平成16年(2004)7月17日 土曜日
- 初音小路 -

 暑い暑いといっても、その暑さもどんどん緩んできたような。今朝なんて暑い
中にも爽やかさをも感じるのです。これも、身体が暑さに慣れてしまったのでし
ょうかね。
 浅草寺裏広場では、8月に行われる「薪能」の桟敷造りが始まりました。この
桟敷席、どこからでも舞台が見られるように競技場の観客席のようにせり上げた
造りなのです。ですから、とっても時間がかかり大変な作業なのですよ。
 およそ1月かけて造られる舞台と観客席ですが、これが当時雨でも降ろうなら
、ここでも開催が中止されて会場を浅草公会堂に移して開催されるのです。そう
なったら、焚き火も出来ず、名ばかりの「薪能」になってしまうんですよ。
 残念ながら、過去あほまろが観劇する時、必ず雨が降って中止になってしまう
んですよ。今年ははたして本物が見られるのでしょうかね。
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 古い写真を見ると、かつて瓢箪池のほとりの藤棚の下に並ぶ屋台。瓢箪池は観
音堂再建のために終戦後、埋め立てられ払い下げられた。それがそのまま残って
しまったかのように佇む「初音小路」。十数軒の飲み屋が軒を並べるこの辻、昭
和から平成にかけてのバブル期を席巻した“再開発の嵐”を逃れ、連日の観光客
で賑わう境内と遊戯場・娯楽施設の林立する旧六区との中間に位置しながら、な
かば時でも停止したかのように生き残れたのは、観音様の加護があったのかもし
れない。
 浅草を取り上げるテレビ番組や、浅草を舞台とする映画などにも何故か必ず登
場するこの「初音小路」。最近では、NHKの連続テレビ小説でもここが使われ
たのをご存じの方も多いでしょうね。
 でも、この「初音小路」に最近ちょっとした異変が起こっているのだそうです
。戦後ここでスナックや小料理屋さんを営業していた方々も高齢になり、せっか
く手に入れた営業権を外国人に転売する店が増えたそうです。おけげで、夜にな
ると、フィリピン人や韓国人のお姉さん達の客引きも目立つようになったのです
よ。
 映画館でもなんでも今に比べるとひどく汚なかったし、町幅も狭く、いたると
ころに路次があって、迷宮のようで、そこに汲めどもつきぬ魅力があった。いく
ど浅草へいっても、どこかにまだ知らない秘密の場所があるという感じがしてい
た。路次をぐるぐる廻っていると、あっというような珍しいものに出くわすので
はないかという期待があった。
 江戸川乱歩さんが言うように、浅草の浪漫を求めて来る人々は、未だに“どこ
かにまだ知らない秘密の場所”を探しているのです。そんな時に出会うこの「初
音小路」、小ぎれいに整理されたカウンター越しに、うなじの綺麗な後家さんが
“いらっしゃいませ”って声をかけてくれるのを期待できなくなってしまったよ
うですね。
 今朝、久しぶりに「初音小路」を歩いてみました。ここに立つことの悦びとせ
つなさは、部屋の中か聞こえてくる韓国語の会話と共に、正に浅草の消失点なの
でしょうね。
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 モモちゃんの歯が抜けてから、食欲が無くなり毎朝のお通事が不規則になって
しまいました。毎日流動食を作ってあげているのですが、昔のようにポリポリ、
カリカリと音を立てて食事をするモモちゃんの姿を思い出すと、悲しくなります
よ。あほまろとモモちゃん、年寄り揃っていつまで生きていられるのでしょうか
ね。

今朝の写真
SONY DSC-F828
撮影枚数28枚