あほまろとモモちゃんの今朝の浅草日記
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今朝の撮影 Data

SONY α1 II
Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG
iPhone 17ProMAX
現像 Adobe PhotoshopLightroomCC
撮影枚数
436

- 無数なる可能態より選ばれし 今朝の答えはただの寝坊よ -

日記写真

 天皇誕生日の今朝は、にわか雨に見舞われました。「降り止むまで、もう少しだけ…」と布団の中で言い訳をしながら、つい二度寝をしてしまったあほまろでございました。
 その結果、いつもの散歩の時間が一時間も遅れて、早朝に出会うワンちゃんたちとはお目にかかれず、散歩コースもやむなく短縮。境内の朝の表情も、どこかよそよそしく感じられましたよ。

「春雨に負けて二度寝の天長節 犬に会えずに時だけ過ぎる」(阿呆人也)

 とはいえ、昼間は一転して晴れ、暖かくなる予報です。東京では朝からすでに15℃と気温が高く、日中は22℃まで上がるとのこと。春を先取りしたような陽気になりそうですね。
 ただし、気温が上がればスギ花粉も勢いを増します。万全の対策が欠かせません。さらに、昨夜から今朝にかけては黄砂も日本の上空に飛来しているようです。目や喉への影響にも注意が必要です。
 春の気配はうれしいものの、花粉と黄砂の二重奏には少々身構えてしまうあほまろでございました。
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 夕べのあほまろは、少々、いや、かなり難しい本に手を出してしまいましたよ。
「量子力学」の“重ね合わせ”や“もつれ”といった、聞いただけで頭がこんがらがりそうな不思議な性質を利用し、従来のコンピューターでは到底かなわぬ膨大な組み合わせ計算を、一気に解いてしまおうという次世代の「量子コンピュータ」の仕組みを読んでしまったのでございます。
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 原子よりも小さな“粒子の世界”には、われわれの日常とはまるで異なるルールがあるようですね。
 そこでは、ひとつの答えがひとつの形で存在するのではなく、無数の可能性が同時にゆらぎながら共存し、干渉し合い、もつれ合い、やがて“正しい答え”が水面に浮かび上がるかのように現れる――。
 なんとも詩的で、しかし恐ろしくもある世界でございます。
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 現在のコンピューターが、「人間が設計した論理と回路」によって一歩一歩、階段を上るように計算を進める存在だとすれば、量子コンピューターは、「自然そのものがもつ情報処理のリズム」に身を委ねる装置、とも言えるのでしょう。
 複数の可能性がゆらぐまま共存し、それらが干渉し合い、もつれながら最適解へと収束していく――。 あほまろには、それがまるで宇宙の深層に刻まれた“無数の可能態”と、人類とを結ぶ“見えない結び目”のように思えてなりませんでしたよ。
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 しかし、でございます。

 量子コンピューターの急速な技術発展や、それがもたらす未来――暗号が破られ、セキュリティの常識が崩れ、世界の構造さえ書き換わるかもしれぬという話を読み進めるうちに、不安と興奮が入り混じり、あほまろの脳みそはすっかり覚醒してしまったのでした。
「重ね合わせ」だの「もつれ」だの、言葉を追えば追うほど、こちらの神経まで“もつれて”しまうではありませんか。
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 本来ならば、寝る前は情報を遮断し、副交感神経を優位にして、穏やかな気持ちで床に就くべきでございます。
 それを、量子のゆらぎを読みながら布団に入るなど、まことに無謀な行為でありましたね。
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 やはり、「今はただの技術」と割り切る冷静さが必要なのでしょうね。自然の深淵に手を伸ばすには、あほまろの脳で理解するのは少々無理があるようですから。
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 その結果どうなったかと申しますと――、今朝は見事に一時間のお寝坊でございました。
 量子の世界では時間も相対的なのかもしれませんが、目覚まし時計は古典物理学に忠実でございます。容赦なく現実を突きつけてくるのでありました。

「重ね寝て 量子の夢にもつれたり起きれば現(うつつ)時計は古典」
「無数なる可能態より選ばれし 今朝の答えはただの寝坊よ」(阿呆人也)
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 あほまろが毎朝歩く、浅草寺の裏広場には観光客の喧騒も届かず、ただ静かな空気が流れる、とっておきの場所でございます。
 今朝は遅くなり日の出近くになりましたが、人知れず「時間の重なり」をそっと見せてくれておりましたよ。新しい一日の光の中に、過ぎ去った無数の朝が、まるで量子の夢に溶け込んでいるようでした。
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 新しい葉が芽吹き始めても、枝先にはなお昨年の実を手放さず残しているハナカイドウの実。過ぎた時を静かに抱え続ける姿も、量子のもつれなのかも・・・。
 あぁ、量子力学も脳裏にくっついたままの、バカなあほまろ。
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 雨に濡れる河津桜。
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 今朝の日の出は午前6時19分。
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 あほまろは、母子地蔵さまの裏手に咲く白梅が、夕べからの雨に打たれて花をこぼした――その光景を、ふと量子力学の目で眺めてみたのでございます。
 量子の世界では、「重ね合わせ」という不思議な性質がございますね。粒子は、観測されるまでは“ここにある”とも“そこにある”とも定まらず、いくつもの可能性を同時に抱えてゆらいでいると申します。

 白梅の花びらもまた、落ちる前までは、
「まだ枝にある未来」
「雨に打たれて散る未来」
「風に乗って遠くへ舞う未来」

「枝にあり 地にもありけり白き花 ゆらぐ世界を地蔵のみ知る」(阿呆人也)

