東京寄席さんぽ6月下席

 昨年正月の大病以来、本職の新聞記者稼業を控えめにしてきた。遠くへの出張を減らして、なるべく東京近辺の仕事に限定する。深夜に及ぶ取材、居残り執筆も極力しない。と、一応はストイックに自戒してきたつもりなのだが、現実には「定点観測」の単行本を出したり、都民寄席の実行委員を引き受けたり、「東京寄席さんぽ」なる長いだけで何のとりえもないネット連載をはじめたりと、社外活動が増えたりしているので、せっかくの自粛部分がなんにもならねーじゃーねーかというカンジなのである。

 そうこうしているうちに、本業のほうもそうそうセーブしているわけにもいかなくなり、この春ぐらいから、遠出が増えてきた。先月、「うた物語」の取材で沖縄本島に行ったと思ったら、今月は旅ルポ執筆のため長崎に行かなければならない。いろんなとこ行けて、いいですねえ、ほとんど遊びじゃないですか。と、社内の人間にすらおちょくられているのだが、ちょっと考えてみてほしい。いい年したオヤジが、病後でガス欠の早い体をだましだまし、一人旅をしている姿は、どうみても高倉健主演のロードムービーには見えないだろう(適当なたとえが思い浮かばないので、説得力はないが)。

 あらたまって振り返ってみると、長崎市へ行くのは、生まれて初めてだった。長年の記者暮らしで、主だったところはたいてい一度は歩いているはずなのだが、長崎にいたっては通り過ぎたこともない。大体長崎県自体、ハウステンボスに二度ほど行っただけ。     それもマルチメディア関係のインタビューだったりするので、肝心のオランダの町並みはほとんど見ていないというテイタラクなのである。恥ずかしながら、「るるぶ」と昭文社のエアリアマップを借りてきての、おのぼり観光客。ちょうど梅雨時のオフシーズンだから、いたるところに修学旅行のにーちゃんねーちゃんがいるわ、中華料理屋で長崎ちゃんぽんを食ってても、隣で制服の四人連れが各自注文したチャーハンでは量が足らずに皿うどんを追加注文してシェアーしてるわで、「このオヤジ、一人で何してんの」光線を無視するだけでもかなりのエネルギーを費やす、梅雨のあとさきなのであった。

 旅の記事は新聞(28日夕刊)で見ていただくとして、面白かったのは、食べ物である。長崎の歴史文化は、その名物麺の名前と同じように、和洋中華のちゃんぽんが基本である。その独自のちゃんぽん文化を、現地の長崎人たちは「全国共通」と思いいているところが、ほほえましくも面白いのである。

 たとえば、皿うどん。カリカリに揚げた細面の上に、具たっぷりのあんかけを乗っけた料理であるのは言うまでもないことだが、長崎の人は、これにウスターソースをかける。それも、ほぼ全員、もれなくである。驚いた僕は、現地でお世話になったM重工長崎造船所のM氏に、「どうして皿うどんにソースをかけるんですか」とたずねた。と、M氏は、心底不思議な顔で、こういうのだ。

 「どうしてかけないんですか」

 皿うどんにソースをかけるのは日本の常識。そんなことを疑問に思う長崎人など一人もいない。「だいたい、こっちじゃ出前で皿うどん頼んだって、ソースの小びんがついてきますよ」なのだという。

 「じゃあ、東京では皿うどんに何をかけるんですか」

 「何かなあ…。酢をかける人もいますけど」

 「酢!」

 ここでM氏が絶句してしまったので、しかたなく僕は頼んだ皿うどんに「金蝶」というなにやら蚊が落ちそうな名前の地元産ソースをかけて、ぱくついた。ソースの甘辛感が、あんかけと不思議にマッチして、理屈ぬきで上手い。僕の食べっぷりをみて、M氏が機嫌を直したようなので、会話に戻ろう。

