東京寄席さんぽ6月中席

 落語会のプログラムの中に、「通し」という言葉をみつけると、ついつい「おおっ」と反応してしまうのは、演芸ファンの悲しい性ではないか。僕の場合、この「おおっ」の声が最も大きかったのは、大学卒業間近のころだった。

わすれもしない(というわりには、けっこう忘れかけている)大学三年の春、人にもらったチケットで「三遊亭円生独演会」に行ったのが、たしか文京公会堂だったかな(うう、どんどんあやしくなっていく)。前座のだれか(まったく覚えてない)の後、円生が「らくだ」の通しをやった。そこで僕は、「落語の国」への入り口を見つけてしまったのだ。ガキのころから鈴本や東宝演芸場に何度も行ってはいたけれど、そのころの僕は、映画やテレビをみるのと同じ感じで、ただぼーっと芸を「見ていた」だけだった。それが、「らくだ」に出会ったとたん、ふつーの客ではなくなった。いやまて、当時はまだふつーの客だった。正確に言えば、ふつーの客ではいたくなくなったのだ。

きっかけが「らくだの通し」だったから、その後も「通し」と聞くと、心穏やかではいられない。「三軒長屋」「唐茄子屋政談」「おせつ徳三郎」「子別れ」「宮戸川」「品川心中」「ちきり伊勢屋」「野ざらし」・・・。ずいぶんいろんな「通し」を追いかけた。だが、全部が全部「よかったー」というわけではない。「全部見た」という充実感はあるものの、ネタ自体に対しては「うーん、こんなものか」と思うものもあるのだった。考えて見れば、あえて「通し」と銘打って口演するのだから、ネタ的には「わけあり」なのである。「長すぎるから普段一気にやりにくい」か、「サゲ(あるいは後半部分)がつまらないので、めったにそこまではやらない」か。どっちにしても欠陥あり。残り少ない人生、そんなものを追いかけていてなんになるのかとは思うのだが、それでも、聴いたことのないネタやサゲをやるなら、とりあえず聴いてみたい。CDではなく、生で味わいたい。ところで、僕が聴いたことのない古典落語って、いくつ残っているのだろう。

というわけで、喬太郎・新潟・彦いちの異能トリオが「通し」に挑む「ザ・コンタクト」は見逃せない。というそばから、前回の「双蝶々」を見逃してしまった。今回は二回目で、「品川心中」。しかし「通し」とはいえ、「品川心中」は上・下で区切るはず。これをどうやって三人で分けるのか。なんだかイヤな予感もするが、「通し」をやるなら聴かざあなるまい。仕事を猛スピードで片づけられずに適当なところで切り上げて、大手町から東西線で中野に出たのは十二日の午後七時直前のことであったのだった。

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6・12<ザ・コンタクト> @なかの芸能小劇場

喬太郎・新潟・彦いち:前説

仲入

喬太郎・彦いち・新潟:品川心中(通し)

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 ああ遅れたまた遅刻だ中野は遠い駅前を抜けるのに時間かかりすぎる打ち上げに出てると終電を逃す餃子の王将で空揚げ付きの定食を食べて我慢するかと、いらぬことを考えながら会場に入ると、ありゃりゃ、三人の演者が普段着(ほんとに普段着なんだこれが)で、しゃべっている。これは、いわゆる一つの前説だろうか。

 「ええと、なんで『品川心中』にしたのかという問い合わせが多いんだよね」

 「ま、いろいろ検討したんですよ。はじめは『乳房榎』をやろうっていったんだよね」

 「で、だれも(噺の中身を)知らないからね、本とかCDとか見てみたの。したら、こわいんですよ、これが」

 「そうそう。マジこわい。話も陰気だしね」

 「こりゃできんわ、というわけで、いろいろあって品川心中になったんですよ」

 だれが何をしゃべったのか、よく覚えてないので、勝手に想像して読んでね。次は、記名で書くぞ。

 彦いち「今、凝ってることは何か?」

 新潟「収納」

 他の二人「しゅうのうって?片づけること?」

 新潟「そうだよ。楽しいよ、あれ。こんな家具があると、こんなに片づくのかって、一日中やってる」

 喬太郎「あの四畳半で」

 新潟「そう」

 喬太郎「(客席に向かって)同じ間取りのマンションに住んでるんで、わかるんですよ。彦ちゃんは?」

 彦いち「ウクレレ。おれがウクレレに凝ってるっていったらね、(新潟を指さして)『じゃあおれ、琵琶法師になろうかな。顔中、お経書いて歩くんだ』って。違うんじゃねーの」

