寄席さんぽ2002年五月上席

 世間はゴールデンウウィーク真っただ中だ。

仕事はまったくの暦通りなのだが、原稿の締め切りはしっかり早まっている。午前中、来週火曜日付けの夕刊「DVD評」を大急ぎで仕上げる。ネタは「高慢と偏見」。英国BBC放送が名作で、ずいぶん前に発売され、さほど評判にはなってなかったが、主演の小里ん、じゃなかったコリン・ファースが近年、「ブリジット・ジョーンズの日記」でブレイクしちゃったために、パッケージをコリンちゃん中心の絵に化粧直しして再発売されたみたい。そういう経緯はともかく、もともと中身は面白いのだから、再評価の機運はオースチン・ファンのワタクシとしてはうれしい限り。高校時代に読んで(当時は新潮文庫版で「自負と偏見」という題名だった)、いやー古き良き時代の恋愛小説やなあと、荒川の土手でランニングなどをさせられる我が身の下町高校生活を振り返って、十八世紀のイギリス貴族の華麗な日々にかなわぬ憧れを抱いたんだよなあ、てへへ。懐かしくて、なんだか悔しくて一気に見てしまったのだが、大事なことを一つ忘れていた。これ、けっこう原作は上下二巻に細かい字でビーッチリ書いてあったのだ。ということは、映像作品も長い。なかなか話が進まないのでパッケージのウラをチェックしてみたら、ぬあんと「上映時間三百分」!ええと、オレが見だしてから一時間半ぐらいだから、半分過ぎても主人公のカップルは手も握っていないのだった。じわりじわりと効いてくる、「命の母」みたいな恋愛模様なのであった。でもいいよ、これ。長いのを厭わなければ、傑作です。原作が大好きで頭の中に小説世界のイメージが出来上がっている僕が見ても、ほぼイメージの通り、忠実かつ丁寧な映像化なのである。

というわけで、昼過ぎまでせっせと仕事して、十三字五十行のコラムを脱稿するや、丸の内線に飛び乗って池袋へ。頭の中身を絞り出したすき間に、新たなインプットを行うのだ。しかし、「英国文学史上の傑作」のかわりに「芸協の昼席」ってのは、いかがなものだろうか?

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五月一日(水)

 <池袋・昼席>

 八重子 寿輔:地獄巡り 仲入 右団治:粗忽の釘&深川 小柳枝:青菜 今丸:紙切り 主任=文治:浮世床(本、夢)

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池袋駅北口地下にあるアンデルセンは、ちかごろお気に入りのパン屋だ。横長のガラス張りの横長ウインドーに、いろいろなパンが鎮座していて、どうしても素通りできない。思わず「まめぱん」百四十円と「甘エビのバラエティサンド」四百八十円を持ち帰り。これが本日の遅いランチになるのだ。

寄り道をしたので、入場が遅れて二時二十分。ちょうど茶楽が「抱いてるオレはだれだろう」というセリフをはいたところだ。見事に「粗忽長屋」を聴ききのがして、八重子の奇術から見物である。

薄手の紫のドレスでいろんな手品を披露してくれるが、こっちはパンをほおばっているのでちっとも集中できない。ええと、サンドイッチの中身は、チーズとレタスとアカピーマンに、まだあるぞ、甘エビ、ツナ、タマゴ、おお確かにバラエティだ。なーんて調子でパンと遊びながら、たまーに八重子先生の方を見る。

「今日は蒸し暑いわね。このネタ、夏だけやろうと思ってたけど、楽屋に素敵な人もいるし、やりたくなっちゃったから」って、披露したのがブラジャーの引き抜き! まめぱんの金時がノドにつかえちゃったじゃねーか。

寿輔はこの位置で「地獄巡り」か。上方ネタ「地獄八景亡者の戯れ」を、ぐっと短くした東京バージョン。近年、西の方では「地獄八景」がものすごく大ネタに奉られてしまい、「これが出来なきゃ、認められない」雰囲気になってしまっているようだが、二十分でこぼこの中ネタで聴くのが適正スケールではないかと思う今日このごろ、皆様いかがお過ごしですかの午後三時なのだ(なんのこっちゃ)。

「えー、アタシの持ち時間は、目の保養の時間にしてもらって・・。飲むなり食うなり帰るなり、自由にしてください。そんなに真剣な眼差しで見られると、こっちは芸を出さなきゃなんないでしょ。今末広亭から来たんですが、ここは寄席の客席に見えないですね。第三会議室みたい。この一角は池袋の上高地、夏は昼寝に最適ですよ。シーンとしてるし」

