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あほまろとモモちゃんの今朝の浅草日記

平成18年9月6日 (水) 旧暦閏7月14日友引

- 松屋75周年 -

日記


『今朝の浅草』
 皇室に41年ぶりに男の子が誕生しましたね。
マスコミ各社が特集番組を組んでお世継ぎの誕生に湧いています。そもそも、それまで騒いでいた皇室典範の改訂論議もぶっ飛んでしまった背景には、紀子さまは懐妊が明らかになった時点で男の子であることを関係者が承知していたことなのです。神のみぞ知るであった太古の昔じゃあるまえし、解っていながら知らないそぶりの関係者もこれで胸を撫で下ろしているでしょうね。

 順調に育てば、皇位継承順位は皇太子さま、秋篠宮さまに次いで第3位。この子が天皇陛下に即位するのはおよそ40〜45年後
、その頃まで今のままで日本の皇室が存続しているのでしょうかね・・・。あほまろは、草場の影で楽しみに見守っていますよ。
 お子さまの名前は12日の「命名の儀」で決まるそうです。何はともあれ、日本皇室の存続、おめでとうございます。
   
 昭和6(1931)
、浅草松屋デパートが開業してから、今年で75周年を迎えます。この頃の浅草では、エノケンが始めた「アチャラカレビュー」やら、扇情的で露出的な馬鹿馬鹿しい舞台や言動を指す「エロ・グロ・ナンセンス」、アメリカ映画の影響で、「オッケー」「オンパレード」など、日本でやたら横文字言葉が流行り、個人の海外旅行も認められるようになったのでした。お金持ちはこぞってアメリカに出かけ、「アメション」などの言葉も流行したのです。これは、まるでアメリカに小便をしに行っただけと、短期の洋行を冷やかした言葉でもあったのですが、渡航した本人にとっては名誉な言葉として自慢げに使っていましたよ。
 実は、あほまろの祖父もアメリカの話題が出るたびに、“俺はアメションに行ったことがある”と、自慢してたっけ。

 そのようなアメリカかぶれから、日本橋の高島屋ではアメリカの10セント・ストアを真似て、全商品が十銭均一の十銭ストアなんてのもオープンしたのデス。今で言う100円ショップの前身のように思うでしょうけど、当時の十銭とは、現在の1500円以上の価値だったのですよ。百貨店なので、高級品が安く買えるお店だったのでしょうね。

 浅草松屋デパートでは、開店記念として屋上に、当時は馴染みのない横文字を使った「スポーツランド」と称した遊技場を開設したのです。実にユニークなネーミングは、それ以降に開設する遊園地の代名詞にまでなったのでした。
 余談ですが、明治40年に今川橋松屋呉服店が創り出した「バーゲン・デー」「バーゲン・セール」、これも松屋の造語から始まった言葉だったのです。
 松屋浅草店のギャラリーでは、11月1日から75周年記念イベントが開催されます。あほまろも手持ちの資料を提供する予定で準備をしているのです。期日が近付いたら詳細をお知らせすることにしましょう。
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『今朝の雷門』
 これから雨に予報ですが、まだ大丈夫と傘を持って出かけなかったのですが、雷門前でちょっと降られてしまいました。小雨程度でしたけどね。
   
   
  
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『今朝の一写』
 台湾から娘に逢いにやって来たというお母さん、なんと、浅草寺本堂内で待ち合わせているのだそうです。なぜそうなったのかの理由は知れませんが、約束の午前7時半になってもやって来ない娘を案じ、可愛そうに、何度も階段を行ったり来たりしてましたよ。無事に逢えたのでしょうかね・・・。
 今朝の一写は、不安そうな顔のお母さんの姿を失敬しました。
  
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『今朝の境内』
 今にも雨が降り出しそうですね。この時間、神奈川県では大雨洪水警報が出ているので、やがて東京も影響を受けるでしょうね・・・。
   
 境内の一部が掘り起こされています。ここも水はけの悪い箇所なので、秋の菊花展に向けて、下水を完備するための工事なのでしょうね。
   
 落ち葉が増えて来た向前の庭です。石橋の落ち葉、秋そのものですね。
   
 影向堂前には、いつものワンちゃんたちが大集合。
   
 浅草神社の境内もワンちゃんのたまり場なのです。でも、最近はウンチをそのままにして帰る輩も・・・、「こんなのが見付かると入れてもらえなくなる」、愛犬家みんなで片付けてあげるのです。身勝手な愛犬家のために、みんなが苦労しているんですよ。
   
 浅草の神田。稲の葉も色付いてきましたね。
   
 どうです、見事な稲穂でしょう。これって、刈り取ったら食べるのでしょうかね。 
   
 浅草松屋と同じ時期に浅草の中心に出来た「地下鉄ビル」も取り壊されてしまって、跡地に新しいビルが出来るようです。
   
 浅草松屋が入っているこのビルの大家さんは、東武電鉄なのです。ここも狭くて古くなったので、建て替えるのでしょうかね・・・。
   
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 浅草に直接関係の無いお話も多いですが。ここは、あほまろの呟きですかね。

『今朝の余談』
 
昨日、江戸東京博物館で「始皇帝と彩色兵馬俑展」を観てきました。数年間に上野の国立博物館で同様の兵馬俑展が開催された時には、入場するのに1時間以上も待たされたほどの大盛況だったのですが、今回はどっちかというとガラガラ。のんびりと見学するとこができました。
 何でも始めての時は群がっても、二度、三度と繰り返されるうちに当たり前になってしまうんでしょうね。でも、今回の展示は、1999年に発見された彩色兵馬俑の実物、これが日本で公開されるのは始めて、とっても珍しい物なのですよ。
   

 兵馬俑の展示は撮影禁止だったのですが、常設展示は写真OK。これは、浅草寺旧本堂の大棟部分の復元です。関東大震災でも倒れなかった本堂も、東京大空襲によって鬼○米に焼かれてしまった瓦の一部を使った復元なのです。中央の鬼瓦が当時のまま残っていたのです。
   
 猿若町に有った「中村座」の表部分の復元です。今、これを再び浅草に造ろうとの運動が盛り上がっているのですよ。
   
  
 六区の電気館の大型模型です。立派な造りだったのですね。当時、「電気」は、ハイカラを意味する言葉だったそうです。
   

 浅草12階、凌雲閣の1/5の模型です。模型とはいえ大きいですね。
   

 おまけ、帰りに総武線のガード下に描かれた絵を見ながら歩いていると、こんな落書きを見付けました。「田中しの しね」、不思議な絵に不思議とマッチしていたような・・・。田中しのさんって、お婆さんなのかな?
   



今朝の写真
Panasonic DMC-L1 LEICA D VARIO-ELMARIT F2.8-3.5 14-50mm
OLYMPUS ZUIKO Digital 7-14mm F4 / 50-200mm F2.8-3.5

撮影枚数49枚

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