 「醤油はかけないんですか?」

 「(はきすてるように)醤油なんてかけませんよ!皿うどんは、焼きそばですよ。焼きそばはソースにきまっているでしょう」

 東京人の株は下がるばかりである。

 もうひとつは、トルコライス、といいたいところだが、これは最近HPが出来るなど、けっこう有名になってしまった。長崎の中心地「浜ん町アーケード」に程近い、油屋町に「ツル茶ん」という喫茶レストランがある。変な名前だが、九州では最古の喫茶店として知られる老舗で、かつてこの土地にあった新聞社には、孫文や西郷四郎(姿三四郎のモデルだ)も出入りしていたという長崎名所でもあるのだ。ここが、いわゆるトルコライス発祥の地といわれている。ピラフとトマト味のスパゲティが大皿を二分し、その上にトンカツがかかっている。この洋食三点盛をなぜトルコライスと呼ぶのだろう。

 「昔は、ピラフの部分がサフランライスのような、いわゆるトルコ風のライスだったのです。それに『スパゲティもつけてくれ』『トンカツも一緒に食いてえな』(江戸前で行ったかどうか知らんが)なんて、お客さんの要望にこたえて、今のこれが出来上がった。だからトルコライスなんですよ」とN店長が言う。

 「実は由来にはもうひとつあって、ピラフ=焼き飯=中国、スパゲティー=イタリア=西洋、西と東の掛け橋になっているのだから、これはトルコでしょう」

 わかったようなわからないような解説だが、不思議な説得力がある。いずれにしても、これも長崎一流のちゃんぽん洋食なのだと、僕がやたら感心しているので、もうひとつ脅かしてやろうと言う気になったのだろう。N店長が、しゃれたグラスに入った黄色い飲み物を持ってきてくれた。

 「これ、ミルクセーキなんですけど、なんか違いませんか?」

 「ええっ?ミルクセーキにしてはどろどろしすぎてますよね」

 「長崎のミルクセーキは、卵と練乳と氷を入れて混ぜるんで、ドリンクとカキ氷の中間のようなものなんですよ」

 へーーーーーーーーーーーっ。これは知らなかった驚いた。しかし、こういう面白話は裏をとらんといかん。妙な記者根性を出して、よせばいいのに、またもや、先述の生粋長崎人M氏に聞いてみた。

 「ミルクセーキって知ってますか」

 「ミルクセーキはミルクセーキじゃないですか。そんなの誰でも知ってるでしょ」

 「こっちのは氷が入っているんですね」

 「こっちのもどっちのも、ミルクセーキに氷が入っているのはあったりまえじゃないですか」

 「いやいや、東京では氷なんかないってませんよ」

 「ええっ・・(しばし絶句)。本当ですか?昔の長崎の子供はね、夏休みに両親に街中に連れて行ってもらって外食する、といっても食べるのはちゃんぽんですがね、で、そのあとにミルクセーキを飲ましてもらうのが最高の贅沢だったんですよ。甘くて冷たくて、おしゃれな容器に入っていて・・。僕は子供のころ、ミルクセーキほど素敵なものを飲んだことなかったですね」

 M氏に脅かされていうのではないが、長崎流ミルクセーキは本当においしい。練乳の甘さが、粒の細かい氷でやわらげられ、あっさりと上品なデザートに仕上がっているのだ。

 ソースかけ皿うどんに、ミルクセーキ。この二つが、僕の長崎初体験の収穫だった。ここまで読んできて、いっこうに落語演芸の話にならないので、あきれ果てている読者もいると思うが、ここまで貴重なコメントを出してもらったM氏こそが、地域寄席「長崎もってこーい寄席」の主宰者であり、おそらく長崎一落語に愛情が深い好漢であるという事実を持ってお許し願いたいと思う。ああ、もう一度行きたい。仕事でなしに。

