あほまろとモモちゃんの今朝の浅草日記
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平成22年5月9日(日)
- 母の日 -

日記写真

 今朝は昨日より気温は低いようですが、涼しくて爽やかな散歩日和でしたよ。浅草の三社祭まで、後一週間と迫りましたが、雷門前には祭半纏を着た若者数名が、ソイヤ、ソイヤ、オラ、オラと、奇声をあげていましたよ。みんなが揃ったら、下谷神社の宮出しに行くといってましたよ。

 良く言われるお神輿を担ぐ時にかけ声、本来は「ワッショイ・ワッショイ」が正しいようですが、重さを堪えて力が入って来ると、いったい何て言っている、まるで悲鳴のようなかけ声に変化しているのですよね。

 祭り特集の雑誌に興味ある記事を見付けました。

 富岡八幡宮神輿総代連合会の幹事長、高橋さんによると「昭和40年代、東京では祭りが下火になった時、東京以外の祭り同好会の人たちが盛り上げてくれ、その時のに“そいや”、“せいや”というかけ声が使われるようになったらしい」とのことでした。本来「神輿」は、神様の魂を載せた神聖な乗り物だったので、静かに運ぶものだったそうです。

 また去年、TBSラジオで永六輔さんも、よそ者がかけ声を変えてしまったのが残念と言ってましたね。とはいっても、今更、かけ声は「ワッショイ・ワッショイ」に統一しなさい。なんてお達しを出したとしても、今となっては、従う人なんて居ないでしょうね・・・。
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 『母さん、私は優しい子どもたちに恵まれて幸せな母の日を迎えましたよ・・・』、ラジオから流れる天国の母に贈る「母の日のメッセージ」です。あほまろが始めて「母の日」にプレゼントをしたのは、忘れもしない鎌倉彫の下駄でした。ありがとうと、言われたかどうかは忘れましたが、「私には、ちょっと大きいんじゃないの」、その言葉だけがしっかり脳裏に残っているのです。あの時、母は喜んでくれなかったのかな・・・、そう感じてたっけ。

 6年前に母が他界し、家の荷物を整理していると、真新しい鎌倉彫の下駄が出てきたのです。箱には、日付と、「息子から始めてのプレゼント」と、墨書きがされてました。母は使わず、ただただ眺めていたんでしょうね。もっと早く見付けていたら母と一緒に、天国まで持たせてあげたのに・・・。

 「母の日」になると想い出す。天の邪鬼の母親でも、あの下駄で、ちゃんと感謝の気持ちが伝わってたんだと、勝手な想像をしているんですよ。
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