜の部、志ん朝トリの芝居を見に行けない。落語関連のネットをみると、
いろんな人がレビューを書いたり、「本日の志ん朝師の演目」をアップしたりしている。みんな
いってるんだなあ。連日満員みたいだなあ。今夜は何をやってるのかなあと思いつつ、一週間が
過ぎてしまった。このままでは一日もいけないかもしれない。ままよ、今日いっちゃえと、土曜
日の午後三時過ぎ、安兵衛はおっとり刀で池袋へ駆けつけたのであった。チャンチャン。
 と、どうだろう。演芸場の入り口付近に、時ならぬ行列が。連日の大盛況で、土日のみ昼夜入
れ替えにしたという客席王ちばけいすけ情報をキャッチしていた僕は、多少の時間の余裕を見て
いったつもりが、この行列である。うーん、下には上がいるものだ。と、前のほうに最近、「超
多忙の部署に配転になったのに寄席の当番回数が増えているのはいかがなものか」と話題のA
新聞O野記者の姿も見えるではないか。
 「いやあ、入れ替えありと知らずに昼の部に入ったら、トリの喬太郎まで代演なんですよー。
中入り前のさん喬師が『百川』やってくれたんで、そのまま外に出て、夜の部用に並んだの」
 そりゃまたごくろうなことでした。抜群の記憶力で、その日の演目をしっかり覚えているO野
記者がいるということは、途中寝ててもデータのバックアップをしたも同然。こりゃいい人と一
緒になったなあ、と最近記憶力の衰えを感じるオヤジは一人にんまりするのだった。
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 池袋演芸場・夜の部> 04・07(土)
 朝松:道灌 朝之助:後生鰻 笑組 吉窓:五目講釈・なすかぼ たい平:ネズニーリゾート 
美智 喜多八:ぞめき 志ん五:金明竹 亀太郎 志ん駒:遠山桜 仲入 歌之介 才賀:長短 
翁家和楽社中 志ん朝:三枚起請
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 「志ん朝がトリをとる芝居は、客がひたすら志ん朝の登場を待っているのみで、他の演じ手な
ど眼中にない」というのが、いつのまにか楽屋、客席の共通認識になってしまった。待ってる客
もご苦労さんだが、前に出る出演者達はたまったもんじゃない。
 「連日超満員で、本当にありがとうございます。できれば、お客様の顔ぶれも毎日ちがうとう
れしいんですが。(ここで最前列を指差し)そこのあなた、皆勤賞です。毎日この席!どっから
来てるんですかぁ!」と笑組の細いほうが絶叫しているぞ。
 「いつもおなじ客だと、色物なんかは大変なんですよ。たいてい同じネタですから。お客様は
気がつかないでしょうけどね、僕達はこの芝居、毎日ネタ替えてんですよ。どうしてもネタが変
わんないときは、洋服替えてますから。こういうことは、にゃん子と金魚にはできない」
 「おいおい、どうしてここで、にゃん金さんの名前出すんだよ!」
 「(急に小声になって)、金魚サンなら許してもらえるかと思って」
 笑組、ほんとうに面白くなった。二年ぐらい前までは寄席の流れになじんでない印象だったけ
ど、この日みたいなメリハリのある高座に出くわすと、芸って動いてるもんなんだなあと実感し
てしまう。
 吉窓が珍しいネタを出した後の、たい平はマクラがうまい。
「演芸場の前の『西海』ってラーメン屋のおばちゃんが、毎日寄席のモニターみてて噺覚え
ちゃってね、こないだ高座終わって出てきたら、『たい平ちゃん、たい平ちゃん』って、おばち
ゃんがよぶんですよ。何かなと思ったら『今のネタ、カミシモが逆だった』って」とここまでは
いつもどおりなのだが、これに続けて、「今も吉窓さんが珍しいネタだしたでしょ。楽屋で前座
が題名わからなくってパクくっちゃって、先輩に聞くわけにもいかないしってんで、表に走って
『西海』のおばちゃんに聞いたら『五目講釈だよ』って、知ってんですよー」だと。こういう取
り込み方、ほんとうに達者なんだよね。
 その後も、喜多八の珍品「ぞめき」、志ん五の「金明竹」(久々の切れた与太郎だ、「あんち
ゃ〜〜〜〜〜〜ん!」)、志ん駒の「遠山桜」と熱演続き。「客が志ん朝しかきかないってんなら、
力づくでも聴かせてやろうじゃないか」という出演者の意気込みがじんじんと伝わってくる。い
やあ場内があつい、って、これだけ満員なら物理的にも厚いやね。
 いつもよりややテンションが低い(それでも爆笑はとってた)歌之介、気が長いほうも短いほ
うも短気に見える、才賀のガラを生かした「長短」と、後半も熱気は収まるどころか、ぐいぐい
と上昇する。その最高潮で、矢来町の登場である。
 「愛宕山は出たみたいだね」「明烏はまだだよ」「大山まいりはまだ早いか」「ぞめきが出たか
ら三枚起請はないよなあ」と、となりのO野記者とネタの予想をしてて、「んじゃあ土曜日だし
(?)野ざらしあたりか」と見当をつけていたのだが、うぬぼれのマクラから十八番の「三枚起
請」へ入る。もう、まえがどんなネタでも、かまわないのね。志ん朝ならだれももんくをつけない
し。
 僕が座っていたのが前から二番目のほぼ中央の席。狭い池袋では、この位置からだと、もう演
じ手の鼻毛の数まで数えられる近さなのだ。そういうわけで、マクラを話している間中、志ん朝
の顔を仔細に見てしまった。で、感じたのは、年取ったなあということである。粋で若くて威勢
が良くて啖呵が切れる。僕の頭の中の志ん朝はいつもかわらないのだが、現実の志ん朝は、実年
齢よりは若く見えるとはいえ、それなりの顔なのだ。めっきりやせたし、顔にハリもないし、第
一、声にもキレがない。こういうことが気になると噺を楽しめないなあ、もうちょっと後ろの席
にすればよかったかなあと思っているうちにマクラが終わり、ネタに入ったが、ここでうれしい
奇跡が起こった。マクラのうちはかすれ気味だった声が一段高くなり、艶が戻っている。心持ち
赤みを指した顔に、生き生きした表情が現れる。これこれ、これが志ん朝の芸なのである。こう
なると、あとはサゲまで一騎である。あっという間の夢のような時間。無理してきてよかった、
と満足して家路に着いた。志ん朝はいやでもこれから歳を重ねていく。でも、芸は変わらないで、
と祈るばかりである。枯れた志ん朝、渋い志ん朝なんか見たくないもの。
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 花見で始まった上席は、花見で終えよう。八日は、落語ファンの寄り合い所帯「熊八メーリン
グリスト」の宴会である。谷中の墓地にシートを広げ、各自の持ち寄りの稲荷寿司、手羽先、肉
じゃが、きんぴら、卵焼きを並べてのどんちゃんさわぎ。普通、花見というのは、飲み食いが優
先して花をみないことが多いが、この日は盛りを過ぎた花びらが、ひと風ごとにはらはらと散っ
てくるので、いやでも花見気分が増してくる。三遊亭遊喜、春風亭鯉太、そして通りがかりの立
川キウイ、立川志加吾も加わってのマッタリ宴会。ちり行く花びらの動きに合わせてくれたのか、
ゆっくりゆっくりと時が過ぎる、春の午後だった。
つづく


お戻り


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皆様のご意見で益々良くなるおタスケを・・・・・・。
たすけ