 ● ★ ■

 そんなことんなで長崎から帰ってきた翌日、会社のデスクでへたり込んでいると、妙に懐かしい声の電話がかかってきた。

 「おっはよーございます。正楽です。原稿できてます。今、持ち歩いているんですけど、鈴本の楽屋に落としておきますからねー」

 そうだそうだ。今週の「寄席おもしろ帖」。まだ、なーんにも準備してなかったのだ。正楽さんの電話で我に帰った僕は、一瀉千里の早業で原稿を書き上げ、というわけにはいかないんだよなー、これが。出張中にたまった郵便やらメールやら雑用やら決済事項やらを片付けているうち、あっという間に日が暮れてしまった。やっと原稿を仕上げて鈴本へ行ったのは、もう午後の七時過ぎ。おそくなっちゃったなあと看板を見上げると、なんだかちょっと感じが違う。三三・小太郎の会? あ、そうだ、鈴本の下席は今回、夜の部だけが日替わりの特別興行だったのだ。これまずいなあと、それでも機を取り直して楽屋に入っていったら、さん喬が大きな机にほっぺたを乗っけて、疲れたたたずまいを見せていた。

 「あれ、師匠、なにやってんですか?」

 「俺は、今日のスケ(助演)だよ。そっちこそ何やってんの。小太郎、見にきてくれたんだ」

 「あ、いや、その、正楽さんの紙切りの原稿取りに…」

 「ふーん…。(差し入れの)アンパン食べる。あ、やめたほうがいいね、最近太り気味だから(と言いながら自分で食べ出す)

 「なんか師匠、疲れてません?」

 「そう、疲れてるの。今日何やろうかなー」

 「ファンはマニアックなネタ、期待するでしょ」

 「いや、今日のお客さんはそういう感じじゃないよ。素直でよく笑ってくれるし。せん

べ、食べる。(茶をごくごく飲んで)あ、ながいさんのお茶飲んじゃった」

 「(ちょうど出番を終えた三三が戻ってきたので、やや慌てて)じゃ、師匠、失礼します」

 「あ、帰るの?俺は仲入の後にあがるけどね、そう、帰るの…」

 「…ちょっとだけ、聞かせてもらいますぅ」

 客席に回ると、おお、ほぼ満員ではないか。やるなー、ご両人。一番後ろの補助椅子に腰掛けて、さん喬の登場を待った。

 悩んでいたネタは「天狗裁き」だ。さん喬の寄席の定番だが、じっくりバージョンで面白い面白い。客席の反応がいいので、押し気味にやるのかと思うと、逆にやや引き加減の演出。それが、場内の笑いを溜め込む効果となって、こらえきれなくなった客の笑いが後半爆発する。楽屋での疲れ顔がうそのような、はつらつとした高座だった。噺を終えて、立ち上がって、「では、おいろどりに」。弟子思いのさん喬らしい踊りのサービスである。「なすかぼ」を軽く踊って、やんやの喝采。やはり旅の疲れか、集中力が途切れてきたので、拍手にまぎれて会場を出る。小太郎くん、こめんねー。今度体調のいい時にじっくり聴かせてもらうからねー。

      ★ ■

 6・21<三三・小太郎の会>@鈴本・夜

 三三:佃祭(だったような気がする)

  仲入

 さん喬:天狗裁き&なすかぼ

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 週末どこにも行かず、旅の疲れを取って、月曜日に一気に原稿を書き上げた。急に身が軽くなったところで、火曜の夜に末広亭に行く。隣の部署の先輩デスクに「お前の本を読んで末広亭に行きたくなった。一度連れて行け」と前々から言われていたのだ。きれいなおねーさんに「ねえん、一緒に行ってくださらない?にゃーご」なんて頼まれたのならいざ知らず、もう二十年来の腐れ縁のオヤジデスクと一緒で何が楽しい、なんてことは言わないのね、オトナだから僕は。とっとと仕事を片付けて、午後六時半に二人で会社を出発したら、とたんに腹が減った。

 「弁当でも買っていきますか」

 「寄席で弁当…。ちょっと恥ずかしいなあ。混んでたらやだし。ちょっと軽くやってかない?」

 僕は寄席の弁当食いに関してはベテランの域に達していると思うのだが、初心者は、ま、しょーがねーだろーな。というわけで、新宿三丁目のかどっこのビルの地下の「いさ美寿司」に入って、ビールとにぎり。これが意外に美味くて、つい居続けの朝の雪…。あああ、そんなこといってるうちに七時半を回ってしまった。とにかく仲入前には入りましょ。