と、このあたりから、ちょいと風向きが変わってきた。寿輔のボヤキがやけにリアルで、笑えないのだ。

「ここでいい芸をやれというのがしょせん無理。あたしだって、始めは面白い芸人になりたかった。努力したんですよ。でも、この四、五年で気がついた。ああこれはダメだって。で、開き直ってやるようになったら、一段とウケなくなった。『寿輔さん、衣装だけで笑わせてるの』って言われたり。アタシの親は本当に一度も来たことがない。こんな哀れな姿を母が見たら、気が狂うでしょう。奥さん、笑ってるのは血縁関係がないからですよ。身内も聴かないのに、よーく金出して来たね。聴きたくないよね? もう帰っていいですか? ペットボトル飲んでる奥さん、飲んだら帰るから。・・・そんなこと言ってるうちに、うどんが一本増えた。これね、来た人にはわかんないギャグ。最先端なのよ」

すれすれだよね。客が「この人マジ?ほんとにヤル気がないのかな?えっ、帰っちゃうの?」と思い出すギリギリの所まで引っ張って、一転ギャグをかましたりするの。ここまでやっていいのかなー。もしかして、この日はほんとに面白くないことがあって厭世的になってたのかも。わからん芸人だ。

しかしネタに入ると快調で、トントンとテンポよく「地獄観光」のツアコンを勤めてくれる。

「アハハじゃないよ、お客さん。あんただって地獄へ行くかも知れないんだから。あっちで会っちゃったりしてね、なんだ池袋の客じゃねーかって」

「地獄の宿は『グランドホテル香典返し』に『賽の河原プラザホテル』、アトラクションは幽霊のキックボクシングに、骸骨のストリップ~」

「勝新のパンツ専門店では、何でも隠せるパンツが大評判。パンツは玉を隠す物? 玉緒は生きてます!」

「小児科の医者はカラヤン、ガッキを扱うから」のギャグに、客席から「あー」と感心したような声が上がった。

「この客じゃとても続きが出来ない」

ほんとに何かあったのか、寿輔。

続く右団治、最近まことに奇妙な味が出てきた。

「えー、念のために申し上げますが、私は少年男子ではありません。成年女子です。平成の楊貴妃と言われています」

しーん。場内沈黙である。なんて反応していいかわからないのだ。「楊貴妃」って・・・、一体誰が言ってるのだろう。しばらくして、たまりかねたように一人の客が拍手をした。ううむ。

「粗忽の釘」の主人公のあわて振りも尋常ではない。

「朝ウチを出たら、あんちきしょうがやってきたんだ。ゴウゴウゴウゴウ騒々しい。電車みてえなヤツ、あ、電車だ。そしてしばらくすると、人やまのような黒だかりよ」

あいかわらず会話の間が悪いが、男のような女のような、芝居の女形かオカマがしゃべっているような、あるいは子供が背伸びしてやってるような、とにかく奇妙な雰囲気なのだ。もしかして右団治、大バケの前兆か? まさかなー。

「ちょいとお時間がありますので」と、噺のあとに寄席の踊りを。

「今日の日のために仕立てた絹のステテコでございます。昔、絹の靴下というのがありましたが」

ぎゃはははは、やっぱりへんだよー右団治。踊りはまともだったが。

こういうボーダレス(?)の後に、小柳枝なんぞが出てくると、ほっとしますな、ご同輩。「皆様、よくいらっしゃいました。おかげさまで食べさせてもらっております。ま、ささやかではございますが。ははは」とかなんとか短いマクラを振ったかと思うと、「蜀山(人)の古歌に『庭に水 新し畳 伊予すだれ 数奇屋縮みに 色白のたぼ』というのがありますが・・」

もう「青菜」が聴ける季節になったんだなあ。

ヒザがわりの今丸は、時間があるのか、切る切るドンドン切る。「舞妓」を皮切りに、「茶摘み」「ジャイアンツの松井」「あやめ」「小泉純一郎」とリクエストをさばき、注文もとらずに「神輿」「四畳半」と続けて、さいごに似顔絵のサービスだ。「だれかお顔をお持ちの方は?」「ハイ!」あら珍しや、最前列の客が名乗りを上げた。横顔(当たり前か、正面じゃわかんないもんな)をきった後、いつもはネクタイをオマケにつけるのだが、今日は女性客だからナシね。

