東京寄席さんぽ3月中席

  昨年末に出した単行本<新宿末広亭 春夏秋冬「定点観測」>(アスペクト刊)の初版分の
印税が出た。「出た」というだけで、「がっぽり」でも「どっさり」でもないのが残念だが、僕
にとっては、夕鶴の女房のように身を削って(ヘンな例えになったが、ま、大病したしなー)
書き上げた、思い入れの強い本なので、たとえわずかであっても(しつこい)、印税という形の
ご褒美をいただいて本当にうれしい。
 さっそく、アレとコレを買って、アソコとココへ行ってと、ひとときの夢に浸っていたのだ
が、あろうことか、病気に際に一族郎党親類知人に思いっきり世話になったことを思い出して
しまった。考えてみれば、みんなの協力無しには、病も乗り切れなかったし、退院後のヘロヘ
ロな体で本の原稿を書き続ける事もできはしなかったのである。そーゆーことに思い至っちゃ
ったんだから、しょうがないオヤジとオフクロに小遣いやって、コイツとコイツにいっぱいの
ませてとばらまいたら、あっという間に残りわずかになってしまった。
 少しは自分のことにつかわなきゃと、21日の午後、会社をさぼって池袋演芸場へ、じゃな
くって、銀座阪急ビルの地下一階へ。実はここに、お気に入りのメガネ屋さんがあって、久々
に新調しようというのである。この店を僕に教えて、メガネ道楽の道に引きずり込もうとして
いる同僚のH川M子記者をアドバイザーに、さあメガネ選びだ、きゃー楽しい。
 ・・でもねえ、さんざまよった末に選んだのが、小さな小さなボストンタイプのメガネで、
フレームは薄いピンク!よくよく考えると、これをかけて会社に行くのはあまりにもあまりに
も、である。そんじゃあ、まっとうなのも買わなきゃと、多少なりとも金を持っている時の脇
の甘さがついつい出てしまい、えいやっとメガネ二つ買ってしまいました。お代は合わせて十
二万円。きゃーっ、無謀な買い物。「ながいさん、こういうメガネを買っちゃうと、もう後戻り
できませんよー」という店主とH川の悪魔のささやきに送られて、夕暮れの数寄屋橋交差点に
出たのであった。
 印税の残りは、ほんとーーーーーーーに、あとちょびっと。そうだそうだ、末広亭と池袋演
芸場で僕の本を売ってくれた、さん喬権太楼一門の若手にいっぱいおごるんだった。さっそく
柳家三太楼にメールを出して、日にちと人数の確認を依頼しなければ。
 つかの間の印税生活も、これでお終いである。会社の洗面所で買ったばかりのピンクのフレ
ームをつけてみると、なんだか誰かに似ている様な・・・。うーん、誰だろうと四十五秒悩ん
で、答えがわかった。「スター・ウォーズ」に出て来る翻訳ロボット、C−3POなのであった。
とほほほほ。
     ◆
 読売日曜版の連載コラム「寄席おもしろ帖」が好評である。といっても、好評なのは僕の文
章ではなく、挿絵がわりの林家正楽さんの紙切りなの。先週末に、正楽さんから三月末の紙面
用の原稿をいただいたのだが、これが見事な花見の情景なのですよ。すっごいきれいなの。こ
の絶品の紙切りを生かすには、文の方も花見ネタがいいのはわかりきっている。でも、僕が書
いたのは「三味線漫談について」という花見とはあまり関係ないハナシなのであった。締め切
りまで一日しかない、このまま行くか、でも花見ネタほしいよなー。ううむううむと便秘みた
いにうなりながら迷いに迷った。ええいままよ、これから寄席に行って、誰かが花見ネタを出
したら、それを取り込んで原稿を差し替えよう。人生は弾みである。「てん」ときたら「ぷらや」
と続けなきゃ、面白くないではないか。とかなんとか、訳のわからない理屈をこねまわしたあ
げく、夜の池袋演芸場へ直行したのであった。
    ◆
 夜の七時が近くなると、寄席の番組も中盤である。仙之助・仙三郎の太神楽が終わると、も
う中入り前のさん喬が出て来てしまった。トリまで落語はひい、ふう、みいと四本しかない! 
