寄席さんぽ2002年四月上席
マクラは特にない。温かい「お~いお茶」を片手に、今日も木戸をくぐるワタクシでありました。きゃー、しょーもな。
● ▲ ■ ◆ 四月二日(火) <池袋・夜席> (〆治:看板のピン) しん平:うちは駄菓子屋 扇遊:たらちね 順子ひろし 歌之介 市馬:あくび指南 仲入 三太楼・喬太郎・たい平:前説と順番決め 三太楼:花見の仇討 喬太郎:笑い屋キャリー たい平:明烏 ● ▲ ■ ◆ 今年の寄席は面白いぞ。さん喬、権太楼がガンガントリをとるし、芸協は五日興行を始めるし、池袋は企画物(実験物という声もあるが)が充実してきたしで、ホール落語なんか行ってる場合じゃないよね。今日も今日とて池袋。仲入後にずんごいイベントが待っているのだが、まずは、しん平の高座から。この人、池袋の高座がよく似合うよなー。褒め言葉だぞ、念のため。 ところで、しん平が駄菓子屋の息子だったとは知らなかった。 「レンガの型に泥粘土を押しつけて、出来上がったものに色を付けるんだ。そうすると、オヤジが『1500点』とかなんとか点数つけるの。オレのなんか型も小さいし色数も少ないから、点数低いんだ。そういうのは、おやじがつぶしちゃうんだけど、点数の高いのは、オヤジの脇んとこに飾ってくれるのね。それがうらやましくてさあ。それからあのアイスキャンデー!割りばしが斜めに刺さっているから、氷が解けだすとすぐ落としちゃうの。食うのに技術がいるんだよな」 僕は東京の、いわゆる川向こうで育ったのし、しん平ともほぼ同年代だから、こういう駄菓子屋体験は身につまされるモノがある。そうそう、お金がないから泥粘土に色が付けられなくてさあ、金持ちの子がうらやましかったよなーなんて遠い目をしながら、しかしこういう体験に思い入れもなにもない人たちは、はたしてこんな話を聴いて面白いのかと考えてしまった。池袋らしいというか何というか、まさにピンポイントの笑い、なのである。 しん平と対照的に、扇遊の長屋ばなしは、道具立てに頼にたよらず、庶民感情という共通項で勝負している。もっともこの人、古典に忠実ではあるが、オーソドックスな噺の中に、時々ヘンテコなクスグリが出てくるから面白い。 「おまえ、妻(さい)を持たないか?」 「サイねえ、出し抜けに言われてもなあ。どんなエサ食うかもわかんないし」 ぶはははは。江戸の長屋でサイを買うヤツはいねーって。 順子・ひろしは、そもそもの「なれそめ」(?)の話から。 「アタシが十四歳の時、墨田公園を歩いていたら、この人が煙草を拾いながら歩いてきて、『漫才やんないか』って言ってきたのよ」 「(やや憮然とした顔で)・・・そうだよ」 きゃーロマンチック、でもなんでもない。ホントかー? 歌之介に「待ってましたっ!」の声がかかる。 「今日は仲入の後、三人がみっちりやる覚悟ですので。ここはひとつ、二、三分で下りてみようかと。あとの市馬は長じゅばんで、まだ着替えておりませんおで、どういうことになりますか。・・・ええ、人間には三欲というものがありまして、食欲、性欲、海水浴・・・」 って、いったい何の噺の導入かと思うでしょ。でも、歌之介はこんなところでネタに入りはしない。ありったけのショートギャグをぶつけてくるだけなのであった。うーむ、りりしいじゃないか。 「アタシはあと六日で四十三歳。厄を抜けます。でも、楽屋で扇遊が『あと六日あるんだろー』というんです。最長寿の東郷さんは二日起きて二日寝るそうです。そんな人間居ますか?気持ち悪い。背中に乾電池が十六個ぐらい入っているんじゃないですか?十六世紀の後半、英国人のオールド・パー氏は百五十二歳まで生きました。百四歳の夏に夜ばいをし、百四十で再婚、死因は食い過ぎでした」 「人生は、絶対思った通りになります。(最前列の爺さんが「ああ」と納得の声を出した)答えは一つじゃありません。人生にはいろんな答えがあるんです。アタシの嫌いな科目は数学です。答えが一つしかないから。コレしかダメっていうのは、いやなんです。