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| ボ ー ト ピ ア が 浅 草 を 救 う は じ め に━浅草の将来の方向で何を選択するか━ JRAウインズが建設されて15年ぐらいになるであろうか。その以前は新世界ビルが建ってい た。1、2、階はみやげ物の店舗があり、3階から上はジャズ喫茶、キャバレー、レストラン、ゲー ムコーナー、その他、屋上にはプラネタリュウム等、いわゆる遊び場の雑居ビルと云ったところだ った。その以前はひょうたん池が存在し、繁華街の中の休息、憩いの場としての役割を担っていた。 浅草が、繁華街として位置付けられているならば、なぜ、新世界ビルがなくなってしまったのか。 いろいろな原因が考えられるが、端的に表現すれば、興行街の衰退で採算が取れなくなったことと、 そのビル自体に客の吸引力が無くなったことであろう。このことは繁華街としての浅草が喪失して いったことを意味している。 私達は今、真剣にかつての浅草の過去を検証し、浅草を再び繁華街として再生していこうとする のか、現在見られるようにマンション化が進み、回遊性の乏しいまちで良いのか、まず選択するこ とである。まさにボートピア建設の是非はその岐路に立つ重要な問題を秘めていると認識せざるを えない。 以下、私は繁華街、歓楽街として浅草を発展させることを前提に、ボートピア建設の必要性につ いて提言いたしたい。 浅草仲見世界隈と西部地区の興行街の因果関係について 最近、浅草が衰退していく原因に、表の仲見世が早く閉まってしまうからだとよく耳にする。答 えは簡単である。午後6時過ぎるとお客がいなくなり、店を開けていても人件費との比較で合わな いからである。なぜ6時過ぎにお客がいなくなったか、昔はお客はその時間はまだ映画館の中にい た。映画を楽しんでお腹が空き、飲食店に立ち寄った。さらに夜の仲見世の明かりも下町の活況を 感じさせて、十分に商売になった訳である。 興行街が盛んだった頃の浅草は、観音様に訪れた観光客と、映画を見にきたお客とに相乗効果が 働いた。仲見世界隈と興行街地区がお互い助け合っている関係になっていたのである。 しかし、現在では観光客とギャンブル客の相乗効果が期待できないところに仲見世界隈の方々の 不満が感じられるのである、ギャンブル客はほとんどが男性で仲見世界隈で買い物はしない。観光 客とは明らかに雰囲気が異なり、異質、異様ささえ感じさせる。このことから観光客に及ぼす影響 を懸念してのギャンブル反対と受け止める。自分達の顧客を守ろとすることは当然といえば当然と 理解できる。だが、突き詰めていくと、現実的な具体性のある対案を示さない限り、所詮自分さえ 良ければという独り善がりのエゴイズムと受け取られる。 一方、西北部の方々が観光客に対して配慮していないとするならば、そのボートピアの建設もエ ゴイズムであると受け取られる。観光客に充分配慮し、今後の浅草及び台東区のあるべき姿 を模索し、総合的に発展していきましょう、これが「西北部を考える会」の主張だと認識 する。そのための財政の裏付け部分が1.5%の環境整備のための資金提供なのである。現在、 浅草の夜は楽しい街の雰囲気は無くなってきている。私は、この資金が公平に有効的に使われるこ とが極めて重要なことであり、このことがうまく機能することによって、繁華街浅草をよみがえさ せる起爆剤になることを確信している。 現在一昼夜を通して最も楽しい街はラスベガスと云われている。カジノに支えられ、ショービジ ネス、遊園地があり、アウトレットショップ、ブランドショップ、プール、スパ、エステサロン、 スカイダイビング、バンジ−ジャンプ、熱気球、ゴルフ場等、様々な楽しみを提供させている。ま た、宿泊は極めて低価格で、飲食も安価である。カジノの収益が低価格を生んでいる。さらに、ラ スベガスの治安維持は確立され、安全で秩序が保たれている街となっている。ラスベガスの歴史も 当初はマフィアが介在したが、多くのプロセスを経て今日の発展を見せているのである。はじめは 賭博のみ主流であったが、ギャンブルに携わる人々が秩序維持の重要さを認識し、意識の高揚等で、 ギャンブルの負の部分を抑えスマートに遊ばせることに心がけ、他の娯楽施設を徹底的に整備し、 今日ではカジノと共に、それ以上に、多くの娯楽に支えられたラスベガスに発展してきているので ある。 