      ★ ■

 6・26<末広亭・夜の部>

 文朝:近日息子

  仲入

 燕路:悋気の独楽

 京二・笑子:漫才

 扇橋:加賀の千代

 志ん輔:代り目

 正楽:野ざらし・小泉さん

 主任=小三治:宿屋の仇討

     ● ★ ■

 上手側の桟敷席に腰掛けたとたんに「外記猿」の出囃子がなって、文朝が高座に現れた。僕は浅い出番の文朝が大好きだ。別にトリで聴くのが嫌いというわけではないが、この人の軽い噺の面白さは格別である。今日は仲入前だったが、理想をいえば、もう一、二枚前がいい。「子ほめ」「金明竹」「居酒屋」「熊の皮」、今日は何かと思ったら、「近日息子」であった。「物事は先へ先へと気を回せ」と親父に説教を食らったバカ息子が暴走する噺。あわない演者で聴くとばかばかしくなるような荒唐無稽さなのだが、文朝演じるバカ息子が「だっておとっつぁん…」と言うと許せてしまう。主人公の愛すべき無邪気さが際立たせるのは、技術か天然か。ううむ、難しいところだ。

 仲入を挟んで、後半もアタリの高座が続いた。こまっしゃくれた小僧が躍動する燕路の「悋気の独楽」。甚兵衛の暢気さに嫉妬すら覚える扇橋のほのぼの「加賀の千代」。そして、独特のクサさがイヤミにならない志ん輔のよっぱらい。ネタ、時間、客層と、さまざまな制約の中で、自分の「柄」を可能な限り生かした芸を見せてくれる。それがプロだと言われると、そのとおりとしかいいようがないが、フツーの寄席で、これだけ平均点の高い高座が続くのは、残念ながら珍しいことだ。これを末広亭初体験で味わえるSデスクの運の強さに敬意を表さなければならない。

 さて、トリは、小三治。この人の場合、ホールできっちり聴くのもいいが、楽しいのは寄席のトリに出たときの、行き当たりばったり、自由奔放のわがまま高座である。ある時は、マクラたっぷり噺ちょっぴり。またあるときは、いきなり大ネタ。丁と出るか半と出るかは聴いてのお楽しみ。そういう感じがたまらないのである。

 で、今夜のマクラは、旅の話題。昔の旅を語る口調が昔風なので、これは得意の長~~~~いマクラではなく、後に続く本題への導入部、ほんとのマクラではないかと聴いていたら、まもなく「宿屋の仇討」が始まった。ほ~ら、やっぱし。…………………・。気がついたら噺に引き込まれ、演出だのギャグだのを考えたりメモしたりすることも忘れてしまった。九時五分に高座に出てきて、終わって時計を見たら十時ちょうど。

 「ずいぶんやってたんだなー。あっという間に終わっちゃった感じなんだけど」

 生小三治初体験のSデスクの感想がすべてを語っている。滑稽噺でダレさせることなく一時間。話自体の内容に頼ることが出来る人情噺の長講よりも、はるかに難事業であるはずだ。小三治の芸、まだまだ底を見尽くせない。

 打ち出しの太鼓に瀬を押されて表に出ると、新宿通りの方から歩いてくるのは、あれれ、一致時間前にひざ代わりで出てきた正楽さんだ。いままでどこでなにをやっていたのだろうか。

 「あ、師匠、どーもお疲れ様」

 「おやおや、原稿まだなんだよねー。木曜夜までに、ここの楽屋に置いとくから。どうせもう一日くるんでしょ?」

 「はあ。じゃ、木曜に来ます」

 大きなショルダーバックを抱えた背中が、ゆらゆらゆれていた。

      ★ ■

 木曜の午後、浅草近くで一仕事終えたら、ぽっかり時間が空いてしまった。浅草で時間つぶしとなれば、アソコしかるまい。あえてどことは書かないが。しかし今夜は、正楽さんの原稿を回収しがてら末広亭に行くことになっている。平日からハシゴってのも、かたぎのリーマンとしてはつらいなあ、なんて考えながらも足は田原町の通りを北へ北へ。ROXビルを過ぎて左に曲がったら、右手に浅草演芸ホールのビルが見えてくるから不思議である。やっぱ、入っちゃおうっと。