 喬太郎「おれは、ウインナ」

 他の二人「それって、食べ物の?」

 喬太郎「うん、タコとかカニとかあるでしょ。あーゆーの作るの好きなんだ。こないだバルタン星人を開発したんですよ」

 新潟「ぜったいそういう新作作ろうとしてるぜ」

 喬太郎「・・・・(にやにや笑うだけ)」

 彦いち「でも、寄席芸になるじゃん」

 新潟「客の注文でタコとか切って、OHPで大写しにして」

 喬太郎「でも、いためたりしなくちゃ形になんないんだよ」

 新潟「そーかー、高座で火、使えないもんなー」

 てな感じで、「品川心中」にも「通し」にもまるで関係のない世間話が延々と続いて、いきなり「お仲入~」。落語会に来て、一つも芸をみないうちに仲入になったのは初めてである。ま、今日は「品川心中」の通ししかやんないんだから、ネタってひとつしかないんだよなー、通しの途中で休憩挟めないし。

 仲入のロビー、不発弾を抱えたまま風呂に入っているようなかんじで盛り上がらず。やや重たい時間がすぎた後、まずは喬太郎の「発端」から。いつになく元気のない語り口のせいか、主人公の本屋の金蔵は、煮え切らない、根性がない、気が弱いというカワイソーな男になっている。これが板頭のおそめから「相談があるから会いに来て」と手紙をもらい、あわてて品川にあがると、その日に限って立て込んでいて、おそめがなかなか回ってこない。

 「あーあー、おそめはどうしたんだあ」

 「えー、ごめんください。あーた、おそめさんのとこの金蔵さんでしょ」

 「おめえ、見ない顔だけど、ここの若い衆?」

 「ええっ、若い衆みたいなもんですが」

 あれれ、これじゃあ「居残り」じゃんと思っていたら、本当に「佐平次です」って名乗ってやんの。まあ、「居残り佐平次」も品川遊郭の噺だもんねー。それにしても、いきなりすごい話になってきた。と思ったら、おそめ金蔵が心中の決意をしたあたりで、喬太郎の出番はおしまい。そーかそーか。前半を二つに分けたのね。

 二番バッターは彦いちだが、ここで噺ががらりと陽気になった。彦いちの力技的な芸風のせいもあるが、それよりなにより、金蔵の性格がむちゃくちゃ陽気!陰気で弱気な喬太郎版を聴いた後だと、まるで違う話に聞こえるぞ。

 終始陽気な彦いちの後、「下」の仕返しは、新潟の出番。冒頭いきなり、「おれにどうまとめろっていうんだよー。前の二人、金蔵の性格が正反対じゃないかー。少しは後のこと考えろよー」と絶叫である。そりゃあそうだ、ほんとうにどうけりをつけるのかと見ていたら、仕返しにきた金蔵が台所で大鍋のみそ汁をかぶってワカメまみれになるあたりから、噺はスプラッター・ホラー・アクションになって、手に汗握る展開に。はらはらどきどき面白かったが、はて、これのどこが「品川心中」なのだろうか?会が終わって明るくなったとき、前の席にいたライターの凡平氏に「下のサゲって、なんでしたっけ?」と聞かれた。ええとええと、なんだっけ。たしか「比丘にかけた」だったかなと思い出しながら、「品川心中」の「下」なんてほとんど誰も知らないんだから、やったもんがち、新潟のスプラッターもアリなんだなと納得してしまった。「品川心中」のちゃんとした「通し」は、昔昔の博品館劇場で「上」古今亭朝太、「下」立川談志、というので聞いたことがある。いつの、何の会だが忘れてしまった。だれか、知っている人、いないかなあ。ここでいう朝太は志ん輔の前名であって、もちろん矢来町ではない。

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翌13日、ぽっかり昼間の時間があいたので、まっしぐらに新宿三丁目へ。「定点観測」のころの癖で、末広亭に行くときは、誰が出ているのか気にしない(だって全部みてたんだもの)。寄席の前に、「昼の部主任 橘ノ円」の看板が立っていた。おお、今日は芸協のかあ、このところ芸協の興行にごぶさただっなので、これはうれしいのではあるが、なんだなんだなんだ、末広亭の正面が緑のシートに覆われている。シートの中は足場が組んであって、様々な道具類がおいてある。開業五十五周年、総工費十億円をかけて末広亭の大改装が始まるのか。