トリの文治は「ま、おかまいなく」なんていうけど、そうもいかずに拍手拍手。

「今日は初日ですが、(客席をぐるっと見回し)ま、こういうのは二日、三日目と、しり上がりになって、だんだん増えていくのがいいんですな」

はははは。ま、そのとーりなのだが。飛び飛びのマクラは何ともとりとめがないが、内容は「世間にひとことモノ申す」で統一されているのが、この人の特徴ではある。

「このごろ黒紋付じゃなくて、色つきの羽織で出てくるやつが多いね。あれは大阪の真似なんだよ。昔はみんな黒紋付だったんだ」

「新宿(末広亭)なんてね、高座の上に提灯をいっぱい出してるでしょ。提灯なんてのは表で使うもの。高座を飾るもんじゃないんだ」

「床屋なんてのは、たいてい腰障子でね、表に絵が描いてあった。昔は学校へ上がらんない人が絵を見て『何床だ』なんて言ってた。今は義務教育てえものがあるのに、学校出た人が絵を見てる。少年マガジンとかね」

あらら、ほうぼうに「ひと言」言ってるうちに、「浮世床」に入ってしまった。

「鉄っつぁん、何してるの?」

「(そっくり返って)読書にふけってる」

「ふーん。漢文じゃねえか。何読んでんの?」

「コウダン本」

「ここにはコウダン本しかねえんだよ。何読んでんだ?」

「えーとね、これは、タイコヤキ」

「浮世床」という噺、文治のガラには合ってると思うのだが、何度聴いても今ひとつの印象が残る。床屋の座敷でとぐろをまいてワイワイやっている若い衆の会話が、弾まないのである。そのうえに今日は不調のようで、セリフはかむし、テンポは悪いし、もたつきが目立つ。

 「そのとき~、まがら~、はらじふ、はらじふ~~~」

 「次は渋谷じゃねーか?」

 ほーら、話は面白いのに、トントンと行かないんだよ。

 江戸前の威勢の良さが年とともに枯れてきて、独特の愛嬌とあいまって、なんとも味のある芸を作った文治だが、何でも面白いというわけではない。この「浮世床」や「湯屋番」のような若さだけ、勢いだけみたいな噺は、「味」だけではいかんともしようがないのだ。こういうのは若い平治や怪しい右団治に任せておけばいいの。文治御大には、「親子酒」、「二十四孝」、「かわり目」なんという絶品があるのだから。

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五月二日(木)

 <鈴本・夜席>

 ひらり(二ツ目昇進):穴子でからぬけ・三番叟(踊り) しゅう平:袈裟御前 円蔵 のいるこいる こん平 文朝:近日息子(小三治代演) 仲入 正楽:阪神タイガース・スズキムネオ・お嫁さん 喜多八:小言念仏 さん喬:そば清 紋之助 主任=こぶ平:一文笛

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 長崎で地域寄席を続ける好漢・M田氏が久々に上京してきて、一週間近く寄席行脚(!)をしている――というディープな情報を何で知ったかというと、本人から詳細な日程表が僕の家のファックスに送られてきたのからなのであった。「○日昼は浅草、夜鈴本」なんて具合に、毎日昼夜寄席見物をしているらしい。一日ぐらいはお付き合いをしようと思ったのだが、なかなか予定が合わずに、M田氏滞在の千秋楽になってしまった。とっとと仕事を片付け、事前連絡なしで本人が出没しているはずの上野の客席へ。マニアというのは自分が座る席を決めている人が多い。M田氏はたしか上手前方だったよなー(ちなみに僕は鈴本、新宿なら下手前方、池袋は上手中ごろである)と思いつつ、高座に向かって右側を捜したが、なかなかみつからない。うろうろしているうちに、ホヤホヤ二ツ目のひらりが出てきちゃった。とりあえずそこらにすわっちゃおうっと。

 ピンクの着物に紫の袴、左の耳の上あたりに髪飾り(いいのか?)をつけている。どっかの短大の卒業式みたいな感じだが、卒業ではなくこの芝居が二ツ目昇進のお披露目高座である。

 「えー、うちの一門は落語をやらない一門なので、教わるのは小噺です」なんつー林家共通(?)のマクラをふりつつ「酒の粕」へ。以前は初々しいばかりで「こんなんでいいのか」と思ったが、陽気なところはそのままで口調が落ち着き、見た目よりは噺家らしい雰囲気になってきた。

 「今日はアタシの二ツ目の披露なんで、前座ん時出来なかった踊りをやりたいんですが、いいでしょうか?(パチパチパチと拍手)じゃ、寿三番そうを」

 さっそく前座のどん平が座布団を片付ける。それを見ていた、ひらりがポツリひと言。「いつもなら(座布団を)片付ける方なんですけど、前座さんがやってくれるんですね」

 で、肝心の踊りは、…・コメントは控えておこう。

 お次のしゅう平は、座布団に座るなり「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」。本日のネタは「袈裟御前」でありました。この人、いわゆるミュージカル落語しか聞いてたことがなかったが、こういうネタもやるのね~。