      ★ ■

 6・28<東洋館・MBM興行>

 松元ヒロ:漫談&パントマイム

 仲入

 ブラック:反対車

 ブッチャーブラザース:コント

 談之助:漫談

 ケン正木:マジック

 主任=前田隣とその一門:漫談&コント

      ★ ■

  入ったのは、演芸ホールではなく、四階にある色物席の東洋館。まったく忘れていたけど、下席は何かと話題のMBM(前田隣、快楽亭ブラック、丸山おさむ)興行の真っ最中なのだった。ひさしぶりに、色物のおいしいとこでも見繕ってしまおう。おおっパントマイムの松元ヒロもでるぞ。

 モギリデ聴いたら、ちょうど仲入前の松元ヒロが高座に出たところらしい。うーん、松元ヒロ、始めから見たかったなあと考え込んだのを、行こか戻ろか思案中と見たのだろう。もぎりのおじさんが「二千円でいいよ」と五百円ディスカウントを申し出る。大ラッキーと、すぐにチケットを買って四海域のエレベーターに乗った。正規の入場料でも入る気だったんだけどねー。

 慌てて入った客席は七分ぐらいの入りか。アブナイ顔付けの割には、平凡な客層。かなり年配のおばさんの二人連れが多い。高座の松元ヒロはすでに額に汗を浮かべての、懸命な漫談である。

 「サラリーローンってんですか?ご利用は計画的にって、計画的にやれないから利用するんだよね。あと、ほのぼのレイクって、来る人はせっぱつまってるよ」

 「ええ、小泉さんもいいけど、物まねやるなら、小泉さんのおかげで表に出なくなった人に光を当てたいですね。だいたいアタシもそうですから。(いきなり顔しかめて)亀井静香です。…うけませんね。でも続けます。(以下、亀井の物まねで)小泉さんの好きなのは『X Japan』だって。ありゃ日本語にすると『バツ 日本』ですよ。森さんがなにしたっていうんですか?何もしなかったんですよ!(ここで一時素に戻って)アノ人が変わったんで、ネタに出来なくなった。ずっとやっててほしかったんですけどね。…アタシにポストがないって言いますが、あとひとつポストがあるんですよ。ファーストレディーですっ! 雅子さんカイニンって、雅子さんが皇室くびになったのかと思いましたよー」

 政治家の物まねをやってるうちに、何いつのまにか、単なる時事漫談になっている。

 「あたしの後は仲入なんですが、ここで帰られちゃうと、ぜーんぶアタシのせいになっちゃうんで、最後にパントマイムやりますね」

 いよっ、まってました。今日の芸は、いろんなお面があって、それぞれのお面をかぶって遊んでいるうちに、笑いの面が取れなくなるという設定のもの。なんでこんなに詳しく書くかと言うと、本人がやる前に詳しく説明してくれたのであった。解説過多の変なパフォーマンスだが、芸は鮮やか。面を着脱した瞬間に、さっと違う表情になる。見ているうちに「ホントの顔はだれでしょう」と七色仮面の主題歌のような心境になるのは僕だけだろうな。今日の客層では七色仮面も通じないだろうし。

 仲入のあと、食いつきでブラックが「反対車」。出るもの出るもの見たことない色物という東洋館で、フツーの落語(ブラックはフツーじゃないけど)をみると、場違いなものでも出てきたような感じになる。邪道の王様も、今日は善男善女の客層に合わせて、フツーの古典落語である。

 「こないだ国立(演芸場)で二十分しゃべって頭を下げたら、前に座ってるおじいさんが、うーん、うまい!というんですよ。これはうれしいじゃないですか。で、『何がそんなにうまかったんですか』と聞いたら、『日本語が』だって」