「じょーだんじゃないよ。ただの部分改装だよ」と、テケツから出てきた席亭がぶぜんとした顔で言う。なんでも、壁のひび割れ、雨樋の疲弊など、正面部分の破損が目立ってきたので、一月ぐらいかけて化粧直しをするのだという。

「あんまり堅牢にしないでくださいね。末広亭は、何かあったらすぐ壁を突き破って外に出られるのが特長なんだから」と憎まれ口をたたきながら木戸をくぐった。背後で本日のモギリ役のおかみさんがゲラゲラ笑っている。

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<末広亭・昼の部>

 玉川スミ:三味線漫談

 鯉昇:うなぎや

 可楽:青菜

 ひでや・やすこ

 柳昇:結婚式風景

   仲入

 竹丸 Wモアモア

 夢丸:親子酒

 文治:鼻ほしい

 八重子

 主任=円:殿様だんご

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「年をとろうが 目がかすもうが 恋いにゃ定年ありゃしない」

玉川スミの都々逸は、一つ一つの言葉がくっきりしていて、粋というより、意気を感じる。「東京行進曲」「籠の鳥」とあまり古くて懐かしさも感じない懐メロを歌ったあとは、おなじみ「芸能生活八十周年の会のピーアール」だ。

「八月三十一日、浅草演芸ホールを昼夜とってあるのよ。扇子百二十本もって松尽くしを踊るから、こなきゃぶつよ」

こんなせりふ、もう二年ぐらい前から聞かされているんだけど、気がつくと、八十周年がそこまで近づいてきているんのだ。

「今稽古してるんだけど、扇子百二十本が無理なら、百本、八十本にしてもやり遂げる。ここまで来たら、簡単には死ねないよ」って、元気いっぱい。こりゃあ八十周年どころか、九十周年、百周年ぐらいまで準備してるのではないかな、この肝っ玉ねえさんは。

次の笑三がお休みで、代演は鯉昇。ラッキー、と言っては笑三に失礼か。

「相変わらずハッキリしない天気が続きますが、アタシの方も、ハッキリしない人生を送ってますので、比較的過ごしやすい毎日です。今はまだいいんですが、夏になると、アタシのうちには扇風機が二台あるんですが、倒産した会社からもらってきたのは首が回らない。五年前の水曜の朝に拾ってきたやつは、スピード切り替えが甲、乙、丙で、そよ風が吹くと逆回転するんですよ」

額は広く、目はぎろぎろ。どうみても脂っこい顔の鯉昇だが、言うことはあっさりしすぎて、まことにはつらつとしていない。

「疲れを感じるときは、赤ちょうちんですねえ。でも、働いている時間が十五分で、疲れをいやすのが七、八時間・・・」とかなんとかいいながら、「うなぎや」に入ったが、ゆったり口調が次第次第に熱を帯び、それにつれて客席の笑いもぐんぐん広がっていく。

「このうなぎ、しびれるねえ。電気ウナギじゃねえか?」

「そうかもしれません。他のウナギはみんな築地から来たのに、これだけ秋葉原なんですから」

おそらく独自のくすぐりだろう。面白いなと感心していたら、サゲまで変わっていた。くだんの電気ウナギに冷蔵庫やらなにやら電気製品を片っ端からつないで、

「このウナギ、酢の物でいかがですか」

「なんでだよ、ウナギは蒲焼きだろう?」

「でも、すっかりタコ足ですから」

ううむ。

続く可楽は、浅い出番にもかかわらず「青菜」を熱演だ。蜀山人の「庭に水 新し畳・・・」をマクラに「植木屋さん・・」、手抜きなし、本寸法の芸ではあるが、ひとつ気になることがある。お屋敷で、鯉の洗いやら何やらご馳走になる植木屋が「うまいっすなー」「つめたいっすなー」を連発するのである。これじゃ昭和三十年代のサラリーマン映画じゃないか。落語の国の職人さんは、もっと粋な言葉を使ってほしいなあ。