高校二年の数学のテスト、全部感想文で答えました。そしたら先生が言いました。『Xの不思議より、自分の不思議を考えろ!』って」 「先生が『人間は協力しあって生きろ』と教えてくれました。その先生が試験の時、『こらっ、そこ、人の答えを見るなー!』というんです」 「こないだ『記憶力のよくなる本』を買って、電車の中で読んだんです。家に帰って、本棚に入れようとしたら、同じ本がありました」 ああ、脈絡のないギャグが、僕のふやけた脳細胞をぐずぐずにする・・・。しかし、「人生の答えは一つではない」だけは、至言だと思う。 続く市馬にも「待ってました!」の声が。おんなじ客だろうか? 「稽古事ってますでしょ。アタシは横笛を、海老一(染之助)に教わりまして、二ツ目の金のねえ時分にずいぶん稼がせてもらいましたよ」と、これは何の噺の導入でしょう?市馬もやっぱりネタに入らず、なわけはないか。もちろん、賢明なる読者の推測通り、「あくび指南」に入ったのであった。 「あくびの稽古に行くぅ?そんなにあくびがしたかったら、池袋演芸場に来いよ」 「でもねえ、金取って教えるってんだから、何かあるんだよ。若い女の子がついて来ちゃうような」 そんな稽古事があったら、ちょっとうれしいかも。 仲入をはさんで、いよいよ本日のメーンイベント。たい平・喬太郎・三太楼、三人がそろって頭を下げ、後半戦一時間半を費やす落語バトルの幕開けである。
「とにかく今日はこれからこの三人がみっちりやります」 「断ったんですけどね」 「ふつーに入ってきたお客様、お気の毒さまです(と、三人深々と頭を下げる)」 「この後、小さんとか小三治とかは出てきません!」 「昨日はたい平師匠が、この後仕事を入れるという暴挙を行ったせいで、一番手で『反対車』をやりました」 「二番目が喬太郎師匠の『任侠・おせつ徳三郎』」 「途中から(噺が)変わるのね」 「うん、東映調」 「で、最後が三太楼師匠の『崇徳院』でした」 「それで、今からくじ引き(!)で今日の順番を決めます」 「ずいぶん前向きだね」 「(さん市が明らかにゴミ箱と思えるクジの箱を持ってくて)ところで、一人だけしか来なかったら、一時間半で五席やんなきゃいけないの?」 「どうして?」 「だっておれ、長いネタないんだよー」 こんなだらだらとした前フリがあって、くじ引きへ。じゃーん、結果発表だ。「一番はじめ」を引いたのは三太楼。喬太郎のは「一回休み」で、たい平が「高座返し」って、なんだこりゃ? 結局、三太楼が口火を切って、喬太郎は一回休みの気持ちで「気のない落語、子ほめみたいなやつ」をやることに。高座返しのたい平はトリに回って、セルフサービスで座布団をひっくり返すことに決定した。 さあ、一番手の三太楼だ。 「あたし昼間っから『これやりたい』って、さらってきちゃったから、それやります。(長くなるなら)トリは『反対車』ね」と言いながら、大ネタ「花見の仇討」が始まった。 花見の趣向で「巡礼兄弟と悪侍の仇討騒ぎ」を計画した江戸っ子三人組。念入りに稽古をして、勇んで上野の山に出かけたはいいが、間の悪い偶然が重なって段取りがどんどん狂ってくるーー。何か予期せぬ事が起こって、それに対応できずにあたふたするという展開は、三太楼の独壇場だ。なかなか六部が現れず、延々とワンパターンの立ち回りを繰り返して疲れ切っていく三人組が可笑しい可笑しい。突然、侍の助太刀が乱入し、「助太刀?本物じゃねーかよ!」「帰ってもらえよー」と大騒ぎ。三太楼の受けの芸が光った。 着流し姿のたい平が、決めの通りに高座返しをして、次の喬太郎に「ごくろーさまです」と挨拶。喬太郎、座布団に座るなり「いい気持ちです」とご満悦だ。 で、いきなり「長屋の花見」のさわりを始めて、客席が「あれあれ」と首をひねりだしたところで「ウケなかったよー。おれなんか向けねえんじゃねーかな」というセリフをはさみこんで、これが落語界を舞台にした新作だとわからせる。喬太郎らしい、マニアックな展開は、「純情日記横浜編」でもおなじみだろう。 