あほまろとモモちゃんの今朝の浅草日記
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平成23年9月11日(日) 旧暦8月14日先負

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○ 今朝の浅草寺境内

○ 今朝のワンちゃん
○ 今朝のネコちゃん
今朝の撮影 Data
Canon EOS 5D Mark II
Canon EF24-105mm F4L IS USM
Canon EF
70-200mm F4L IS USM
現像 Adobe Photoshop Lightroom
3
撮影枚数
638

- 青春デンデケデケデケ -

日記写真

 今朝も暑かった残暑。寝不足のあほまろとナナちゃんもバテバテでしたよ。
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 ニューヨークで起こった同時テロから、今日で10年目を迎え、東日本大震災からは、ちょうど半年が経つのですね。時間が経つと人間の記憶も忘れかけてしまうのですが、このような節目を報じるマスコミなどによって、過去の恐怖と混乱を再認識させてくれる。これが「記念日」の大切な意義でもあるのでしょう。
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 東日本大震災は、半年が経ってもまだまだ記憶が新しい出来事ですね。事務所で仕事中を襲った地震、あの時の記憶は今でも鮮明です。その時事務所に居た三人、ブルブル震えるナナちゃんを抱きかかえながら大揺れの室内の中央にしゃがみ込み、「あぁ、とうと関東大震災が襲って来たんだ、もうダメかも知れない・・・」。たぶん生まれて始めてそんな恐怖を持ってしまったのです。
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 部屋中の本棚が倒れても、更に揺れが続いている。とりあえず部屋の中心に集まったのは良いんだけど、なぜ、すぐに外に逃げようとはしなかったのでしょう。今、思うとあほまろ以外の二人も「もうダメかも知れない・・・」と、諦めの気持だったのかも。
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 とっさの時に何も出来なかった。というより、次の行動をえられなかったと言った方が良いのかも。弟子の古麻呂がとりあえず外に逃げましょうと言い出したのは、地震の第一波が収まってからでしたよ。
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 もし、もしも再びあのような揺れがやって来た時には、たぶん何も考えずナナちゃんを抱いて外に避難することでしょう。我々にとっても貴重な経験だったのですから。過去の恐怖と混乱を再認識させてくれる「記念日」、これからも必要な行事になっていくのでしょう。
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 昨日は、横浜北仲スクール(横浜文化創造都市スクール)に於いて、脚本家の石森史郎氏のシンポジュームが開催されました。
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 石森史郎氏といえば、映画を70本以上も執筆した脚本家の大御所で、あほあろにとっては雲の上の存在です。それが、このようなシンポジュームで、おまけに北海道出身の同郷のよしみも手伝って、すっかり打ち解け合ってしまいました。
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 シンポジュームは、石森史郎氏脚本で、大林宣彦監督が映画化した「青春デンデケデケデケ」を上映後、映画のストーリーと表現についてのディスカッション。古い映画とは、何年代以前のものを指すのかは人によって違うと思いますが、今回の参加者のほとんどが大学一年生だったこともあり、古き良き時代の地方都市の風景に、オシャレな風景だったとの表現を聞くと、ストーリー以外、いろんな意味で刺激になったことでしょう。

 あほまろの感想は、映画とは、興業として完璧になればなるほど観客の意識を閉ざされた世界の中に誘導するのを意図して創られるもの。しかし、その完璧を何処に求めるのかは監督の腕次第。この映画の完璧とは、物語や人間関係より、ロックミュージックに重点を置いたことに他ならない。よって、音楽が完璧であれば良いだけの青春映画にしか見えて来なかったんだよね。

「青春デンデケデケデケ」
 芦原すなお原作。1990年に第27回文藝賞、1991年には第105回直木三十五賞(直木賞)を受賞し、1992年には同名にて大林宣彦の監督で映画化された。
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 石森史郎氏は北海道出身であほまろと同郷、シンポジューム終了後の北仲スクール恒例(?)のちゃんこ鍋パーティで、脚本を書く上で苦労するのが、方言でしか伝えられない感情を表現するための言葉、北海道から上京して60年以上も経つのに、今でも最初に北海道弁が脳裏に浮かんでしまうんだって。

 はんかくさいしょ、何もさ・・・。

 昭和6年生まれの80才で、現役ですよ。
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 北仲スクールは、室井尚教授が中心になって、横浜国立大学、横浜市立大学、東京藝術大学、神奈川大学、関東学院大学、東海大学、京都精華大学が協定し、ワークショップ形式の講座で単位が得られる、一風変わった学校なのですが、いつもパーティをしているワケではございません。
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