ひでや・やすこの夫婦漫才は、時々「素」の主婦に戻ってしまうやすこがかわいらしい。

「ぶはははは、おとーさん、やだぁ」

「外ではおとーさんって言うなっていったろ!だいたい笑うなら金払って前に回れ。(客向かって)こいつ、今日は本当に間違えたんですよー」

仲入をはさんで、食いつきは竹丸。

「桂竹丸と申しまして、怪しいものではございません」という桂南なんもどきのあいさつに、前方の客が笑い出した。「頭が・・・」。はははは。今日の竹丸の髪形、真ん中を残して両サイドを刈り込んでいて、縦にのびた月餅(?)みたいなのである。最近はいつもこれだが、ネタはやらずに、小噺のオンパレード。

「水泳のイアン・ソープに会った長島監督、得意の英語で『ハウ・オールド・いくつ?』」

「僕の友達にモノを知らないやつがいてね、高校の時のテストで、『本能寺を焼き払ったのはだれか』という問題に『ぼくじゃありません』と答えた。で、『鎌倉幕府を開いたのはだれか』は『りっぱなことです』だって」

「コマーシャルで『ルル三錠』っていうでしょ。あれ、気になるんですよ。瓶の中に百錠入ってるでしょ。余った一錠はどうなるんでしょうか?」

一つ一つのギャグは面白いのに、いまひとつはじけない。同タイプの歌之介との差は、やや重い口調にあるとみた。語尾を飲み込むような感じがあるので、ギャグを畳み込んでくるような、迫力に乏しいのである。

後半の高座で最もうけたのはWモアモアの漫才だった。

「(客席を見渡し)昼間からよく来るねー」

「夜の仕事ってこともあるでしょ。ホステスとかコンパニオンとか」

「よく客席みろよー。ホステスかホステスじゃねーか、すぐわかるだろー」

客いじりで主婦層が多いとみるや、ワイドショー風のネタに切り替えだ。

「最近はこわいよなあ。テレビで事件の犯人の顔見ると、フツーの顔なんだよな。こうやって客席見てるとみんなフツーの顔・・・・」

「四人に一人がアブナイっていうだろ。周りの三人が大丈夫だと思ったら・・・、アブナイのは自分だ!」

 次の夢丸が「親子酒」をべらんめえで演じているときに、着物姿の小さな老人が売店の脇を通って、桟敷の裏から楽屋口へ向かっていった。文治じゃないか。なんで木戸から入ってきたんだろう。

 その文治がひざ前に登場した。「ま、おかまいなく」といつもの台詞の後、なんと梅毒のマクラである。

「梅毒はコロンブスが持ってきたんですな。西インド諸島を通って、種子島に鉄砲と梅毒を置いてった。あれは、梅の花のような斑点が体中にでる。だから、彫り物なんてのには、梅の花は彫らない。この桜吹雪を、ってのならいいけど、梅の花じゃあ具合が悪い」

なんちゅーマクラかとおもったら、ネタは「鼻ほしい」。なるほどね。でも、なんでこういうネタ、やるかなあ。でも、「おかふい」よりはましかも。

「本当は藤原紀香なんですけど、どういうわけか、外に出ると上沼恵美子かペギー葉山になってしまうんです」という松旭斎八重子のマジックを露払いに、本日のトリは橘ノ円。年を経て古風な味わいがにじみ出てきた。いい面構えである。

「(八重子の消えた楽屋の方を見て)あの人も、若いころは若かったんだよ」とぽつり低音で。これが実にいい間で、ウケるウケる。

「若いころ金語楼に稽古してもらった噺があるんだ。めったにやらないんだけど、たまにやりたくなるんだな」と言いながら、「殿様団子」に入った。ほんとに珍しいや。

明治維新で職を失った武士が、商売を始める。いわゆる「士族の商法」を皮肉った新作なのだろう。大家の殿様が、出入りの職人相手に新商売を検討する様が、浮世離れしていて、ほのぼのと笑えたりする。

「あの二階建ての洋館はなんであるか?」

「警察署です」

「あの商売はもうかるかな?」

「殿様、アタシ、帰らせてもらいます」

結局、団子屋を始めることになった殿様が、みつ団子に唐辛子を塗ったり、梅干し団子をこしらえたりして、大騒動に。サゲは「余が作る団子は無粋か」「いいえ、すいな味です」。こういう、とても今時とは思えない噺&噺家に出会えるのが芸協の魅力といったら、関係者は怒るだろうか。とにかく、芸協の、普段の、できれば平日の寄席興行が、僕のひそかなお勧めなのだ。だまされたと思って出掛けてみてほしい。たまーに「だまされた」と思わない日があるはずだから。