 「この間、『いい国(1192年)できた鎌倉幕府』を、『良い国(4192)』ってやっちゃいました。ええと、頼朝は伊豆に流され、伊豆の踊り子と遊んだりした。(いきなり歌いだす)さ~よならも言~わず~。あ、三平一門は時々歌が入るんです」

 やっぱし歌が入るんじゃん。遠藤盛遠が袈裟御前をクドク時に「オペラ座の怪人」を歌ったりするのだ。で、ツナギのくすぐりはベタベタ~。

「袈裟御前はどーゆー人かというとーー、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は由利徹」

 ともあれ、熱演ではあった。

 「このごろしゃべってて人の名前が出てくる事が多くなった」という円蔵。

 「あたしはね、相撲とか野球とか、贔屓はありますが、あまり人前では言わないようにしてるん。『相撲は何が好き?』っていわれたら『栃錦』。『野球は?』『熊谷組』。これならケンカにならないし」

 「こないだ家でステテコ姿で飲んでて、だんだん酔っ払って、ズボンはいて『俺、帰る』ったら、張り倒された」

 「これから面白くないやつばかり出ます。ですからどうぞゆっくり寝てください」

 これだけ言って帰っちゃった。なんだったんだ???円蔵。

 お揃いのピンクのブレザーがカワイイ、のいる・こいる。

 「バカばっかりやってるけど、こいつだって五十六だよ」

 「そーじゃないよ、五十八だよ、オレ。もうすぐオレも六十んなっちゃうよ。困ったもんだ、ハハハハ」

 はははは。

 こいこいの漫才は、いつもはっきりした筋はないのだが、今日は一応、「新解釈のおとぎ話」という題名をつけられそうだ。

 「林の中で光る竹を切ってみたら、かぐや姫が桐の箪笥を持ってきた」

 「なんだそれ?」

 「家具屋だから」

 「浦島太郎は知ってるだろ」

 「知ってる知ってる知ってる、浜辺で亀を助けて、その晩、御礼に来た亀をすっぽん鍋で食った」

 「ちがうよ!一緒に竜宮城へ行くんだ」

 「そーだ、竜宮城だ!そこですっぽん鍋食って・・」

 仲入前の文朝は、小三治の代演だ。

 「どうして小三治が来ないかというと、ここよりちょっといい仕事が…。もともとそういう料簡のやつで」

 ネタは得意の「近日息子」。つまんない噺なんだけど、文朝がやると笑えるのはなぜ?

 「先へ先へ気をまわせって…。それじゃ今晩寝る前に朝飯食っちゃうか?」

 「…やんなさい、やんなさい。お前がやるならとめないから」

 バカ息子を見る親父の目がカナシイ。

 仲入の時に、中央の座席、真ん真ん中にいるM田氏を発見。なんで上手にいないんだ!

 後半もいい顔が並んだ。

 喜多八の「小言念仏」は、木魚の叩き方が、師匠小三治よりも早くて元気がいい。俗気が抜けないジジイという設定ならば、喜多八の方が正解かも。

 「三人に一人がお年寄りだと言いますが(会場を見渡し)ウソだよ~、もっと多いよ~」

 うーん。十人に七人ぐらい、かな?

 さん喬は珍しく、噺に入る前にスポーツ速報を。

 「今日は野球やってないで、サッカーやってますな。ホンジュラスがどうのって、飲み物みたいな国が相手で。もうすぐ前半が終わります。2-2で。ま、だからどうしたというわけではありませんが」

 がんばれニッポン。だからどうしろというわけではないが。

 毎年五月上席の夜は権太楼のトリなのだが、今年は権太楼夫妻が「豪華客船『飛鳥』に乗って落語会をやりつつの一ヶ月の船旅」というバブリーな仕事(いまごろどこの海上にいるんだか)で日本を留守にしているため、抜擢されたのが、林家「やればできるじゃないか」こぶ平である。

 心を入れ替え古典三昧のこぶちゃん、今日は何をやってくれるかと思ったら、ありゃりゃ、こないだ「扇遊こぶ平の会」で聴いたばかりの「一文笛」じゃん。たしかこないだの会で、こぶ本人が「この噺は事情があって、当分お蔵入りです」と言ってたではないか。釈然としない気持ちで聴いていたが、出来はいいんだよねー。そういえばこないだも「なんでお蔵にしちゃうの?もったいないじゃん」と思いつつ聴いていたのだった。

 ハネた後、木戸の前で客同士、ああだこうだ話していたら、こぶ平一行が着替えを終えて出てきた。こぶのブレーンとしても知られる某協会のk氏に、「一文笛、お蔵入りじゃなかったの?」と聞いたら、「いやあ、いろいろ事情があって」だって。落語の蔵には、出す時も入れる時も、いろんな事情があるようだ。

 ま、事情はともかく、M田を接待しちゃおう。客席でゲットしたディープな寄席ファン数人を巻き込んで、落語協会近くの中華屋「聚豊楼」へ。かんかんがくがくの落語談義が展開されたのは間違いないのだが、何を話したか、ぜんぜん覚えていない。人生とはそういうものである、忘れること人生だと、五街道タスケも言っておるではないか。だれだそれは?