 一部危ないとこもあったが、あとはごくマトモな「反対車」。さすがに終盤、息遣いが荒くなって「五十近くなってやるネタじゃありません」だと。ごくろーさんです。

 ブッチャーブラザースは、ちょっとひねったサラリーマンコントというところだろうか。会社の資料室に左遷されたまま忘れられていた課長が、社内卓球大会で復活を遂げようと、若い後輩を巻き込んで特訓する話。卓球のラケットを振り回す時、勢いあまって自分の太ももをペシッとたたいて悶絶。相方に「二十年もコントやってて、痛いかどうかわからんのか!」と突っ込まれるのが、いい味を出している。

 「ひとつの建物に寄席二つ。上と下とはシステムが違うんですよー」と、談之助が東洋館の説明をはじめた。

 「四階はコント、漫才など、たってやる芸が中心で、本当はすわってやる落語は出ない。出るのは特権のある落語家だけです。立川流とか。まあ、下に出してくんないんですが…」

 このあたりで意識を失い、気がつくとケン正木が高座いたっている。ブレザー姿が似合うサラリーマン風。何をやるのかと見ていたら、手製らしいマイクスタンドを首から前にかけてマイクを設置し、「ハイ、カラオケマジックのはじまり~。一曲目は、ビートルズのナンバーから『さざんかの宿』」。

 で、ほんとに歌いながらマジックをやる。客から借りた一万円札をマッチの火で燃やして「燃えたって燃えたって、あああ人の金~」には笑った笑った。面白いじゃん。

 トリの前田隣は、「テンションの高い世間話」とでも言うのだろうか。変な芸である。

 「ええ、今回は面白くない人は出ません! 面白くないってのは、出演者とお客さんの感性があわないだけなの。しっかし、月末は八割がた招待券の客だからなー。お笑いなんてどうでもいいと思ってる人は非文化人ですよ。(二、三人の客が帰るのを目でおって)幕間に帰ればいいのにねー。誰も傷つかなくていいのに。トイレかな?はばかりで首つってるんじゃないの?おばさん水と一緒に流れちゃったりして」あぶないあぶない。

 「私は前田隣。マイダーリンです。昔はこういう名前の付け方が流行ったんだよ。でも今マイダーリンってもわかんないね。私が表で『りんちゃん』って呼ばれて、家帰ると女房が梅子だったりすると、家中がペニシリンだらけって…」

 高座でとりとめのない話が続いているが、同時進行で、客席でも前のほうのおばあさん二人がずーっとしゃべり続けている。高座と客席のダブル世間話。うーん、この光景はすごいかも。

 さて、トリの高座も中盤だ。いつものように永遠のヒット曲「オヤガメの背中に 子ガメをのせて~」を歌って、子ガメのところに入る動物をリクエストすると、場内からの注文はなんと「イリオモテヤマネコ」。

 さすがに絶句した前田だが、漫談にまぎれて何度か練習し、最後には「オヤイリオモテヤマネコの背中に 子イリオモテヤマネコ乗せて~」と歌い切った。さすが、ナンセンストリオである。

 漫談のあと、最後に二人の若手(あんまし若くなさそうだが)コメディアンを交えての、コントを披露。怪しい病院を舞台にした、ボケ医者と、いかれた看護婦と、患者の硬派の応援団の珍妙なやり取り…、とアウトラインを書くだけでいやになってしまうような古色蒼然としたコントなのですよ、これが。あえてアナクロの笑いを狙った、としても練りこみ不足。いきあたりばったりは、前田の漫談なら許せるのだが…。「浅草に笑いを取り戻すため」と大熱演なだけに、ちょっと悲しくなってしまった。

      ★ ■

 6・28<末広亭・夜の部>

  仲入

 燕路:短命

 京二・笑子:漫才

 扇橋:二人旅

 小里ん:親子酒

 正楽:イチロー・菖蒲・ピカチュウ・外務省

 主任=小三治:かんしゃく

      ★ ■

 東洋館で笑ったり考え込んだりした、その日の夜、新宿末広亭の夜の部に行った。久々のハシゴである。小三治も聴きたいが、なんつったって正楽さんの原稿をもらわねばならない。昼のサボりでたまっていた仕事をなんとかごまかして、七時半過ぎに大手町から丸の内線に乗った。と、次の東京駅で、当の正楽さんが地下鉄に乗ってくるではないか!