 その無数の可能性を、静かに“重ね合わせ”ていたのかもしれません。
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 そして、夕べの雨という出来事が“観測”となり、その可能性の波は一つの現実へと収束した――。
 枝から離れ、地に降りるという“答え”に。
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 さらに量子には「もつれ」という現象もございます。遠く離れた粒子同士が、見えない糸で結ばれたように、瞬時に影響し合うというあの性質でございます。
 考えてみれば、あの白梅と、あほまろの心も、どこかで“もつれて”いたのではありますまいか。
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 花が散ると、あほまろの胸の奥が少しだけ静かになる。
 花が凛と咲くと、あほまろもまた背筋を伸ばす。
 自然と人の心が、目に見えぬ量子的な“結び目”でつながっているとしたら、これは実に詩的なことでございます。
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 古典物理学で申せば、「雨が降ったから花が落ちた」――、因果は明快でございます。
 しかし量子的に眺めれば、「落ちる可能性が波のように揺らぎ、雨という観測によって現実が選ばれた」とも言えるのでしょうね。
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 そう考えると、散った花もまた“消えた”のではなく、別の形の存在へと状態を移しただけなのかもしれません。
 量子のゆらぎも、春のゆらぎも、結局は自然の大きな流れの中で静かに収束していくもの。

「雨粒を観測と見て梅散れば 波は収まり庭に春あり」(阿呆人也)

 あほまろの理解力は相変わらず古典的でございますが、花が散るその瞬間にも、宇宙の深層のルールがひそんでいると思えば、雨上がりの境内が、少しだけ広く見えてくるのでございます。
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 今朝も、ビクトリー君は律儀にやって来ましたよ。 まだ境内が完全には目覚めきらぬ時間、あほまろの前に、あの小さな身体がふわりと着地する――。まるで毎朝の出来事が、あらかじめ宇宙のどこかに書き込まれていたかのようでございます。
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 これを量子力学で申しますと、実に面白いのでございましょう。
夜のあいだ、ビクトリー君は

「来るビクトリー」
「来ないビクトリー」
「別の棚に降りるビクトリー」
「境内を素通りするビクトリー」

 その無数の可能性を“重ね合わせ”の状態で抱えていたに違いありませんね。
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 そして、あほまろが境内に立った瞬間――観測が行われたのでございます。
 そのとき、波のようにゆらいでいた可能性が一気に収束し、現実はただ一つに定まりました。
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「今日も来るビクトリー君」。
 これぞ、波動関数の収縮でございます。
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 さらに考えれば、あほまろとビクトリー君は、すでに量子的に“もつれて”いるのかもしれません。
 あほまろが散歩に出れば、ビクトリー君が現れる。
 あほまろが寝坊すれば、どこかで首をかしげているかもしれない。
 距離に関係なく、心の状態がどこかで連動しているように思えるのです。まさに「もつれ」でございますね。
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 古典物理学で言えば、
「鳩は餌をくれる人のところへ来る」
 それだけの話でございます。
 しかし量子的に見れば、「観測者と被観測者が相互に影響し合い、存在を確定させている関係」。
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 ビクトリー君の赤い瞳がこちらを見つめる瞬間、あほまろもまた、“観測されている粒子”なのかもしれません。

「来るか否か 波にゆらぎし朝の鳩 観測すればそこに君あり」

 量子の世界では、偶然と必然の境目は曖昧だと申します。しかし、あほまろにとっては、今朝もビクトリー君が来た――それだけで十分に宇宙は整っているのでございます。
 もしかすると、宇宙最大の安定解は、「毎朝の小さな再会」なのかもしれませんね。量子力学をこうして日常に引き寄せてみると、難しい理論が、なんとなく肌触りを持って理解できる気がしてまいりますね。
 もっとも、厳密な物理学者に言わせれば、「それは比喩であって、理論そのものではない」と叱られるかもしれません。ですが、あほまろは思うのでございます。
 人間が理解できるということは、まず“たとえ話”から始まるのではないか、と、頭の悪いあほまろは思ってしまうのでありました。
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 今朝も早朝から、多くのインバウンドの方々が境内を訪れておりました。雨上がりにもかかわらず、大提灯の下で記念写真を撮る姿があちらこちらに見られ、浅草の一日は世界とともに始まっているのだと実感いたしましたよ。
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 中村さん、おはようございます。
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 今朝は開門3分半前にいらっしゃった、山本さん、野崎さんと高橋さん。
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 子育地蔵さま、わが家の子どもたちと猫の安全をお守りください。
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 奥に移動された「日本のナイチンゲール」と称される瓜生岩子像。
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 春の境内をご覧下さい。
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 まだ寂しいイロハモミジ。
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 こちらも寂しいソメイヨシノ
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 昨年から落ちずに、いまだに枝にしがみついているソメイヨシノの四枚の葉。いったいどこまで踏ん張ってくれるのかな、頑張ってください。
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 境内の木々はすべて伐採され、現在は一帯が平らに整地される工事の最中です。かつての木立の面影はなく、広々とした空だけが静かに広がることでしょう。
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 あほまろは今日も秘密基地でダラダラ過ごしますよ。
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 おはようヒロちゃん。
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 今朝の朝の朝食は、お肉の野菜炒めとゆで卵にクロワッサン。デザートはイチゴと柿。
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 妻のコレクションは、天皇誕生日を祝う、花子さんとローズさん。
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 昨日の東京スカイツリー。
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 あほまろお帰りなさい。
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 夕べの夜の夕食の晩ご飯は娘が買ってきた、エビチリ、マーボー豆腐とフカヒレスープ。
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 妻のコレクションは、ルナちゃんとモミジちゃん。
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Memo
iPhone 16 ProMAX

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