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 6・14<鈴本・夜の部>

  権太楼:ぜんざい公社&奴さん

      ▲ ■ ◆

週末が近づくと、読売に載せる正楽さんの紙切りを受け取りに寄席の楽屋を訪ねるのが、恒例になってしまった。今週は、木曜の夜、鈴本の夜の部だった。ちょうど権太楼の出番だったので、脇から高座を見せてもらった。ネタは得意の「ぜんざい公社」。今日は話がなかなか前に進まず、脱線ばかりなのだが、その辺の「権太楼流遊び方」が楽しいのだ。

「小沢一郎、三十八歳、ヒラ。で、ご両親は?」

「長野で材木屋やってます」

「ああ、建材(健在)ですね。尊敬する人は?」

「三遊亭金馬師匠(すぐ前に出て「豆屋」をやった)です」

「ああ、ヨイショですね。ほかにいますか?」

「鈴本のT支配人です。このマイクは事務所にもいってるし、今日来てるし。この際、はっきり言っておいた方がいいですね。(と、ここでマイクに顔を近づけて)尊敬する人は、T支配人です」

「あと、好きな乗り物とかありますか?」

「乗り物というより、自衛隊の飛行訓練が好きですね」

「ああ、ヘンタイですね」

こんなことやってるから、サゲまでたどり着かなかった。これでおわりかと思ったら、座布団を脇になって、「寄席の踊り、三大クラシックから『奴さん』を」と踊りだした。ここでピーンと来たアタシは、なんと賢いのでしょう。これはきっと、明日池袋で開かれる「権太楼一門まつり」の稽古だぞ。御大自ら踊るっていってたし、普段は「深川」ぐらいしか踊らないのに、今夜は「奴さん」だしねー。と、他人事のようにいってるけど、「権太楼まつり」に関しては、僕も関係者だった。あしたの東京芸術劇場の小ホールロビーは、噺家&寄席関係者の露店がずらり並ぶのだが、僕も「にぎやかし」を頼まれていて、拙著「定点観測」を売ることになっているのだった。ああ、明日がこわい。

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6・15<権太楼まつり> @東京芸術劇場小ホール2

    ・・みてないからわからない。

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 さてさて、権太楼まつりで売り子をつとめることになった僕は、午後二時開演を待ちかねて、一時間前に池袋駅西口の東京芸術劇場についた。名物の大きなエスカレーターの下で出版社の人たちと打ち合わせをしていると、痴楽、楽輔ら、芸協の中堅どころが目の前を通り過ぎていく。おそらく芸協七十周年記念興行の打ち合わせだろう。会場がここだし。

 「定点観測」本を二十冊もって、「おはようございまーす」と小ホールに入ったら、中はもう戦場のような慌ただしさ。三太楼、さん光、太助、ごん白、三太と言った権太楼一門と助っ人に駆り出されたのだろう、知らない顔の善男善女が、あるものは机を抱え、あるものは両手に大きな袋を抱えて右往左往。ぼうぜんと眺めていたら、「ながいさん、ながいさんの店はこっちこっち。看板もあるからねー」と三太楼が手招きをしている。ロビーのほぼ中央に横長の机が置かれており、どうやらそこが僕の「店」らしい。大小二枚の模造紙が丸めてあったので、広げてみると、寄席文字で「長井好弘の店」「末広亭定点観測著者 長井好弘」と書いてある。「あ、それ、おれが書いたの。ちゃんと張るんだよ」と橘流寄席文字の右楽さんに声をかけられて我に返った。はずかしー。これはえらいことになったぞ。

 二十冊の本を体裁良く並べ、前と後ろに寄席文字の「看板」を掲げて、飾りに持ってきた正楽さんのカラー紙切りの原画をあしらって見る。うーむ、なんとか店らしくなったぞ。少し余裕がでてきたので、他の店を冷やかした。

 入り口を入ってすぐ右が御大・権太楼の店だ。四枚一組で噺家手ぬぐいを売る。それはまあ、よしとしよう。あきれたのは、ごくフツーの湯飲みを桐の箱に入れて「千代田朴斎所有 井戸の茶碗」として二千円で売るのだ」という。ほかにも、ムエタイのトランクスとか、わけのわかんないものがずらり。「権太楼自らが売る」という以外に、なんの価値があるというのか。面白いけど。