 「あれー、ながいさん、どーしたの」

 「どうしたのって、末広亭に行くんじゃないですか」

 「あ、そーか。オレ、今旅の帰りでさ、これから末広亭のひざがわりやるの。(かばんから封筒を出して)ハイ、今週の原稿」

 「おっ、今週は『七夕』ですね。たしかに預かりました」

 「これからどうします」

 「どうしますって…。もう四谷ですよ。このまま(末広亭へ)行くしかないでしょ」

 「そうだよねー。こないだ『宿屋の仇討』、長かったでしょ。でもその前の日の『野ざらし』は短くてね、オレ、その日五分ぐらいで短く降りちゃって、あと聴いてたら(小三治師匠)三十分もないんだからね。だから翌日長かったのかな。あ、そういえば、今日、福井の工業高校で『裸の女』って注文が来た。工業高校は要注意なんだよ」

 「それで、ほんとに切ったんですか?」

 「うん、切った。すだれと風鈴があって、庭先の行水。これなら先生も文句言わないからね」

 旅先でも見事な芸を披露する正楽さん。三丁目の栄寿司の角で分かれて、正楽さんは楽屋へ。僕はそのまま末広亭の正面に回った。テケツには、珍しく席亭が座っている。

 「また来ましたー」

 「ご苦労さん。(トリの小三治の)『宿屋の仇討』の時、来てたんだって?この芝居では、あの日と、あと『鰻の幇間』の時が長かったなあ」

 木戸をくぐると、食いつきの燕路の「短命」が終盤を迎えていた。

 「おっかあ、飯をくわせるよ」

 「したくは出来てんだよ。ご飯はお鉢の中だし、魚は戸棚に入ってるし、箸と茶碗はいつものとこだし、したくは出来てる…」

 「全然できてねえじゃねーかよ」

 明るい高座ぶりが好感をもたれるのだろう、客の反応がいい。この芝居、燕路は絶好調である。

 扇橋「二人旅」、小里ん「親子酒」と渋いというか、渋すぎな落語が続いたが、今日の客は笑いたくてしょうがないらしい。淡々とした噺の中に隙(?)を見つけては笑っている。

 「腹減った~昼食にしようよ~」

 「まだ言ってる。それよりごらんよ、青々とした麦畑を」

 「あの麦畑にとろろかけて食ったらうめえだろうな~」

 どははははと、ここで笑いがはじけて、扇橋が面食らったりしている。

 梅雨に似合わぬ連日の暑さのせいか、正楽のはさみ試しは、いつもの「相合傘」ではなく、「線香花火」。それにつられて、客の注文も夏らしく、とはいかないようで、「イチロー」「花しょうぶ」「ピカチュウ」「外務省」とばらばらである。しばらく考えていた「外務省」は、田中真紀子さんの似顔絵入りで仕上げていた。

 さて、今日の小三治は、長いか短いか。

 白湯を一口飲んで、「あるところでね」と話し始めたが、いきなり呂律が回らない。

 「あれ、口がまわらねーな。ま、ダメな時はダメなんですよ。この芝居もね、これはいいな、いい出来だなという日が一日ありました。全部ダメ」

 ぎゃははは。爆笑がしばらく収まらない。そーかー、この芝居はたいていダメなのかー。僕が聴いた「宿屋の仇討」はどっちかなー。出来はいい、と思ったけどなー。と考えているうちに、「かんしゃく」が始まった。むやみやたらと怒鳴りまくり小言を言いまくる旦那様に愛想が尽きた奥様は…てな明治の新作で、亭主、女房のとらえ方がどうにも古臭くてついていけない噺だが、小三治演じる旦那は単なるやんちゃ坊主、わがまま坊主がそのまま大人になったような人物で、口先ばかりではらわたはない。おかげで、余計なことを考えないで四十分、しっかり噺を楽しめた。小三治はどう思うか知らないが、この芝居、出来のいい日は、少なくとも二日はあったと、僕は断言したい。ああ、梅雨なのに連日暑いぎ、原稿を書く天気じゃないな。

 

つづく

   


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