たすけの定点観測「新宿末広亭」

その2  番組  :  五月下席・夜の部  日時 :  平成十一年五月二十五日  主任  :  三遊亭遊三  客の入り : 百人(うち半分は団体) レポート  芝居や寄席などの興行を見に行く時、いつも 思うのが、「夜の部の開演時間が早すぎる」 ということである。  だってさあ、末広亭は午後五時始まりなんだ よ。東京都千代田区大手町で堅気の(?)会社 員をやってる、このたすけめが、どうやったら 午後五時に新宿三丁目まで駆けつけることがで きるというのだろうか。でもまあ、歌舞伎座の 夜の部は午後四時半。こないだの国立小劇場の 文楽(四角い顔のあの人ではなく、人形浄瑠璃 のほう)なんか午後四時スタートだからね。  これでも末広亭はマシなほうなのだと。  まったくもう。ニッポンのリーマンが夜芝居 を楽しむのは容易なことではないのだ。  てなわけで、夏の間せっせとお仕事をしたあ りさんは、それでも夜の部開演には間に合わず、 七時ちょっと前に汗をかきかき駆け込んだので ありました。これじゃ前座さんの出番はみられ ないなと、「定点観測」二回目で早くも弱気の 虫が動き出した、たすけなのであった。  中に入ると、なんだか客席の分布図が変であ る。前三分の二の客は適当にばらけているのに、 後ろ三分の一はぎっしり状態。よく見ると、後 ろ五列が修学旅行生(調査の結果、仙台の男子 中学生と判明)の団体さんなのだ。  たすけは意地悪じじいなので、この際はっき りいってしまうが、中学生に落語は無理である。 年に何回か「笑点」をみたことがあるとか、お 盆か正月に一回ぐらいは寄席に来たことがある 程度の大人でもしんどいのに、今の今まで落語 の存在すら知らなかったであろう田舎の(ごめ んね)中学生に、いきなり生の寄席はかわいそ うだ。おおかた学生時代に落研だった先生がい るか、きまぐれに「古典芸能に親しまねば」と 思い立ったマジな教頭かなんかが音頭とったの だろう。いっとくけど、寄席の営業妨害をして るんじゃないぞ。落語にはじめて親しむ若い人 たちには、できるだけ「良い出会い」をしても らいたいのである。てきとーに選んで入った寄 席で、そうした幸運にめぐり合う確率は・・・、  うーん、落語ファンでも首を傾げざるを得な いのではないだろうか。  席に着いた時、番組はかなり進んでいて、高 座では、この日九番目の出番の神田松鯉がパン パパンと張り扇を叩いていた。演題は「谷風情 け相撲」。長い「寛政力士伝」の中では結構有 名なくだりで、落語でも「佐野山」という題で、 亡くなった馬生や現役ばりばりの権太楼などの 名演を聴くことができる。骨太の芸風で大作、 連続物ばかりやってる印象が強い松鯉だが、最 近は持ち時間が少ない寄席の出番が増えたせい か、中ネタも器用にこなす。それでも「谷風」 のような笑いの多いネタは、落語の方がちょっ といいかな。  続いて、桃太郎の登場。いきなり「曙がーー、 やきもち焼の奥さんに閉じ込められて、あけぼ のの缶詰」と、しょーもない小ばなしを一発。 唖然とする客席にはかまわず、「裕次郎がー」 「クリントンがー」と駄洒落小ばなしを連発す るうち、客の笑いが漣から大波へと広がってい く。そんな客席の変化を見るのが楽しい。それ にしても、ほんっっっっっっとにくだらないん だよ、この人のネタ。この日は「結婚相談所」 だった。  小天華の代演、新山真理はけっこう美形だ。 たしか去年まで「びいどうし」とかいう漫才だ ったが、あい方の結婚退職でピンの漫談に。ネ タが漫才時代と同じ血液型の話だったのがアレ だけど、「漫才協団は、会長の内海桂子、幹部 の宮城けんじ、晴乃ピーチク、春日三球とコン ビ割ればっかし」っていうのが面白かった。ほ んとだよなあ。  で、関係者のみなさんに本当に申し訳ないの だが、この夜面白かったのは、ここまで。あと は、ちょっとつらかったのだ。  やせて自慢の大声もなりを潜めてしまった夢 楽の「よっぱらい」。仲入をはさんで、めりは りのない左遊の「藪医者」、中学生の前で延々 夫婦ネタを続けるひでや・やすこ(もっとも夫 婦ネタはこのコンビの売り物なのだが)。中学 生の団体への配慮も名にもなく、かといって他 の一般客が満足するかというと、それがそれほ どでもない。工夫の少ない、十年一日の高座は 勘弁してほしい。お願いしますよ。  意外に子供がいい、円の「小僧のくやみ」、 いまやお約束の「一瞬ネタ忘れ」をやってくれ た柳昇の「雑俳」で、中学生の退場時間に。男 の子ばかりの五十人、ほとんど反応はなかった けど、初めての寄席はどうだったのか。これに 懲りずに、またきてねーと、思わず松本のおば ちゃん口調になる、たすけであった。  すっかり安定した喜乃ちゃんの五階茶碗、お 父さんの卵落とし。太神楽で一息入れて、いよ いよ主任、遊三の登場。この年代の芸協では、 頭ひとつ抜けた本格派だけに、ちょっと期待し たのだが、今回はちょっといただけなかった。 もともと、あまりマクラの面白いという人では ないが、中年サラリーマンの世間話のようなゴ ルフネタを引っ張って引っ張って、あとは「た がや」を二十分ほど。そろそろ「たがや」の季 節かあ、とは思ったが、けっして滑舌のよいと はいえないこの人に、威勢のいいタンカがすべ てといってもいい「たがや」は似合わない。馬 生や先代三木助の「たがや」は勢いがなくても 面白かったという話もあるが、万事正攻法の遊 三ではそうした意外性も期待できない。時間は たっぷりあるのだから、じっくり聴かせるもの を選んでくれたらなあ。  ちょっと欲求不満で、飲み屋の多い通りに出 た。酒を飲めないたすけは、こういう時に困る のである。新しい前座なのか、めくりを返して いた着物の姉さんは、ちょいと色っぽかったな あと思いながら、歌舞伎町のランパブへ・・、 てなことをする度胸もない、たすけは重い足で JR新宿駅へと向かったのであった。 たすけ


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