本日のネタは「笑い屋キャリー」。浅草の寄席に突如現れた謎の笑い屋のために、気鋭の噺家たちが次々と壊れていくというお笑いホラー(?)。 「さん市十八番『つる』、ウケない。太助の相撲噺、ウケない。披露目を休んでやけつけた扇辰は、長岡に帰った。金八も根室へ、彦いちは鹿児島へ。東京の人間はいねーのかよー!」 後半は、寄席に復帰した「流しモギリのおせん」がキャリーに逆襲するアクションシーンとなって、「おなじみ寄席風雲録のうち、血煙池袋演芸場・異人退治の巻でございました」って。いやいや息もつかせぬ怪しのドラマでありました。マニアックー。 さて再び高座返しに現れたたい平、メクリを返して、そのまま高座で袴を付けて、トリの真打に早変わりである。かっこいいぞ、パチパチパチ。 この日のネタは「明烏」。うぶな若旦那に重点を置いた、さわやかな噺に仕上がってはいるが、ちょいと油断をすると、たい平流のナンセンスギャグが怒濤のように攻めてくるのだ。 「せがれが出無精だ?でぶしょうといったって、こぶ平さんのよーなデブ性じゃない」 「お前、いくつになる? 十九? 十九といえば、来年は二十歳だ。二十歳といえば、松坂が一億かせいでいるころだ」 「せがれが読書好きって、立川談志遺言全集なんか読んでられたら大変だ」 「ぼっちゃん、おれは大鳥居といいまして」 「ああポテチンという」 「・・・あなたは笑いをとらなくていいんです。無理しないよーに」 「えっ、団子買ってくれ? それは違う落語ですから。笑いをとらなくっていいんですから。あたしたちにまかせて」 「大一座、振られたヤツが起こし番。あーあ、退屈で、退屈でなやねーや」 「ところで、来た?来た?」 「何だよ、六部かい?」 「そーじゃねーよ、オンナだよ」 「おいおいどこ開けてんだよ。そんなとこ開けると、文楽が食べてた甘納豆が出て来ちゃうぞ。食べられないものは挑戦しなくていいんだよ」 「いやいや、そばが出てきたぞ」 誰が誰にいってんだか、全然わかんないんだけど、たまらなく面白い。面白すぎて本筋の印象が薄くなっちゃうではないか。 ま、ギャグを並べただけじゃ芸がないから、最後にたい平に一つだけ注文を。江戸っ子口調が、出来てないよね。とってつけたような、べらんめえ。あれだけ回転のいいギャグを繰り出せるのに、町内の若い衆の会話が、本を読んでいるような口調とでもいうのか、江戸っ子が腹に入ってないような気がするのだ。次の「明烏」は、源兵衛・太助でうならせてくれることを、期待しようではないか。 ● ▲ ■ ◆ 四月五日(金) <末広亭・夜席> 金曜は「寄席おもしろ帖」の締め切り日である。遅くとも午後の六時過ぎには出稿しておかないと、現場のコワモテのおじさまたちが「あんたねー」とかなんとか言ってくるのだ。それでも原稿はまだ融通がきくが、画像関係(写真やイラスト)の遅れは、許されない雰囲気なのだ。で、金曜日の本日、すでに日も傾いているというのに正楽さんの紙切りが届いていない。「末広亭に置いとくね」という連絡を受けて、現地に到着したのが午後五時過ぎである。テケツに座っていた席亭とバカ話をした後、楽屋に回って、前座から原稿を受け取る。と、今まさに着替えの最中だった権太楼おじさまと目があってしまった。 「ごくろうさん、聴いてくの?」 「はあ、じゃ、師匠のだけ」 ツーと言えばカー、というのは、例えが違うような気がするな。とにかくものの弾みで返事をしてしまった。人間は自分の発言に責任を持つ物である。そのまま客席に回ると、扇治の噺が始まったばかりだった。ただいま五時十五分を少し過ぎたところ。扇治、権太楼と聴いて六時ちょい前か。・・・・なんとかなるでしょう。 そんなこんなで聴いた扇治の「たいこ腹」。これが大当たりだったんだから、締め切りはギリギリまで引っ張るもんだ、ってデスクの発言ではないですね。自粛自粛。 この手の噺でよくやる「主体性のないタイコモチ」のマクラがフツーではない。 「どうだい、鈴本でも行くか?」 