やはり花見ネタ狙いのぶっつけ寄席探訪は無謀だったかと思い出したとたん、さん喬が仏様の
様に穏やか笑顔で語りだした。
 「花見と言えば、上野、飛鳥山に向島ですな」
 さん喬さま、ありがとうございますぅぅぅぅぅぅ。「おせつ徳三郎」の上、「花見小僧」のは
じまりまじまり〜。
 ◎3・12 池袋演芸場・夜の部
 <仙之助仙三郎 さん喬:花見小僧 仲入 三太楼:紙入れ 南喬:新作 正楽:桜前線・
ホワイトデー・正楽の出 権太楼:青菜>
 実は、「花見小僧」は数あるさん喬のネタの中でも、好きなハナシの五本に入る。締め切りギ
リギリの状況で、好きな噺に救われるとは、僕の運もまだ尽きたわけじゃないな。導入のクス
グリ「だあさま(旦那様)、お嬢さまと徳三郎は、いい仲です」「ははは番頭さん、二人は幼な
じみ、仲がいいのは当たり前だよ」「だあさま、いい仲と、仲がいいは違います!」を原稿のア
タマに置く事がきまっちゃえば、もうこっちのもの。あとは、ゆっくり寄席見物を楽しむ事に
する。
 南喬のネタは聞いた事がない。前の席の知らないおにーさんから「これ、何てネタです?」
と聞かれたが、わからないので、「いわゆる古典風の新作じゃないでしょうか」と答えておいた。
南喬が高座を下りた後も、あちこちで「あのネタ何?」とささやきあっている。
 ひざがわりは正楽だ。こっちの苦労も知らないで(当たり前だが)、いつものペースでゆらゆ
ら揺れている。客の注文、まずは「桜前線」から。完成品を見せる前に、ひとこと。
 「あのですね、先代林家正楽の教えがありましてね。桜前線という注文があったら、花見の
宴会を切ればいいって」
 その通りの花見の宴である。続く「ホワイトデー!」の注文に一瞬たじろぐ正楽。やっぱし
完成品を見せる前に言い訳があった。
 「あのですね、林家正楽の教えでね、記念日とか決まった日の注文は、日付を切っときゃい
いって」
 その通り、大きなハートを手渡す若者の横に「3・14」という数字が切ってあった。
 トリの権太楼は、なんと「青菜」。これって真夏の落語じゃないの。地方公演で全然客が聴い
てなくて、といった楽屋のグチ話のようなマクラから、いつもの「噺家の時季知らず」で、さ
っさと本題に入る。ま、なんか事情があるんでしょうけど、いかな爆笑派のトップランナーと
はいえ、朝には雪がちらつこうかという寒さの中で、「熱いネー」という噺は、ちとつらい。権
太楼のテンションも、いまいち上がらず、盛り上がりの少ない高座となった。池袋の権太楼で、
こういう展開になるのは珍しいよねー。そういう意味では、興味深い夜になった。さて、帰っ
て花見の原稿である。
    ◆
 14日から二泊三日で愛知県の知多半島の先っちょまで出掛けた。例によって、夕刊用の旅
ルポの取材である。目的地は南知多町の沖にある「タコの島」。本当は日間賀島という名前があ
るのだが、足が短くて太い、味の濃いタコが取れるところから、「多幸(タコの当て字ね)の島」
として有名になったのだという。PR会社に勤務しているダチのK林S子が以前、海岸でタコ
の天日干しをしている珍妙な写真を見せてくれたのが印象に残っていて、そんじゃあタコ食い
に行くかと、新幹線と名鉄特急を乗り継いで伊勢湾と三河湾に挟まれた小さな、しかし、空気
と魚のめっぽううまい南知多町を訪れたのであった。満開の菜の花を見て、えびせん工場(こ
の辺はメチャ多い)を見学し、名鉄観光船で日間賀島へ渡り、フグとタコと春を告げる魚「子
女子(こおなご」を味わう。ついでに名古屋に戻って、あの幻の寄席「大須演芸場」初体験も
すませたのだが、そんなこと延々と書いているといつまでたっても終わらないので、詳細は「寄
席さんぽ番外篇・はるかなる大須」(仮題)として別項を立てますので、ご期待くださいという
ことで。
   ◆
 久々の出張取材の疲れも取れぬまま、土曜出勤である。東京不在の時にたまった資料(誰も
代わりに片付けてくれないので、そのまま書類が積み重なるだけなのだ)を猛スピードで処理
し、夕方、浅草公会堂へ。今日は浅草芸能大賞の表彰式。専門審査員を仰せつかっている身と
しては、どうしても出席せねばなるまい。だいいち表彰式にでないと、ギャラがもらえないの
だからね。
 表彰式の前に演芸会があり、トリの三遊亭円歌が「いつものヤツ」で客席をひっくり返して
いるらしい。らしいというのは、あんまりいっぱいで、審査員の僕ですら、中に入れないので
ある。しかし、来賓席ぐらい作ってくれてもいいよーな気がするが。しかたがないので、ロビ
ーに顔を出すと、浅草演芸ホールの松倉若社長が缶ジュースを飲んでいる。あ、オレもノド乾
いたなあと思ったら、そばにいたスポニチの花井編集委員が「ハイ、ながいくん、これでいい
よね」と緑茶の缶を差し出す。オレってそんなに物欲しそうな顔してるんだろうか。
 「きいたかい?今日は過去最高の入りだって。アイツの人気だよなー」と花井さん。アイツ
とは、今年の浅草芸能大賞新人賞の氷川きよしのことである。本賞の長い歴史の中でも、歌手
