東京寄席さんぽ二之席

 単行本の増刷が決まって一番うれしいのは、少しだが、本文の手直しができることだ。
お陰さまで、決定的な間違いはないのだが、実際に本が出来あがると、気になる部分が
ぞろぞろと出てくる。いくつかネタ帳を確認しないとわからないものが出てきたので、
新宿末広亭に電話をかけてみた。
 「増刷決まった?おめでとう。ネタ帳なら、うちに来れば見せてあげるよ。俺もさあ、
毎日少しずつ本を読みながら、気になるとこを書き だしといたから、ついでにそれもチ
ェックして」と北村席亭が言うので、あわてて末広 亭へでかけたのが11日のことであ
る。
 ネタ帳を閲覧し、「紙切りのヘンな注文のくだり、『斎藤さんと竹田さん』というの
があった」などというヘンテコな指摘が並んだ席亭メモをいただく。さあ帰ろうと腰を
あげると、「あのさあ、こんなの出てきたんだけど、キミ、いるかなあ」とポスターの
ようなものを持ってきた。みると、昭和四十七年の末広亭の宣伝ビラではないか!橘流
寄席文字の家元、右近師の筆で定席の出演者が書き連ねてある。一枚目は、昼トリ柳家
つばめ(先代だなこりゃ)、夜トリ立川談志!!
  夜の部には、談志の盟友、毒マムシ三太夫がノセモノで出演している。もう一枚には
「林家こん平真打襲名披露興行」と記されている。
 「去年の大掃除の時に出てきたんだ。全部保管するわけにもいかないし、捨てようか
なと思ってたんだけど、女房が『ほしい人、いるかもよ』と言うんだよねー」だって。
いりますいります。捨てるなんてとんでもない! ちょうど、インターネットの落語井
戸端会議(?)である「熊八メーリングリスト」の大新年会が週末にあるので、「その
ときのお土産にします」といって、数十枚の束をいただいてしまった。  翌12日に、
「定点観測」単行本のニ刷用の直しを仕上げて、メールで編集担当に送った。「刷り出
しは1月26日前後」との返信あり。もう、直しもれはないだろうなー。
 13日は楽しみにしていた「熊八」の新年会。登録メンバーは三百人に迫るという、
全国的な(インターネットだから当たり前か)Mで、昨年は浜松で「すっぽん鍋つき大
宴会」を挙行したが、あいにく僕は病気で入院中、会費を払ったまま、病室で指をくわ
えていたのであった。東京開催となった今年の新年会は、二日続きという大規模なもの
で、一日目のメインは、末広亭二之席の団体見物。
ちゃんとお弁当まで予約して(幕の内がいいとか、エビフライがいいとか、ひと月ぐら
い延々とネットで激論を戦わせていたのだ)、サラからトリまで見るという本格的な総
見なのである、えっへん。って、威張ることではないが。  午後五時に末広亭前で合流
して、熱いお茶と弁当を受けとって、いざ出陣。  ざっと番組を並べると、
 「金明竹」勝好、「手紙無筆」志ん太、近藤志げる、「寄合酒」志ん馬、「元犬」志
ん輔、美智、歌奴、「パフィーでGO!!」川柳、元九郎、「味噌豆」伯楽、「浮世床」
雲助、笑組、円蔵、八朝、のいるこいる、こん平。ここで仲入り休憩して、大神楽連中
の寿獅子で後半スタート。あとは、「新聞記事」志ん五、「松山鏡」円弥、志ん駒、と
し松、「男の勲章」志ん朝で九時半前にハネた。
 志ん朝トリの二之席、それも週末の夜の部というわけだから、二階が開くという大盛
況。肝心の志ん朝師がどういうわけか、この日に限ってネタをやらず、漫談で終わって
しまったのが画竜点睛を欠いた。ま、「毛と歯とどっちをとるぅ?」なんて漫談も面白
いのではあるが、大阪や名古屋方面から遠征してきたメンバーは、憤懣やるかたないと
いう顔をしていた。  終演後は、末広亭の前で、各自土産の宣伝ビラを持って、デジカ
メによる記念撮影。しまいには北村席亭まで引っ張り出して、大賑わいだった。この後、
当然のことながら大宴会となり、翌日は池尻で素人演芸会ア〜ンド渋谷でまたまた飲み
会と続き、面白かったねー、みんな芸達者だねー、来年は大阪でやりたいねー、それに
しても志ん朝師匠はねー、などといいながら、怒涛の二日間が過ぎていったのであった。
あー疲れた。  宴会疲れが抜けないまま、16日、川崎グランドホテルで行われた「か