「上野ですか、いいですねー」 「でも雨が降ると動物園の客がくるからなあ。やっぱり浅草行こう」 「いいですねえ、下町っぽくって」 「でも土日は場外馬券売り場の客がいて騒がしいな。池袋にしよう」 「静かでいいですよね。いつ行ってもすいてるし」 「でもなあ、昼席に行くと、一対一という時があるからなあ。よし、新宿に行こう!」 「いいですねー。あそこは客の質がいい」 「金がないからやめよう」 「やめましょうか」 本編も面白いぞ。 「鍼の稽古もしなくちゃな。壁に打ってと・・。なんか生きてるもんに打ちたいなあ。あ、インド象が!・・・設定に無理があるかなあ」 「若旦那、鍼の稽古したんですか」 「映画を観たよ」 「まさかハリー・ポッターっていうんじゃ・・」 「いや、ダーティー・ハリーだ」 終盤はもうひとつかな。「あたしのお腹見てくださいよー」というセリフが妙に冷静なの。お腹に鍼が入ってるんだから、もっと泣いてほしいなあ。 「お前さんもそうやって尽くしていれば、後でご祝儀くれるよ。そしたらお前も商売にハリが出るだろ?」 「えー、もうハリはたくさんです」 たいこの腹をならさない独自のサゲもついてるのね。演じ飽きた、聴き飽きたネタを新鮮に料理してくれた扇治に感謝。しかし、時間は刻々六時に近づいているー。 お目当て(?)権太楼のネタは、ぬあんと「つる」。浅い時間ではあるが、こんなのもやるんだねー。 「ものにはほどがある。ほどというのは八割。次にいいのが・・・・・四割弱かな」というマクラで、一番前に座っていてもその日の入りがわかっちゃうのだ。 「つる」のいわれを聞いた八五郎が、「隠居もくだらないことをいうねー」と笑う。権太楼版では、八が単なる与太郎ではなく、「遊び」気分で仲間の家に行って、「つる」の由来の受け売りをやるのである。 「これ、よそでやっちゃおうかな?白痴の老人がトンモロコシくわえて・・・」 「よしなよー。これはお前とアタシの遊びだよ。アタシがそんなことを言ったってのが広まったら、また何て言われるかわからねえ」 なるほど、こういうやり方もあるのか。丸の内線ホームに駆け下りながら、意外な収穫があった二十五分あまりを振り返った。そういえば、今日は披露目だ。後ろ幕は「納沙布岬の日の出」、金八の根室後援会の団体席がロープで仕切られていたっけ。いかんいかん、速やかに社に戻らなければ。 ● ▲ ■ ◆ 四月六日(土) <池袋・昼席> 元九郎 市馬:ふだんの袴 仲入 富蔵:禁酒番屋 志ん五:錦の袈裟 和楽小楽和助 主任=志ん輔:三枚起請 夜席 さん市:つる 喬之助:引っ越しの夢 さん光:転失気 ● ▲ ■ ◆ 市馬があいかわらずはじけている。 「我々がこの、寄席の歌舞伎座と称する池袋演芸場に(ぎゃははははと客に笑われ)いやいや、お客様の質がそうなんで」 「人間国宝、すぐ近くにいるんで(わかってると思うが、小さんの住まいは池袋の隣の目白である)、呼びゃあすぐ来るんです。退屈してますから。剣道はやってます。落語のほうは気が向けば・・・、ここですよ。剣道は率先してやってるんですから」 そんな話をふりながら、懐かしい林家正蔵(わかってると思うが、彦六の正蔵だ)の思い出へ。 「正蔵師匠は、噺の後によく踊ってましたね。踊るか踊らないかは、お辞儀の仕方でなんとなくわかる。『ああ、あのお辞儀なら、今日は林家、踊るね』なんてね。でも年取ってますから足腰が弱ってますから、すぐには立てない。前座のアタシがたたせてあげると、至近距離でにっこりするから、ブキミですよ。晩年はもう、踊るというより、うごめくという感じ。よく『こうもり』なんて曲に合わせて『すててこ』を踊ってましたな」 とかなんとか言って、正蔵十八番の「ふだんの袴」に入った。 上野広小路の骨董店で、品のある武士が谷文兆の絵を見ながら煙草をぷかり。火の粉が飛んで袴を焦がすが、「いやいや、これはいささか普段の袴だ」といって平然としている。これをみていた、オッチョコチョイの町人が「よーしオレもやってやろう」と袴を調達して・・・。 