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五月五日(日)

 <演芸フレッシュ競演会>(横浜にぎわい座)

 アイロンパーマ:漫才 アンカー:漫才 新撰組:コント 五月小一朗:浪曲ラップ横浜編 遊馬:佐野山 喬之助:短命 小雪 補導出演=ブラック:英国密航

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 オープン一か月の「横浜にぎわい座」。せっかく寄席を作ったんだから、完成品ばかり呼ばないで若い芸人を育てようではないか、そのためには毎月若手の会をやろうじゃないか、若手の会をやるならコンテストにしようじゃないか、でも予算がアレなので優秀賞一人だけに賞金をだそうじゃないか、そうなると審査員がいるじゃないか、でも予算がアレなので趣旨を理解してもらって車代程度でボランティア審査員を頼もうじゃないか…。おそらくそんな会話が交わされた結果、僕のところに審査員のお鉢が回ってきたのだろう。三郷から横浜までの片道にも足らない車代をありがたくいただきつつ、厳正に審査をさせていただいた。

 まず芸人を審査する前に、競演会の構成を審査せねばならないようだ。上記の番組を見ても分かるように、色物色物色物、落語落語というものすごい順番なのである。それでもって仲入休憩はなし。こんなメリハリのない配列では、客も審査員も疲れちゃうでしょー。

おそらく立ち高座グループ、すわり高座グループとわけちゃえば、高座作りが簡単で無駄が無いという考え方なのであろうが、そんなの寄席じゃないぞ。構成三十点!

 内容の方は、ううむ、この手の会にしてはちょっとレベルが…。中には、ほんとに新人で寄席の高座になれてない感じの出演者もいたりして、正直、採点に困った。そんな中では、コントの新撰組の健闘が目立った。浅草育ちらしい、泥臭い、今風ではないコントではあるが、デブ・デブ・フツーというメンバーのバランスと、愛嬌のあるキャラが楽しく、色物寄席という枠では水準に達している。はじめの取り決めでは優秀賞は一人ということだったが、このチームがそれほど飛びぬけていたわけではないので、主催者にお願いして、スケール&地声の大きな相撲ネタが沈滞ムードを救った遊馬にも賞金を出してもらうことにした。楽屋裏でそんなことをやっていたので、“トリ”のブラックは聴けなかった。なんだかそんした気分。「来月もやりますから、よろしく」と言われたが、楽しみなような、オソロシイような…。

 連休の最中にせっかく横浜まで来たのだからと、「にぎわい座」と同じころにオープンして、おそらく「にぎわい座」の数百倍(それ以上か)の客を集めていると思われる赤レンガパークを見学。古い港の倉庫二棟を改装して、ショップ、レストラン、展示スペースなどをつくった新しい観光スポットなのだが、なにせ入場客が多すぎて、狭い通路は大渋滞。どこへ行っても人人人、すぐにくじけて外に出たら、カンカンの日差しである。日陰伝いに岸壁を歩き、ワールドインポート・タワー(でいいんだっけ?)でインドネシア料理を食って帰った。赤レンガ周辺は、もうちょっと落ち着いてから再訪しないと、いいんだか悪いんだかわからないよー。

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五月六日(月)

 <末広亭・夜席>

 鯉奴:ん回し 遊馬:反対車 遊吉:芋俵 富丸:スーパーヒーロー ローカル岡 小遊三:金明竹 円雀:浮世床(将棋・夢) うめ吉:木更津甚句・おてもやん・春はうれしや・奴さん&姐さん 柳昇:雑俳 雷蔵:宮戸川 遊三:子ほめ 米丸:カンペイさん 仲入 口上:遊三・米助・米多朗・円馬・円・米丸 米多朗:八問答 京太ゆめ子 米助:ナガシマさん 円 ボンボンブラザーズ 主任=円馬:小言幸兵衛

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連休最後のお休みかあ。ゆっくり起きて、午後から始動。新宿三丁目角の「追分だんご」で「いそべ巻き」(ショーユの焼けこげが香ばしい!)でまったりとしてから、伊勢丹のB2で海鮮チラシ七百八十円ナリを仕入れて末広亭へ。芸協の新真打、円馬の披露興行をサラから見物だ。

