令和8年(2026)4月6日(月) 旧暦2月19日 友引
今朝の撮影 Data SONY α1 II Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG iPhone 17ProMAX 現像 Adobe PhotoshopLightroomCC 撮影枚数656枚
- 若葉見て 小さき形に春宿り 人も生まれてすでにその顔 -
日記の途中に打ち合わせが入り、更新が遅れてしまいました。 今日はあほまろの誕生日でございます。朝、外気温は15℃。春らしいやわらかな暖かさに包まれ、まるで季節そのものが、あほまろをそっと祝福してくれているかのようでございましたよ。 今年はいつもより長く楽しませてくれた境内のソメイヨシノも、やがて役目を終え、静かに葉桜へと姿を変えてまいりました。その隣では、まるで次の季節を受け継ぐかのように、イチョウの若葉が小さな顔をのぞかせておりましたよ。 まだ1〜2センチほどの、頼りなげにも見えるその葉ですが、よく目を凝らせば、すでに立派なイチョウの形をしているではありませんか。 あほまろは、その姿にふと人の成長を重ねてしまうのですよ。人もまた、幼き頃は小さく、未熟に見えながらも、その内にはすでに“その人らしさ”のかたちを宿しているもの。やがて風に揺られ、雨に打たれ、陽を浴びながら、少しずつ大きくなり、季節を重ねてゆく。 イチョウの葉が、今は小さくとも確かな形を持っているように、人もまた、どんなに若くとも、その人だけの姿をすでに携えているのでしょうね。 桜が去り、イチョウが芽吹くこの移ろいの中で、あほまろは、成長とは「何かを新しく得ること」だけではなく、「もともと内にあったものが、ゆっくりと現れてくること」なのかもしれない――そんなことを、しみじみと感じてしまう、今日の誕生日でありました。 「若葉見て 小さき形に春宿り 人も生まれてすでにその顔」(阿呆人也) あほまろは今朝も、いつものように伝法院の境内にて、密やかに幹桜の定点観察を続けておりました。誰に頼まれたわけでもなく、ただ「そこにある時間」を写し留めたい――そんな、少々ややこしいこだわりを抱えた散歩ですからね。 満開を過ぎ、花と葉の境目が曖昧になってきた幹桜。その微妙な移ろいを、あほまろは毎朝、まるで古い友人の顔色をうかがうように見つめているのです。 「今日は少し葉が勝ってきましたね」などと、誰にともなく語りかけながらシャッターを切る――端から見れば、ずいぶんと怪しい光景かもしれませんね。 そんな折でございました。背後から、不意に声がかかったのです。 「桜の花を撮るのは良いけど、桜はどこも同じなので、どこで撮ったのか分かるように撮らなくちゃ」 振り返ると、そこには高級カメラを手にした数名のおばちゃんたちと、その先頭に立つ若い男性が一人。どうやら千葉で写真教室をされている先生らしく、初心者にも本格的な撮影技術を教えているようでした。 さらに続けて、 「そのような写真で満足していては成長しませんよ。あなたもカメラ好きなら、基礎から学んだ方がいいですよ」 と、ありがたいご指導まで頂戴してしまいました。 おばちゃんたちも一斉に頷き、「そうよそうよ」と言わんばかりの空気。いやはや、先生と呼ばれる人は、あほまろのような年寄り――いやいや失礼、“年季の入った散歩人”に対しても、教育的指導は容赦なく降り注ぐものなのですね。 本来なら、「そうですか」と軽く受け流すのが大人の嗜みでございましょう。しかし、あほまろもつい出来心で、自分の目的――この幹桜を通して“時間の重なり”を記録していることを、ぽつりと語ってしまったのでございました。 すると、その中の一人のおばちゃんが、ぽんと手を打ってこう言いました。 「そういえば、早朝の浅草に来る前の事前調査で、「江戸ネット」ホームページを拝見しましたよ。あほまろさんって、プロの方ですよね?」 その瞬間、先生の表情が、まるで逆光の中でピントを外したかのように揺らいだのでございます。 そして、どこか気まずそうに、「それでは…」と一行を率いて去って行ったのでした。 残されたのは、再び静けさを取り戻した境内と、幹桜の淡い色だけ。あほまろは、思わず苦笑してしまいましたよ。 写真とは、誰かに教わるものでもあり、同時に誰にも教えられぬものでもある――そんな当たり前のことを、今朝は少しだけ実感したのでございます。 それにしても、あの先生、本当に先生だったのでしょうか。 いや、先生であってもなくても、あほまろにはあまり関係のないことでございますね。あほまろは今日もまた、誰にも評価されない幹桜を、ただ静かに撮り続けるだけなのですから。 「撮り方を 教える声に春散りて 写す心は風にまかせる」(阿呆人也) 誕生日のあほまろは、いい年をして、風まかせの写真を楽しんでおりますです。 今朝の日の出は午前5時21分。 誰にも気づかれず、ただそこに在り続ける風景――それこそが、この場所の何よりの魅力なのかもしれませんね。 今日の月は「寝待月」。 散り始めたハナカイドウ。 ボケの花。 