 左手は、あれれ、寄席と何の関係があるのか、山形物産のお店である。店先にいた〆治にきいたら「アタシ、実は山形出身なんですよぉ。だから山形のものを売るの。ちょっと場違いですよね。地方出身の噺家が並んで、それぞれの地元のもの売るなら引き立つんだけどね。コメかってくださいよー」。

 正面は、「幾代餅」のお店。つきたてのお餅らしいが、でもただの餅だよね。若いおはやしの、おそのさんが売り子になるようだ。「やっぱし、握手して、ありがとうありんす、なんていうんでしょ」「えーっ、そんなのやるんですかあ」

 お隣は、柳家さん喬の実家として有名な本所吾妻橋「キッチンイナバ」のカツサンド。「ほんとは九百五十円なんだけど、もうけてもしょうがないから、今日は九百円で売るよ。浅草のヨ○○ミよりうまいよ」とさん喬本人も大張り切り。聞くところによると、シェフの弟さんはけっこう商売っけを出しており「ハンバーグ弁当もあるんだけど」と言ってるそうだ。あと、さん喬一門の名前入りメモ用紙に、駄菓子の詰め合わせまで置いてあるが、売り子が、「優秀だ」と呼び声が高い、さん坊、さん角の前座コンビ。だいじょーぶかなー。

 

 で、右に回ると、林家しん平の自作人形のお店。着物と座布団の色が違う、手のひらサイズの権太楼人形が、ひぃ、ふぅ、みぃ、二十数体はあるだろうか。一体五千円は、権太楼ファンにとって高いか、安いか。その脇に、末広亭の楽屋のミニチュアも置いてあったが、これは一見の価値アリである。流しの洗剤の位置まで本物そっくり。「ながいさん、本一冊貸して」と、脇に僕の本を置いて、末広亭コーナーのできあがりだ。

 お次は、春風亭正朝のJリーグコーナー。ワープロ用紙に、サッカーくじのTOTOの予想を書いて、一部百円。おお、予想屋であったか。

 その横が橘右楽さんの寄席文字グッズ屋。ケータイのストラップにも使える駒札の見本に、本日の出演者の名前が寄席文字で記してある。あらま、僕の名前もあるではないか。「ああ、それ、終わったら自分の名前の、もってっていいよ」。さすが右楽さん、ふとっぱらだなー。

 一番奥は柳家一九の「絵手紙」コーナー。落語の台詞や一場面を手紙に書いて送るという、噺家らしいアイデア商品だ。脇に千社札のプリクラ機械があった。「あ、これはね、おれの声がナレーションで入っているんですよ」と一九が言う。噺家らしいアルバイト・・・なのかな。

 出来立ての店を冷やかしているうちに、開幕である。開演を待ちかねてどっと入場してくる権太楼ファンの人、人、人・・・。あとはなんだかわからない。売り声と歓声と喧噪と人いきれ。昼の部の仲入で売って、昼夜の入れ替え時に売って、夜の部で売って・・。どこも売り上げはよかったようだが、僕の店は「もう買ったよ」「よんじゃったもんねー」と声をかけてくる人ばかり。権太楼ファンはもう買っちゃったんだよなーと、がっかりしていたら、夜の部になって男気を出して買ってくれる人、権太楼のサインほしさに買う」人、あろうことか、さん喬のサインほしさに買う人がいたりして、結局二十冊中十一冊がさばけた。なんとか、つばなれである。買ってくれた人、感謝します。大好きです。

 二時に開演して、おひらきが午後十時。おかみさんの差し入れのおにぎり、おいなりさんだけで八時間である。なれぬ立ち仕事で噺家たちはふらふら状態。駅前のビアホールでの総勢四十人に及ぶ打ち上げ宴会では、「酒はいいから、まずエビチャーハン」「冷めんもおねがいねー」と、腹にたまるものばかり注文されたのでした。でも、盛り上がった。楽しい一日だった。来年は、「権太楼まつり」ではなく、「落語まつり」にバージョンアップしようと、みんながはしゃぐ中、権太楼夫人だけは「あたしゃもうやらないわよ」と言うのであった。風の噂では、この日一番もうけたのは、ふらりとやってきて、一人五百円でお客さんの似顔絵を書きまくった柳家喬太郎画伯だったらしい。

 

つづく

   


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