中に入ると、いきなり披露目の後ろ幕が目に入ってくる。なんだか派手だ。なになに「米多朗さん江、ば・か・う・け」って? そうか、「どぜうけ」は「居酒屋」、「ばかうけ」はせんべい屋だった。噺家のお旦が「ばかうけ」なんて、面白いではないか。

今日の前座は、もうすぐ二ツ目になる鯉奴ちゃん。別に「ちゃん付け」するほど親しくはないのだが、「こいぬ」と来ては、どうしても「ちゃん」がつく。師匠・鯉昇にそっくりの「引いた口調」で、ほのぼのと「ん回し」を。

「ボールペン、万年筆」

「(「ん」が)三つだね」

「四つですよー」

「何で?」

「中にインクが入ってる」

遊馬の声は、鯉奴の三倍はでかいぞ。まして「反対車」、バカデカ声はせり上がるばかりだ。

「あらあらあらあら、あらよーっ! 女子高生、学校行けー! オラオラオラー!」

次の遊吉で、再び声量がダウン。でもこの人の口調はソフトで聞きやすい。芸協の寄席では比較的よく聴く「芋俵」。笑顔が米丸にちと似たり。

ローカル岡の漫談が佳境に入ろうとしたその時、桟敷からピロピロピロとケータイの音が。振り返ると、サラリーマン風の男性が「ゴメン」と手を合わせている。ローカルオジサンは「ここに来るときは切ってくれる?話がわかんなくなっちゃうから」と軽く受け流して、時事漫談から最近よく聴く「うちの女房」シリーズへと、ネタを切り替えていく。

「去年の夏、オレが二階でエアコン付けて昼寝していたら、女房のヤツ、下でバルサンたいて出かけるんだよ」

「ゆで卵食べるから塩よこせっていったら、女房が出してきたのが清めの塩。しゃくにさわるから少しかけて食べたんだけど、袋を見たら『非食品』って書いてあんの」

刺激的な毎日ですねえ。

人気者・小遊三の登場で、拍手が一段と大きくなる。

「もう何本も落語をお聴きになって、なるほど落語ってのは役に立たないって思われたことでしょう」とかなんとか、ポンポン飛ばしながら、速いテンポを崩さず「金明竹」へ。

店番の役をなさない与太郎をしかる主人がいい味を出している。

「お前は透き通るようなバカだね。世の中に猫を借りに来るやつは珍しいのに、猫の断り方なんてあるのか?ええっ、そういうのは塩月弥栄子が書くのか?」

これだけ叱られれば、与太郎だって面白くない。主人が外出するとたん、

「いってらっしゃーい。もう帰ってこなくていいよー。地べたの割れ目にでもはさまっちゃいなー。・・・そうだ、こういうときに、この間の仕事の続きをやろうかな。金魚に墨塗るやつ・・・」

で、そう言うときにかぎって、わけのわかんないやつが訪ねてくるんだよな。

「もしもし~、ニンハオ~、アンニョンハセヨ~」

ヘンな「金明竹」だなあ。

すすけた、じゃなかった時代がついた末広亭で噺家が続いた後に、妙齢(?)の日本髪のねえさんが出てくると、まぶしいよね。

「桧山うめ吉ともうします。(メクリを指して)こちらに名前が出ております。ラメキチとも読めますけど」

「木更津甚句」、「おてもやん」、「春はうれしや」と続けて、「奴さん」を踊ってハイさようなら。入れ替わりに出てきた柳昇がまた艶やか・・・なわけないか。

「えー、ただいまのは孫弟子のうめ吉で。若い人で唄と踊りが出来るのは貴重な存在です。芸が伸びますように、ごひいきをよろしく」

今日の「雑俳」は、いつにもまして言葉が出ない。

「えーーーーーーーーー、あれね・・・・(「春雨」が出ない)」

「初雪や 一の一の字 一本歯の・・・・、あのねえ」

だいじょうぶかなー。

芸は本格派だが、今ひとつ色気に欠ける雷蔵。

「ガキのころから、いろはを覚え、『は』の字忘れて『いろ』ばかり」と洒落た導入から「宮戸川」に入ったが、やっぱり色気不足で、印象に残っているのは霊岸島のいじさんばかり。ま、そういうやり方もアリなんだけど。

仲入前は、米丸。

「長谷川町子さんの漫画『いじわるばあさん』なんかに、よく寄席が出てきましたねえ。新作落語なんていっても、時代が変わるとやりにくい噺もあります。ただ、寄席のお客さんはありがたいですよね。『今からちょっと昔の噺をやります』というと、サッとその時代にアタマを切り替えてくれる。今日はアタシ、ちょっと昔の噺をしようかなーという気持ちになりつつあえるんですが・・・(パチパチパチと拍手)今日は何だか出来そうな気がします」

で、演じた噺が、通行人が次々塀の上に空き缶を置いていくのに腹を立てた主人公が一計を案じて・・というもの。何て題名なんだろうなあと考えていたら、客席で誰かが飲んだジュースの缶がカラカラカラーンと転がった。

めずらしや、仲入休憩時、場内に見たような顔の売り子が三人登場した。かのこ、ひまわり、うめ吉が、「ばかうけ」を売っているのだ。はっぴ姿の女性に攻められて、オジサン客が次々と金を払っている。巻き添えをくわないように遠巻きで見ていると、ひまわりの売り上げが一番悪いのはどういうわけかな?