境内の河津桜は、花の盛りを終え、代わって若々しい緑の葉が枝いっぱいに広がってまいりました。その葉のあいだからは、小さな実がそっと顔をのぞかせ、季節が次の章へと移ろいゆく気配を感じさせてくれているのですよ。 浅草神社のソメイヨシノは影向堂よりも満開を保っておりました。 おはよう益美さん。 おはようございます。今朝は開門5分前にやって来た、野崎さん、高橋さん、五味さん。 おはよう陽子さん。誕生日のプレゼントありがとう。 子育地蔵さま、わが家の子どもたちと猫の安全をお守りください。 奥山の奥に移動された「日本のナイチンゲール」と称される瓜生岩子像。 春の境内をご覧下さい。 影向堂のソメイヨシノは葉桜となってきました。 イロハモミジはやわらかな若葉が増えてきましたよ。 定点観察を続けているソメイヨシノの、可憐な幹桜。千葉の偉い先生に叱られても、あほまろはこの幹桜がことのほか好きで、毎朝その様子を欠かさず見届けているのでございます。 昨年から落ちずに、いまだに枝にしがみついているソメイヨシノの四枚の葉。いったいどこまで踏ん張ってくれるのかな、頑張ってください。 「散りそびれ 時の流れに 抗(あらが)いて 幹しがみつく 意地の四枚葉」(阿呆人也) 境内の木々はすべて伐採され、いまは一帯を平らに整える整地工事が進められております。かつては木々に包まれたつつじのあの場所も、いまやその面影はすっかり消え失せ、広々とした空だけが静かに広がっているのでございます。 あほまろは今日も秘密基地でダラダラ過ごしますよ。 ------------------------------------------------------- 夕べの睡眠は80%でした。 おはようヒロちゃん。 今朝の朝の朝食は、野菜とハムとタマゴにチーズを乗せたクルミパン。デザートはデコポンとイチゴ。 妻のコレクションは、誕生日プレゼントを並べて、レアちゃんと千草ちゃん。 昨日の東京スカイツリー。 あほまろお帰りなさい。 夕べの夜の夕食の晩ご飯は、駅で買った鳥取の蟹すし。デザートはミカンと桜餅。 妻のコレクションは、アスリーちゃんと江里子さん。 Memo iPhone 16 ProMAX ------------------------------------------------ Hasselbladの一億画素の写真機をお借りしていることもあり、昨日はかつて住んでいた千鳥ヶ淵へと足を運び、満開の桜を眺めながら、懐かしい道をゆっくりと歩いてまいりました。 九段の田安門から大勢の方が出て来られました。武道館で、どこかの大学の入学式が行われたようで、みなさんリクルートスーツでしたよ。 あほまろは浅草に越してくる前、千代田区一番町に住んでおりました。桜の名所として知られる千鳥ヶ淵は、毎朝、愛犬ナナちゃんとともに歩いた、実に懐かしい散歩コースでございます。 もっとも、この季節ばかりは事情が少々異なりまして、人出が一気に増えるため、ナナちゃんも落ち着かず、あほまろもつい「いっそ桜など咲かなければいいのに」などと罰当たりなことを思ったりしたものでした。風情よりも静けさを優先したい気分になるのも、日々を暮らしていた者ならではの本音でございますからね。 それでも、時を経てこうして振り返ると、やはりあの場所はかけがえのない思い出の詰まった場所であり、懐かしさがじんわりと胸に広がってまいりますよ。 先日、古木の倒木がニュースになっておりましたので、もしや毎日目にしていたあの一本ではないかと一瞬胸がざわつきましたが、どうやら別の木とのことで、ほっと胸をなで下ろした次第でございます。 倒れたのは、どうやら写真に写っているあの木のようで、周辺は立ち入り禁止となっておりました。 それでもなお、倒れたその姿のまま、満開の桜は見事に咲き誇っていたのです。 根を失い、かたちを崩しながらも、最後まで花を咲かせるその姿に、あほまろは思わず足を止めて見入ってしまいました。 散りゆく運命を知りながらも、なお美しくあろうとする桜の姿――それはどこか、人の生き様にも重なって見えるのでございます。 物客の半分ほどは、桜を目当てに訪れたインバウンドの方々で、周囲にはさまざまな言葉が飛び交い、まるで世界の縮図のような賑わいでございました。 そしてやはり、どこへ行っても避けて通れぬのが「写真を撮ってください」のご依頼でございます。 それがまた実に多く、混雑で名高い浅草以上ではないかと思うほどで、あほまろもすっかり“即席カメラマン”として大忙しでございました。 帰りは半蔵門から、お堀を眺めながらゆっくりと歩き、久しぶりに皇居にも立ち寄ってまいりました。 思い返せば、この場所に足を運ぶのは、実に20年ぶりになるのかもしれません。時の流れというものは静かでありながら、こうしてふとした瞬間に、その長さをしみじみと感じさせてくれるものですね。 そして、東京駅から戻ってまいりました。 上野駅はまだ工事中でした。 Memo HASSELBLAD X2D II 100C HASSELBLAD XCD 2,5/38V