台東区民は知恵の宝庫 はたして町会、商店街組合等の会合で、自分達が生活する街の将来の展望、目標を共有し充分な 話し合いが行われているのであろうか。仄聞するところ、殆どないのが現状のようだ。動物的鋭い 感で将来のあるべき姿を創造する人、過去の経験から模索する人、書物等の他の媒体から知識を会 得しあるべき姿を展望する人等、けっこう町の中には素晴らしい知恵と知識またアイデアを持って いる人がたくさんいるのである。にもかかわらず、なぜ、会合で議論が俎上にあがってこないのか。 一言でいえば、財政の裏付けが無いからである。頭の中の構想を具現化するにはそれなりの資料が 必要である、資料の作成にも時間と金がかかり、自分自身で負担しなければならない。所詮、財 政の裏付けが無いから、夢か空想で無駄になってしまう、そのため将来に向っての闊達な議 論が展開されず、街の知恵が生かされないのである。 ボートピアは区民の意識改革のプロローグ(前置き、前段) 元来ギャンブルに対しては、社会の多数の方々から嫌悪感をもたれるのは承知している。そのた めには、社会秩序の維持のために代償としてそれなりの社会貢献が必要である。それ故、売上の 1.5%を還元し、地域のためにお使いくださいと事業者はいっているのだと思う。ボートピアから あがって来る1.5%の還元金約7億円は使用目的が比較的自由に運用できる性格を持つ資金で、 街の中から生まれてくる、街を発展させるためのプロローグとして活して使える資金にできるので ある。この財政の裏付けこそ、活況を呈する街づくりの鍵なのである。その使途については、街 づくり協議会等を立ち上げ、町会、商店会、各団体等の街づくりのための企画をコンペ方 式で募集し、協議会が公平に費用対効果を勘案し精査検討して、街づくりのため運用を図 ることが最も重要なことで、ボートピアによる資金提供はそれらを可能にする財政の裏付 けであり、運用の方法によって台東区発展の加速性を秘めた新しい試みである。ポートピア建設 にあたっては歴史的見地、立地条件等で歓楽街の特性諸条件を勘案して、事業者は浅草を最適地に 選択したのだと考える。我々はそれを素直に受け止め、区民意識改革のプロローグとして活かして 行く事が最適だと思う。 反対派の指摘する理由に対する賛成者の見解 ・繁華街、歓楽街とは何か、射幸心は繁華街を阻害するのか もともと、歓楽街は単純な生活の中から一時の刺激を求め、清濁あわせもっているのが歓楽街の 特徴で、濁の部分を行き過ぎないように許容範囲で受け止める寛容さと、抑止力が必要で ある。綺麗に育った木々や草花に虫が付くように、虫が付かないような木々、草花では魅力に乏 しい、また、虫が付きすぎては枯れてしまうように、治安維持(阻止、抑止)が必要であり、その ためには、区民の勇猛心に裏打ちされた協力であり、共有した考え方の保有であり、組織力を持つ ことが望まれる。ギャンブルそのものは射幸心である事は間違いない。その是非についてはいろい ろな意見が存在するが、歓楽街における適度な射幸心は繁華街を面白いものにし、より発展する役 割を担っていると考える。それ故、ギャンブルは国で認めたパチンコ、公営競技のみ存在し国家も 誓約を加えている。日本ではその他のギャンブルは存在しないはずだが、密かに賭けマージャン、 花札等行われているのが現状である。我々はギャンブルの弊害を認識しそれを抑え、娯楽性を高め たあり方を追及して運営に協力すべきで、ボートピア、JRAと共存共栄を図ることが浅草の 繁栄に繋がると考える。 ・ボートピアは地域環境の悪化を招き近隣住民の日常生活、教育、公衆衛生に悪影響を及 ぼすのか。 日常生活について、 ボートピアが建設される予定地は商業地域の中で、かつては映画館等が存在していたところであ り、歓楽街の中心にごく近い所で、歓楽街として復活させる地域として相応しい所である。近隣住 民の日常生活を悪化させる地域とは何処を指して述べているのか不明確である。日常生活に配慮す ることは当然であるが、商業地域での商業者の経済活動に資するものが優先されなければならない と考える。 教育について 教育の見地からは、ギャンブルを肯定できないのは自明の理である、それ故、年齢制限等のルー ルで規制されている。