「とざい、とーざい~」と、よく通る、りりしい声は、ひまわりのものだ。この人は、モノを売ってるよりも、こういう仕事の方が向いている。おまたせ、円馬、米多朗の襲名披露口上である。

米助「スズキムネオでございます。桂米多朗、本名をキム・○○ソンと言いますが、ちょうど入門時に、テレビで野球を見ていまして、腹が山本昌からデッドボールを受けたんです。で、デッドボールという名前にしたんですが、これが当たらなかった。真打ちになるってんで、こいつがドジャースの石井に似ているので、桂ドジャースにしようかと。一軍ベンチ入り、レギュラー、クリーンナップと出世するには、本人の力と皆様の応援が必要です。どうぞみなさんの声援で、将来立派なアンパイアになれますように」」

円「えー、浅草の楽屋に、酒二升もってフラフラと来たヤツがいまして、アタシは酒を飲みたいばかりに入門を許しちゃった。悪気のない男でね、芸人は上手も下手もなかりけり、行く先々の水にあわねば。芸人はお客様の影法師。お客様がご隆盛なら栄えるんです」

米丸「円は親分肌のいい師匠ですからね。もう、うれしくってしょうがない。毎晩酒を飲み過ぎて、ずいぶんひどい顔になっちゃった。きっと十日間、このままですよ。米助は、酒は強くないけど、落語以外のことで稼いでまして。アタシも人のことは言えないけど。米多朗も落語以外で稼ぎたいようです。皆様方にお願いですが、どうぞ今日はこの二人に、最後まで付き合ってやってください。途中で立つなんてことがないように」

遊三「どうぞ二人の三十年先を楽しみに。そのころにはみんな死んじゃって、米助なんか寝たきりになってるでしょうけど。それでは皆様、二人の洋々たる前途を、お金のかからない三本締めで祝ってください」

「いよっ、日本一!」

気持ちの良いかけ声がかかる。だれだろうと振り返ると、なあんだ客席後方で平治が声を張り上げている。桟敷の横で今丸がカメラを構えている。キャンデーブラザースの姿も見えるぞ。楽屋総動員で新真打ちの応援。このあったかさこそが芸協の披露目なのである。

さて、「蒲田行進曲」を出囃子に、披露口上がすんだばかりの米多朗がお目見えだ。

「『ね』がつかないと、『よたろう』です。この名前が根付くようにがんばります」と、「八問答」に入る。明るい調子でポンポンとまくし立てるのはいいが、江戸前の啖呵が切れない。訛りはないが、江戸っ子が標準語をしゃべってちゃいけねーや。

「大型連休も今日で終わりだっぺや。でも田舎は田植えで大忙しだ」

東京太の栃木弁、けっして美しいとは言えないが、なんだかホッとするのが不思議である。

「おらんとこで、ピザ作ったんだ」

「あらそう、どんなピザ?」

「かんぴょうと落花生のピザ」

「そんなの売れないでしょう」

「いんや、ピザは鎌倉で売れた」

「・・・・・」

「ごぼうとニンジンは四国で売れた。なっぱは沖縄で売れた。イチゴは・・・新潟だな」

きんぴらに那覇に越後・・。ううむ、土のにおいがするクスグリではある。

新真打の師匠が続く。米助を寄席で見るのは久しぶりかな?

「最近はサッカーだワールドカップだフーリガンだって、寿限無じゃないんだから。今日もやってます巨人―中日戦。僕もこんなとこで落語やってる場合じゃないんですよ。でも真打披露だからなあ」

おいおい~。

米丸の言うとおり、祝い酒の飲み過ぎか、ドスの利いた円の声が、いつにましてガラガラである。

「前座時代、師匠の太ったカミサンの下着を洗わされた。涙が出てきてね、師匠の枕元で下着をぶちまけたんだ。そしたら師匠は、おかみさんを呼んで叩いた。『お前とは別れられるけど、弟子とは別れられないから』って。それでやめるのやめたんだ。・・・やっぱり、やめときゃよかったかな」

