日差しの中のけだるい吉原
 [五更烏]ガア・・・・。[晨鐘]ボヲウン・・・・。紙砧の音 コト・・・・。商人の声油あげ・・・・。・それが二階の朝景色。 杯盤狼藉廊下には懸盤に杯台。茶台のうへに茶碗をのせ。さも居合 ぬきの踏台のごとく。傍には輪切の乳柑(くねんぼ)の皮の下に折 二本。月に霞はどでごんすといふかたちにすてゝ有。帋(かみ)く ずは物日の浴室の三方のごとく重ね。上草履は女護の嶋の入口にひ としくならべ。 小便所の嘔吐(ときやく)は落花のごとくちり。 仮母室(やりてべや)の火鉢は蛍火ほどに消のこり。梯の下には文 をならべ。門に塩を盛。雛伎(しんざう)の鬢、差逆(さかしま) に翻り。かむろの前髪横(よこつちよ)にみだれ。長々く寝短く伏 し。昨夜の西施は今朝の無塩。鼻のうす痘瘡(いも)。首茎(えり )の疵あくるわびしきかつらきの。かみの毛うすきまであらはにみ え。                            
 これは、山東京伝作洒落本『青楼昼之世界錦之裏』(寛政三年・ 1791刊)冒頭の、遊郭の朝の風景。長く深い江戸の闇の終わり を告げる、明け烏の声に暁の鐘の音。砧を打つ音、豆腐屋の呼び声 、生活の音。明六つの鐘が、庶民の活動がさあこれから始まる、と いう合図である。                      
 『青楼昼之世界錦之裏』は、「夜のおしごと」ギャルの、知られ ざる昼の生活風景を描く作品だ。夜の華やかな盛り場が錦の「表」 なら、明六つから夕七つに至る昼のそれは錦の「裏」。それがタイ トル「錦の裏」の所以である。だから、末尾の「七つ時」の鐘の後 は「是より錦の表とへんず。夜の景色のはなやかは。今まで多くあ り来りの小冊で御ろうじろ」と、作者はいう。「ここからは夜だが 遊郭の夜の華やかさは他の洒落本に山ほど描かれている。だから、 そっちの方を見ろ」というのだ。               
 昨夜の夢の跡。懸盤(食器をのせる台)やら杯の皿やら茶碗やら みかんの皮。折れた杉9は座敷の遊びのかたちに捨ててあるし、使 用済みティッシュは山のよう。遊女の草履がずらりと並ぶ様子は、 まるで女護の嶋の入口といった風情である。トイレには酔っぱらい の吐き跡。遣手婆の部屋では火鉢の炭がほぼ燃え尽き、梯子の下に はラブレターが散乱する。門には縁起かつぎの盛り塩。新造の鬢は ぐちゃぐちゃ、見習いの女の子の前髪もぐちゃぐちゃ、寝ているう ちに昨日の美女も今朝は醜女となった。明るいところでは、鼻には アバタ、襟首の傷跡、髪の毛が薄いのまではっきり見えてしまう。 ・・・・「錦の裏」は夢の裏。                
 そんな中、さすがに朝も凜として、その日のおつとめ仕舞に朝帰 りの客を送る全盛の花魁が登場する。ヒロイン夕霧である。彼女の 「錦の裏」はどうか。                    
 明六つの鐘に見送り。遣り手との挨拶、「まったく昨日は疲れち ゃったわよ」と愚痴もこぼす。寝相の悪い同僚に呆れつつ、廊下で は新造と客との口論が始まる。                
 五つ時。煙草を飲む。男髪結が来る。出入のさかな屋が来る。 
 四つ時には新造が起きる。風呂が沸く。小間物屋が来る。黒豆の 煮豆、ホタテの煮物、芋と油揚げの煮物でようやくの朝食。風呂に 入れば、呉服屋が来る。客に手紙も書かなければ。往来からはさま ざまな呼び声が聞こえてくる。大道芸人、鏡研ぎ、桜草売り、針金 売り、勧進の虚無僧。女髪結いが来たので髪を結う。物思い。  
 九つ時。着物を着替えて茶屋へ出る。料理の仕込みの音。戸棚に 隠した色男伊左衛門との密会。                
 八つ時。昼見世も出る。新造と歌がるたをしていると、伊左衛門 が発見されてしまう。袋だたきにされる恋人を眼前に涙にくれる。 しかし、伊左衛門の親からの勘当許しの手紙とともに夕霧身請け料 の五〇〇両が届いたではないか。夕霧・伊左衛門ともにありがたや と手を合わせれば、七つ時の鐘。               
 たぶん、現実には夕霧のようなドラマは滅多にない。客に一晩の 夢を見せる遊女の日中は、囲いの中の朦朧とした夢の裡にある。彼 女たちは、けだるい時間をとりとめのないおしゃべりに徒に費やし てゆくばかりなのである。                  
 いずれにせよ、詳細は、古典文学の全集などにしばしば所収され ている。今まで多くあり来りの原文で御ろうじろ。       
'96.9.4 文責 丁稚 熊吉