の受賞は初めてということだが、「浅草」の「芸能」で、イキのいい股旅演歌が賞を取るなら、
文句のないところである。演芸会が終わって、二階席にやっと空席をみつけた。下を見ると、
前から三、四列は派手なよそ行き姿のオバチャンばかり。手に持っている白っぽい物は、おそ
らくペンライトであろう。表彰式の後のミニステージが楽しみである。
 ◎3・17(土) 浅草芸能大賞表彰式(浅草公会堂)
 <大賞:島田正吾 奨励賞:昭和のいる・こいる 新人賞:氷川きよし>
 浅草で公演中の沢正こと沢田正二郎に弟子入りして、浅草の公演劇場でデビュー(「こんち
は」と「さよなら」しかセリフがなかったそうだ)した、御年95歳の島田正吾、大宮デン助
でおなじみの浅草松竹演芸場が初高座という昭和のいる・こいる、大ヒット曲「箱根八里の半
次郎」のカップリング曲がナント「浅草慕情」だという氷川きよし、年齢も芸もばらばらだが、
浅草はさまざまな芸のふるさとなのだと、あらためて実感した。「半次郎」と新曲「おーいおっ
かけ音次郎」を、今日初めてフルコーラス聴いた。
   ◆
 三月中席の寄席は、新宿末広亭の夜が柳家さん喬のトリ、池袋演芸場の夜が柳家権太楼のト
リである。時ならぬ人気者のトリ競演で、どっちに行こうかと悩む落語ファンは多い様だ。聞
けば、さん喬は連日人情噺ばかりをかけているという。権太楼はこの間「青菜」を聴いたので、
次は末広亭と思いながら、忙しさにかまけて19日になってしまった。
 ◎3・19 新宿末広亭・夜の部<正楽:お花見・新宿末広亭 志ん輔:目薬 権太楼:蛙
茶番 近藤志げる 円窓:鬼の涙 仲入 小ゑん 遊平かほり 扇橋:ろくろ首 馬生:紙入
れ 仙之助・仙一 さん喬:中村仲蔵>
 池袋のトリを控えた権太楼は、新宿でも手抜き無し。いきなり「定吉、半公を呼んで来てお
くれ」で噺に入って、トリネタにもできる「蛙茶番」をサゲまでやってしまった。「江戸前」柳
朝の十八番として有名なネタだが、権太楼のもいいよー。質ぐさに入れたちりめんのフンドシ
を、お釜と入れ替えようとした半公と質屋の番頭のやり取りがむちゃくちゃオカシイ。「番頭さ
ん、そのフンドシがないと、オレの男がたたねえんだ」「おカマで男を立てようというのがマチ
ガイだよ」。むはははは。
 近藤志げるのナツメロステージは「誰か故郷を思はざる」から。「中には古い歌を歌っている
なあと思ってる人もいるでしょうが、申し上げておきます。今のが一番新しいんです」
 次に登場の円窓、「歌はいいねー、お客さんと一緒に口ずさめるもんねー」とうらやましそう。
「でも落語でもできないわけじゃないんですよ。隣の空き地に囲いが出来たってねえ、ハイ(と、
客席をうながし)、へー(全員で)」。今日の「鬼の涙」。これは節分の噺だよねー。こないだの
権太楼の「青菜」のようなフライングは多いが、時期遅れというのは珍しいか。
 仲入休憩をはさんで、小ゑんのネタは「すておく」。ステキな奥さんを目指して、リフォーム
にはげむ鏑木家の主婦のオハナシ。もっとも秀逸なのは、題名だったりして。
 「間男は 亭主の方が 先にほれ」と、おなじみの川柳から「紙入れ」へ。馬生の間男噺は
妙に色っぽい。「ねえ新さん、泊まって行きなよォ。ウナギもあるし、スッポンもマムシもある
しぃ・・」。きゃー、やらしー。
 太神楽はいつものコンビではなく、仙之助親子の登場だ。当然ネタは、若手の腕試し「五階
茶碗」である。ガタイのでかい仙一がやると、大きく見えるのがいいね。
 「三色スミレや百日草が咲いています」なんて、リリカルというか少女趣味というかなマク
ラは、さん喬の専売特許に違いない。ネタは芸談モノの大物「中村仲蔵」。円生の絶品の印象が
まだ強いが、現役の中では、このひとの仲蔵が一番好きだ。
 新しい斧定九郎の思案がつかず、途方に暮れているところに雨に振られ、飛び込んだそば屋
で、食べたくもないそばをたぐる仲蔵。ツツーッと一本ずつたぐっていく仕種がなんとも情け
なくて、いいあじである。好きなネタは、細部ばかりに目が行ってしまい、全体を見られなく
なる。反省材料なんだよなあ。
 寄席がハネた後、さん喬ファンの連中に紛れて、打ち上げへ。「今度の芝居は意地で人情噺ば
かりやってたけど、今日で実質的な千秋楽にしようっと。明日のホントの楽は、鼠穴か百川だ
な」という。あれれ、そういえば、こここ数年、さん喬版の「百川」を聴いてないや。「師匠、
明日、百川やってくれる」「明日来ればやってもいいよ」。そうかあ、どうしようかなあ。それ
から、中華料理を食べながらも、明日来れるかどうかばかり考えてしまった。帰りは師匠と一
緒に都営地下鉄を使う。九段下駅で別れる時も、「師匠、明日百川やるの?」「だから、来れば
やるよ」。返事をしようと思った時ドアがしまり、ホームにさん喬・小太郎の二人を残したまま、
電車は本八幡方面へ向かっていった。
つづく


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