社会秩序が守られるかが問題で、家庭環境、しつけ、学校教育がしっかりし ていれば何ら影響を及ぼすものではないと思う。現実には環境の良いとされる田舎の子供達と歓楽 街の子供達の能力、学力、道徳心の偏向は感じられていないのが現状である。 公衆衛生について 人の集まるところの特徴はそれぞれ皆違い、集まる人の目的の違いによって人々の回遊性の高い ところ、停滞性の高いところ、年齢層等の偏りもでてくる。それら地域の特性を踏まえた、適応し た対応が必要で、それを分析し対策を講じれば、おのずと解決の方向に向かってくる。JRAウインズ は周囲の清掃作業を積極的に行い、むしろ街の美化に貢献しているが、路上にたむろしている現状 は、休憩場の不足等施設の改善されるべきところはあるように思え、課題であり、未だに実質的な 具体性のある対策が講じられていないように感じられる。 今般のボートピア建設の是非は観光客とギャンブル客との客層の違いから生じるもので、反対を 主張する人々は、概ね観光客を対象とした商業者と、ギャンブルそのものを否定する一般区民で、 自分達のお客がギャンブル客に対し嫌悪感を抱き浅草のイメージを損ない観光客の集客が落ちるの ではないかとの懸念からと推察する。本来なら、かつて興行街として賑わった地域の方々は観光客 の集客性を高めた施設等の工夫をするべきと考えるが、具体的に名案が見出されず、費用、投資効 果の不安で困惑の域から逃れられないのが現状と考える。 今般ボートピア建設を反対する方々は、より現実的な具体性のある集客力のある明確な対案を示 すことが出来なければ、おのずと、賛成者に対する反対者のエゴイズムであり、無責任な反対とな ってしまう。かつて車券、馬券売り場を取りやめさせて、西北部地区の回遊性のために何を協力し たのであろうか。老健施設はダメ、スパーマーケットはダメ、ボートピアはダメ、いったい何をし たらいいのか。テレビの普及で興行街の衰退が続き、活性化のためのよいプランを出す事が出来な いから苦しんでいるのだ。そこで、台東区民はダメなものを善いものに変えていくパワーを持たな ければならない、また、馬力の高い施設を持たなければならない。ボートピアはその馬力の可能性、 素養を秘めていると私は強く感じている。馬力(ボートピア)のある車には性能のよいブレ−キ(区 民意識)が必要である。区民にそのブレーキ力を保持できるかなのである。 ・反対派は金で浅草を売るのか、このように表現する。 私達は金で浅草を売るなど考えたことも、感じたこともない。頑固とこだわりとやせ我慢が下町 の美徳と評して、あたかもそれを表現している比喩にも聞こえますが、勘違いしないでほしい。相 手の立場にたった、思いやる気持ちの上での、頑固、こだわり、やせ我慢が下町の心意気なのであ る。口は出すが金は出さない人が多く見受けられる。 ボートピアは口は出しません、金は出しましょう、その資金を活用させて頂き観光客にも喜ばれ るものを創り上げ、皆が楽しい浅草の街を台東区全体で構築し考えましょうと申し上げている。反 対派の方々も大切な区民である。それを無視した行動を取るつもりはないし、無視した行動は発展 に繋がらない、あくまでも理解を求めているのである。 ・ポートピアが実現しない場合、予定地はどのようになるのか、 ポートピアが実現しない場合、予定地はどのようになるのか現実的に考えてみよう。予定地(浅 草2-12番街区約400坪)の国際ゲームセンターパチンコ屋は、経営に行き詰まり、夜逃げ同然 にいなくなった。債権者の銀行が競売にかけ、A社が落札した。A社は土地活用で利益をあげるた め、B社に依頼した。B社は利益率の高いポートピア建設構想を提案した。高い利益率が、隣地の 買収能力を可能にし、それによって街区全体をスッキリさせた大型建築を可能にする。1階部分の 大半は地域に供する施設も場合によっては可能で景観も変わっていく計画なのである。 一方、実現しない場合はどうであろう、暫く空き店舗が続き、数年後に再びパチンコ屋、あるい はマンションが建つであろう、そのマンションの地型はパチンコ屋の跡地のままで、隣地の買収費 用は利益性の点で困難で、12番街区は長い年月を経て非効率なペンシルビルが立ち並ぶであろう ことが予想される。 |