地味なオウム返しネタだが、林家が演じると、好もしい滋味が漂う。これ意識するでもなく、市馬は自らの柄をいかし、明るく屈託なく演じて、こちらは滋味ではなく、すがすがしい風が吹くのだ。 「(町人のふかす)キセルは真鍮の無垢。一転の光もない!」と言い切るのがなんともオカシイ。 仲入をはさんで、富蔵の「禁酒番屋」。食いつきでションベンの噺はないでしょー。こっちは客席でバッテラ食ってるんだからさ。だいたい、あんだけ酒を飲んでいるはずの番屋の侍が、本気で酔ってないじゃないの。これは食事タイムを邪魔された言いがかり的クレームではないよ。 続く志ん五の「錦の袈裟」は、まぎれもない、ほんまもん(!)の与太郎である。 「うんちわー、うんちわー、うんちわー(声が大きくなるにつれ、表情も怪しくなって・・・)」 最近、和楽社中の出番になると、若い和助の所作に釘付けになる。達者な芸なのだが、あの頼りなげな風情と、そこはかとない悲壮感漂う表情と、和楽師匠の叱責におろおろする風情をみれば、だれでも「和助がんばれ!」と応援したくなる。タイプはちと違うが、寄席デビュー直後の、独楽落としまくりの三増紋之助の高座を見守っていた時の気持ちを思いだした。紋之助は近ごろうまくなっちゃってさー、物足りないよねー(ゴメン)。 トリの志ん輔は、古今亭のお家芸「三枚起請」だ。そういえば、去年の四月、志ん朝トリの満員の池袋で「三枚起請」を聴いたのだった。たしか某紙の某記者と二人で、「今日はなにかなー」「愛宕山?」「もうでたみたいだよ」「じゃあ明烏」なんてネタの当てっこをしてたような。あの「三枚起請」が、最後に聴いたネタになってしまった。ああ池袋、ああ矢来町・・・・。 ととと、そんな感傷にひたっているうちに、志ん輔のマクラはガンガン進んでいるのであった。大師匠・志ん生のエピソードだね。 「人形町で志ん生師匠の独演会がありまして、前方は馬生師匠と志ん朝師匠だったんですが、オヤジが来ない!って、大騒ぎになった。一度下がった馬生、志ん朝がもう一度ずつ高座に出てもまだ来ない。結局最後までこなかった。で、その日、夜中の十二時ぐらいになって、やっと家に帰ってきたの。長女の美津子さんがワーッと怒るの。で、その後、男同士になって、 馬生『おとうちゃん、また向島のアレか?』 志ん生『ああ』 馬生・志ん朝『じゃ、しょうがねーや。でも、なんで独演会の日に?』 志ん生『今オレが行かないと、あの女がとても遠くへ行くような気がしたんだ』 馬生・志ん生『そうだろう、そうだろう』」 ええ話や~。 久々の「三枚起請」、いい出来には違いないのだが、このネタについては、まだ生々しくてグダグダ分析する気にはなれないのであった。 夜席も居残って、さん市十八番の「つる」、喬之助、さん光まで聴いて、本日の寄席見物は打ち止め。夜席はまだ若手三人バトルが続いており、それをお目当てに、マニア、ご常連、名物男、単なる通りがかり等々、続々と入場してくる中、「これから」という時に演芸場を出ていくのだから目立つよねー。あちこちから「あれ、なんで帰っちゃうの?」光線を浴びつつ、夕暮れの池袋西口商店街へ出た。この後どこへ行ったか、業務上、事実を明かすことが出来ないのが極めて残念である。なんちゃって。 ● ▲ ■ ◆ 四月八日(月) <扇遊・こぶ平の会>(落語協会二階) こぶ平:唖の釣り 扇遊:百年目 こぶ平:一文笛 ● ▲ ■ ◆ 「こぶ平、やればできるじゃないか!!シリーズ」とでも名付けたいような、力の入ったミニ落語会。こぶ平が「唖の釣り」の不忍池のくだりで絶句、中断するというハプニングがあった(本人は悔し恥ずかしだろうが、珍しいものを見せてもらった)のと、扇遊の「百年目」が素晴らしい出来だったこと、そして、近所の中華屋「聚豊楼」の安さ旨さのみを記して、四上の散歩を終えようと思う。マクラは特になかったが、オチも特にはない。
つづく
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