○流 行

 現代同様に江戸の人々も流行(はやり)廃れ(すたれ)には非
常に敏感に反応した。衣服の分野では、仕立て方・染めと柄・袂
の長短・着付け・帯の結び方等に流行があらわれ、時代によって
大きく変化を示す。最近のテレビ時代劇では総て江戸末期の流行
衣装で物語を見せられるが、時代別に異なった衣装で登場させて
欲しいものだ。とは言っても正保(1644)〜承応(1655
)の頃、若い男は現在女性が着用する振袖同様の衣装を身に付け
ており、そんなのがテレビ画面に登場すると、おかまと勘違いさ
れる懸念はある。ま、時代劇は歴史を語る芝居ではないので、そ
れは善しとしよう。                    
 江戸のファッションの発信地は遊郭と芝居小屋であった。人気
歌舞伎役者の女形が着用する目新しい衣装等は、すぐに評判とな
り、数日後には流行に敏感な商家の娘などは歌舞伎役者と同じ格
好をして町を歩いていたらしい。そんな流行の先端の一部を紹介
する。二代瀬川菊之丞の舞台から始まった色が路考茶(黄色に青
みを帯びた色)その帯の結び方が路考結び。岩井半四郎からは、
半四郎茶・半四郎鹿子などが一世を風靡したのであった。   
 また、遊郭吉原の花魁が身に着けているかんざし、櫛などの小
道具類も流行の一旦を担う、吉原に遊ぶ旦那連中は、娘や妾など
へのプレゼントは花魁のファッションからヒントを得たようだ。
江戸で有名な花魁は今で言うアイドル兼ファッションモデル的存
在なのだ。                        
 江戸流行ファッション総じて、ほっそり形の着こなしが好まれ
「伊達男の薄着」といわれるように、少し寒くても着込まずに、
身体をすっきり見せるのが「粋」とされた。