ぅひぃ寄席」に行く。主催者のご厚意で、仲入り休憩時に「定点観測」の単行本を売ら
せてもらうことになっているのだ。
 「かぅひぃ寄席」は、川崎で百数十回も続く老舗の地域寄席で、地元の人々を中心と
したアットホームな雰囲気が心地よい。ただ、新宿末広亭まで出かけるようなお客さん
はあまりいないようで、本が売れるかどうかはまったくの未知数なのだ。とりあえず、
十冊持ってきたが、どうなることやらと見ていたら、いつもに比べて、お客さんの出足
が鈍い。なんでもこの日は、地元選出の議員さんの新年会があり、そちらのほうにかな
り客が流れているようなのだ。条件最悪!  でも番組は充実していて、ブラ坊、菊翔
「おしの釣り」、仲入、左橋「二番煎じ」、ローカル岡というラインナップに、六十人
ぐらいのお客さんがよく笑う。特にたっぷり三十分も演じたローカル岡の茨城弁漫談に、
場内は笑いの渦。ほとんどの客がローカル岡は初めてらしく「出てきた時は、何このオ
ジサン、だいじょーぶ?とおもったけど、途中から笑いがとまらなくなった」と言って
るオバサマもいた。
 で、本の売れ行きである。じゃーん。これがなんと、十冊完売なのであった。初めは
ほとんど反応がなかったのだが、地元の有名人らしき人が一冊買ってくれたのをきっか
けに、どんどん売れるのですよ。みなさんサインをほしがるのだけれど、無名の僕のサ
インなど、何の役にも立たないどころか、古本屋に売るとき邪魔になるのではないかと
思うのだが。とにかく、川崎のみなさん、ありがとうございました。
 続く17日も寄席見物になってしまった。同僚のU田記者と、その知りあいの役員室
秘書二人と僕、というヘンな顔合わせ。秘書の二人は前々から寄席に興味を持っていた
(一人は「お笑いマンガ道場」のファン!)のだそうで、僕はイヤホンガイド代わりに
借り出されたというわけ。  夜の七時過ぎに到着した一行は、けっこういっぱいの桟敷
にむりやり割り込んでの見物である。
 円蔵「道具屋」、志ん橋「看板のピン」、のいるこいる、こん平、仲入、寿獅子、志
ん五「鈴ヶ森」、文平「りんきの火の玉」、志ん駒、正楽、志ん朝「子別れ・下」
 志ん朝、今夜は四十分の熱演である。ああ、これを新年会で聴きたかったと思っても
しかたがないか。終演後、末広通りの「満月櫨」でくつろいだが、末広亭初体験の秘書
嬢二人は、「志ん五さん、もっと聴きたかった」「正楽さん、ヘンで面白い」「志ん朝
さん、いろっぽいわあ」などと感想を述べあっていたが、実は二人が一番気に入ったの
が志ん駒なんだって!! 志ん生を風呂に入れた時のしくじりから、海上自衛隊時代の
エピソードにはいるという、いつものネタなのだが、 二人は「かわいいおじさん〜」
と声をそろえるのだから、人生はわからない。U記者の情報によると、二人は後日、秘
書課で志ん駒のモールス信号の物真似を披露したという。
それ、ちょっと見てみたいぞ。
 18日の夜は池袋演芸場へ、正楽さんに頼んでいる読売日曜版の紙切りの原稿を取り
に行った。寄席では切れない「紅梅白梅」の絵も、カラー紙面なのでバッチリ。見事な
出来栄えだと感心していたら、進藤支配人が「今日はしん平さんが新ネタやるそうだか
ら、見ていきなよ」という。そんならと、下手側最後列の席に座って、さん喬「締め込
み」から見物する。トリのしん平師は何をやるのかと思いきや、「鞍馬天狗」である。
仮面ライダーを筆頭に、ヒーロー物を手がけるしん平が、今度は純和風のヒーローに挑
戦するのだという。
 「まだ完成版じゃないから、くすぐりとかゼンゼン入ってないの。二ヵ月後の独演会
でやるときには仕上がっていると思うから、そん時、比べてみてください」とことわり
をいれつつ、天狗と杉作少年の出会いを、意外やまっとうに語っていく。たしかにくす
ぐりがないので面白みに欠けるし、とにかく長い。まだまだ刈り込みが必要だろう。パ
イロット版を聴いちゃったのも何かの縁、完成の暁には、チェックさせてもらいまっせ
ーと言ってるうちに、二之席は楽日を迎えた。寄席の正月が終わった。

つづく

 


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