思い出ばなしをしているうちに持ち時間がなくなったようだ。

「あと十分じゃ、ネタに入れないな。ま、いいか。昔の横綱の柏戸ってのが、兄弟分でさ、二人で一升マスできゅーっと飲んでたら、酒飲みになっちゃった。そんなのんべえのところに嫁の来てがあるもんですな。三十八年前、移動証明を持ってきた女がいる。娘二人、雌犬二匹、雌猫一匹。オスはオレだけ。オレが我慢すれば、キンカクシはいらないんだ。ま、そーゆーオソロシイ女房のもとに帰ります」って、帰っちゃった。

客席は、この時点で七十人ちょっと。

「あたくしの次が、おまちかねのお開きでございます」と、円馬が満面の笑みを浮かべている。堂々の高座姿だ。

この日のネタ「小言幸兵衛」もいい出来だった。子供―犬―天気―ババアと、家主幸兵衛の小言がエスカレートする様が丁寧に描かれ、それでいて、幸兵衛が因業じじいに描かれていない。古風(というか一歩踏み外すとアナクロ)な外見とも相まって、久々に噺家らしい真打が出たという感じがする。沈滞気味(それがいいという話もあるが)と言われる芸協の番組に活をいれてほしいぞ。海鮮チラシも、バラずしとしては出来が良かったぞ。

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五月八日(水)

 <長講・雲助の会>(内幸町ホール)

 駒七:子ほめ 雲助:髪結新三(通し口演、仲入あり)

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 今年はどういうわけか「髪結新三」ばやりで、歌丸はじめいろんな人がやっている。中でも雲助の「新三」は、芝居気分がとりわけ濃厚だ。口演回数が少ないせいだろう、言い違えや、セリフをカム場面が目立ったが、雲助の独特な重厚さと古風な持ち味が、噺とよく合っているいる。ひととき、江戸の町にタイムスリップすることができた。

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 五月十日(金)

 <池袋・夜席>

 (枝助:千早ふる) 仲入 笑遊:天狗裁き 夢丸:看板のピン 東京ボーイズ(二人バージョン) 主任=栄馬:紺屋高尾(楽輔の代バネ)

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 もう仲入前が上がっている。急がなくっちゃとロビーに駆け下りたら、モギリ近くにいた某関係者が耳打ちしてきた。

 「今日はあやうく寄席を開けられないとこだったみたい」

 えーっ、そんな。最近は入りも上々と聞いていたのに、そんな昔の池袋みたいなこといがあるか、いやここは池袋だったか。中にはいると、つばなれスレスレ。さすがに客席の空気が重たい。

 客が帰っちゃうのを恐れたか、仲入休憩にほとんど時間をとらず、すぐに笑遊の登場だ。

 「えー、アタシとカミサンは年が一回り違うんですよ。むこうが年上で、今八十五歳・・・」

 いつものマクラがまったくウケないので、さっさとネタに入ってしまう。この人の「天狗裁き」は初めて聞くが、独特のおかしさはあるものの、テンポが遅くて、なかなか笑いに結びつかない。そういう状況で、この客席。心中、お察し申し上げます。

 ありゃりゃ、夢丸の「看板のピン」も、今日はいい間違えが多いぞ。「少ない客の前でも手を抜かない」と公言している夢丸、そのとーりの場面に直面して、やや力が入ったか。バクチに誘われる親分がベランメエなのはいいが、パアパア言いすぎて、どっしりとした貫録に欠けるのはいかがなものか。

 東京ボーイズは、あらめずらしや、六さん、八郎さんの二人バージョンだ。きけば、リーダーが体調を崩して、初日に三人で出て以来、ずっと二人でやってるみたい。

 「リーダーは元気で入院してます。こうなったら副リーダーが頼りです」

 「副リーダーって・・・オレ?」

 そう、頼みの綱は六さんだ。この日はテレサ・テンの「つぐない」を、八郎さんにいわれるままに歌詞を「明るく」替えての大熱唱。八郎さんのツッコミの内容がコロコロかわりかつ六さんがちっとも歌詞を覚えないので、何度繰り返しても、どこかではまってしまう。えんえん十数分、大汗の六さんだが、これはこれで面白いぞ。がんばれ東京ブラザース!

 代バネの栄馬は「紺屋高尾」。この人のこのネタ、何度も聴いているのだが、すべて代バネの時!どういうことだろうか?

 「傾城に かわいがられて 運の尽き」

 「京成の 電車でよく見るイラン人」

 これが人情ばなしの導入部なんだからねー。丁寧な仕上がりだが、丁寧すぎて、やや単調だ。

 「相手が紺屋の職人、あちきは愛に染まりんした」

 このサゲ、やってて気恥ずかしくはないのだろうか? 少なくとも聴いてるアチキは恥ずかしかったでありんす。

 

 

つづく

 


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